第20話 巨裂牟
ズウゥゥン…… ズウゥゥン……
「お初さん……あれが……」
「ええ……魔邪者の中でも一番厄介な、動く人型の岩塊……巨裂牟」
まだかなりの距離があるので、どのくらいの大きさかは計りかねるが、相当にデカイことだけは確かだ。
「万超と爪刀は早く逃げなさい」
「え?」
「ニャ?」
「言ったでしょ! 万が一にでも巨裂牟に出会ったら一目散に逃げろって!」
「お初さんはどうするんだよ!」
「天魔導士が巨裂牟を前にして逃げるわけないじゃない」
「な──!」
ズウゥン…… ズウゥン……
「そんなこと言ったって、今 魔技は使えないんでしょ! 無茶だって!」
「ニャーッ!」
「っ! でも──!」
ズウゥン! …………
「……止まっ た?」
距離にして二百メートルくらいだろうか……巨裂牟は動きを止めた。そしてジッと……こちらを見ているような……。やがて再び歩き出──
ズッウゥン! ズッウゥン! ズズゥゥゥン!
──したと、思ったら、たったの三歩で──まるで陸上の三段跳びのように跳躍し、一瞬で五十メートル程にまで迫ったところで、動かなくなった。
「こ、これが……巨裂牟ってヤツか……」
その外見はというと、デカさは地上三階建ての一軒家くらいだろうか……そして、大きさの異なる十個の巨岩で人の形を成している。ただ、体型のバランスは人というよりも、直立した猫背のゴリラみたいだな──と、思った。立った姿勢だが、両腕の先は地面に着いている。
巨裂牟の体を成す十個の巨岩……。
一番大きな──ゴツゴツした米粒のような形状の岩塊が、胴に位置している。
次いで、それよりは若干小さい、棍棒のような岩が左右の肘から拳の先までで一つずつ──その先端は、特に手の形はしていない。
両の二の腕で二つ、脚部は両太腿でさらに二つ、膝から下は脛やふくらはぎではなく、踝から足先までを象ったような大岩が二つ──これで九つ。
最後の一つ、頭部の岩石は一番小さく、胴体岩の前方へ突き出ている。背中を丸め、首をウーッと前に伸ばした時の頭の位置──といった感じだ。
そして、関節部──首、肩、肘、股関節、踝──には青白い炎が噴き出して、それが各部を繋ぎ止めているようだ。それぞれの部位は付かず離れず、ユラユラとわずかに……絶えず揺れ動いている。さらにはその炎から煙……もしくは蒸気みたいな何かが立ち上り、赤紫に変色して周囲へ溶けていく。動く姿は、火災が歩いているかのようだった。
巨裂牟は微動だにしない……そして……ジイッと……こちらを凝視している……。
……凝視? アイツに目玉なんて無いのに?
「────っ!」
なぜ見られていると感じるのか……今……わかった。
巨裂牟の頭部……その形はまるで髑髏。両目に当たる部分は窪んでおり、口に相当する箇所は裂けたように割れている。その窪みと割れ目からは常に青白い炎が迸っていて、時折、頭部全体の表面を包むように炎が奔るのだが、その一瞬……無表情な顔が浮かび上がり、大きく見開いた眼が……こちらを凝視しているのだ。背筋が寒くなるような視線……、鳥肌が立つ。
「面持ちだ……」
お初さんが呟く。
「ツラもち?」
「アイツ顔があるでしょ!」
「う、うん。それがどう──」
「顔の浮き上がる魔邪者を〝面持ち〟って呼ぶの! 未練、怨念が桁違いで強力な証! 面持ちの巨裂牟……最っ悪よ!」
「さ、最悪!?」
「危険度最上級ってこと! それにあの赤紫色に変わる煙? 蒸気はなに!? あんなの今まで見たことない……」
「ええっ!? 巨裂牟ってあれが普通なんじゃないの!?」
「万超も見えるの!? ──っ! まさか……〝忍惨禍嘆素〟!?」
「〝忍惨禍嘆素〟って……あの!?」
「ええ! 負の感情の権化たる魔邪者は〝忍惨禍嘆素〟を放出するとは言われていたけど……」
「視えるようになったってこと!? 前に歴史で習った〝特異な眼〟!?」
「──かも。でもどうして……」
「──! 八百万樹の樹液! お初さん、いつも飲むだけじゃなくて顔とか体にも塗っていたし!」
「だと、したら、飲んでいただけの万超はなんで……」
「……………………」
「……塗ってたの? 顔とかに……」
「…………チラっと……何回か……真似してみたり……しました……」
「……………………」
「い、今はそれどころじゃない!」
「そうね! バンチヨもお肌が気になる思春期真っ盛りボーイねウフフとか言ってる場合じゃないわ!」
「言っ てん じゃん! ああそうだよ! ニキビとか、ちょっと気になるお年頃なんだよ!」
「もしも、あれが本当に〝忍惨禍嘆素〟なら……魔技が使える!」
「おお! 天魔導士!」
お初さんがキリリと、勝ち気で凛々しい表情になる。しかし──
「……あれ?」
「どうした、お初さん」
「……無い……」
「無いってなにが?」
「〝瑞意召魂〟が……無い!」
「え?」
「あ……地下の部屋かもしれない……。前にも魔技を使う夢を見た時、いつの間にか瑞意召魂を取り出してて……そのまま部屋に落としたのを気がつかなかったことが……」
「昨日……そういった夢は……」
「見たんだよね」
「な、なにやってんだよ!」
「しょうがないで──
「フッッシャァァァァー!」
突然、爪が威嚇の体勢を取る。
爪の睨む先で巨裂牟が身を屈めた──次の瞬間、高く跳び上がる──のではなく、凄まじい勢いで前方へと跳躍した。その様は大砲から射出された砲弾のようで、時間にして一秒あるかないかという、あっという間の出来事だった。
ズ ッ ウ ゥ ゥ ゥ ゥ ン ン ! !
「うわっ!」
凄まじい振動に、一瞬身体が浮き上がる。
土煙が立ち込め、そのすぐ向こうで巨大な影が起き上がる。
目の前に いる。
やがて煙が晴れ、巨裂牟の姿が露わになる。
ジッと 見られてる……。 完全に相手の間合い……腕を伸ばされたら確実にこちらへ届く。
ゴクリ……と、唾を飲み込む音が体内に響いた……。
「ヂ……ハ…………エ……」
「──!? 喋った……」
「落ち着いて……生前の、一番の心残りや執着を口にしているだけよ……会話は成り立たないわ」
「……ヂ……ガ……ウ……」
「〝ち がう〟? 違う? お初さん、これは……」
「そんなの私にわかるわけ──」
巨裂牟の右腕がゆっくりと上がり、ピタリと止まった。
あ……これは……
「に……」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ」
「 逃 げ ろ ぉ ぉ ! !」
お初さんを素早く抱え上げ、俺と爪は後方の八百万樹へ向かって一目散に走り出す! その直後──
ド ッ ズ ウ ゥ ン !
俺たちが、つい今しがた居た場所に巨大な岩碗が振り下ろされ、ドデカいクレーターが出来上がっていた。
「あ、危ねぇ! 爪! お初さんを頼む!」
──そう言って俺は、爪の背中にお初さんを乗せる。
「ニャー!」
「わっ! ちょっと!」
爪の長いシッポが、お初さんを落とさないように巻き付く。
「地下の部屋に行って瑞意召魂を見つけて来てくれ!」
「万超はどうするの!?」
「巨裂牟を引きつける! 一緒に行って隠れ家を潰されちゃ元も子もないし!」
「そんな無茶よ!」
「それしかないんだって! 心配なんていいから! 早く行ってくれ! そんで戻って来て 俺を助けてくれ!」
「万超!」
「行け! 爪刀!」
「ニャーッ!」
爪の速度が上がる。八百万樹の右側へ回り込むように駆けていき──瞬く間に俺との距離は開いていった。
「相変わらず速ぇな、爪……」
俺は長ランを脱ぎ、頭上で振り回しながら左へと進路を取る。
「さて、巨裂牟は──」
ズウン! ズウン! ズウン! ズウン!
振り向くと巨裂牟は大股で向かってくる。どうやら俺を標的にしてくれたようだ。
「ありがてぇ……けど、おっかねえ!」
急いで学ランを着直し、再び走り出す。
目指すは八百万樹! アレに登って時間を稼ぐ!
恐怖に駆られた状態での全力疾走は難しい。足に力が入らないくせに妙に回転は早く、それゆえ何度も転びそうになった。特に膝は、抜け落ちたような感覚で、油断をするとすぐにガクッと折れそうになってしまう。ああ、くそっ! しっかりしろ! 俺!
あまり離れるとまた跳んで来るかもしれない……かといって近すぎると樹に登ってる暇がない。難しい距離を保ちつつ根の上を走り、なんとか八百万樹の幹へ到達することができた。しかもここは、何度も登ったことのある場所だ。やった!
振り返ってみると、巨裂牟は大きな根につかえて動きを止めていた。
どうかそのまま動きませんように! そのまま変な動きをしませんように!
幸魂 奇魂 守給 幸給
幸魂 奇魂 守給 幸給
幸魂 奇魂 守給 幸給
──そう、心を落ち着かせるようにゆっくり唱えながら、八百万樹を登っていく。
五階相当まで登る……ダメだ、真下まで来られて腕を伸ばされたら、ここまで届いちまう! ──六階、──七階、──八階相当まで登る。ここならなんとか……でも──
「た、高ぇ……」
新記録樹立、だが……さすがに……この高さはタマヒュンを禁じ得ないぜ!
見下ろすと、巨裂牟はさっき見た位置から動いていない……しかし、頭部は不気味な角度でこちらを向いて……ジッと俺を凝視している。
「だから……怖いんだって……それ……」
「ド…………ゴ……」
「……? また何か喋った……?」
ゆっくりと……右腕の巨大な岩塊が上がり、俺に狙いを定めるような角度で停止する。
なんだ……? なんか……スゴくイヤな予感がする! そう思った一刹那──
ガ ガ ア ァ ァ ァ ン !
巨裂牟の右腕──その肘から拳までを成す巨岩が飛んできて八百万樹に直撃する! いや、飛んできたんじゃない! 関節の役割をしている青白い炎が伸びて、叩きつけてきたんだ! 模擬戦で爪の突進をいつも見ていたおかげか、紙一重で躱すことが出来た! にしても──
「伸縮自在かよ! 冗談じゃ、──っ!
ガアァン! ガアァン! ガアァァン!
幹から伸びる太い枝の付け根にいた俺だったが、何発もの岩パンチを避けるため、細い方へ細い方へ──枝の先端へと追いやられていく。八百万樹には傷一つ付かないが、如何せん衝撃で大きく揺れる。
ガ ア ァ ン !
「────っ!」
身体が宙に投げ出される──が、かろうじて小枝に掴まることができた。
「危っっっっっっっっぶねぇ!」
今、掴んでいる……俺の命を繋いでいる枝……。長さは自分の足先からヘソくらいで、太さは俺の腕に及ばない……あまりにも細い枝。普通の木だったらとっくに折れていただろう。ありがとう八百万樹! そしてまだか! 爪! お初さん!
「ヂ……チ……ウ エ……」
……え?
「ハ……ハ ウ……エ」
……父上……母上……?
「ヂヂ……ウエ……ハハウ……エ……ドゴニ……ドゴニ゛オラレルノデズガ……」
……なっ…………
「ドゴニ゛オ゛ラレルノデズガ……ア……ァァ……ァ……」
…………なん だ よ……それ……。
父さん……母さん……。
俺も……このまま何も出来ずに終わったら……ああなるのだろうか……。未練が……怨念となってあんな風に…………。
えも言われぬ感情が湧き上がる。これは同情……それとも共感? 巨裂牟は……未来の俺なのかもしれない……。
なんとか……してやりたい。
──そう思った刹那、掴んでいる枝がドクンと脈打った……気がした。
『 ポ キ ッ 』
枝が 根元から 折れた。
「ウ ッ ソ だ ろ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ !」
お初さん……八百万樹……折ったり切ったり出来ないって……言ってたじゃんかぁぁぁ!
真っ逆さまに落ちていく! どうする! どうする!? どうするも何も! あ、これ──もう──
『 ボ フ ヨ ォ ン 』
地面にぶつかると思った瞬間、柔らかな突風に押し戻されて、俺は難なく着地した。
「今のは……」
ズ ウ ゥ ゥ ン !
全身が大きな影に覆われる……。顔を上げると、眼前に聳え立つ面持ちの巨裂牟……。
再度その右腕が高々と上がる。
これは……避けられな──
「 ン ナ ァ ァ ァ ァ ゴ ! 」
振り上げられた右腕の岩塊、そのさらに上方から──爪の引っ掻くようなツメの一撃!
「──爪っ!」
巨岩に四筋の亀裂が走り、そこから五つにバカッと割れた!
「グオオオオオオオオッ!」
しかしその割れ目からは即座に青白い炎が噴き出し、腕の形は維持されてしまう。岩の中を、血管のように炎が通っているのが見えた。
「こっち!」
ここからかなり離れた向こう側、根の陰から、わずかに姿を覗かせてお初さんが呼んでいる! 巨裂牟が爪に気を取られている隙に、この場を離脱し、お初さんへ駆け寄って合流を果たし、すぐさま身を潜める。直後に爪もやって来た。
「うおお! 爪ー! 助かったぜ! ありがとうな! ヨシヨシヨシヨシ痛デデデ痛デ痛デ噛むな噛むな!」
「良かった……間に合って……」
お初さんの手には指揮棒の形状をした瑞意召魂が握られている。
「さっきの不思議な風はお初さんが?」
「そう……綿疾風っていう……風の魔技……」
「ありがとう! 本っっ当にありがとう! もうダメかと思っ た って……お初さん?」
「ゴメン……たった一回魔技を使っただけなのに……使用限度の半分の血……持ってかれたみたい……」
「え!?」
「こんなこと……今までには一度も……この体のせい……? それとも他に何か原因が……」
「だ、大丈夫なのか!?」
「大……丈夫……あと一回なら……巨裂牟は絶対、なんとかしないと……」
振り絞るような声……しかし、確かな決意と覚悟を宿した声だった。
なんとかする……巨裂牟を……。
さきほどの光景が 言葉が 蘇る。
俺にも──
「俺にも手伝わせてほしい! 俺だって巨裂牟……放っておけない!」
「なに馬鹿なこと言ってんの……。……? その……手に持ってるのは……なに……?」
「あ、これは八百万樹の枝。折れた」
「は!? ウソ! そんなこと──」
「その話はあと! それより、巨裂牟の弱点とか教えてくれ!」
「それは……胸……心のあった胸の位置に、色の違う炎があるはず。でも、あの大きさの岩塊……今の私の魔技で撃ち抜けるかどうか……」
「なるほど……」
俺は爪に向き直る。
「お前……模擬戦、手加減してたろ」
爪の字はスンッとソッポを向いた。コンニャロめ。とはいえ、あんな攻撃をされたら、俺なんてひとたまりもないんだが……。けど、見てろよ……いつかお前に本気を出させるからな!
自分の顔を両手でバチンと叩き、気合を入れる。
「よし! ──お初さんの魔技、爪のツメ、これが今の俺達の最大火力」
「……ええ」
「ニャー」
「それを踏まえて、作戦を考えた」
「作戦?」
「ニャ?」
「 俺……、 巨裂牟に 倒 さ れ る よ 」




