第22話 木神刀
「……納得いかないんデスケド……」
太陽を背に、腕を組んで仁王立ちする俺。その影にスッポリと収まり、正座しているお初さんは口を尖らせ、ジト目で斜め下に視線を落とし、不貞腐れた顔でそう言った。
「後でちゃんと怒られるって言ったでしょ」
「ぐむ……言わなきゃよかった……」
巨裂牟との戦いから半月ほどが経っていた。
八百万樹の樹液のおかげか、それとも天魔導士の生命力が尋常ではないのかは判断しかねるが、お初さんは戦闘の二日後から起き出して、
「血が……血が足りぬわ……」
──とか呻きながら、一日五食を三日間、毎回、ものスゴい量で摂取していた。そしてその翌日からは、今まで通りの生活に戻ってケロリとしている。……なんて恐ろしい人だろう。
一方の俺はというと、脳震盪に全身打撲、裂傷などのため、元気になったお初さんから逆に看病されることになってしまった。昨日あたりからようやく、飛んだり跳ねたりしても問題ないくらいに回復し、改めて、お初さんへのお説教の段──といった次第なのである。
ちなみに、爪はなんの手傷も負っていなかったので、ずっと元気なままであった。
「バンチヨの看病したの、私と爪ちゃんなんですけどぉー!」
「その節は大変お世話になりました。ありがとうございました」
「じゃあ──」
「それはそれ、これはこれ」
「納得いかないんデスケド!」
「人には無茶をするな、死ぬな──と、言ってた本人が、自分の命を顧みずに魔技を連発したのは何故なんですか」
「それは……、巨裂牟の急所──色違いの炎が、胸じゃなくて頭部にあったのは私の見立てが間違っていたわけで……〝あ、マズい〟って思ったのと……相手が突然こっちに向かってくるから〝や っ た ろ う じ ゃ ん か よ〟──って熱くなったのと……それと──」
「──それと?」
「久々に魔技が使えて……血が滾りました……」
こ……好戦的過ぎる!
「な、なるほど。それで……あと一回が限度って言ってたのに、無事なのはどうしてなんですか」
「それは私にもわからない……んだけど、推測でいいなら……」
「推測、ドウゾ」
「その前に……このお説教モード、まだ続くのかな……?」
実を言うと……怒ってみたはいいものの、ヤメどころがわからなくて困っている。怒ったり、叱ったりってのもセンスや習熟度が試されるよなぁ、とか思ったり。そもそもこーゆーの、ガラじゃないし……大体、なんで俺は怒ってるんだっけ? お初さんが無茶して、心配で──あ、そうだよ。滅茶苦茶心配したんだよ。
「もうあんな無理はしないって約束してクダサイ」
「うん! わかった!」
おお! あっさりと!
「──とは言えない! その時になってみないと!」
「…………」
「なによ! 万超だって人のこと言えないでしょ!」
「俺?」
「そーよ! 頭突きでフッ飛ばされた時、私と爪ちゃんがどんな気持ちでいたか考えてみなさいよ!」
「ニャッ!?」
そばで毛づくろいをしていた爪が、自分は心配なんかしていニャかったとばかりに首を振る。
「──それは! ……そうか……ゴメン……悪かった……」
「え!? そんな簡単に謝っちゃうの!? これじゃ私がただの意地っ張りみたいじゃ──いや……まんまその通りか……うん……私も……心配かけて……ゴメン……」
結局、今回は互いに謝り合うことで、一件落着と相成った。
「ふー、やった! お説教終わり! なんか、久々に怒られた気がするわね!」
「久々?」
「うん! 最後に怒られたのはお師匠に……何年前だったかな?」
「そういえば、そのお師匠って今は……」
「さあ? どっかでなんかしてると思うわよ」
「そりゃそうだろうけど……弟子の苦境を助けに来たりは……」
「ないない! あの人はそーゆーの、ない!」
「へ、へー……」
「自分でなんとかしろってタイプね。むしろ今の状況に何年かかってるんだって怒られそう」
「よ、容赦ないなぁ……」
「そこがいいんだけどね」
「なんで?」
「だって、一人前って認められてるってことじゃない」
「そう、なの? 放ったらかされてるとかじゃなくて?」
「んー、確かに放任主義だけど……そういう感じでもないんだよねぇ。バンチヨも会えばわかると思うけどさ! おっと、話が逸れちゃった。なんで私が魔技を連発しても生きていられたのか、だったね」
そうだったそうだった。お初さんは推測って言っていたけど……。
「多分、なんだけど、〝魔素〟──つまり〝忍惨禍嘆素〟の濃度の影響だと思うのよね」
「濃度?」
「──そう。前にも言ったけど、魔邪者は自身から忍惨禍嘆素を放出する。万超も見たでしょ? あの煙のような、水蒸気のような──」
「見た」
「しかも巨裂牟クラスともなると、負のエネルギーも相当なもの。私の最初の魔技は、その高濃度の魔素を使ったから大量に血を持っていかれたんだと思う。でも巨裂牟は、万超の奮闘もあって呪いを受け、二度も弱体化した。そのおかげで魔素の濃度も低下したと思うんだよね。実際に視てた色も薄まった感じしたし」
「え、気付かなかった……」
「そりゃあ、万超はそれどころじゃなかったでしょ」
それもそうか……。倒されることで頭がいっぱいだったしな……。
「で、そのあとに使った魔技はいつもの感覚……とまではいかなかったけど、負荷がうんと減ってさ! おかげで私は生きているってこと! なんだと思う!」
「なるほど……魔素の濃度か……」
「今回のことで感覚は掴んだからね。魔邪者の放つ忍惨禍嘆素で魔技を使う時の加減は覚えたわ」
「おお……それも成功体験の積み重ね?」
「その通り! 万超だってそうでしょ?」
「そう……なのかな……だったらいいんだけど」
「あの巨裂牟を──賭けみたいな作戦だったけど、呪いで弱体化させるという機転! そしてそれを実行して生き残った事実! 自 信 持 て ! 」
「……わかった。って言っても、結局巨裂牟には逃げられちゃったけど……」
「それは仕方ないわよ。魔技でなきゃ魔邪者の霊魂は──」
「あ! そうだ!」
「っ! びっくりした……なによ」
忘れてた……巨裂牟が落としたもの……。
「お初さん、実はあの時の巨裂牟が、こんなものを落としていったんだけど……」
「──っ! これを……巨裂牟が……?」
「うん。この折れた枝で急所の炎をでブッ叩いたら……いや、正直に言えば、かすっただけだけど……」
「驚いた……。その棒、魔技と同じ効果があるのね……さすがは八百万樹の枝……ってところかしら……」
「どういうこと?」
「魔技で急所を撃ち砕く、もしくは強制的に切り離すってのは前に話したわよね?」
「聞いた」
「急所というのは未練や怨念の塊。それを切り離すと、〝雫石〟──滴る雫のような形の石となって霊魂から剥がれ落ちるの」
「雫石……」
〝未練や怨念の塊〟が雫の形で剥がれ落ちるって、なんか象徴的だな……。
「雫石は水滴のような形状をしているのが普通なの。でも万超の持っているそれは……」
「……勾玉」
「ええ。本来、勾玉というのは魔除けだったり、吉祥を呼ぶ御守りだったりするんだけど……」
あ、それは元いた世界と同じだ。
「でも、魔邪者が落とした場合に限ってのそれは……謂わば〝心残りの欠片〟で……禍つ魂で〝禍魂〟とか、真なる我が魂で〝真我魂〟とも呼ばれるの。本体に宿る残りの未練や怨念を切り離し、一緒にすることでやっと雫石になる──という、ちょっと厄介な代物なのよ」
「真なる我が魂って……?」
「ごく稀にあるらしいの。絶望に染まった〝禍魂〟でも、本当にほんの僅か……光を失っていないことが。そういうものを真なる我が魂、〝真我魂〟と呼ぶって聞いたことがある」
「今、俺が持ってるこの段階では、どちらのまがたまかはわからないってこと?」
「そうね。〝禍つ〟か〝真なる〟かは結果的にしかわからない。ただ後者だった場合、最終的には輝く雫石になるらしいよ。私はまだ見たことがないけれど」
「そうなんだ……」
「そして勾玉は、本体の魔邪者と引き寄せ合う……つまり──」
「アイツはまた来る……」
「そういうこと。気合い入れなきゃね」
「勾玉……俺が持ってていいかな?」
「もちろん。万超が手に入れたものだし。でも気をつけて。魔邪者の落とす勾玉はそのほとんどが禍つ魂……良くない影響があるかもしれないわよ」
「……わかった」
また……アイツと……。
「ち な み に、雫石は然るべきところへ奉納して浄めてもらうんだけど、その際に報酬が出ます」
「え? そうなの?」
「言ったでしょ、天魔導士は専門職みたいなものだって」
「ああ、それで──」
「そ。当面、お金の心配とかはしなくていいって理由はそーゆーわけだったのよ。まだ貯えはあるからね。昔、頑張った自分に感謝だわ」
「俺は昔と今のお初さんに感謝だよ」
「ふっふっふ、苦 しゅう ないゾよ」
「お初さんて、意外にしっかりしてるんだなぁ」
「おい」
「あ、意外といえば……」
「ちょっと おい」
「巨裂牟の頭突きで俺が倒れた時、爪がオタオタしてたのが意外だった」
「えー、そんなの意外でもなんでもないよ」
「なんで?」
「初めて会った日のこと覚えてる?」
「え? 覚えてるけど……」
「バンチヨ、サンドイッチ食べたあと二日間眠りっ放しだったでしょ?」
「ああ、そういえばそんなことも……」
「その時の爪刀、すっごい心配して、ずーっとみぃみぃ呼び掛けてたんだよ? 寝るのだってバンチヨの上で眠っていたんだから」
「えー!? うっそだぁー」
んなわけないっしょ! んなわっしょ!
「けど、バンチヨが寝てるのに笑顔でオナラするもんだから、それを見て大丈夫って判断したんだろうね。おケツひっ叩いて、安心した様子で出ていったけど」
寝 っ 屁 再 び! イヤー! ハ ズ カ シ ー!
「ッッニャアァァァー!」
──と、どこからか爪がスッ飛んできて、お初さんへ抗議するように前足をブンシャブンシャし始めた。
ニヤニヤ。
「んー? なんだぁ? 心配してくれたのか爪ちゃあぁん──って危っっぶね! ツメはやめろって! お前自分が強くなってんの忘れてんのか ちょ うおおおお! シャレになんないからヤメロって! お初さんも笑ってないで──キャァァァーッ!」
俺の悲鳴が……よく晴れた草原に響き渡った。
──などと、余計な生傷が増えたりしつつも、翌日からは修行を再開。鍛錬の日々が戻ってきた。
ただ、以前の修行と変わった点がいくつかあるのだが、一番の違いはやはりこの手に持つ──八百万樹の折れた枝だろう。しかも脈を打つような不思議な枝だ。お初さんに聞いてみるか……なにか知っているかもしれないし。
「脈を打った?」
「そうなんだよ……ドクンて感じで」
「それ……〝瑞意召魂〟と同じ現象ね……。私のも初めの頃、脈打つような感覚があったもの……。となると、何かの拍子に血を使ったりすることがあるかもしれない! 十分に注意してね──って、なんでそんなワクワクした顔してるのよ」
「だってそれってさ、俺も魔技とか使えるようになったりするかもしれないってことでしょ!」
「んー、私からはなんとも言えないわ」
「えぇー、なんでさ」
「だって八百万樹の枝を折った人なんて、今まで聞いたことないもの。ましてやそれをどう使うのか、使えるのかなんてわかりっこないよ」
「お初さんでも知らないのかー」
「前例が無いんだから、そりゃ知らないわよ。で、どうするの? 枝……」
「せっかくだから使おうと思う。ちょうど木刀みたいな感じだし。今までみたいに素手じゃ……この先 色々と厳しいかなって」
「確かにね……勾玉を切り離した実績もあるし、万超との相性はいいのかも……。でも〝木刀〟じゃちょっと味気ないわねぇ……」
「……なんの話?」
「呼び名よ、呼 び 名。なんかこう、イカす名称とかあったほうがいいでしょ! ひょっとすると私たちは今、マカフとシギの昔話のような、新たな可能性の歴史──その第一歩を踏み出している最中なのかもしれないのよ!」
「まっさかー」
「木刀……八百万樹……神夢座……」
「あ、俺も考えた。その名も──〝御 枝 折 樹 丸〟!」
「神夢座……の枝、木刀……木神……」
「御枝折樹丸」
「〝木神刀〟ってどうかな!」
「おしお……」
「 どうかな! 」
お初さんが真っ直ぐにこちらを見つめてくる──!
おぐあっ! ま、眩しいっ! なんて……なんてキラキラした目なんだ!
「……カコイイ と 思マス」
「 でっしょー? 」
名前を考えている時のお初さん、スッゴイ楽しそうで……あれはズルいよなぁ。断れないじゃんか……。
とはいえ……シンプルでカッコイイと思ったのは確かだ。御枝折樹丸も捨て難くはあるが、ここはお初さんに軍配を上げよう。
そして、当の木神刀も、気に入ったとでもいうかのように、小さく『トクン』と脈打ったのだった。
昼を挟んで、久々となる模擬戦の時間がやってきた。
俺は木神刀を構える。昔やってた剣道を思い出すなぁ……。
「それじゃあ…… はっけよほぉぉい のこほったぁ!」
「…………」
「…………」
爪が突進してこない……。ジリジリと距離が詰まる。俺が一歩前へ踏み出すと、爪はサッと横へ移動する。おいおい、こんなこと今まで一度もなかったぞ。
そうか……俺の間合いが変わったんだ。
円を描くように俺の周囲をゆっくりと回る爪……。こちらから打って出るにはまだ少し遠い。あと半歩──と、思った矢先、爪がスルリと足元へ飛び込んできた!
切っ先を下げ、爪の前足を払おうとするも──
『 キィン! 』
「──あ」
逆に払われ、それどころか木神刀をスッ飛ばされてしまった。
爪が垂直に跳び上がる! ドロップニッキュだ! 既のところで躱し、足をむんずと掴んだものの、すぐさまシッポで両手を払われる。
着地と同時に再び距離を取る爪──その隙に飛ばされた木神刀へ駆け寄り、拾い上げ、再び構え直す。
油断……いや、不意を衝かれた。
こんな簡単に得物を飛ばされてしまうとは……。樹登りのおかげで握力は随分と強くなってるはず。それでも今みたいなことがあるんだな……。くうぅー! もう払い落とされたりはしねぇぞ! とはいうものの! 力一杯握り続けるわけにもいかないし……むぅぅ、何もかも、まだまだ修行が足りないな。
爪が前足のツメをペロッと舐め、鋭い目つきでこちらを窺う。
「ニャッッ!」
今度は真っ直ぐ──高く跳んできた! その構え──巨裂牟の頭部を四つに割ったバツの字攻撃か!?
「シャッ!」
右前足のツメを九時の方角へ避けると同時に、左前足のツメを木神刀で、今度は弾かれないようにしっかり受ける!
『 キィィン! 』
甲高い音が響く。ツメを受けた衝撃はかなりのものだったが、そのおかげか、はたまた偶然か──反動で木神刀が爪の首元へ、スススと吸い寄せられた。
あ──これ! 木神刀を首に当てつつ伸びた前足を取って、組み伏せるように関節を極め──って、猫への関節技ってどうやんの!
「ニャンニャッ!」
「うおっ!」
俺の両肩を蹴り、後方へクリクリと宙返りをしながら、またまた距離をとって着地した爪は、なんだかとても楽しそうに見えた。犬のようにシッポをフリフリしている。
ああ、そうだな……俺も楽しい! こんな攻防、今までなかったよな!
『キィン! キィン! キィィン!』
リズム良く打ち込んでくる爪と、それを受ける俺。
『キン! キン! キィィン!』
いや……でもなんかコレ……
『キキン! キン! キン! キン! キキィィン!』
楽しいってか、爪……面白がってるだけじゃないのか?
「コンニャロ!」
「ニャッ!」
『 キ ッ イ ィ ィ ィ ィ ン ! 』
一際、高い音が鳴り響いた。
『 ドクン 』
木神刀が脈打った……と、思った刹那──小さな笏状に割れ目の入った真っ白な樹皮が、弾けるように剥がれ飛んだ。
「──あ゛! え゛!?」
「ニ゛ャッ!?」
「ええーっ!? ちょっとターイム! ストップストーップ!」
お初さんも驚いて、俺と爪の間に割って入る。
「ちょっとなに!? 木神刀、もう壊れちゃったの!?」
握っていた柄の部分、そこに残っていた樹皮もポロポロと落ちると……
こ、これは──
ズシリと重みを増し、黒檀のように深い黒色だが、光の具合いで青緑がかっても見える……
そんな姿となった木神刀を── 俺は手にしていたのだった。




