第31話 挑戦状
初風道場──。
「はっけよほい、のこほった」──この掛け声の直後、お初さんの最初の行動は毎回決まっている。それは距離を取ることだ。
今、彼女は俺達から二十メートルほどの場所でわずかに浮遊している。アウトレンジから一方的にボコる──それが天魔導士のセオリーなのだろう。
対して──俺と爪は主に接近戦がメインだ。近付きさえすればチャンスはあるかもしれないが、お初さんは風の魔技で飛行も可能な上に防御が巧みで、少しでもこちらが攻めあぐねていると、すぐさま怒涛の攻撃が降り注いでくる。これまで、ろくに接近することができなかった理由はそういうわけなのである。
しかし だ。その状況もだいぶ変わってきた! と……思う。
爪はシッポをブン回して飛ぶことが出来るようになったし、俺にも新たな技が増えた。〝遠距離への絶技〟と〝神楽鈴の太刀〟だ。
実を言うと、早く使いたくてウズウズしている。
だがダメだ。焦るな、俺。
お初さんほどの手練れともなれば、一度でも目にすれば即座に対応してくるに決まっている。ここぞという時に取っておくんだ。今日こそあのポンポンに届いてみせる!
「ニャオォォォォン!」
〝遠鳴き〟をして獅子形態へと変化した爪は俺の少し前に位置している。この間隔は根性走りのニャニャン三脚で俺達がなんとなく会得した、互いの次の動きを察しやすい距離なのだ。
爪はシッポを真っ直ぐ水平に伸ばし、ツイッツイッ、と、リズミカルに揺らしている。そうしていながら右に振ったある時、尾の先端がわずかに右上を向いた。
これも俺達の暗黙の了解。
今、爪が出したサインは〝自分は右上から仕掛ける〟──と、いうものだ。それにどう合わせるかは俺次第。その後は臨機応変、てな具合だ。この場合、俺は左から回り込んで挟み撃ち──というのが妥当なんだろうけど、さて……どうしたものか。
「ニャッ!」
爪が動いた。
まず何よりも気をつけなくてはならないのは、お初さんは常に、俺達の足元へ風の魔技を使ってくるってことだ。一体それで何度スッ転ばされたことか……。
爪もそれは百も承知で、動き出しの一歩目は前足を地につけずハイジャンプ──そのままシッポをブインと回して宙へと飛び上がる。予告通り、右上方から大きく弧を描き、お初さんへと迫る動きだ。対して俺は──敢えて まだ 動かない!
爪が下降を始め、一直線に突っ込もうかという時、お初さんが微かに動いた。
──ここだ!
すかさず彼女に対してわずかに左へ風の絶技で突進する。もちろん地面を走るなんてことはしない。木神刀の切先を後ろへ向けて、ちょびっと足を浮かせた状態での低空飛行だ。時に一瞬、地を蹴り、向かう方向を微調整しながら回り込むような軌道でお初さんの背後──マントのポンポンを狙う。
しかし、先に仕掛けていた爪の進行方向に、魔技による大きな──言ってみればミニ巨水塊のような水の球体が作り出され、爪はそこへ否応なく飛び込まされて突進の勢いが削がれてしまった。
それを確認した後、チラリと俺を見たお初さん。
瑞意召魂の杖でトンと一度、地面を軽く突くと──
ズモモモモモン!
「うわっ!?」
俺の真下の土が迫り上がり、強制的にジャンプをさせられたみたいに宙へ高く放り出される。くうっ、これは巨裂牟戦で見たことがある魔技だ──。
爪が鉤爪を振るい、水の牢を斬り裂いて脱出するも、お初さんは既に距離を取り直している。
いっつもこんな感じでヒラリヒラリと躱されて、最後は地味な魔技で転ばされるんだよな……。このままじゃいつまで経っても……。
打ち上げられた俺は……クリンクリンと回転しながらどうしたものかと、例のポーズで考える。
なんかもっとこう……この状況というか、前提を覆してしまうような事でもしないと何一つ打開できないんじゃないか?
この初風道場の目標でありゴールは、お初さんのマントのポンポンを落とすこと……これが大前提。接近することすら難しい相手の、しかも背後にある的だけをキレイに仕留めるなんて、今の俺と爪に出来るのだろうか?
いや、待て……。
誰がキレイに仕留めろなんて言った……? 自分で勝手に決めつけて、そう思い込んでいるだけじゃないのか? ひょっとして、この修行で一番肝心なことは……本気でお初さんに挑むことだったりしないか? もしも倒せたなら、マントも外せるし……そうなれば当然ポンポンも……。
風の絶技で足元を警戒しつつ着地……。お初さんと向かい合う。
「どしたぁ!? 今日もアタイに近付けず終いかい!?」
ああ、このノリ……正直好きだ。けど、この心地良さを捨てなきゃもっと強くはなれないんじゃないか……? いやでもお初さんは恩人だぞ! その人に本気で攻撃……なんて……そんなことをして、もし……。
「ヘイヘェイ! バンチヨォ どしたどしたぁ!」
ドクン……ドクン……
矛盾……してるぞ、俺。お初さんは間違いなく格上の相手だ。それなのに、もしも、万が一、傷をつけたらどうしようだなんて……。傲慢なんじゃないか? いつからこんなに自惚れるようになった? ちょっと絶技が使えるようになったくらいで……。
ドクン ドクン ドクン!
本気の……全力で! すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ────
絶技 鈴の太刀! 風ロペラロケット!
今までの背後を狙うような動きはせず、一直線にお初さんへ突っ込む!
「動きが単調で真っ直ぐすぎって言ったはずだよ!」
正面から凄まじい突風が吹き荒ぶ。押し返される前に木神刀を地面へガッと突き立てて──
小太刀! 土 鯉 昇 !
鯉を象った大きな土の塊が、まるで水面から跳ね上がるように飛び出し、俺は自身を高く射出する。さっきお初さんが見せた魔技を俺なりに改変した絶技だ!
クルゥリクルリと縦に回転しながら宙を進む俺の前方に、小さな水滴が生まれ、集まり、爪も阻まれた水の球が出現する。
すぅぅぅぅぅぅ────すうううううううううううぅっっ!
身体の正面を右へ向けた半身の状態を維持しつつ、木神刀の柄頭を左手で押さえながら、スケボーのように刀身へ乗って着水!
烈風ロ(ペラ) 小太刀!
モーターボート張りに水球体の表面を疾走! 然る後に離水──お初さんの直上へ躍り出る!
木神刀を地面に対して垂直に立て、風の絶技で急降下、そのまま渾身の一撃を繰り出そうと考えた刹那──後方の水が蒸発し、大量の水蒸気が煙幕のように俺とお初さんの間へ流れ込んできて、地表が全く見えなくなる。
これは──複合絶技と同じだ!
水を炎で蒸発させると同時に、風の魔技で蒸気をコントロールして相手の視界を遮る──なるほど、お初さんともなるとごく自然に、こんな感じで技を繋いでくるのか。
自分も同じことが出来るようになった今だからこそ、改めてその技術、練度に感心してしまう。
下は見えないがこのまま突っ切る! 俺の予想が正しければ、お初さんの次の手はおそらく──
鈴の大太刀! 烈 風 螺 旋 突 き !
『 ム ニ ョ オ オ オ オ ッ 』
切先に強い弾力を感じる。
ビンゴだ! お初さんは水蒸気カーテンの下に風クッションを仕込んでいた。俺を跳ね返すつもりだったのだろうが、新技〝烈風螺旋突き〟は、刀身からドリルのように風を発生させ、自分をも包み込んで突進する攻防一体の突き技! 風vs風だがこっちは〝鈴の大太刀〟──威力では負けない! 一点突破でブチ抜いた!
すぅぅぅぅぅ────すううううううううううううううううっ!
息を吸い、深く息を吸った。
お初さん! これが俺の 挑 戦 状 だ!
鈴 の 大 太 刀 ! 雷 刃 ! 縦 一 文 字 !!
カ ッ ッ ! ド オ ォ ォ ォ ォ ン !!
その時初めて、木神刀がお初さんに届いた。
と、いっても、瑞意召魂の杖が真剣白刃取りをする両手のような形に変化して俺の斬撃は止められた上、魔技で水をシャボン玉みたいに纏ったお初さんには雷の絶技も通らず、受け流されてしまう結果に終わったのだが。
「へぇ…………」
目を細めるお初さん。
「万超、つまりこれって……そういうこと なんだよな?」
ドクン…… ドクン……
「──ああ。お初さんを倒した上で、ポンポンをもらう!」
「ニャ!? ニャニャッ!?」
爪が混乱している。
「ふふっ……あははっ!!」
「──!?」
「良かったよ、安心した。実はアタイもちょいと悩んじまっててね」
「悩……み?」
「おっと、このキャラはもういいか」
なんのキャラだったんだ……姐御キャラ?
「ホラ……万超も爪刀も根がお人好しで優しいじゃん?」
「…………自分じゃよくわからないけど……」
「だから私が相手だと、どうしても本気になれないんじゃないかってさ」
「そ んなこと……」
「ううん、実際そうだった。どうしたって私に気を遣っちゃう……そういう性質なんだよ、君らは」
「………………」
「でもね、私の師匠が言ってたんだ。〝優しいヤツが絶対に超えられない壁がある〟って。今なら……私もその意味がわかる気がする」
お初さんはマントのポンポンを自ら毟り取る。
「だから、お題を変えるわ! ここから先は初風道場、〝卒業試練〟よ!」
そう言うと、身体からさらに二つを取り出し、合計で三つのポンポンを自身の周囲に浮遊させ始めた。
「この三個を全て落とすか──」
落とすって……数が増えただけじゃなく、風の魔技で操るなんて……難易度爆上がりなんだけど……。
「この辺り一帯の魔素が全て無くなったら勝負は終わり。時間は無制限」
「時間──無制限!?」
「当然、私は本気で魔技を使うけど、死んだら許さないわよ☆」
「ゆ、許さないって言われても……」
「これは天魔導士の卒業試練より厳しい条件だよ。通常なら、師匠に一撃入れるか、攻撃を百回耐えるかすれば合格だからね」
「なんでそんな厳しく──」
「 魔帝を倒すんでしょ!? 」
「──────!」
「 心願様を助け出すんでしょ!? だったら── 」
お初さんの気配が変わる。凄まじい気迫に背筋が凍る。
ブ ア ァ ァ ァ ァ ァ ッ ッ !
強烈な突風がお初さんを中心として放射状に放たれ、危うく吹き飛ばされそうになるのを懸命に堪える。
「 これくらいの試練 超えてみせなさいよ! 〝 万 超 〟!! 」
「──!!」
柄を握る手に力を込める。
「お初さんの……言う通りだ!」
「ニャ……ニャア……?」
カ ッ ピシィィッ! ド オ ォ ォ ォ ォ ン !
お初さんへ歩み寄ろうとした爪の行く手を遮るように、魔技の雷が落ちて地面を抉り、焦がして、煙が立ち上る。
「爪刀……私に本気で打ち込んでこれないのなら、向こうへ行ってなさい」
「ニ……」
すまない……俺が勝手に始めちまった。だが──
「爪っ! 俺はやるぞ お前はどうする!」
爪はオロオロと首を振り、顔を洗うような仕草をした後「ニャキシ、ニャクシ」──と、クシャミを二回すると、身体はみるみる縮み出し……子猫の姿にまで戻ってしまった。
そしてヨチヨチ、ヨタヨタとこちらへやって来ると、長ランの裾に飛びついてからよじ登り、俺の肩越しにお初さんを覗くような体勢で背中にへばりついた。
「そうか……まぁ無理することないさ。爪、お初さん大好きだもんな」
「みぃ……」
「 万超は覚悟 してんだよね 」
「 ああ! お 願 い し ま す !! 」




