第28話 魂接触─コンタクト─
正直、この戦いは厳しい……そう思っていた。
間違いなく巨水塊は……私が今までに出会った中で、最強の魔邪者だ。
前回の経験から魔技の匙加減はだいぶマシになったとはいえ、〝機雷星〟はかなりの血液を使ったみたいね……。数秒、意識が飛んでたっぽい。
それに、どうやら巨水塊の狙いは私。それがわかったから、なんとか万超と爪刀を逃がす方法はないかって考えを巡らせるや否や、「死ぬときは一緒だからな」……とか……。万超ってこういうこと、割と平気で言うんだよね。爪ちゃんも真剣な目で見つめてくるしさ……。
以前、不覚にも泣かされちゃったこともあるし、なんとか強がりを言って誤魔化したけど……誤魔化せたと思うけど、涙を堪えるのに必死だったわよ、まったく……本当に、まったくもう。
にしても巨水塊め……八百万樹の炎雷攻撃だけじゃなく、さらに進化……ううん、神獣化した爪刀の〝破魔邪の鉤爪〟にも持ち堪え、往なし続けた挙句、降りしきる雨を最大限に利用して、ここまで狡猾に立ち回るなんて……。
あれ? おかしい──!
いつも冷静で、万超のことを軽くあしらっていた爪刀が、自制心を失ったかのように全力の攻撃を繰り返し、誘い出されるように八百万樹から遠ざかっていく。
ダメだよっ! どうしちゃったの!?
万超と援護に飛び出したはいいものの、巨水塊の間合いに入った途端の手数の多さったらなんなの! アッタマ──くるわねっ!
あっ──!
巨水塊のヤツ、今まで散々大きな水の鞭針で攻撃してきたくせに、突然 その陰から細く小型の氷針で狙ってくるなんて──反応が遅れた! 先端は炎で溶かせたけど──
「万超 危ない!」
コ ッ !
ああっ! バカ初風! ちゃんと防ぎなさいよっっ! 万超平気!? ……万超? なにを見て──
ウ ソでしょ……巨水塊……そんな近くに──
ハリネズミの背針が発射されるみたいに、大きな氷の針が飛んでくる。反射的に烈炎で蒸発させることが出来たのはほんのわずか。もう一度〝機雷星〟で──ああ ダメだ──
「近すぎる!」
こんな至近距離じゃ それこそ自爆、なにか他の魔技──あ、コラ万超、なんで私を懐に……これじゃ視界が! あっ! 危ない! 爪刀にも氷の針が!
こうなったら──!
無茶な運任せになっちゃうけど、自分たちごと氷針も吹き飛ばす! 間に合え!
〝颱大威風────
『 リイィィィィィィィィィィィィィィン!! 』
────っ! ………………っ!?
「なにが……起きているの……?」
それまでの獣然とした雄叫びから一転、爪刀から鈴音の咆哮が響き渡ると、世界が……止まったかのように……いいえ、完全に停止はしていない……まるで、時が凪いだように……ゆっくりと動いている……!?
理解が、追いつかない……。これは爪刀の能力……なの? でも、神獣が時間に干渉できるなんて聞いたことがない……。仮に可能だったとしたも……それってもっと上位の、〝神の御技〟の領域……。
叫ぶ鈴の音さえもゆっくりに聞こえる。けれど、最後の力を振り絞ったのか──少しずつその音は小さくなっていき、それに呼応するかのように爪刀の身体も縮んでいく……。
ポタッ──
不意に頭上から……滴?
「──っ!?」
万超、なに……泣いてるのよ……。
雨粒が落ちるよりも、涙が滴る方が全然速い……。私達だけが……時の流れから外れているの……?
その万超が……手を伸ばしている……。
大粒の涙を流しながら、懸命に手を伸ばしている……。その手──だけじゃない、身体までもが輝き出して──線香花火みたいな光が幾重にも……ううん、言うなれば〝閃光花火〟だ。どこか儚い煌めきが咲き乱れ、瞬いた次の瞬間──周囲の景色がゴリッと移動したように見えた。
「み……っ!?」
「今の は──!?」
なん で……爪ちゃんがすぐ隣にいるの!? まだかなりの距離があったはず……。ひょっとして一瞬で移動したの? 私達が? 万超の絶技!? 違う、木神刀の模様は動いていない。
じゃあこの能力は一体──!?
すぐ傍を、幾つもの氷針が風を切って通り過ぎていく。凪いでいた時が動き出したんだ……と思ったら──また万超から閃光が!? 今度は縦方向に風景がビュンと流れ落ちた──と、思ったら、すぐ目の前に巨水塊の急所、蘇芳色の炎が!?
そのまま万超は、雷を纏った木神刀で巨水塊の炎を一刀のもとに両断した。
スゴい……今のは絶技……よね? じゃあその前の……まるで光にでもなったような超速移動……魔技でも絶技でもないあれは……?
────っ!
万超 爪刀、 まさか ──〝 天 涙 〟!?
きっとそうだ!
だとしたら本当にアイツを……〝魔帝〟を倒せる力があるのかもしれない!
どこか空ろな感じだった万超の目に、少しずつ生気が戻り始め──って、瞳の色がいつもと違う!? まるで夕焼けみたいな……とっても綺麗な色……。
あ、だんだんといつもの茶褐色に──────
「あれ? 爪と……お初さん? うわっ、なんか俺──泣いてる!? なんで!?」
薄ぼんやりしていた意識がハッキリしてきたのはいいのだが、後から後から涙が溢れてくる。視界がぼやけて、ふやけて──って、それよりも なに? 今 落ちてるのか──!?
「い つ の 間 に こ ん な 高 い 所 に ぃ ぃ ぃ ー っ !?」
早く絶技を──!
「まかせて! ──フ……フッックション!」
ええっ!? ちょお、お初さん! くしゃみかましてる場合じゃ──
『 ムニヨォォォォォォン 』
突然、なにもない空中で、下からの抵抗を全身に感じる。地上へ近づくにつれてそれは大きくなり、ちょうど地面の手前で身体はピタリと停止、何事もなかったかのように、そのままスタリと着地した。
「みぃー」
「て、天魔導士はくしゃみでこんな芸当を……たまげるぜ……」
「たまげるなし。今のは〝風クッション〟──れっきとした魔技よ魔技。くしゃみはたまたま出ちゃっただけ」
カンッ!
「ぅあ痛っって! なんか落ちてきたぞ……」
「あ……勾玉だ」
「なんで勾玉が……って、そういえば巨水塊は!? 勾玉があるってことは──お初さんがアイツを!?」
「は?」
「え?」
「覚えてないの?」
「なにを? あ、やっと涙が止まってきた」
「ウッソでしょ──爪ちゃんは!? 自分のやったこと覚えてるよね!」
「み?」
お初さんが何を言っているのかわからない。それは爪も同じみたいだ。ともに首を傾げていると……
「こんの…………スカタンコンビ! 私が見た希望を返せ! アホーッ!」
「ええっ!? なんで怒って──
その時、お初さんの後方で何かが光った──
カ カッ! ザクッ!
「痛っっっっ!」
「万超──!?」
氷の針だ……。二本は防げたが一本、足にもらっちまった……。太さは木神刀よりも細い。さほど大きな氷針ではなかったのは不幸中の幸いか……。
ナゼ……カヴァウ……マ ギ……ツカイ……ゥヲ……
巨水塊だ……。
だいぶ離れた地上付近──その中心に暗い赤紫色の炎を滾らせた巨水塊がいる。大きさは直径三メートルくらいだ……かなり小さくなっている……。
「なんで巨水塊が……万超が確かに両断したはず……。 っ! まさか、急所までも分割していた──!? ウソでしょ……そんなことをする魔邪者なんて……」
倒した覚えはないのだが……にしてもこの声は一体どこから……? 割とすぐ近くから聞こえた気がしたけれど……。
オマエハ……シラヌ ノ カ……マギツカイハ……アッテ ハ ナラヌ……ワザワイ ノ タネ……
「この声……勾玉から?」
言われてみれば、俺が首から掛けている勾玉が明滅し、それを通して直接アタマに聞こえてくる感じだ。お初さんもさっき拾った巨水塊の勾玉から同じ声を聴いているのだろう。
ケサネバ ナラ ヌ……ナクサ……ネ バ ナラヌ……カツテ ワレ ラヲ……ソウシ タ ヨ ゥニ…………
「ちょっと待て お前は──」
これまでのこちらを凝視する無表情から一転、強い憎しみに駆られた顔つきに変わると、刺すような視線を俺達に向け──炎はその激情を映すかのように烈々と燃え上がった。
ツギコソ ケッッ チャク ヲ……ツケ ル……ジャマダテ ヲ……ス ル ナラバ……モロトモニ……コッパモチノ オトコ……アヤシキ ケモノ…………
そう言い残すと巨水塊は……いや、あの魔邪者は……以前と同じように地面へ沈み、どこかへと去っていったのだった。
「ゴメン……。私がぼーっとしていたせいで……さらにケガをさせちゃった……」
「ああ……大した傷じゃないさ。それよりアイツ、なんだか自我があるように見えたけど……」
「ええ……ひょっとしたら魔邪者って、未練や怨念の塊である急所から勾玉を剥がしていくと、生前の自分をちょっとずつ取り戻すことができるのかも……」
お初さんから「はい」──と、勾玉を渡される。俺の持つ勾玉に近づけると、それらは鏡写し──左右対称にピタリと接合し、形崩れのドーナツというか、少し歪なハートのような形となった。
「魔邪者……次で決着をつけるって……」
「ええ、言っていたわね」
「あのさ、お初さん。もし今度やってきた魔邪者を、俺と爪だけで倒せたら……カーグカーデンの連中とも互角に戦えるかな?」
「え? うん……そうね……、あくまでも私の──それも五年前の感覚だけど……男爵と子爵ならタメを張れる……と思う」
「うえっ……伯爵ってそんなに強いのか」
「ああ、でも万超と爪刀はコンビでって考えたら……そして〝あの能力〟を使いこなせるとしたら──」
「?」
「うん、いける! かもしれない!」
「いける かも か。よし! 決めた!」
「あ、まさか……」
「次の最終戦、俺と爪だけで魔邪者を倒ぉぉす! いいな 爪!」
「みぃーやぁーー!」
「あぁ……やっぱそうくるかぁ……」
「 や ぁ ぁ っ て や ん ぜ ぇ ぇ ぇ っ ! 」
「 み ぃ ぃ ぃ ー や ぁ ぁ ぁ ぁ ー っ ! 」
気炎万丈、意気軒昂、滾る闘志は否が応でも溢れ出す。今すぐにでも修行に取り掛かりたかった の だ が……戦闘の傷と極度の疲労のため、俺達は再び寝込んでしまうのだった……。
お初さんは、またしても三日で全快。もう怖い、この人。
今回、身体的負荷が一番大きかったのは恐らく爪だろう。傷も多く、俺とお揃いの桃の皮と八百万樹の葉の包帯であちこちグルグル巻きにされ、回復には七日を要した。
あ、そうだ。そういえば少しおっかないことが……。
痛みもなくなり包帯を外すと、患部に当てていた桃の皮がキレイさっぱりなくなっていたのだ。
これってまさか……身体に同化したってこと……? そ、それって大丈夫なのか──!?
「大丈夫じゃない?」
お初さんの返事は相変わらず軽かった。もうやだ、この人。
まぁ、今さら気にしても後の祭りってのは確かだけどさ……もうちょっとこう……、ねぇ?
て な わ け で …… 修 行 再 開!
俺はとにかく肺活量を鍛えに鍛えなければ! その為に八百万樹の天辺付近、少しでも空気の薄くなる高さで絶技を繰り返し使う訓練に明け暮れる日々。
日課の〝根性走り〟や〝樹登り〟といった有酸素運動も怠らず、その合間で腹式呼吸にも精を出す──と、同時に、絶技のバリエーションやカッコいい技名を考えたりと、なかなかどうして忙しいけれど充実しまくる毎日。
爪はまだ不安定な〝遠鳴き〟の状態を維持する特訓をしているようだ。
そういえば、あの〝猫又形態〟は己の意思で自在に解放できるのだろうか? 聞いてみたけれど首を傾げるばかりで、どうやら自分でもよくわかっていないらしい。それはそうと気になるのが……
「ニャ……ゥ……ニャァ……」
爪のヤツ、戦闘のあった日からずっと、どこか調子が悪そうなんだよな……。
そんなある日のこと。
子猫状態の爪が「けふけふ」と咳き込み始めた。
「爪ちゃん 大丈夫?」
お初さんが心配そうに背中をさする。
「お……おい平気か? 水飲むか?」
「 けぽっ 」
なんか吐いた。 あ、これ毛玉……かな?
「こ……これはまさか────
お初さんが衝撃を受けている。
猫 物 質 !? 」
ネ……ネコマター!? 猫又的なサムシング!? それとももっと別のなにか!?
久々にやってきた似て非なる異世界パンチ。
負けるな 俺! 頑張るんだ 俺!




