第24話 絶技(仮)
木神刀の刃文が、仄かに光を放ちながら剣先へと流れてゆき、刀身の根元──柄のすぐ上からは新たな文様が次々に生まれてくる。
そして切先に揺らめく拳大の炎、見間違いじゃない確かに──
「お初さん! これ──!」
「あ、不味いかも……!」
「マズいの!?」
「いい? 落ち着いてその炎を消すの!」
「け、消す!? ふーっ! ふーっ! ──消えない!」
「だから落ち着いて! 心をひと息つかせるっていうか──ドッッコイショって休む感じで力を抜いて!」
「わ、わからん!」
「目を閉じて!」
目を閉じる!
「ハイ! それでドッコイショオ──って違う! 実際に座らなくていいから! しかもその空気椅子は──あの考える時のポーズ!? そ ん な 余 裕 か ま し て る 場 合 か !」
「ス、スマン! 我ながら気が動転している!」
「いい? 心のイメージのハナシよ! 座ったつもりで力を抜いて……深く息を吐いて……ふぅ、と、ひと息つくイメージ!」
ひと息つくイメージ……ふーーっ……。
そしてゆっくり目を開くと──炎は消え……てない!
「お初さん! 消えてないんだけど!?」
「なんでぇ!?」
「それ俺のセリフ!」
「おおおおおお落ち着いて!」
「おおおおおおう! おおお俺は落ち着いているさ!」
「なんか、なんかなかった!? 炎が出る前に、合図というか予兆みたいなものが!」
合図──!? そういえばさっき、脈を打つ最後に鈴の音が……。
あの音……透き通るような鈴の音を心で鳴らす──
『 リィン 』
すると炎はフツと消えて、刃文の流れも止まったのだった。
「き……消えた……」
「大丈夫!? どこもなんともない!? 具合が悪いとかは!?」
「いや、特に……は……はっ……あ れ? ひゅ……っ、──っ」
「どうしたの!?」
苦……しい……ぞ……? 息……吸ってるのに……全然……
「万超!? しっかり! どっか苦しいの!? 万超!」
「…………っ…………っっ…………!」
「ニャッ!? ニャッッ!?」
「どどどどうする!? 爪ちゃんどどどどうしよう!」
「…………はっ…………っはっ……ぶはーーーっはぁぁぁーーっはぁーーっ」
「──っ!?」
「はぁーっはぁーっはぁぁぁぁぁぁーー! あー死ぬかと思ったー!」
「万超!? ──大丈夫なの!?」
「はーーっふーーっ、すぅぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁぁぁ……だ……大丈夫……だと思う……」
「今、具合はどう!? 吐き気 めまい 頭痛がしたりとかは!?」
「…………特には……うん、感じない」
「────っはぁぁぁぁ……」
「……お初さん?」
「んもーーーーーーーーーっ! 心配した! なにがどうなってああなったし!」
「ニャアァァァァァァ!」
「いや、俺にもわかんないんだけど……」
本当に突然のことで何がなんだか……。
「万超、すごく苦しそうに見えたけど……どういう状態だったのよ」
「息を吸っているのに何故か苦しいというか……」
「吸っているのに苦しい?」
「どう言えばいいんだろう……例えば……息を止めます」
「はい、止めます」
「で、だんだん苦しくなってきます」
「なります」
「あ……そろそろ限界だな──ってなるでしょ」
「なるね」
「その状態が、息を吸っているのに続いてた……って感じだった」
「…………怖っっ!」
「そうなんだよ。これって魔技……みたいなものなのかな?」
「んんーーーっ。そんな感じもするけど……息を止めてるような感覚ってのは、私は今までなかったからなんとも……」
「そうなのか……」
実はさっき、嬉しかったんだけどな……ついに俺も魔技や魔法が! ……って。けど、どうも違うっぽい……? だとするとあの現象は一体……。
「よし……じゃあ、整理と考察をしてみましょう。まずは……万超、アンタなにか炎みたいなモノをイメージしたわよね?」
「え……したっけか……?」
「したはず。よぉく思い出して」
「んーと……模擬戦が始まって……そんで体の調子が良くて、今日の俺は燃えてるぜーって……あ」
「そ れ だ」
「心臓が燃えてるイメージを……した?」
「……なるほどね。だからさっきの炎は拳くらいの大きさだったのか。もうっ! イメージは最小限にって言っておいたのに!」
「いや、これは不可抗力でしょ……。でも、なんで急に……? 前は〝炎よ 出でよ!〟ってやってもなんにも起きなかったのに……」
「確かにそうね……あれからなにか、大きな変化があったとか?」
「変化? なんかあったっけ……? 強いて言うなら……八百万樹の桃を食べたからとか?」
「ダモモシャス……」
〝モ〟が増えてますよ?
「でも私だって桃、食べたけど、特に変わった感じはしていないわよ?」
「そりゃお初さんは元々天魔導士だし。桃食ったくらいじゃ、今更なにも変わらないんじゃないの?」
「うーん……他には?」
「あ、樹液の味が変わった」
「樹液? そうなの?」
「初めて舐めた時はワサビ味で……」
「 ワ サ ビ 味 !? 」
「その次はずーっとレモン味」
「 ホ ン ト に !? 」
「で、この間、桃と一緒に食べた時、初めて甘かった」
「へぇー、知らなかった……。けど、それって関係ある……のかなぁ……んー」
「俺の味覚とか、身体になにか変化があったとか……」
「それで魔技が……いや、同じようでも万超のは魔技じゃない……? うーんダメね! いったん保留!」
ほ、保留スか!?
「じゃあ次。炎が発現した時、他に気付いたことはなにかある?」
「うーんと、木神刀の刃文が、ぼんやり光って先端の方に動いてた」
「ハモン?」
「ほらコレ、よぉく見ると模様が見えるでしょ……」
「え……ドコに…………あ、ホントだ。色の調子が似てるからわかりにくっ!」
「で、切先の方に流れるんだけど、刃元からはまた新しい模様が浮かんできてさ……」
「木神刀の神秘ってトコロかしら……。他にはなにかある?」
「あと……は……ああ、綺麗な鈴の音がした」
「鈴? リンって鳴る、あの鈴?」
「そうそう。ホラ、脈打つって言ったでしょ? さっきもトクントクンいってたんだけど、最後に〝リィン〟って。そしたら炎が……それでもう一回、心の中でその音を鳴らしたら消えたんだ」
「鈴の音……か。それは瑞意召魂では無かったな……私は経験していないことだね……」
「そうなんだ……」
「うぅん……やっぱり前例のないことを解明するのって難しいのねぇ」
でも確かに炎は発現した……理由は絶対にあるはずなんだ。こうなったら──
「もう一回、今度は火じゃない何かを出してみようと思う」
「──は!? 本気で言ってんの!? まだ、なにを〝代償〟にしているかもわかっていないのに!?」
「大丈夫。さっきの要領で、発現させたらすぐに消す。だからお初さんもよく観察して、なにか気付いたことがあったら言ってくれ」
「ちょっと待って! って言ったところで……現状では手掛かりが少なすぎるか……。けど、んー、んんーーーっ……わかった。ただし一瞬よ! ほんとに一瞬だけだけだからね!」
「あ、そうだ、手 もう痛くないから包帯、返すよ。今、はず す、から……はい、ありがとうでした」
「はい、どういたしまして。……で、これはおいといて、と。いい? くれぐれも一瞬だからね!」
「わかってるって。俺だって苦しいのやだし。そんで……火、以外だとなにがいいかな」
「じゃあ……水? 一滴のイメージで」
「よぉし、それじゃあいくぞ……」
ビー玉くらいの水が一滴、ポタリと垂れるイメージ……。
「………………」
「………………」
しぃぃぃぃぃぃん……
「……………………」
「……………………万超?」
あっれー? なんも起きないぞ?
「どうかした?」
「ナニモ、オキナインデスケド……」
「ちゃんとイメージしたの?」
「したさ。ビー玉くらいの水滴がポタッて垂れるイメージ。けど、なんも……。なんで?」
「………………! 私、閃いたかも……」
「なにも起きてないのに?」
お初さんの目がキラッと光る。
「さっきと今とで明確な違いが一つ。わかるでしょ?」
「俺の! やる気!」
「うん! 違う! これよこれ」
そう言ってお初さんが見せたのは、ついさっきまで俺が手に巻いていた包帯だった。
「……包帯?」
「そう──八百万樹の葉で作られた包帯」
「あ、そういえばそんなこと言ってたっけ……」
「木神刀は八百万樹、そして包帯がその葉っぱ──だとしたら、さっきの炎は魔素ではなくて、神合成で出す燦素によって発現したんじゃないかな」
「八百万樹の──〝光〟じゃなくて、〝神〟の方の神合成? の、燦素?」
「そうそう。だから魔技のように炎は出た、けれどそこへ至るまでの過程が根本的に違うのよ、たぶん。そして〝世界と繋がる〟〝代償〟として消費したのは……」
「したのは?」
「酸素──こっちは息をして体に取り込む方の〝酸素〟──だと思う」
「酸素……」
「木神刀は持ち主の酸素を代償にしているんじゃないかな。それなら万超が呼吸しているのに苦しかったっていうのも説明がつくし」
「なるほど……?」
「つまり、万超が魔技的なものを発動させる時、二種類の〝さん素〟を使うってのが私の推測よ! 原理はわからない! でも、どう? それっぽくない?」
「んー……っぽいけど……」
「けど?」
「その包帯って、八百万樹の落ち葉を加工したものなんでしょ? 前に落ち葉は役目を終えてるって……なのに神合成ってできるものなのかな……?」
「それはわからない! でもさ、燦素を発生させる方法が一つとは限らない! かもしれないじゃない!」
「おお、その発想はなかった。確かに」
「なので実験しよう!」
「包帯を巻いて、もう一度ってことだよね?」
「そう! 人体実験!」
「 言 い 方 」
と、いうわけで、まずは木神刀の柄に包帯を巻く。
「じゃあ、いい? 万超がさっき体験したことと、私の推測を交えていくわよ」
「オ、オーケー」
ドキドキしてきた……。
「まず空気は二回吸う。一回吸ったあと、もう一回おかわりで吸う」
「なるほど。その二回目を技の発現に当てるってわけか」
「そう。イメージは最小限にね」
「押っ忍」
大きく息を吸う。そしておかわりでもうひと吸いぃぃっ!
息を止めて、心であの鈴の音を鳴らす──
『 リィン 』
「あ、模様がうっすら光って──動き出したよ!」
「ニャッ!?」
「コラ、爪ちゃん、今はダメ!」
お次は水滴のイメージ!
「おお! でた! 水滴!」
「ニャニャッ!?」
締めに鈴の音!
『 リィン 』
「光が消えて模様が止まった……」
「ニャー」
「っふぅぅぅぅぅぅーーーーーーっ」
「どう!? 苦しかったりする!?」
「………………」
「………………」
「──大丈夫!」
「やったー!」
おおおおおおおーっ! おおおおおおおおおおおおーっ!
「遂に……遂に俺にも 魔 技 的 な も の が !」
「よかったねぇ」
「ああ! ありがとうお初さん! 俺は! 今! 感動しているっ!」
「浸るがよい浸るがよい。けど、こっからが大変よ。その技を実践で使えるように、うーんと鍛えなくちゃいけないんだから」
「カ ン ド ー し て い る っ !」
「 聞 け 」
「聞 い て い る っ !」
「だったらいいけど……えと……なんで体操を始めたの?」
「 喜 び の 舞 ! 」
「ま、舞だったのね……。──ってそれより〝魔技的なもの〟じゃ通りが悪いから、なにか他の呼び名を考えよーよ」
「おお! 新しい呼び名!」
「魔技は〝魔可不至技〟の略だけどさ、木神刀は何に至る物なのかまだわからないわよね? だから仮の呼称になるけれど」
「いいよ!」
「うーん……」
「カッコイイの頼む! カッコイイの!」
「うーーーん……」
「俺は考え──ないでおく! センスないってわかったから!」
「ええい! 気 が 散 る !」
「ゴメン! 自分でもこのテンション鬱陶しくなってきた!」
「魔技は本来、魔邪者へ対抗するためのもの……木神刀でもそれと同じことが出来るなら……未練や怨念に囚われた霊魂、その因縁を絶つ技──。〝絶技〟──なんてどうかな? あくまで仮の名前としてだけどさ」
「……絶……技」
「たぶん木神刀を持ってるのってこの世界で万超だけだし、誰にも真似できない技って意味もあるんだけど……」
「……………………」
「おい、泣くな」
「ありがとうを……心から言うよ。お初っつぁん……」
「お初っつぁんゆーな」
命名 絶 技 (仮)! イヤッホォォォォイ!
早速、次の日からは絶技(仮)の検証と、それに慣れる修行がメインとなった。
発動できる種類は魔技と同じ──雷、火、風、水、土の五種類。どれくらい空気を吸えば、どの程度までイメージを増大していいか。十秒の威力、二十秒の火力、三十秒の風力──と、いった具合に一つ一つ検証し、身体に叩き込んでいく。
爪との模擬戦も、以前と比べてだいぶ白熱するようになった気がする。とはいえ、俺の絶技(仮)はまだほとんどが単発で、主に牽制にしか使えないのだが。それでも少し、爪との距離が縮まった気がする。
などと考えていた、ある日のこと……。
「ンナァァゴ!」
いつもの気合い鳴きで大型犬くらいの大きさになった。と、思ったら──
「ンニャオォォォォォォォォォン!」
と、遠吠え!? いや遠鳴きか!?
ググッ……ググググッ……
な、なんだ!? 爪のヤツがさらに大きく……!
「ンー……ニャアァァァァァァ……」
「えーっ!? 爪ちゃん、どうしたのそれ!」
そこには──首の周りに白銀の鬣を靡かせ、尾はさらに長く、顔は歌舞伎の隈取を施したような──そんな爪刀の姿があった。
昔、動物園で見た雄のライオンくらいデカイぞ……! 立ち上がれば二メートルはあるんじゃないか……!?
「スゴいスゴい! カッコ良くなったよ! なんでかな、八百万樹の桃とか食べたからかな? いよいよ神獣っぽいね!」
「神獣って……どこまでデカくなるんだよ、爪……」
「──ッニャッ……ハァァァァン……」
「あれ? 爪ちゃん?」
なんだか気の抜けたような鳴き声をあげたと思ったら、爪の身体はみるみる縮んで……
「みぃー」
子猫にまで戻ってしまった。
「これはあれだね、まだちょっと無理があるって感じだね。その変身に身体がついていけてないのかも」
「み……ぃ……」
「そんながっかりすることないって。爪ちゃんは神獣として、まだまだ育ち盛りなんだから! 焦らなくても大丈夫ダイジョーブ」
「ね、ねえお初さん、昔の神獣ってどのくらいの大きさだったの?」
「さぁ? 神話では霊峰とか島が神獣になったって話もあったりするよ?」
「もしそこまでデカくなったら、俺、爪に住もうと思う」
「あはは。さすがにそれはないだろうけど」
「みぃー?」
──と、その時だった。
ジュシュウゥゥゥゥゥゥーーッ!
突如、足元から赤紫色の蒸気が噴き出した。
「「 ────っ!? 」」
「ンナァァァァァゴ!」
辺り一面、俺達を中心として円形に──半径二十メートルはあるだろうか──立ち上るそれは、次第に煙のようになっていく。
「お初さん! これってまさか──!?」
「あの時の──巨裂牟だった魔邪者!?」
煙で視界を奪われたと思った次の瞬間──
ザ ブ ア ァ ァ ァ ン !
地面から大量の水が、イカレた噴水のように爆出し──その勢いに押されて上空へと投げ出される。
「がぼがぼっ──!」
気が付くと俺は、宙に浮かぶ巨大な水の球体に囚われていた。
────ゾクリ
視線を、感じる……。 どこ だ…………?
球体を蜘蛛の巣みたいに覆いつつ、糸のような細さで水中を奔る青白い炎。その向かう先……この水塊の中心に…………あの顔はあった。
忘れもしない……あの大きく見開いた眼が、こちらを……ジッと凝視しているのだった。




