第27話 破魔邪の鉤爪
俄に雲がかかり、雨の様相を呈し始める。
見上げる先には、直径百メートルはあろうかという大きさにまで膨れ上がった巨水塊の姿。空中で大量の魔素を噴き出しながら、悠然と、こちらへ向かって進行して来る。
このままいったら巨水塊……どこまでデカくなるのか見当もつかないぞ。ホント、ふざけてやがる……。
「お初さん、どう思う? 地上は分が悪い……か……?」
「そうかもね……。真上まで来られたら逃げ場がない。そしてあの大きさ……取り込まれたら今度こそ逃げられないわね……」
「よし。じゃあひとまず八百万樹に登ろう」
爪を再び懐へ、お初さんは学ランの詰襟に掴まり、風ロペラ絶技で登っていく。
ユラユラと、なんの躊躇もなく近付いてくる水の巨塊。そして巨水塊から垂れ下がる無数の水槍触手──その先端はおそらく凍っているのだろう……冷気が白くモワモワと煙っている。
それらが一斉に……こちらへ照準を合わせるかのようにググッと鎌首をもたげ始めた。なんだか蛇の群れに睨まれているみたいで背筋が寒くなる……。
攻撃が……来る!
堰を切ったように動き出した巨水塊の触手が──しなり、うねり、唸りながら俺達へ襲いかかってきた。
三十秒吸気! 絶技! 疾風ロペラ!
俺が飛び、お初さんが爆炎の弾幕で触手の攻撃を防ぐ。枝から枝へ、八百万樹を螺旋状に下から上へ飛び回る!
絶技を使った初めての実践がまさかこんな空中戦になろうとは! くっ、集中しろ! 吸気のタイミングを間違うな──俺っ!
しつこい攻撃が続き、執拗な追撃が繰り返される。球体の中心部と同じくらいの高さまで登ると、巨水塊の攻撃が勢いを増し、上下左右から縦横無尽に撃ち込んできた!
ドォン! ガカッ! ジュワッ!
ジュゥゥン!
ズジュッッ! ドジュウッ!
ヴァォォン! ジュジュゥゥ!
お初さんが全て防いでくれているが──この凄まじい数が相手では、さすがに血を使いすぎてしまう! 巨水塊の攻撃が来る方向をなるべく減らそう! この位置ではダメだ──もっと上へ!
再び枝から枝へ──時に八百万樹に盾となってもらいつつ──幹を中心に渦を巻く軌道で上へ────上へ!
ブィィィィン……シュタッ──
初めて八百万樹の天辺付近までやってきた。
ビュオオオオォッ!
風が──スゲェな! さぁ、巨水塊はどう来る!?
ジュバアァァァァァン! ジュジュゥゥゥン!
「うおっ──!」
どう来る──ではなく、もうとっくに来ていた! ずっとお初さんが迎撃してくれていたのか!
強風と自分の事で手一杯だった俺は、全然気が付いていなかった。巨水塊は徐々にその形を変えながらグングン上がってくる。その姿はまるで海中を漂うクラゲそのもの。一定のリズムで傘のような部分を開閉させながら上昇してくる。正面を通り過ぎ、八百万樹よりも高い位置で停止する。
くそっ……結局上を取られちまったか……。
「……ハッ……ハッッ……ッ……」
お初さんの呼吸が乱れている……。ゴメン……なんとか負担を減らせればいいんだけど……。
フワリフワリと傘を開け閉めするだけで、なかなか次の動きを見せない巨水塊。
「なんだよ……俺達が雨で濡れないようにしてくれるってんじゃないだろーな」
「ふふっ……まさか」
ゴポポッ…… ヴククククク……
「んな──っ!」
なんだってんだ……あの数──。
目一杯に開いた傘から次々と水槍触手が生えてくる。それらはこちらを向きながら、ゆっくりと……花が開くように広がって 一瞬の間を置いてから ──猛烈な勢いで襲いかかってきた。
鳥籠の檻が降るように俺達を取り囲み、大口を開けた虎挟みが閉じるような触手の軌道を前に、退路は完全に断たれる。ど、どうす──
「爆爆炎 機雷星」
お初さんが小さな声で呟くと、迫り来る槍の群れに立ちはだかるように、小さな光の球が数多出現する。一本の触手がその輝きに触れると──
カッッ! ドッガアァァァァァン!
夜空に瞬く星のように小さな光が、その大きさからは想像もできないほど豪快に爆ぜた。しかもそれは近くの煌めきに次々と誘爆し、流れるような爆発の連鎖が俺の目を眩ませる。
ジュッ! ドッ! ジュヴァッ! ヴァジュゥゥゥン!
炸裂と蒸発の音が入り乱れ、続いて凄まじい爆風が襲ってきた。
「ぐっ!」
必死にその場に踏みとどまる──と、その時、突然襟首がフッと軽くなった。
「──っ!?」
お初さんが いない! 慌てて振り返ると──いた! けど、落ちていく! 気絶してるのか!? すぐに──
シュン! シュシュン!
風切り音と共に三本の触手が俺の横を通り過ぎる。あの爆発を掻い潜ってきたのか!? でもなんで俺を無視して……狙いは──お初さん!? きっとそうだ! 巨水塊……前回の戦いでお初さんを〝魔技使い〟と呼んで、執念深く攻撃していた! マズい! すぅぅっすぅぅぅぅぅぅぅ────
絶技! 風ロペラ ロケットォッッ!
ブッコオォォォォォン!
「ムギギギギギギッ!」
「ンナァァァァゴ! ニィィヤァッッ!」
爪が懐から這い出て〝気合い鳴き〟で大きくなると同時に、俺の胸を蹴って弾丸のように飛び出した。お初さんへ迫る三本の触手を両断するも、巨水塊はその直前、悪あがきのように氷針を飛ばし、俺と爪はその攻撃を幾つかもらってしまった。だが今はそんな痛みはどうでもいい!
爪は自力で学ランにしがみつき、俺は左腕でお初さんを抱きとめると、木神刀の軌道を変え、縦に大きく弧を描きながら八百万樹の枝へと帰着する。
「みぃ……ぃぃ……」
爪が〝気合い鳴き〟の状態から縮んでしまった。今まではこんなことなかったのに……。随分と力を使ってしまっているのかもしれない……。
「ゴメ……ン」
「お初さん! よかった、気絶してたのかと……」
「ちょっとフラついちゃって……爪刀も、ありがとう……」
「みぃ……」
「どうやら巨水塊の狙いは……私みたいだね……」
「言っとくけど、死ぬ時は一緒だからな」
「みぃー!」
お初さんは呆気にとられたような表情になって、
「…………まったく……この……お人好しバカ達め……」
──と、ポツリ呟き、「むふー」と一つため息をつくと、よじよじと俺の肩まで登ってきて──
「年長者がこんなザマじゃ、格好つかないわね」
そう言って、キュピッと力強く立ち上がった。
見上げると巨水塊は先ほどと同じように、膨大な量の水槍を吐き出し始めている。
来るならきやがれ……最後まで 足掻いてやる!
三 十 秒 吸 気! すぅぅぅぅぅ……ずぅぅぅぅぅぅぅぅ!!
ブ ワ ワ ッ!
触手の束が、異様な花のように広がった、その時だった──
『 パ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ッ ! 』
八百万樹の枝から、幹から、樹木全体から光が溢れ出し、葉が、花が──瞬く間に咲き乱れる。真っ白なそれらは即座に魔素を吸い取ったのか、淡いピンク色となって、まるで満開の桜のようだった。
至る所で樹紋が浮かび上がり、それぞれの紋様が一際輝きを増すと、眩い粒子が光の蕾を形作る。
カ ッ ! カ カ カ カ カ カ カ カ カ ッ ッ !!
時間差でカメラのフラッシュが焚かれたように、無数の光る蕾が煌めいた。その刹那──
ピシャッッカッドガゴォガガシャァァァァァァァァン!!
「うおおっ!」
咄嗟に耳を塞ぐ。近くで落雷があった時の──あの凄まじい音が何十発も轟き、振動と衝撃に吹っ飛ばされそうになるのを懸命に堪える。
「これは……!?」
お初さんから聞いた〝昔話〟を思い出す……。確か、八百万樹の近くで魔邪者が雷に打たれたっていう、マカフシギの──始まりの再現!? 枝から枝へ逃げ回った時に、〝忍惨禍嘆素〟が全体に行き渡って息を吹き返したってことなのか!? 災い転じて福となした──!?
クラゲ型の巨水塊へ光蕾から放たれた雷が次々と突き刺さる度に、夥しい量の蒸気が立ち上る。
蒸 気? あの雷……よく見ると赤い! 音と見た目は間違いなく雷……でもあれは……炎の雷──炎雷だ!
ズガッシャァピシカッドッゴォガガァァァァァァン!!
も……もの凄い光景だ。
巨水塊は悶えるようにデコボコになってのたうち、徐々に高度を下げていくが……その大きさは一向に小さくなる気配がない……。
アイツ……まさか、降り注ぐ雨を絶えず取り込んで、瞬時に同化しているのか!? 加えて巨水塊には空気中の水蒸気を凍らせる冷気もある。そのおかげであの塊を維持しているんだとしたら、八百万樹でも……倒せない……?
ウソだろ……そんなヤツが いるのかよ……。
でも……でもだ! 今はきっと好機! 最初で最後のチャンスかもしれないんだ! 何か、何か策は──
自分だけでは何も思い付かず、お初さんへ声をかけようとしたその時──足元の枝から幹の方へ光が走った。
見ると──全ての枝から同様の光が集まり、樹幹で輝きを増しながら天辺へと駆け上がっていく。
「万超! あれ!」
お初さんが指し示す先に、それはもう馬鹿デカい桃が生っている。俺達が食ったものよりさらにデッカい!
「お、お初さん!? いま食べるつもり!?」
「そんなわけあるかーっ!」
幹を登り切った光の奔流は──枝を伝い──桃へと注がれ──その実が煌々と輝き出した。
な……何が起こるんだ──!?
カ ッ ッ ! ドォォォン!!
「み゛ぃぃーーっ!」
轟音と共に爪の悲鳴が響き渡る──。
「雷撃!? 爪に!? 八百万樹が……なんで!?」
「待って! 雷じゃない! 光よ──光が爪刀に注がれてる!」
「光──!?」
確かに、落雷のような一瞬の現象ではなく、鞭のようにしなる光線が今も爪を穿ち続けている。でも──どうして!?
見上げると、あれだけ大きかった桃の実が、しなしなと萎んでいくのが目に見えてわかった。
「み゛……み゛ぃ……」
ググ……ググググ……
「爪刀が──!」
爪が……どんどん大きくなっていく……。
やがて、光が収まると……あれだけデカかった桃は跡形もなく消え失せており、その養分を全て吸収したかのように、爪は……〝遠鳴き〟の時よりもさらに……馬二頭分はあろうかという大きさにまで成長していた。
目が点になる。な……なんだよこの姿……。
鬣はさらにモッフりとボリュームを増し、迫力と同時に気品すら感じさせる。
輝く毛並みからは時折、光の粒子が放出されていて……その様子は心眼の女神様を思い起こさせる。
尻には長い長い二本の尾が、優雅にユラユラ揺れている。お……お前……ついに猫又に……いや、本物の神獣になっちまったのか……?
そしてツメには──たまげたことに──木神刀と同じような文様が刻み込まれているのだった。
「グルルルルルルル……」
喉を鳴らす重低音……。
「爪……ちゃん……?」
「爪……お前……」
「 ニャッ? 」
って声は変わらないのかよ! 危うくズッコけて落っこちるところだったよ!
「ニャァ……ハッ……ハッ……ニャァ……」
「どしたの!? どっか辛いの!?」
「大丈夫か!? 爪!」
「ニャッ!」
俺達の心配を振り払うように爪が前足で示す方向には、今なお八百万樹の炎雷に曝され続け、三分の一ほどに縮んだ巨水塊の姿があった。
あれ? 随分と小さくなっている……。さっき感じた懸念は……杞憂だった?
ガァァァン! ドォォォン!
どんどん小さくなっていく。ひょっとしたらこのまま……と、思わずホッと胸を撫で下ろした瞬間──
「万超!!」
お初さんが叫ぶのと同時に、突然、右から大きな影が迫ってきた! 氷の触手!? それも乗用車並みのデカさだ!
咄嗟に木神刀で受けながら──腰を大きく反らすように身体を捩る。氷触手の鋭い先端が脇腹を掠め、直撃は避けたものの──ななめ上方へ弾き飛ばされる。
『 ボフヨン 』
綿疾風の魔技によって跳ね返った俺は、詰襟に掴まっていたお初さんと共に一段上の枝へと着地する。
「大丈夫!?」
「痛っっってぇ!」
「ゴメン、私も油断してた」
「なんで氷の触手が突然……あれは一体どこから!?」
辺りを見回しても怪しい様子はどこにもない。しかし──灯台下暗しとはよく言ったもので──俺達や爪のすぐ下方で、今まさに巨大な水の球塊が出来つつあった。
「どうしてあんな……八百万樹のすぐ近くに」
「──見て! あっちの巨水塊から細い水路が何本も伸びてきてる! あれを伝って移動してきたんだ。きっと、あそこで削られてるのはもう本体じゃないのよ!」
雨の勢いが強くなる。やっぱりか……この雨が一番の供給源。これのおかげで巨水塊は無尽蔵に水を補給して、あんな特殊な移動も可能にしてるってわけだな。水路の数が多すぎて、炎雷も捉えきれていないみたいだ。
「 ガオオォォォォォォォォォン! 」
大気が震え、その振動がビリリと俺の身体を突き抜けた。
爪の、獅子のような咆哮──。 そんな声も出せるのか!?
ダッッ!
宙へ飛び出した爪が、空中を巨水塊へ向かって一直線に疾走していく。
「ええっ!? 爪、一体どうやって!?」
「足を踏み出す瞬間に風を発生させている……ように見えた。魔技……いえ、むしろ絶技に近いかも……」
「絶技に?」
「魔技は自分以外の場所に現象を発動させる。対して絶技は木神刀自身に発現させるでしょ? 爪刀のあの走り方は外からの風を受けてというより、自身からの風を使って駆けているように見えるもの」
「そういえば爪のツメに木神刀みたいな模様が……」
「やっぱり! スゴい……あれが爪刀の……神獣の真の姿なんだ……」
「 ヴオォォォォォォォォォォォォッ! 」
再びの咆哮。それと同時に爪の振り上げたツメが巨水塊をブシャリと四散させる。
ビリリと震える衝撃波がこちらまで届く。
「す……すげぇ……」
「 〝破魔邪の鉤爪〟だ…… 」
「ハマ……ジャ……?」
「心眼様の言葉を思い出した……。マカフとシギ以前──人が対抗する術を手にする前は、神獣たちが魔邪者を鎮めていた時代があったって……。神気を宿す爪や牙……爪刀のアレは〝破魔邪の鉤爪〟──昔の人はそう呼んだって!」
「破魔邪の 鉤爪……」
巨水塊はコマ切れになり、一撃で決着が着いたかと思われたが──少し離れた場所で再び水が融合し始める。
「 ゴオォォォォォォォォォン! 」
爪が再度その鉤爪を振るい、巨水塊は破裂するように散り散りとなるも、さらに離れた場所でまたもその躯塊を復元させる。
なおも執拗に追い縋る爪。その様子は尋常ではなく、我を忘れているみたいだった。
「爪刀……なんかおかしい──!」
「ああ! 俺もそう思────
ついさっき、俺が上へ弾き飛ばされた時に見た爪は……なにが起きたのか、まるでわからないって顔をしていた……。
初めて会ったあの時もそうだった。横たわる親を同じ表情で見つめていた……。あの日も……今みたいな雨だった……。
爪、ひょっとしてあの日を思い出してるのか!? さっきの俺を、車に撥ねられた親と重ねて……それであんなに怒り狂って────
爪と巨水塊の戦闘はどんどん遠ざかっていく。すでに八百万樹の射程外まで離れて……これってまさか、誘い出されてる!?
「万超、八百万樹が……!」
満開の桜のようだった八百万樹の葉が、花が、鈍く黒ずんだ紫色に染まり……散るのではなく霧消していく……。樹皮から漏れ出ていた光も収まり、輝きが失せてしまう。
イヤな予感がする…… 爪が 危ない──!
「行こう! 万超!!」
俺の肩で、頬をベシベシ叩きながらお初さんが叫ぶ。
ありがとう!
枝を蹴り、宙へと飛び出す。爪のいる場所は既にここから随分離れてしまっている。〝鈴の太刀〟では、ちょっと厳しいかもしれない……ならば!
秒の吸気! 〝鈴の小太刀〟! 烈風ロペラ!
〝鈴の小太刀〟は連続して絶技を発動するときの掛け声だ。持続時間は短いが、おかげでこまめな吸気が可能で酸欠になりにくい……はず! まだ練度は高くはないけれど、なんとか持ってくれ!
爪は幾度も球塊を粉砕しているが、嘲笑うかのように、巨水塊は別の場所で再生を繰り返す。そして巨水塊の触手槍が当たる度、爪の身体は右に左に跳ね飛ばされる。頼む! 間に合ってくれ!
巨水塊の間合いに入る──攻撃が来る! 八百万樹の援護はもうない……覚悟の時だ!
お初さんが迫り来る無数の触手を迎撃する中、俺は爪へ向かって一直線に進み続ける。
「ぐっ……くっ……!」
お初さんの踏ん張るような、歯を食いしばるような苦しそうな声。この根性に応えるんだ! 為すべきことを為せ! 万超ぉ!
見つめる先で、爪の身体が大きく弾かれた。爪、自分が攻撃するより、喰らう回数の方が増えている。神獣形態……きっとまだ消耗が激しいんだ。それにあの姿になる前からだいぶ辛そうだった。
もう少し! あと五十メートル!
最後の力を振り絞るように、爪は──上空から襲い来る水槍触手へ鉤爪を叩き込んだ。
斬撃は球体まで届き、その塊を見事に両断した!
「あれは!」
蘇芳色の炎が見えた。巨水塊の急所が露わになっている!
「万超 危ない!」
見上げている視界の端で何かが動いた。
コ ッ !
右のこめかみに殴られたような衝撃が走る。首がねじれ、強引に左を向かされる格好となった。そのすぐ横を、腕くらいの太さの触手が、先端から蒸気を上げつつ高速で流れていく。
おそらくお初さんが氷の槍の尖頭を魔技で溶かし、ギリギリのところで防いでくれたんだ……。殴られる形にはなったけど、それがなければ即死だったかもしれない。
頭がクラクラする……。マズい……呼吸が……吸気が途切れちまった……。しかし、もっとマズいのは……顔を向けた先に新たな──直径十メートルはあろうかという水の塊が生成されていたことだった。そしてそれはフグのハリセンボンのように膨らむと、全身から──俺の胴体よりも太く鋭い氷の針を一斉に──放射状に撃ち放った!
直後、何本かはお初さんの魔技で蒸発するが、数が 多い!
「近すぎる!」
お初さんが叫ぶ。きっと、さっきの爆発する機雷の魔技を使おうにも距離が近すぎるという意味なんだろう。そして放たれた氷針は俺達だけではなく、爪に向かっても真っ直ぐに──!
こめかみに喰らった一撃のせいか、意識が……朦朧と……する……。
冷気を放つ先端が、首に……腹に……今にも突き刺さろうとしていた。
肩のお初さんを懐へ押し込み、庇うように抱え、顔を少し上げる。
爪と 目が合った。 なんて顔……してんだよ……。
『 リイィィィィィィィィィィィィィィン!! 』
鈴音の 咆哮──
泣きそうな顔で放たれた爪の叫声は……その表情とは正反対の、優しくも凛として、全てを包み込んでしまうかのような音色だった。
なんだ……これ……? 何もかもがスローモーションみたいに……。雨の 一粒一粒が撓んで 落ちていくのが……はっきり見える。氷の針は なかなか刺さってこないな……。
「なにが……起きているの……?」
お初さんの呟きが聞こえる……。 視界が ぼやけてきた……。
光が 射している……。
曇天の空……しかし雲の切れ間から 幾筋も光が差し込んでいる……。その向こうは ああ……鮮やかな茜色だ。
こんな景色を……前に どこかで…………。
そうだ
俺の願いだ……。
女神様に蘇らせてもらった 俺の願いの光景に似ているんだ……。
手を伸ばす……
帰ってきた両親へそうするように……大切な存在へ手を伸ばす……
力を使い果たし、今 子猫に戻ってしまっている爪へ…… 交通事故、わずかにしか触れられなかった爪へ…… 今度こそ しっかりと手を伸ばす…………
すると──
閃光のような煌めきが 伸ばした手から 身体中から溢れ出す────
気が付くと俺は、爪をしっかりと抱きかかえていた。
「み……っ!?」
「今の は──!?」
爪とお初さんの声が胸元から聞こえる……。
思い出したように世界が動き出し、すぐ脇を無数の氷針が通り過ぎていった。
上空を見上げると、巨水塊の急所はまだその姿を晒し続けている。
距離は百メートルくらいだろうか。 一歩で……行けそうだ……。
再び閃光が迸り 次の瞬間 俺はヤツの急所──蘇芳色の炎の真ん前にいた。
三十秒吸気── 鈴の大太刀──
絶技 雷刃 縦一文字──────────
『 リィン 』
────炎は両断され、宙にとどまっていた大量の水は、糸が切れた人形のように、我先にと地上へ落ちていった。
雲が晴れていく。
雨は いつの間にか止んでいた……。




