第26話 一進一退
宙に浮かぶ巨大な水の球体。
再び現れた魔邪者への反撃を俺達は試みる。
要は以下の三点だ。
一つ、子猫となってしまっている爪が、再度〝遠鳴き〟を出来るようになるまでの時間を稼ぐこと。
二つ、魔邪者の水の鎧を少しでも削ること。
三つ、魔邪者の急所である蘇芳色の炎を叩き、決着をつけること。
学ランの第二ボタンまでを外して子猫の爪を胸元に収納すると、顔をニュッと出して「みぃー」と鳴いた。
さて、じゃあやるか!
「待って、万超」
「……どうかした?」
「……〝ゴスカ〟っていうのは……どうかしら」
「ゴ スカ……とは……?」
「〝巨大〟な〝水〟の〝塊〟だから〝巨水塊〟……今の、あの姿になった魔邪者の名前よ」
「な……名前? ……それって今、必要……?」
「だって名前があった方が認識の解像度、上がる気がしない? 相手や物事をなんとなくで捉えてると、色々ボンヤリしちゃってもやもやするのよ、私」
「まぁ……確かに……」
「フフーン♪ 決まりね。あの魔邪者は前回は巨裂牟で、今回は巨水塊」
認識の解像度か……。お初さんて、ただ単に名前つけるのが好きなだけかと思ってた。
「じゃあ、打倒巨水塊、いくわよ!」
「押っ忍! お初さんは基本、防御に徹してくれ」
「ええ!? なんで!?」
「いざ──という時のために。魔技で攻撃するとなると、どうしたって巨水塊の近く、つまり──」
「魔素の濃度が高い状況下でってことね……それはわかってるけど」
「今は削りの段階なんだから、そんなにムキになる必要もないでしょ」
「うぅぅー、……わかった。私は防御担当ね。んじゃあ万超は隙を見て巨水塊の炎糸を木神刀で斬ることに集中して。合図出すから」
「了解」
「有効な攻撃は恐らく火と土。火は水を蒸発させるし、土は染み込ませて吸収しちゃうから」
「わかった!」
風を受け、白波を立てながら、空中をゆっくりとこちらへ向かってくる魔邪……もとい巨水塊。改めて見ても異様な光景だ。俺達も間合いを意識しながら、徐々に間隔を詰めていく。特にお初さんの魔技は、巨水塊の発する魔素の濃度に大きく影響を受けるので近寄り過ぎてはいけない。
巨水塊との距離、約二十メートル。
ブクッブククッッ!
球体の表面が泡立った刹那、土管くらいの太さの──しかしその先端は生け花で使う剣山みたいな形状をした──水の槍が、触手のように高速で伸びてくる!
二十秒吸気! 鈴の太刀!
『リィン』
木神刀を腰に当て、抜刀する体勢で合図を待つ。
ズモッ!
お初さんの魔技による分厚い土の壁が、勢いよく地面から迫り上がる 。
ビシャリと水槍の触手が衝突し、飛沫の怒号を上げながら、あたかもドリルで穿つかのように壁を貫通、破壊して──尚もこちらへ向かってくる。
ズモモッ!
先ほどよりもさらに分厚い土の壁が盛り上がる。そして再びビシャリと接触した瞬間──
「万超!」
合図だ! いっくぜぇぇっ!
絶技! 疾風ロペラ!
壁の左から、俺は飛び出した! 足を浮かせ、草原を滑るように舞い進む。木神刀の角度を微妙に変え、ボートレースのコーナーを曲がるような軌道で回り込むと、水槍の土手っ腹が目前に迫る!
『リリィン』
鈴の音を素早く二回鳴らす。一回目で疾風ロペラを止め──同時に抜刀! 二回目で炎を刀身に纏わせ、水槍の柄を両断する!
くらえ! 炎の絶技!
ジュジュワァァァ!
凄まじい蒸気が上がる! ぐっ! 気を抜くと濁流に木神刀をもっていかれそうだ!
なにせこの水の槍は、常に高圧で放水されているようなモノ──それを斬ろうってんだから──当然といえば当然か!
「みぃぃぃぃーーーっ!」
お客様!? お客様! 危険ですので身を乗り出すのはおやめ下さい! って、なんで爪が盛り上がってんだよ! ここは俺の見せ場だろがい! ぬぐおおおおおおおおおっ!
ビンッ! ビビンッ!
琴や三味線の弦が切れるような音と手応えが三度! 木神刀にかかる圧が消え、水の柄はその形を崩してザパァンと地面へ流れ落ちる。
丸裸となった巨水塊の青白い炎糸が、本体の方へ巻き取られるように戻るのを横目に、再び鈴の音を二度鳴らす。まず炎を消し、続く風ロペラ絶技で低空飛行。すぐさまお初さんの元へと帰投した。
『リィン』
「────っ……っ……!」
少し……吸気が足りなかったか……! 斬るのに手間取ったから……!
「万超!? 大丈夫!?」
「──っ──ふっ……すぅぅぅはぁぁー。大……丈夫」
「………………」
「却下」
「私、なにも言ってない」
「言わなくてもわかる。お初さんは防御の係」
「むぐぐ……」
「次はもっと上手くやるから」
「むーっ!」
お初さんが唸りながらキュピキュピと地団駄を踏んでいると、胸元の爪が「みぃ!」と鳴いた。
その視線の先──巨水塊がユルユルと高度を下げ始めた。
「なんだ巨水塊……あんな地面すれすれまで下りて……」
「……万超ならどうする?」
「俺なら? どうする?」
「もし万超が巨水塊だったらどうするって意味」
「俺がアイツだったら……」
「〝自分が相手だったら〟──この思考は大事だよ」
「な……なるほど。ちなみにお初さんはどう考えてるんだ?」
「たぶん次は氷の触手槍が来るんじゃないかな」
「どうしてそう思うの?」
「巨水塊はあの水の球体を自在に凍らせることが出来る。万超も知ってるわよね? 一緒に危ない目に遭ったし。そんで土の壁を貫くならやっぱ水より氷でしょ。それに万超の木神刀を弾き飛ばそうと考えるなら、液体より固体の方がいいんじゃないかな」
「……確かに」
「てなわけで、また合図したらさっきの風の絶技をお願い。ただし今度は真後ろに飛んでね」
「わ、わかった」
お初さんがフワリと浮いて、学ランの詰襟に掴まる。
巨水塊は球体の下部を地面で擦りながらジワリジワリと近付いてくる。
アイツ……なにを考えているんだ? あれじゃ土に水を吸われてしまうんじゃないか? それともそうならない裏技があるとか?
距離三十メートル……そろそろ仕掛けてきそうだと感じた俺は、木神刀を正眼に構える。
ビキキキキキッ!
球体の表面が──横並びに四箇所──硬質な音を立てながら白く変化していく。
キピッッ!
氷の卵が割れるような音と共に四本の氷槍が一斉に放たれた!
凍った大蛇のようなそれらの軌道──正面二本は直進し、両サイドは大きく弧を描き、回り込むようにこちらへと迫る!
「まだよー」
準備! すぅぅぅぅぅぅぅ……
「もうちょいぃぃ……」
すうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ! 二十秒吸気! 鈴の太刀! 『リィン』
木神刀の切先を水平よりわずかに下げる……。
氷の触手槍は──もう すぐ そこだ!
「今っ!」
疾 風 ロ ペ ラ !
ブイィィィィィィィィン!
身体は正面を向いたままで後方へ飛び、脱兎の如くその場を離脱する。直後──
ズッジュワワァァァァァァッ!
「──ッ!?」
蒸気!?
俺達がいた場所の地中から激しく蒸気が立ち上る──と同時に地面が雪で作ったかまくらのように盛り上がり、氷槍の触手がそこへ突き刺さると、再び大量の蒸気が盛大に噴出する。
遠くなっていく土のかまくら……。
……あれは?
迫り上がった地面の内部に──大量の湯気で周囲は白く霞み、はっきり見えたわけではないけれど──鮮やかなオレンジ色の光が見え隠れしている。
ズザザッ!
無事に着地をして距離を取ることができた。
「さっきのあの蒸気って、お初さんが何かしたの?」
「そう。やっぱり今の巨水塊の攻撃、正面からの四本の氷槍は囮だったみたいだね。本命は、球体の真下から伸ばして地中を進んできた氷の触手」
「真下に!? ……っ! そうか、それを気取られないように地面を撫でるように移動していたのか」
「だね。だから私達のいた場所の地中に、魔技でマグマの壁を仕掛けておいたの。それで下からの攻撃に備えておいて、離脱と同時に土の魔技でマグマごと隆起させて正面からの氷槍にブチ当てたってワケよ」
「マグマだなんて、かなり強力そうだけど血を大量に使ったんじゃ……」
「平気。巨水塊が接近する前に仕込んでおいたから、使った血液はごく少量だよ。でも……魔素の濃度のせいだけだと思っていたけれど、やっぱりこの〝一頭身の呪い〟も使う血の量に関係してるっぽいわね。もちろんマイナスな意味で。ほんっっっとアッタマくるわ」
「俺、下からの攻撃なんて、全然気がつかなかったし予想もしていなかった……」
「それは単に経験の差。万超はこれからこれから」
だと……いいなぁ……。
「にしても巨水塊……なんだか天魔導士の戦い方を知っているような気がするのよね……」
「天魔導士の……?」
「うん。敢えて目立つ技を囮に使って、死角から攻撃するっていうのは天魔導士の基本スタイルなんだけど……どう言えばいいのかなぁ……スゴくしっくりくるのよね、巨水塊の戦法」
「まさか……天魔導士の魔邪者?」
「うぅぅぅん……わかんない! 気のせいかもしれないし!」
お初さんと俺の会話を黙って聞いていた爪が、もそもそと動き出し、
「みぃーーー!」
──と、元気よく鳴いた。どうやら回復が完了したらしい。
「お? 爪刀の準備、整った感じ?」
「みたいだ」
「じゃあ、今度はこっちから仕掛けるとして、どう接近──」
キイィィン! キ……ピ キイィィィィィン! キキキキキ──キイィィィン!
異様な音のする方を見ると、巨水塊の全身が急速に凍っていく。
ズウゥゥゥゥゥン!
ウィスキーに入れる丸氷のような姿となって地面に落下すると、その場で回転をし始めた。回る速度がグングン上がっていき……
ギャルルルルルルルルルルルルルルルッ!
高速のスピンは地を抉り、巨水塊の後方へ夥しい量の土砂を撒き散らす。そして次の瞬間、回る勢いそのままに──こちらへ! 一直線に猛進してきた!
いや違う! 直線的な動きと見せて、左右にわずかなブレ──フェイントが入っている!
真っ直ぐな突進だったなら、右か左、どちらかに飛んで逃げることも可能だろう。しかし、あのこちらを牽制する絶妙な動き、それを避けようとする俺達は完全に出鼻を挫かれた。なにせ、俺とお初さんは次に取る行動から回避を除外するのに二秒を費やしたのだから。
「絶技と魔技で、土のバカでかいジャンプ台を作る! そんで俺らの頭上を通過させてやり過ごすってのは!?」
「今の私達じゃたぶん強度が足りないわ! もろとも削り潰されて終わりよ!」
「だったらどうする!?」
「 全 力 攻 撃 ! 死ぬ気で行くわよ!!」
巨水塊はあっという間にすぐそこまで迫っている! 間に合──
「みぃーーーっ!」
突然、爪が胸元から飛び降りて俺達の前に躍り出る。
「爪刀!?」
「バッ! おまえなにを──!」
「 ミャオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォン! 」
子猫状態で駆け出しながら遠鳴きをする爪。その身体はみるみる大きくなっていき、最大となった直後、高く、見上げるほどに高く跳躍し、巨水塊の中心へと突っ込んだ!
そして目の前の巨大な……殺意全開の氷塊へ──話に聞く燕返しのように──右のツメを振り下ろすとほぼ同時に、瞬きが間に合わないほどの速さで左のツメを振り上げた!
ッキイイイィィィィィィィンンン!
硬い澄んだ音が響き渡ると、一瞬の間を置いて……ゴカリという音がすると、氷の球体は見事なほど真っ二つに割れ散った。
回転速度が衰えぬままに両断された氷塊はバランスを崩し、轟音と共に俺達の両脇を通り過ぎていく。
「 フッ シュウウゥゥゥゥゥゥ 」
「おお……スゲェ……」
「やった! 爪ちゃん、エラい!」
この姿の爪は、なんというか……気迫が違うな……。
後方へもんどりを打ちながら転がった半球の片割れは、たちまち溶けて水となり、大地へと染み込んでいった。しかし、残ったもう一方は氷の状態を保ち続けている。
「欲を言えば今の一撃で巨水塊の急所も……って期待したんだけど、そうは問屋が卸さなかったってわけね」
「魔邪者の本体は……あの凍っている方に逃れたってこと?」
「だろうね。くぅー、惜しかったなぁ」
「でもこれで、巨水塊は半分の大きさになったんだし、作戦通り、ガッツリ削れたんじゃないか?」
「そうね。もう一息!」
「ニォオォォ~」
おかしな鳴き声と共に爪が縮んでいく。
「よし、巨水塊がまた動き出す前にもっと離れて爪の回復を──」
……なんだ? 吐く息が……白いぞ?
「なんか……寒くない?」
そう言ったお初さんの息も白く、そして……確かに寒い。
「みっ!」
爪がブンシャした。辺り一面に何か……キラキラとしたものが舞っている。
それが手に付着したのでよく見ようとしたが、すぐに消えてしまった。
今一瞬見えたのは……雪の結晶!?
昔連れて行ってもらったスキー場で見たことがある……。じゃあこの光る塵のような現象は──ダイヤモンドダスト!? まさか──
振り返ると、後ろの氷岩から白い煙のような冷気がもうもうと溢れ出していた。
この辺一帯の……空気中の水分を急速に凍らせてるのか!? ウソだろ!?
目を凝らすと、蜘蛛の糸よりも細い青炎の繊維がそこかしこに伸びているのが見える。
マズい! すでに囲まれている!
お初さんも気付いたようで──
「すぐに離脱するわよ!」
──そして魔技を使おうとするが、周囲の炎繊維から濃い赤紫色の魔素が噴き出し始める。
くっ……ここはもう巨水塊の体内のようなものか!
「魔技は使っちゃダメだ!」
「でも!」
学ランのボタンをさらに外し、爪とお初さんを懐中へ押し込む。
「み゛む゛っ」
「もががっ! ちょっと!」
宙を舞っていた粒子が至る所で結合しだした。
「落ちるなよっ!」
すうぅぅぅぅ──ずうぅぅぅぅーーーーーーーーーーーっ!
三十秒吸気! 鈴の太刀! 『 リ ィ ィ ン 』
烈 風 ロ ペ ラ ァ ! !
ヴゥッ──フォォォォォォォォォォォォォォォォン!
今の俺の最高速度の絶技! くーっ! 我ながら は や い!
──が! 左手は爪とお初さんが落ちないように懐を押さえているので柄を握るのは右手のみ! 少しでも気を緩めたなら木神刀だけがすっぽ抜けて飛んでいき、俺達はあっという間に氷獄に囚われてしまうだろう。
ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
必死で握り締め続ける! がんばれ! 俺の握力!
ズッシャァァァァッ!
俺は知らず知らずに八百万樹へ進路を取っていたらしく、辿り着いた先はその樹の根元だった。
「万超!」
「みぃーっ!」
ひゅぅ…………っ…………ひゅぅぅ…………
……わかってた……三十秒じゃ足りないって……。でも……これが今の……俺の限界だからな……ああ、くそっ……もっと強くなりてぇ……。
「大丈夫!? 万超!」
──っ──っ……す……すぅぅぅ……
あ、酸素来た……。
もう大丈夫と、お初さんに手で合図を送る。
ズキッ──
「痛っっって!」
なんだ!? 腕を上げたら激痛が──!?
見ると左腕に三本、右腕に二本、十センチ大の氷の楔が刺さっている。飛んでる途中で刺さったのか……無我夢中で気がつかなかった。う……
うおおっ──認識すると尚のこと痛ぇ!
ただ、ここまで離れると魔邪者の糸は範囲圏外らしく、氷は瞬く間に溶け、やがて液体となって流れ落ちていった。
「上着を脱いで傷見せて! 腕は!? 手は動かせる!?」
「イテテテ……大丈夫……どっちも動く」
お初さんが例の包帯と、赤っぽい布のような物を取り出した。
「八百万樹の葉の包帯、まだあったんだ……」
「まだまだあるよ。こんな時のための必需品だからね」
「その赤いのは……?」
「天日干しした八百万樹の桃の皮」
「………………それを……どうするの?」
「決まってるじゃない。患部に当てるのよ」
「ええ!? それって大丈夫!?」
「わかんない」
「わかんないんだ!」
「今 他に適当なものが無いの! 我慢なさい!」
膿んだり……しないだろうな……。
俺の心配をよそにお初さんは、それはもう迅速に止血と手当てをしてくれた。
「ありがとう、助かったよ」
「なに言ってんの。お礼を言うのも、助けられたのもこっちの方で──」
最後まで言葉を紡がず、お初さんは一点を見つめて固まってしまった。
その視線は俺の後方……。振り向くと──
最初に現れた時の倍はあろうかという大きさに膨れ上がった、超巨大な水の球塊が……ゆっくりと、大量の魔素を吐き出しながらこちらへ近付いてきていた。
あれは……自身の周囲にあった水分を軒並み凍らせ、取り込んで水に戻し……前よりデカく融合し直したってことなのか!?
「ははっ……」
乾いた笑いが洩れる……。
「お初さん……これって相当ピンチなんじゃ……」
「そう……かも」
「みぃ……」
ど……ど う す る !? ど う し よ う──!




