第23話 鈴の音
樹皮が剥がれ落ちて、より木刀らしい形となり、青黒檀で拵えたような姿へと変貌を遂げた木神刀。
その刀身には──よぉく見ないとわからないが、木目だったり、あるいは波といった不思議な文様が現れている。それらはまるで日本刀の刃文──その乱刃である〝湾れ〟や〝互の目〟〝丁子〟に〝皆焼〟のようで、そんな多種多様な刃文が入り乱れつつも渾然一体となっており、思わず見入ってしまう。その他にも波紋みたいな刃文……って駄洒落るわけではないのだが、実際、そういう文様も見て取れる。似た感じのものとしては……えと……なんて言ったか……んと……そう、ダマスカスだ。ダマスカス模様に少し似ている。
どうして刃文の種類なんて知っているのかといえば、それは勿論、以前ネットで調べたことがあるからだ。好きなんだよね……俺、そういうの。にわか知識なんだけど。
にしても、八百万樹の……あの真っ白な樹肌の下は正反対の色合いで、こんな風になっていたとは……。ひょっとすると年輪とかも同心円状ではなくて、木神刀の刃文のような……そんな紋様なのかも。
海……というか、宇宙を感じさせるな……それこそ、〝星海〟にまで繋がっているみたいだ……。
「万超……木神刀、どうなっちゃったの?」
興味深そうに観察しながら、お初さんが尋ねてくる。
「いや、俺にもサッパリ……。なんかちょっと重くなった気もするし……」
「へぇー。でもさ、洗練されたような感じするね」
「そう……かも。これで魔技みたいな技が使えたらいいのになぁ……」
「また言ってる」
「炎よ 出でよ!」
「──!」
シーン……
「なんつって。やっぱなんも起きないか」
「…………」
お初さんが神妙な顔をしている。
「どうかした?」
「……うん、言っておいた方がいいかな……」
「──?」
「あのね、私たち天魔導士が魔技を使う時っていうのは、その現象を思い描くっていうのは知っているわよね?」
「ああ、それは教えてもらった。瑞意召魂のおかげで樹紋も詠唱も必要なくなったんだよね?」
「そう。で、ここからは万が一の話なんだけど……もしも……もしも〝木神刀〟が〝瑞意召魂〟みたいなものだったとして……」
「え!」
「ハイ、そこ、喜ばない。万が一の話って言ってるでしょ」
「…………」
「ハイ、そこ、泣かない。もしも〝木神刀〟が〝瑞意召魂〟みたいなものだったとして、万万が一、魔技のようなことが出来た時のために……」
「──ために?」
「〝思い描くイメージ〟は、とても小さなものに留めておきなさい」
「……?」
……イメージを……小さく……? どういうことだろう……。
「今、バンチヨは〝炎よ 出でよ〟──と言って、当然 炎をイメージしたわよね? その大きさは?」
「割と大きめの、カッコ良さげな……」
「天魔導士はね、例えば火の魔技なんかは、マッチを擦って灯った……それくらいの小さな火から思い描くことを始めるの」
「そんなに小さいのから? どうして?」
「〝血を使う〟からよ。〝世界と繋がる〟ために代償とする血液……それはイメージする現象の大きさに比例するのよ」
「イメージに比例……」
「もしさっき、思い描いた通りの炎が出たとして、魔導の訓練を受けていない万超がどの程度の血を失うか……。良くて失神、下手をすると命に関わったかもしれないわね」
「そ、そんなに!?」
「ましてその木神刀は、まだまだわからないことだらけ。魔技のようなことが可能なのか……可能だとしたら何を以て世界と繋がるのか……。瑞意召魂と同じように血液? それとも他のなにか?」
「…………」
「一応、魔技の基準で初歩を言っておくと──〝火〟は……さっきも話したけど、マッチの先くらいの大きさ。〝風〟は鳥の羽根一枚で扇いだくらいの強さ。〝水〟は一滴が垂れるくらい。〝土〟は一摘みの土が地面にから盛り上がるって感覚ね。で、〝雷〟は静電気」
「静電気?」
「そう。経験ない? 指先とかにビリって」
「ある」
「良かった。じゃあそのイメージを持っておくといいわ」
「雷ってそんなんでいいの?」
「いいよ? 空から落ちる雷って、言ってみれば巨大なお化け静電気なんだから」
そ、そうなのか……知らなかった……。
「──と、い う わ け で、万万万が一、魔技的なモノが突然発動した時のために、イメージは最小限に留めておくこと。いいわね? 最初で最後でした……万超、いい奴だったよ……なんて、やだからね 私」
「お、俺だってやだよ。わかった。イメージは最小限……」
「ま、今のところそんな兆しはなさそうだから、大丈夫だとは思うけど!」
それはそれで、嬉しいような……悲しいような……。
「あ、そうだ、模擬戦、まだ続けるよね?」
「え……うん。木神刀になにか変化があったか確かめたいし」
「その前にさ、一緒に集めてよ」
「集めるって、なにを?」
「決まってるでしょ、木神刀から剥がれ落ちた樹皮よ。何かに使えるかもしれないし。そうそう手に入る物じゃないわよ、コレ」
「なるほど、確かに」
「ホラ、爪ちゃんも手伝って」
「ニー」
そうしてバラバラになった樹皮を全て集め終えると、お初さんは大切そうに袋へと仕舞った。
その後、俺と爪は模擬戦を再開、木神刀の状態を確認したのだが……
結論から言って、これといった変化は見られなかった。爪のツメや、巨裂牟の残していった岩に打ち込んでみても、木神刀それ自体に傷が付くことは無いという──本家八百万樹張りの頑丈さは健在だったので、ヤレヤレほっと一安心。
俺が病み上がりということもあって、お初さんから「無理 禁物」──とのお達しがあり、今日の修行はこれにて終了。
そして──
ブンッ ブンッ ブンッ
翌日からの、少し抑えた特訓メニューには木神刀の素振りを新たに加えることにした。
ブンッ ブンッ ブンッ
「──ふっ! ──ふっ! ──ふっ!」
百! ……目標……は……! 木神刀……を! ……自分の…… 二百! ……手足みたい……に! ……操るこ……と! 振ること……が! ……息をするよう……に! ……当たり前に……なるこ……と! コラ……爪! 木神刀……に! ……ジャレつくんじゃ……ない! 違う……から! これ……そーゆーんじゃ……ないか……ら! ン三百ぅ!
「ふーっ……お初さん! 今の素振り、どうだった!」
「んー! 剣術はわかんない!」
「なるほどっ!」
まぁ……地道な素振りと模擬戦で鍛えるしかない……か!
「──痛っ!」
不意に痛みを感じて手のひらを見ると、指の根元にできた水膨れが潰れて痛々しいことになっていた。ああ、調子に乗って初っ端からやり過ぎたか……。
「どした?」
俺はやっちまったという顔で手を見せる。
「ひぅ……痛ったそー。ちょっと待ってて」
そう言って、お初さんが地下部屋から持ってきてくれたのは、真っ白な包帯だった。
「包帯はちょっと大袈裟なんじゃない?」
「なぁに言ってんの。これは八百万樹の葉で作られた包帯なのよ。治る早さが全然違うんだから」
「そうなの?」
「そ。巨裂牟と戦った傷だって、コレのおかげで治りが早かったんだよ?」
「あー、なるほど、どーりで。にしても、八百万樹の葉って包帯にもなるんだ」
「もう魔導書は作られてないからね。その分、他の物が作られているって──わ け よ、ハイこれでオッケィ」
「ありがとう」
両手に八百万樹製の包帯を巻かれていると思うと、治るだけじゃなくて御利益までありそうな気がしてくるから不思議だ。
素振りに一区切りをつけ、いつもの特訓メニューに戻るのだが、これから先、樹登り以外は下駄を履いたままで行うことにした。足元の不安定さと引き換えに、走りながらのバランス感覚や体幹を強化することが狙いだ。が、危険なので、良い子は絶対に真似をすること罷りならぬのである。
そして久々に登った八百万樹の枝で、俺は今までになかったものを目にすることになる。
そこは巨裂牟と戦った際に岩パンチを避けた場所で……その枝にだけ、いつの間にやら葉が芽吹き、実が三個も生っている。しかも、どれもこれもがトンでもないほどデカイのだ。
まず葉っぱだが、一体何畳あるんだってくらいの大きさで、色はうっすら赤紫をしている。多分これ……元々は樹皮と同じで真っ白だったんじゃないだろうか。
そして実の方はというと……俺の知識に照らし合わせると……これらは〝柿〟と〝桃〟だ。生っている三個のサイズは大中小。大は完全に桃だ。中は上半分が桃で、残りが柿かな。小はまだ熟れていない、青い柿だ。
──つまり見た感じ、柿が成長して桃になっている……と、いうことだ。なにを言っているのか分からないって? 俺 も そ う だ よ ?
おっと、こうしちゃいられない。
「おーーーい! お初さーーーん!」
「な────ぃ──……」
「ここにさぁーーー!」
「き──えな────ぃ──……!」
「あ、ダメだこりゃ。聞こえないわ」
降りるしかないか──と思っていたら、爪がお初さんをシッポで抱えて登ってきた。
「なによもー、あんな遠くちゃ聞こえるわけってあぁーーっ!」
「だから呼んだんだよ」
「えぇー! いつからあったんだろう、気が付かなかったー! なんで!?」
「いや、それは俺が聞きたい……」
「ここでなんかあった?」
「なにかあったかと聞かれれば……巨裂牟との戦いで、お初さんと爪が瑞意召魂を探しに行ってる間、俺、ここまで登って時間を稼いでいたんだけど……」
「あぁ、あの時!」
「そう。そしたら巨裂牟の岩のパンチがガンガン飛んできてさ……」
「なるほどなるほど……」
お初さんはフムフムと考え込み、やがて──
「巨裂牟の出す忍惨禍嘆素──つまり魔素に反応したんじゃないかな」
「魔素って……あ、〝神合成〟ってこと?」
「そうそう。八百万樹は自身の神気を使って魔素と水から燦素を出すでしょ? でも今、この辺り一帯の魔素は全部カーグカーデンに持っていかれちゃってるから、神合成が出来なくて──」
「だから葉っぱが一枚もなかった……」
「うん。けれどあの日……この枝まで登ってきた万超に巨裂牟が攻撃をした時、運良く魔素がここまで届いたんじゃない? その結果として八百万樹が息を吹き返したのかも! だとしたらお手柄じゃん!」
「もっと褒めて」
「おーっ! 実も生ってる!」
「あれ? もっと褒……うん、生ってるねぇ……」
「デッカイよねぇ、食べれるのかなぁ……食べてみたいなぁ」
「ニャアァ……」
「そっかぁ、爪ちゃんも食べてみたいかぁ」
確かにデカイ……一番大きな桃なんて俺がスッポリ入ってなお余るデカさだぞ……。桃太郎何人分だよって話だ。
「お初さん、食べたことないの?」
「どうやって食べるのよ。皮すらむけないのに」
「えぇ!? 八百万樹みたいに頑丈ってこと?」
「そう。熟すと地面に落ちるけど、そのあとは腐るんじゃなくて、外側はぜーんぶ中の種──瑞意召魂の養分になって消えちゃうから影も形も残らないの」
「へぇー。でも実がそんな感じだとしたら、葉っぱはどうやって加工してるの?」
「葉だけは魔技で作り変えられるんだよ。落ち葉は役目を終えたってことらしいけど」
「色が赤紫っぽく見えるのは……」
「吸収した魔素の影響じゃないかな。巨裂牟の出してた忍惨禍嘆素も赤紫だったし」
「あ、そういえば……」
なるほど。言われてみると、どれも納得できることばかりだな。
「ところでさ……この実、柿が桃になるの……?」
「ふっ……言いたいことはわかるわ。私も初めて見た時、同じこと思ったし……そんなバンチヨにこの言葉を送ります。聞いてください」
「……ゴクリ」
「 八 百 万 樹 だ か ら 当 た り ま え 」
な……なるほどぉー? 当た り まえかー。それはしょうが ないわー。んなわっしょいって言え ないわー。
──と、そんなことがあった一週間後。
ズ ッ ド ォ ォ ォ ォ ォ ン ン !
も……桃の落ちる音じゃないだろ、それ……。
「 食べ たい 」
「 ニ ヤー 」
見るがいい、この食いしん坊たちを。
「でもさ、食べるって……そんなことしていいの? 桃っていずれ瑞意召魂になるんでしょ? ダメになっちゃうんじゃ……」
「見なさいバンチヨ……実は あといくつ生ってる?」
「……二個だけど」
「そう。あの二つもそのうちここへ落ちてくるわ。そして、複数の瑞意召魂が一つ所で生まれたことは、過去に一度も例がないの。これは長年の研究で判明しているのよ……。すなわち、瑞意召魂になれる実は一箇所に一つだけ……」
「つ、つまり……?」
「 二個 食べ たい 」
「 ニィ ヤァー 」
二 個 も 食 う の !? あ の デ カ い の を !?
「…………仕方ない……木神刀で斬ってみる?」
「──! お願い!」
『 ッ カ イ ィ ィ ィ ィ ィ ン ! 』
手ぇぇがぁぁしぃぃびぃぃれぇぇるぅぅぅ。
「万超の木神刀でも歯が立たないなんて……そんな……」
「ニャッ!」
爪がシャキーンとツメを見せる。
「爪ちゃん!」
「シャシャッ!」
バ、バツ斬り!? 巨裂牟戦でのガチ技じゃないか! 君ら本気が過ぎません!?
『 ギ ャ リ ィ ィ ィ ィ ィ ン ! 』
「嗚呼! 最後の希望、爪ちゃんのツメでもダメだなんて……なんてこと……なんてことなのっ!」
「ニャッ アアアアアアアアン!」
なに? このクライマックス感。
「じゃあ、あれは? 前に拾い集めた木神刀の樹皮」
「──!」
『 サクリ 』
どうやら大当たりだったようだ。木神刀は物体を斬るためのものではなく、爪のツメも神気がまだまだ足りないということだろうか……。
『 サクリ サクリ 』
しかし……桃の皮はかなりの厚さで、いつまで経っても中身へとたどり着けない。それでもお初さんと爪の あくなき情熱が! ついに! 果肉への扉を開いたのだった!
一般的なスイカを四等分したくらいの大きさで、やや不格好に切り出された果肉は──瑞々しく、神々しいまでに輝いていた。不覚にも俺は、その圧倒的な佇まいに魅せられてしまっていた。
「「 いただきます 」」 「 ニャッ 」
はむっ………………………………………………………………。
言葉なんて いらなかった。
お初さんは、ただただ頷いていた。爪……お前、泣いているのか……? あれ……おかしいな……俺の視界もボヤけてきやがった……。
無言で食べ終えると、万感の思いを込めるように お初さんが言った。
「 ダモ シャス 」
それを聞いて俺は微笑む。 ダモシャスて……なんスか?
…………………………
………………
……
「いやー、ビックリしたね! まさかこれほどとは!」
「ニャー」
「確かにスゴかったけど、ダモシャスってなに?」
「段違いに美味しい〝桃〟感謝です──の略。段違い以上のレベルだったけど」
「桃、限定なんだ……」
「そうだ! 樹液と一緒に食べたら、さらにさらにかも!」
「ニャッ!」
え……樹液とは合わないんじゃないかな……。とか思っているうちに、果肉をさらに少し切り出し、お初さんと爪はキュピコラサッサと行ってしまった。
「んー! やっぱり! 甘さと甘さのハーモニィ♬」
「ニャァーッフ♪」
「ホラ、バンチヨの分、ここにあるわよ!」
いやぁ、俺にとっては樹液はレモン味だからなぁ……と、恐る恐るかけて食べると……
「あれ……? 甘い……」
「でっしょー? ダモシャス!」
なんで? 確認するように樹液だけ舐めてみると……確かに甘い。
「あっれー?」
「なになに? どした?」
「あ……いや、なんでも……」
そういや前にも一度、味が変わったよな……。もしかして味が変わったんじゃなくて、俺の身体が変化してるのか? うーむ……わからん。けど、お初さんも甘いって言ってることだし……まぁ、大丈夫か。
次の日からはすこぶる体調が良かった。日課の特訓メニューも、いつもより格段に早く終わり、素振りにも身が入りまくった。
そして模擬戦。
そういえば、まだ包帯したままだったな……。もう痛くないし、模擬戦が終わったらお初さんに返そう。
「 ではではぁ! はっけよほぉぉい のこほったぁ! 」
さぁ! 来い! 今日の俺は調子もいいし、燃 え て る ぜ ぇ !
『 トクン トクン 』
ん? 木神刀が……。
『 トクン 』
なんだ?
『 リィン 』
最後に透き通るような、綺麗な鈴の音が聞こえた。
木神刀の刃文が……ゆっくりと、先端へ流れるように動き出す。
その切先には確かな炎が、揺らめきながら燈っているのだった。




