第33話 巣立ちの儀式
「 や る じ ゃ な い 」
ひゅー……かひゅー……息が……厳しい ぞ……五秒……で いいから……深呼吸 が したい──!
けれど、どうやらお初さんはスイッチが入ってしまったらしく、攻撃の手が一切緩まない。
火と風、そして雷、どれもそこまで威力は高くはない──が、途切れることのない連続魔技を怒涛のように繰り出してくる。
対して俺は、吸気が覚束無い状態で絶技も使えず、フラつく足取りでなんとか躱すのが精一杯だ。すると突然──目、鼻、口に拳大の水の球が発生し、視界と呼吸を一気に塞がれてしまった。
「もがっ!」
鼻に水が入った! あ……なんか水泳の授業を思い出すなぁ。 思 い 出 し て る 場 合 か !
顔をブンッと横に振る。すると一瞬は外れるものの、向いた先ですぐまた水に覆われてしまう。
お初さんめ! 鬼かっ!
目で位置を確認し、狙った場所に発生させる魔技の優位性を侮っていた! 魔素の使用は最小限かつ効率的な威力──コスパ最強じゃないか! くっ、なんとかお初さんからの視線を外さないと──!
いよいよ息が続かなくなってきた俺は必死に頭を働かせ、一計を案じる。
背中を見せるなんてかなり危険な賭けだが、一か八かだ!
グルリンと大袈裟に、勢いよく後ろを向くや否や、木神刀をバトントワリングのように回転させながら空中へ放り投げる!
「──!?」
これでお初さんの注意を上空の──回る木神刀へ向けられた はず! そう信じて、すぐさましゃがみ込み、深呼吸開始!
ずひゅうううぅぅぅぅすひゅうううううむっひゅううううううぅぅーー!
空気! 酸素! ありがてぇぇぇぇぇぇっ!
クルクルクル ガン!
「痛って!」
しまった。木神刀のキャッチを忘れてた──が! 吸気は完了だ! なんとか上手くいった!
そんな俺を見たお初さんは満面の笑み……というか、ややもすると、獲物を前にした野生動物の……飢えた闘志を剥き出しにしたような……ギラギラした笑顔になっていた。
それに当てられたのかはわからないが、何だか俺も、気合いが漲ると共に自然と笑みがこぼれる。自分でも知らなかった胸の裡に眠る闘魂──それに火が点き、燃え上がり始めたのかもしれない。
さぁ、反撃────
──と、いう時になって、不意に爪がツメを立ててきた。
「みぃ……」
「なんだ、お前さっきから……。今忙しいから後に──」
グイィーッ!
「痛でで、髪を引っ張るな髪を」
見ると爪のヤツは妙に真剣な顔で俺を見ている。その表情は、どこか落ち込んだような、悲しんでいるような……。
「あのな、俺とお初さんは別にケンカしてるわけじゃないぞ──うわっ!」
テンポの速い魔技が飛んでくる。
「これは 言ってみれば──すうぅぅぅ──巣立ちの危ぶっ儀式みたいなおわっもんで──すうぅぅぅぅ! 一人前 に なるためにぐおおっ必要なことなんだとおおぅ 思う ぞ! お初さんだってそのつもりのはず! 見ろ──」
「 ふふふっ! あははっ! 」
超 笑ってる。
「み……」
「うむ! ────はず!」
少し俯き、爪はまだなにかを悩んでいるようだ。
「それに 今! お初さんはメッチャクチャ俺を鍛えてくれてるんだぜ熱づっ!」
火の魔技 熱っつ!
「俺の絶技をお初さんがどう防ぐか──それがそのまま魔技を絶技でどう対処すればいいかに繋がってるんだからな。手本を見せてくれてるんだ。戦術の幅が広がりまくりだぜすうぅぅぅぅぅ──っ!」
そう、これはまさしく卒業試練。お初さんに頼り、護られることからの卒業。避けては通れない巣立ちの儀式なんだ。
確か野良猫は半年かそこらで親離れ、子離れ……子猫は母猫から完全に追い払われたりしたはず。それに比べたら、今の俺達の境遇は全然恵まれてる方じゃねぇか だろ?
「それに──」
「……み?」
「それに俺は女神様との約束を果たして……爪は知らないと思うし、スゲェ自分勝手なことなんだが……どうしても叶えてもらいたい願いがあるんだ」
「み……! ──!」
「……? どうし痛でででで!」
急に強くツメを立てる爪。瞼を閉じ、眉間にシワを寄せ、苦悶の表情の後、静かに目を開き、意を決したように俺の肩からシュタリと飛び降りた。
「ニャオオォォォォォォォン!」
遠鳴きをし、獅子形態へと変化した爪が一歩、また一歩とお初さんへ歩み寄る。
カッ ピシャッッ!
雷が爪へと落ちるが紙一重、見事に躱した。
「手加減はしないよ」
「ニ……ニ……ィ……!」
プルプル……
震えながらも、その目はしっかりとお初さんを見据えている。
爪め……まったくしょうがねぇな。
ペ チ ー ン !
爪の尻を引っ叩く。
ベ シ ー ン !
「ブフッ」
シッポで横っ面を引っ叩き返された。なんだよ、元気じゃねぇか。痛ぇ。
「ッニャーーッ!!」
爪が猛然と走り出した。右に、左に、素早く軌道を変え、時に風の魔技で足元を掬われ、氷の上を滑るみたいなその場走り──からのシッポプロペラによる低空飛行──縦横無尽にお初さんへ近付いては離れ、近付いては離れを繰り返す。幾度か攻撃の好機があったようにも思うが、鉤爪を振るう素振りを見せはするものの、何度も彼女の脇を通り過ぎていく。
「どういうつもり」
俺も全く同意見。
「そう か……なるほど……なにか話しているなとは思ってたけど、考えたわね。なかなか良い作戦じゃない」
……作戦?
「確かにこのフェイント……いつ攻撃が来るか分からないってのは結構なプレッシャーだし、ストレスも溜まるわ」
な……! 爪……そこまで考えて……。
爪と目が合う。
キョトンとしている。
キョトンとし返す。
知ってた。そんなわけなかった。だってもともと作戦なんて話してなかったし! だがこれはラッキーな勘違いだ──悟られてはならない!
ニヤリ……と、邪悪スマイルを向ける。「ふっ……」と、お初さん。「ふふっ……」と、俺。
それを合図に再び勝負は再開される。
爪は先ほどと同様、常に攻撃を仕掛ける兆しを見せながらお初さんの周囲を動き回る。それに合わせて俺は反対側──常時、挟撃が可能な位置を意識して立ち回る。
お初さんは爪を細かな魔技で牽制しつつ、こちらにも的確に撃ち込んでくるのでなかなか隙が見当たらない。
魔技、絶技、猫走りが飛び交い、入り乱れる。
俺は常に動き続けた。さもなければ再び、目鼻口を水で塞がれてしまうかもしれないからだ。
お初さんもジッとはしていない。爪への対応に加え、魔素切れを警戒しているのだろう。
目を凝らす──。
周囲の色は卒業試練の開始当初より相当薄くなっている。〝魔素が無くなる〟か〝ポンポンをあと二つ落とすか〟……。
日もずいぶんと傾いてきた。もうすぐ夕暮れだ。
かなりの長丁場、俺の息もだいぶ上がってきた……。どうする? このまま魔素切れまで逃げ切るか、それとも……。
勝負が再開されてからお初さんは小技の魔技ばかり……ひょっとして……だったら──
欲が出た。
既に一ポン取れていたという傲りがあったのかもしれない。さらには、魔素の濃度の薄さから、お初さんはもう大技を出せないのかもしれない──と、いう思い込みに、不覚にも俺は囚われてしまっていた。
爪へ注意が向いている! 今なら──いける!
ビ リ ッ ッ !
「痛ーっっ!!」
踏み出した足の内部に突如痛みが走り続け、硬直して全くいうことをきかなくなった。
「これは──!?」
肉眼ではほとんど見えないくらいの……雷の糸!? 蜘蛛の巣みたいに足元へ張り巡らされて──こんなトラップが!? あ マズい! コケる──
ガッ!
間一髪、木神刀を地面へ突き立ててなんとか堪えた矢先──ホタルのように小さな光が二つ、フヨリフヨリと寄って来て左右の手の甲にくっついた。
ビ リ リ ッ ッ !
「 痛 っ っ っ て ぇ ! 」
今度は両腕の筋肉が強張り、木神刀を握り続けることも出来なくなって、為す術なくバタリとその場へ倒れ込んでしまった。
「ニャッ!?」
「あ、コラ来るな今ここは危な──」
「ニギャッ!」
ズズン!
爪が俺に覆い被さりながら突っ伏す。
「お、重い!」
やられた……。顔を上げるとそこには、夕日を背に、マントをはためかせ浮遊するお初さんの姿があった。表情は崩さず、さっきまでの荒々しさは消え失せ、凛々しい気迫がる漲っている。
この人……やっぱ強ェ……。
だが! 俺だって転んでもただで起きる気はない! せっかく爪がココにいるんだ、今度こそ作戦を!
「おい、爪 そのデカい耳貸せ」
「ニゥ……」
「いいか……ゴニョゴニョ……の……ゴニョ……」
そして俺達はすっくと立ち上がった。パンパンと砂を払い、お初さんに向き直って──
「痛いじゃないか」
「ゴメンあそばせ」
「お返しだ!」
「ニャァウッ!」
爪がシッポプロペラの最大速度で一気に飛び出し、お初さんへまっしぐらに突進を開始する!
いくぜ! 鈴の砲大太刀! 土 鯉 昇 !!
「ニャッ!?」
土の鯉がお初さん──ではなく、爪の真下から飛び出して天高く打ち上げてしまった。
「あーーっ!」
「ニャアアアアァァァァ……ァァァ…………ァァ…………ァ…………」
「………………」
「………………」
すうぅぅぅ──ふうぅぅぅ すうぅぅぅぅぅぅぅ……
す う う ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ !
神楽鈴の太刀! 烈風瀑 螺 旋 突 き !!
雷の細糸への対策も兼ねた水と風の複合絶技で、突撃を試みる!
ジ ュ ワ ワ ッ ッ !
お初さんの魔技だ! 火と水で大量の水蒸気を生み出して自身の姿を隠したことにより、俺の前方は一瞬、真っ白な靄に包まれる。しかし螺旋突きは風のドリルも発生させているため、即座に視界は晴れた──の だが──
ド ジ ュ ワ ア ア ア ァ ァ ァ ァ !
たたみ一畳ほどの火炎の壁に行く手を阻まれる! 絶技の水と風、魔技の炎とで再度、凄まじい量の蒸気が際限なく噴き出し続ける! だがそこに──燃え盛る炎の壁のすぐ向こうに、お初さんのシルエットが見えるんだ! もう少し! あとちょっとで──
ジ ュ パ ァ ッ ッ !
突き抜けた! しかしその先にいたのは──土の魔技によって作られたお初さんだった──
「偽物──!?」
本物はどこに──と、地に足を着けようとした瞬間──
ビ リ ッ !
「ぅあ痛っってぇ! またかよ!!」
ドサッ──!
螺旋突きによる突進の勢いも相まって踏ん張ることも出来ず、あっけなく倒れ込んでしまった。
横たわって向けた、ちょうど視線の先……少し離れたところで、お初さんは顔を顰めてこちらを見下ろしていた。きっと俺の体たらくにご立腹なのだろう……。
「拍子抜けよ。さっきまでとは大違い」
「ぃてて……へへ……前に教えてくれたのはお初さんだぜ……。天魔導士の戦い方……敢えて目立つ技を〝囮〟に、〝死角から攻撃する〟って……」
「……囮?」
ハッとして上を見上げるお初さん。そこには──先ほど打ち上げ、爪がシッポプロペラで軌道を修正、狙いを定めた土鯉が、直上のすぐ間際にまで迫っていた!
ニャニャン三脚で培った、万超と爪刀の合わせ技! 名付けて──
超 刀 伐 伎 ! 土 鯉 爪 !!
「くっ──!」
ボ ヴ ァ ア ァ ァ ァ ン !
咄嗟に魔技で迎撃、爆破するお初さんだったが──
「 みゃっ! 」
小さくクシャミを二回して子猫の姿になった爪が、砕ける土鯉の破片に紛れて忍び寄り──ポンポンを一つ、見事に奪取していた。
お初さんの目が、再び生き生きと輝き出す。
「 そ う こ な く っ ち ゃ !! 」
残るポンポン あと 一つ──────!




