第29話 初風道場
「ネ……猫物質……?」
暗黒物質なら聞いたことがあるけど、ね……猫物質とは……。
「なんて言ったらいいのかな……。神獣固有の装神具……みたいな?」
「そうしんぐって、アクセサリーとか?」
「そうそう、そんな感じ。個体によって色々な種類が確認されててさ、どれも神気を帯びているってことはわかってたんだけど……そっかー、こういう風に生まれるものだったのかー」
お初さんは、ほほぉ、ふむふむ、と納得した様子だ。
「ちなみに、神獣が亡くなってしまっても装神具が依代となって、いつか復活するっていう言い伝えもあったりするんだよ」
「へぇー。いろんな種類って、他にはどんなのがあるの?」
「イヌマター」
「おお、犬か」
「サルマター」
「サ……ちょっと待った」
「チョットマッター」
「え? うん、ちょ……っと? 待……え?」
「ゴメンマッター」
「い や、待ってない、待って欲しいだけ」
「コリャマター」
「な んだ っ て?」
「ソンジャマター」
「あ うん、ではまた今度──ってコラコラ」
「なによ」
「なによでなくて、解説が欲しい」
「解説? いいけど?」
よ、よかった。説明がなければ何が何だか。特に後半は気になって仕方がない。
「〝犬物質〟は、まあ、わかる」
「首輪とか、脚絆みたいなモノが発見されているわね」
「猿股は……下着でしょ?」
「あれー、よく知ってんじゃん。〝猿物質〟は、上下にちょい長いパンツみたいなのが多いんだよ。なんでだろうね?」
「神気を帯びたパンツ……ありがたいような、罰当たりなような……」
「他には手拭いみたいな長めの布だったり、桶のような容器だったり」
「猿の神獣っていうより、風呂好きなオッサンじゃないのか? それは」
で、問題は次からだ。
「チョットマッター……とは?」
「〝猪〟と〝兎〟で〝猪兎物質〟」
「え……なんで猪と兎がセットなの?」
「仲良かったんじゃない?」
「そんな理由!? 〝マター〟が〝マッター〟になってるのは……」
「さぁ……当時の人に聞いてみないと……。私は語呂がいいから〝マッター〟の方が好きだけど」
「ま……まぁ、語呂は確かに……」
「発見されたのは歯と牙。両方、何百年経っても未だに少しずつ伸び続けているらしいわよ」
「未だに!?」
確か、猪の牙も兎の歯も一生伸び続けるってのは聞いたことがあるけど、神獣ともなると抜けた後も伸び続けるのか……スゲェ。
「次は……ゴメンマッターだけど……これって、待ち合わせとかで遅れた時に言う、お詫びのセリフだよね?」
「違うんだなー。強いとか猛々しい人を〝豪の者〟って言ったりするでしょ? その〝豪〟と、顔につける〝お面〟の〝面〟で〝豪面〟──それがいつしか縮まって〝豪面物質〟になったらしいわ」
「そ……それってどんな神獣なの?」
「これは一つの種類じゃないんだ。〝豪面物質〟ってのは厳ついお面の装神具──その総称みたいなもので、色々な神獣の〝豪面〟が発見されているんだよね」
「へぇー。怒った時とか、顔に装着する感じだったのかな……」
「たぶんね」
なんだろう……無茶苦茶だと思っていたのにジワジワ納得させられている気が……。
「で、コリャマターだっけ?」
「そう。〝こりゃまた一体全体〟……みたいに聞こえるけど……」
「結構合ってるかも。元々は狐と狸で〝狐狸物質〟だったらしいんだけど、彼らって人を喜ばせるようなイタズラで驚かせることが大好き──そんな神獣が多かったみたいでさ、〝こりゃまたー、おったまげたなぁ、でやっはっはっ〟……って」
「へ、へぇ、狐や狸が人を喜ばせるんだ……」
「そう。残される装神具は〝葉っぱ〟がほとんどみたいね」
そういや、元の世界じゃ狐狸妖怪なんて言葉もあったっけ。あっちは騙したり、悪さしたりってイメージだよなぁ。
「最後はソンジャマターなんだけど、これはもう別れの挨拶以外にないと思う」
「尊い蛇で〝尊蛇物質〟」
「そ う く る ん で す ね」
「金色だったり白銀、翠、漆黒と、蛇の神獣は様々な色の伝承があるのよね。発見されるのは目玉のような球が多いんだけど、なんとびっくり、手足を模したみたいな装神具もあったりするんだよね」
「手足のある蛇……見てみたい……」
「解説終わり!」
「あざした!」
なんていうか……うん、実にこの異世界らしかったな……うん。
「みっ♪ みぃ♫ みっ♪」
あっ、そうだった。猫物質……爪の吐き出した装神具ってのは……?
なんだかご機嫌な爪の足元には、先ほどと変わらぬ状態の……どう見ても〝毛玉〟が転がっている。
大きさはピンポン玉よりちょっと大きいくらいだろうか。
にしても爪のヤツ、さっきまでどこか元気がないご様子だったのに、打って変わって──実に清々しい表情になっている。
おお!? 二本足で立ってシャドーボクシングをし始めたぞ、コイツ。元気ハツラツになったってか?
で、この猫物質なのだが……つい今しがた爪の体内から出てきた割に、ベトベトしている感じが全くしない。拾ってよく見ようとすると──
『ペシッ』
爪がしっぺをするように叩いてきた。
「なんだよ、触っちゃダメなのか?」
『ペシッ ペシシッ』
毛玉に対して、一瞬だけ、タッチするような猫パンチ。
あ、これ遊んでるだけか。
コロンと遠くに転がると、猛ダッシュで追いかけて再びペシペシ。まるで童心に帰ったみたいにはしゃいでんなぁ……。あれ? そういや猫って一年か一年半くらいで成猫だっけ? となると今の爪は、俺と同じくらいの歳……なのか? いやでも神獣の場合は……? 大きさがコロコロ変わるからよくわからんな……。
『チリン……チリリン……』
「ん?」
爪が転がしまくっている玉から音がする。両の前足でペシンペシンする毎に、だんだんと毛が剥がれ落ちていき、現れたのは──ぱっと見、桃のような色合いの小さな鈴。よぉく観察してみるとそれは……紫と桃色、そして黄色味掛かったグラデーションの水晶だった。これって──
「なんだか瑞意召魂みたいだね」
「あ、俺もそう思った」
「──っ! みたいじゃなくて、これ、瑞意召魂そのものかも」
「?」
「覚えてる? あの時、桃から光が爪ちゃんに当たって──」
「その後、実は跡形もなく消えた……」
「そうそう! きっと瑞意召魂になるはずだった〝実の種〟も、その時一緒に注ぎ込まれたんだよ。で、体の中で形を変えて、今、体外へと出てきた。なぁるほどぉー、装神具って元は実の種かぁ」
「でもなんで鈴なんだろう。猫といえば鈴ってイメージもあるっちゃあるけど」
「私はなんとなーく心当たりがあるけど……」
「それは?」
「どうせアンタ達、覚えてないんでしょ」
「?」
「それに、今はまだ使いこなせる段階じゃないのかも……」
「??」
「ニ゛ャッ!?」
爪が変な声を上げた。
見ると、首元にさっきの鈴がついている。それも──くっついているのではなく、少し浮いたような状態で固定されているのだ。
「なんだそれ? どうなってんだ?」
爪がウニャウニャ言いながらその鈴をペシると、一刻は離れるものの──祭りの定番、ヨーヨー水風船みたいに──すぐに元の位置に戻ってしまう。
「ニャァ……」
転がして遊べなくなったせいか、ガッッッッックリと項垂れる爪。そこまで落胆しなくてもいいんじゃないかと思っていると──
「ニャーーッ!」
「痛って! 俺に八つ当たりすんなよ!」
でもまぁ、調子が戻ったみたいで何よりだ。
「よぉし、そんなに遊びたいなら久々に模擬戦やるか」
「ニャッフ」
爪が不敵に笑う。
「おーし、そんじゃお初さん掛け声を──」
「いやよ!」
「ふっふっふっ、今日こそ爪を──いやよ!?」
「実は前から考えていたの。 アンタ達の相手は この私よ!」
「「 は? ニャ? 」」
「まだこの辺りには、先の戦闘で魔邪者が撒き散らかした魔素が充満している。八百万樹にもちらほら葉が戻ってきてるし、それに──」
「それに?」
「バンチヨと爪ちゃんじゃ、倒れたら互いに呪いが発動しちゃうでしょ。それが解けるには数時間かかるし。だけど相手が私なら、倒しても倒されても呪いはない。だったら私が……いやさ、アタイが鍛えちゃるってなもんよ!」
「ア、アタイ!?」
「魔素がある間……期間限定の──初風道場の始まりよ!」
「初 風 道 場 !?」
そう言うと、お初さんはどこからか真っ赤なマントを取り出して身に纏った。一頭身のお初さんの二倍くらいの丈があり、裾の真ん中に一つ、握り拳大の白いポンポンが一つ付いている。
「そ……そのマント……自分で作ったの?」
「むふふ、アンタ達が自分らだけで魔邪者を倒すって言った時から密かにね。それより いい? 今度の魔邪者がどんな姿でやって来るかわからないけど、そして、カーグカーデンの有爵者達と対峙するってことを考えるなら、〝倒される〟ってのは絶対に避けなければならない」
「お、押忍!」
「だから万超と爪刀はアタイに倒されることなく、このマントのポンポンを木神刀なり鉤爪なりで落としてみせなさい。遠慮はいらないわよ!」
お初さんがゆっくりと浮かんでいき、瑞意召魂の双葉は杖の形へと変化する。
「さぁ、かかってきなさい! はっけよほぉぉぉい……」
「ちょっ、ホントにやんの!?」
「のこほったぁ!」
俺と爪の周囲で水が一度だけ地面から噴き上がり、それが消えるとお初さんの姿も消えていた。
どこに──
「 わ っ っ ! 」
「 ぅ わ ぁ ぁ ー っ ! 」
頭のすぐナナメ後ろから、耳元で大声を出されて度肝を抜かれる。
「いつの間に──」
「こんな簡単に後ろ取られちゃ ダ メ で し ょ ?」
「くぬっっ!」
慌てて体勢を整えつつ振り向くも──お初さんはすでにそこにはおらず、こちらを向いたままフィギュアスケートで後ろ向きに滑るかのごとくスインスインと後退していく。
「ンナァァァゴ!」
爪が〝気合い鳴き〟でムククと大きくなる。と、同時に首元の鈴も大きくなった。なにそれ連動してるの!? あ、いや 今はそれどころじゃない!
後れを取るまいと急いで駆け出したのだが──
「おわっ!」
「ニャッッ!?」
まるで高速のベルトコンベアを踏んづけたように、前に出した足を掬われてコテンとひっくり返ってしまった。爪のヤツも、ヘッドスライディングをしたような格好で寝そべっている。
風の魔技!? こんな 簡単に……?
思わず爪と顔を見合わせてしまった。
「ワンアウトー」
くうぅぅ ドヤ顔。 なにくそっ!
「いくぞ 爪っ!」
「ニャアッ!」
しかし俺と爪は、五分もしないうちにさらに二回、あっさりと転ばされてしまったのだった……。
「 全 っ 然 ダ メ 」
「いやホント、自分でも笑えるくらいのダメっぷりでびっくりした」
「笑ってる場合じゃないでしょーに。そもそも何でアンタ達、連携しようとしないのよ」
「連携?」
「動きがてんでバラバラだったじゃない。爪ちゃんは素早いけど突出しすぎ。バンチヨは動きが単調で真っ直ぐすぎ」
「連携ねぇ……」
「ニィ……」
「お前 俺に合わせられるか?」
「ニョー」
「俺だってヤだよ」
「 お 互 い に 合 わ せ る の よ 。ったくもー、よくそれで〝俺たちだけで〟なんて大見得を切れたもんだわね」
と、そんなこんなで新たに始まったコンビネーション強化の特訓、それが──
〝ニャニャン三脚で根性走り〟
断っておくが命名したのは俺ではなくお初さんである。そして〝ニャニャン三脚〟はお察しの通り〝二人三脚〟のことなのだが、別に俺と爪の足を紐で結んで走るわけではない。根性走りの最中、その進行方向にお初さんがソフトボールくらいの水の球を魔技で出現させるので、俺と爪が足並みを揃えつつ、交互に撃破していく──という訓練なのである。
爪は突っ走りすぎないように、俺は置いていかれないように絶技を使いながら、可能な限りのスピードで進む。
ネーミングはともかくとして、この特訓は予想以上に効果があった。爪が攻撃前にどう動くのか、間合いやリズム、癖などが、だんだんとわかるようになっていった。
それは爪も同じみたいで、俺の思考を少しずつ理解しているようだった。
あ、そうか……。お初さんはずっと俺達の模擬戦を見ていたから何もかもお見通しで──それであんな簡単にすっ転ばされたのか。くぅぅー。
そうして一日の締めに開かれる初風道場。
──なのだが……悔しいことに近寄ることすら出来ずにスリーアウトの日々が過ぎていく。
「お初さん、強すぎなんだけど」
「照れますな」
「魔技って攻撃のタイミング、全然わかんないし……天魔導士って技の名前を叫んだりはしないの?」
「そんなことしたら、それこそタイミングがもろバレじゃない。あ、でも違う技名をワザと叫んで引っ掛けるってのもアリね……」
「ひいっ……」
「まぁ、威力の大きい技は口に出して言うこともあるけど、魔技っていうのは基本的に……んー、そうだね……万超、ジャンケンしてみよっか」
そう言ってお初さんはグーを出してくる。
「これに勝ってみて」
「え……じゃあ……」
パーを出した途端、お初さんの手がチョキに変わる。
「……コラ」
「ホラホラ勝たないと」
グーにするとパー。チョキにするとグー。パーでチョキ、グー 、チョキ、パー、グー チョキパー。
「これが本来の、私の魔技の速度」
「……ん?」
「つまり相手の動きへ即座に対応していくってわけなのさ。今の私は呪いの制約があるから、なるべく負荷の少ない魔技を選ぶっていう一瞬の遅れがあるんだけどね」
「い、一瞬の遅れがあってあの速さなのか……」
「わかってもらえたかな? ガチの戦闘になればなるほど、技の名前とか叫んでる暇、ないんだよ」
「なるほど……」
うーむ、じゃあ俺はどうすれば勝てるのだろうか……。俺の絶技じゃ技の速度は比べ物にならないし……。いっそ大技を連発、ゴリ押し、ゴリゴリ押し押しできるように修行して……んー、でもお初さんはそんなデカい技の隙、見逃してくれないだろうし……んーーー。
「お、そのポーズってことは考えてるね?」
「うーん……うーん」
「おー、初めの頃よりずっと姿勢が安定してる。強くなってんだねぇ」
「 ふ う ー ー ー ー ー ー ー ん ん っ 」
「ちょっと……アイデア以外のモノ捻り出したりしないでよ」
「 な ん も 思 い つ か ん ! 」
「なにをそんなに悩んでんのよ」
「どうすりゃもっと速く、強い技を出せるのかなって」
「え? 万超の技、強くなってるよ?」
「そうなの?」
「うん。見てればわかる。一つ一つの技の威力、確実に上がってるよ。肺活量鍛えるの、毎日頑張ってるもんね」
「知らなかった……」
「でも速さか……。絶技を使う時って〝何秒吸気の息を吸って〟〝心で鈴を鳴らして〟──小太刀と太刀、それに大太刀だっけ? の──〝技を出して〟〝また鈴を鳴らす〟……なんだよね?」
「改めて言われると、やってること多いな……」
「この工程、もっと簡潔にできるんじゃないかな?」
「簡潔に?」
「吸う息の量を、小太刀、太刀、大太刀に分けてさ、鈴の鳴り始めで技を出して──技の終わりと同時に鈴も鳴り止む、みたいな感じ……とか」
「おお……それはいいかも」
「じゃあそれを、毎日の素振り、一振り一振りでやってみようか!」
ん!?
「一日、最低でも千回!」
んん!?
「なによいつもそれ以上振ってるじゃない」
「ふ、振ってるけど、毎回絶技を使いながらとなると……」
「それくらいやれば、無意識にでも絶技が使えるようになるかもね」
ひえぇ……。
「爪ちゃんは前よりだいぶ〝遠鳴き〟の状態を維持できるようになってきてるんだから、ホラホラ、バンチヨも頑張れガンバレ!」
まぁ……そうだよな……やるしかないよな。
それに思ったはずだ……もっと強くなりてぇって。
ぅおしっ! いってみっか! 絶 技 素 振 り ! 一 日 千 回 !




