第25話 白く 黒く
「──っ──がぼぼっ!」
くそっ、魔邪者ッ! 今度はこんな水の塊になって襲ってくるとは──これだけの水を操りながら、地中を進んできたってのか!? どうなってやがんだ、魔邪者ってヤツは!
──と、頭のすぐ後ろで気配を感じ、ギョッとして振り返る。
「──もがもごっ!」
もがもご──って、お初さん!? お初さんも取り込まれていたのか!? じゃあ、ひょっとして爪も!?
あたりを見回すが爪のヤツは……いない。そういえば取り込まれる直前に〝気合い鳴き〟をしていたな……。自慢の脚力で上手いこと逃れたのか。猫は濡れるのが嫌いだっていうし──ナイスだ! 爪!
「もがぶばん──っ!」
すぐさま引き寄せると、お初さんは学ランの襟をむんずと掴んだ。さあ、ここからどうする!? 下に向かって泳ぐか!? それとも絶技で風のスクリューを──
「ばべっ──!」
え? なに? 〝ダメッ〟って言ったのか?
さすがお初さんだ。俺の考えなんてお見通しとでもいうかのように、強い調子で制止してきた。確かに、突然この水の空間に囚われたので空気を吸う暇はなかった。つまり、今の俺には圧倒的に酸素が足りていない。
ゴプン…… ゴプン……
そうこうしているうちに地面が遠ざかっていく。
こ、これどんどん上昇してないか!? 魔邪者がなにをするつもりかは知らないけれど、ヤバそうな雰囲気だ! ひょっとして溺れさせた後、高所から落とすつもりか!? だとしたらマズい! とにかく下へ! 下へ泳ぐんだ!
「ぶむっ! ぶむぅっ! ──っ! ──っ! む゛ふ──っ!」
あと──少し! なのだが──
『……ッキ──ピ キッッ──キッ──キピキキキッ──』
突然、外部との境界──水の球体の縁が磨りガラスのようになって、外の景色が霞んでいく。それにこの音……まさか凍っているのか!?
よく見ると、この空間全体に魔邪者の発する青白い炎が──まるで蜘蛛の巣みたいに張り巡らされている。
あの炎……凍えるほど冷たかった。水をこんな速度で凍らせることもできるのか!? このままではあっという間に俺達の周囲も氷になっちまうぞ! そんな所に閉じ込められたら……いや、それどころか身体を凍らされて割れでもしたらそれこそ取り返しがつかない!
一か八か、今ある体内の酸素を使って──!
グイィー!
髪を引っ張られる。見るとお初さんは瑞意召魂を取り出していた。
ちょ、ちょっと待った! ここの魔素って高濃度だろ! こんなトコで魔技を使ったらお初さんだって──!
「もむ゛ーっ! もむ゛む゛ーっ!」
首をブンブンと振って、今度は俺がお初さんを止める。けれど……くっ……息が…………。
俺かお初さん、どちらかが賭けに出るしか道はないと思われたその時──
「 ──ャオ……ォ──……──ォン…… 」
遠くから聞こえた……これは、声? 水中なのではっきりとは聞き取れなかったが……今のは……爪の〝遠鳴き〟!? 氷越しに見えるあれは──やっぱり爪か!?
ピシッ────!
目の前の氷の壁に、円を描くような亀裂が走る。恐らくは爪のツメによる斬撃──それは俺達を包むような円筒状で、氷壁と水を斬り裂いた衝撃波は後方にまで突き抜けた。
ガゴリンと鈍い音がすると眼前の氷塊が押し出される。外から見ればワインのコルク栓が抜かれるような感じだろうか。
さらに、周囲を取り巻いていた青白色の炎糸は先の爪の一撃によって断ち切られ、魔邪者の支配から解放された水は本来の性質を取り戻し、俺達もろとも勢いよく外へと放出された。
「──ぶぱっっ──っ!!」
出れたっ! 空気! 空気! ズハーーーッ! ズパーーーーッ! 空気がウマい! けど! うかうかしていたら地面に叩きつけられちまう! その距離──ざっと十メートル!
「すぅはーっ! 万超! すぅーはぁー! 私が!」
「すぅぅはぁー! いや! すぅはぁー! ここは俺が!」
今回の魔邪者はまだ呪いの弱体化がない。外に出たとはいえ、もし魔技を使えば、お初さんはどうしたって血を多く使うことになってしまう。だったら俺の出番だろがい! そのために修行したんだ!
すうぅぅぅ……すうぅぅぅぅぅぅぅぅーっ!
絶技を持続させるに足る酸素の吸引、今回は十秒──〝十秒吸気〟!
続けて──色々試した中で一番しっくりきた掛け声で気合いを入れ──同時に心で音を鳴らす!
〝鈴の太刀〟!
『 リィン 』
そして──傘をさすように木神刀を立てて持ち、その先端で竹トンボが回るように風を回転させるイメージ!
〝絶技────風ロペラ〟!
フイィィィィィィン!
地面へ激突する二メートル手前で一瞬フワリと浮き上がり、そしてゆっくりと──着地!
最後に、木神刀をブンと振り下ろして鈴の音で〆る。
『 リィン 』
「……………………」
「おお……万超……」
出ー来ーたーっ! 何度も練習した甲斐があった! 八百万樹の枝からもこの技で降りる特訓、何度もしたし!
とはいえ安心してはいられない! まだ魔邪者は直上! すぐにこの場を離脱して距離を取らなければ!
でもその前に爪だ。アイツはどこに……確か遠鳴きの後は子猫の姿に──
「みぃー!」
いた! よちよちと一生懸命にこちらへ走ってくる。
「爪ちゃん! ありがとう!」
「爪! すまない! 助かった!」
こちらからも駆け寄り、手を伸ばす。
ビ シ ュ ッ ッ !
「──み゛っ──っ……」
パタリと…… 爪が倒れた…………。
………… え?
俺は今……なにを……見たんだ………………?
突然……水が……槍のように……爪の……後頭部から顎を……つらぬいて……
ウソ だ……
だって……え…………? 爪が?
頭 が
みま……見間 違い だろ? 真っ白だ
そ
んな…… 冗──── ……談…… なにかの……
爪 は
だっ て まさ……か ウソに決まって アイツ が……
──っ
────はっ……っ……はっ……ぁ…………ぁ………………っ
息 が
イ ヤだ………… な……んで…… ──苦し──────ぃ
爪 が……
こ んな簡単 に? アイ ツとは── …………く……も
なんで こん な
や り…… ダメだ ろ やりな おして…………なん で?
爪 は
だって……いつも俺より……っ はぁっ──はぁっ…………っ……
俺より
先を……歩いて………… それが こんな こんなあっけなく…………
ウソだ……
ウソだ……
ウソだ!
よく…………も………… 苦しい……
胸が──── ……っはっ──っはっ…… 息が……
……………… ────っ ────っ
よ く も……
見上げると──俺たちと共に流れ出した後の空洞が、傷を修復するかのように奥の方から塞がり始める。
水を通して見る歪みのせいだろうか……未だ球体の中心に陣取っている魔邪者の顔は笑っているみたいだった。
よ く も !
黒いものが込み上げてくる……
俺の内側を……塗りつぶしていく……
「 万超! 」
こちらに狙いをつけながら、頭上の巨大な流塊がジワリと降下を始める。
押し潰すつもりか……それともまた取り込むつもりか……
「 万 超 !! 」
上 等 だ よ。
や っ て み ろ よ。
炎で全部蒸発させてやる。酸素? 知るかそんなもの。どうなろうと──
「 万 超 ! ! ! 」
『 パ ァ ン ! 』
お初さんに右の頬を張られたが、俺は見向きもしなかった。止めないでくれ──爪の仇を────俺が────
「 みぃぃーっ! 」
『 プ ニ ィ ィ ン ! 』
────っ!?
左の頬に、肉球の感触──これは ドロップニッキュ子猫バージョン!? 視界の端で、元気よく俺の顔に蹴りを入れる小さな生き物──!
爪が…… 爪が生きてる!?
「みぃー! みぃー!」
確かに生きてる! どうして!?
頭が混乱し、俺は爪を見つめたまま固まってしまう。
「離脱するわよ!」
──わっ!?
身体がわずかに浮いたと感じた次の瞬間にはもう、地上すれすれを舞う燕のように高速で低空を飛行していた。
ズシャアァァァ──
水の球体から五十メートルくらい離れた所で浮力が消え、地面で何度か転がりながらの荒っぽい着地。
「乱暴でゴメン! 怪我はない!?」
「みぃー!」
爪 だ…… 本物だ……
「なんで……」
「み?」
「なんで爪が……生きてるんだ……」
「ああ、ホント間一髪だったわよね!」
「……お初さん……が?」
「──だよ? 爪刀の後頭部に刺さる直前、魔邪者の操る水の先端だけをマシュマロみたいに魔技で柔らかく変えてやったのよ」
「で、でも確かに貫いたと思ったけど──」
「それはだって……いくらクッションを挟んだとはいえ、そのままだと上からの圧力で地面に叩きつけられちゃうでしょ? だから弾力のある水のつっかえ棒を顎の下に生成したの。あ、こっちは私が魔技で創り出した水ね」
「あ……あの一瞬で……?」
「ふふん♪ 私を誰だと思ってんの? 私よ?」
「爪……」
「み?」
俺は子猫の爪を抱え上げ、目を閉じて、そっと額を押し当てた。
自分が助かった時より嬉しいのはなぜだろう……
よかった── 交通事故のようにならずに済んで……
本当に…… 生きててよかった……
「み゛…………み゛──」
「タップしてる。万超、爪ちゃんタップしてるから!」
「あ……悪い」
いつの間にか力が入ってしまっていたようだ。慌てて地面へ下ろすと爪は、
「ふみー」
──と、ひと息つくように鳴いてから、一度だけ、お返しとでもいうように……俺の手へ額を擦りつけたのだった。
「お初さん、本当に、本当にありがとう。俺も爪も、どれだけ礼を言っても足りないよ!」
「みぃ!」
「天魔導士として当然のことをしただけなんだけど……ま、それは言いっこなしにしとこうよ。私もさ、君らに助けられてるんだよ?」
「……助けられてる?」
「み?」
「そ。助けられてる。──でも、今はそれよりも……」
お初さんの視線の先……表面を波打たせながら、巨大な流塊がゆっくりとこちらへ向かってくる。
「あの姿って……お初さんへの意趣返しのつもりかな……」
「そうかも。前回の戦いで水の魔技、かましてやったからね。技までそっくりだったし、憎たらしいったらありゃしない。──にしても、あの水槍攻撃と氷結のコンボじゃ、さすがの万超でも倒されるのは難しいんじゃない?」
「ぐむ……確かに……どうすっか……」
「私、思ったんだけど……今回の戦い、鍵は爪刀じゃないかな?」
「みっ!?」
「あれほどの量の水を球体の形に保つ青白い炎……それを見事に引き裂いた爪刀のツメには、期待するところ大よ」
「爪のツメで魔邪者を護っている水の鎧を削り、さっきみたいに流してしまおうってことか」
「ええ。削って、削って、最終的に中心の本体を叩く! 手順としては、八百万樹の桃を食べた時と一緒よ!」
ま、まぁ……同じ……か?
「爪刀が二回大きくなる──名付けて〝デカデッカ形態〟でいられる時間は、まだほんの十秒ちょっと。しかもその後は子猫の姿まで戻ってしまう。だから私と万超で魔邪者を引き付けて、爪刀が回復する時間を稼ごう」
「わかった。けど、回復に要する時間ってどれくらいだ? 爪、お前わかるか?」
「みぃ……?」
爪が目を瞑って首を傾げる。まぁ、そうだよな……。出来るようになったばっかだもんな。
「今回はちと長丁場になりそうね……。ゴメンね……私もあの水、削るの手伝いたいんだけど……さっき魔技を使ってわかったんだ。呪いの弱体化がない状態だと魔邪者の周囲、やっぱ魔素が濃すぎて、たぶん血が足りなくなる。爪ちゃんにかなり負担かけちゃうけど大丈夫?」
「みぃぃーーっっ!」
よかった。前回と違ってお初さん、無茶をしなさそうだ。
そんでもって爪も、やる気は十分らしい。
おしっ! 俺も気合い、入れるぜっ!
「よおぉーし! それじゃあ 反撃開始よ!」




