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万超と爪刀 ーバンチョウとソウチョウー  作者: 七五三沙 イコ


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20/26

第20話 巨裂牟

 ズウゥゥン…… ズウゥゥン……


「お初さん……あれが……」

「ええ……魔邪者(まじゃもの)の中でも一番厄介(やっかい)な、動く人型の岩塊(がんかい)……巨裂牟(ゴレム)


 まだかなりの距離があるので、どのくらいの大きさかは計りかねるが、相当にデカイことだけは確かだ。


万超(ばんちょう)爪刀(そうちょう)は早く逃げなさい」

「え?」

「ニャ?」

「言ったでしょ! 万が一にでも巨裂牟(ゴレム)に出会ったら一目散に逃げろって!」

「お初さんはどうするんだよ!」

「天魔導士が巨裂牟(アレ)を前にして逃げるわけないじゃない」

「な──!」


 ズウゥン…… ズウゥン……


「そんなこと言ったって、今 魔技(マギ)は使えないんでしょ! 無茶だって!」

「ニャーッ!」

「っ! でも──!」


 ズウゥン! …………


「……止まっ た?」

 距離にして二百メートルくらいだろうか……巨裂牟(ゴレム)は動きを止めた。そしてジッと……こちらを見ているような……。やがて再び歩き出──


 ズッウゥン! ズッウゥン! ズズゥゥゥン!


──したと、思ったら、たったの三歩で──まるで陸上の三段跳びのように跳躍(ちょうやく)し、一瞬で五十メートル程にまで迫ったところで、動かなくなった。


「こ、これが……巨裂牟(ゴレム)ってヤツか……」


 その外見はというと、デカさは地上三階建ての一軒家くらいだろうか……そして、大きさの異なる十個の巨岩(きょがん)で人の形を成している。ただ、体型のバランスは人というよりも、直立した猫背のゴリラみたいだな──と、思った。立った姿勢だが、両腕の先は地面に着いている。


 巨裂牟(ゴレム)の体を成す十個の巨岩……。


 一番大きな──ゴツゴツした米粒のような形状の岩塊(がんかい)が、(どう)に位置している。

 次いで、それよりは若干小さい、棍棒(こんぼう)のような岩が左右の(ひじ)から拳の先までで一つずつ──その先端は、特に手の形はしていない。

 両の二の腕で二つ、脚部は両太腿(ふともも)でさらに二つ、(ひざ)から下は(すね)やふくらはぎではなく、(くるぶし)から足先までを(かたど)ったような大岩が二つ──これで九つ。

 最後の一つ、頭部の岩石は一番小さく、胴体岩(どうたいがん)の前方へ突き出ている。背中を丸め、首をウーッと前に伸ばした時の頭の位置──といった感じだ。

 そして、関節部──首、肩、(ひじ)股関節(こかんせつ)(くるぶし)──には青白い炎が噴き出して、それが各部を繋ぎ止めているようだ。それぞれの部位(パーツ)は付かず離れず、ユラユラとわずかに……絶えず揺れ動いている。さらにはその炎から煙……もしくは蒸気みたいな何かが立ち上り、赤紫に変色して周囲へ溶けていく。動く姿は、火災が歩いているかのようだった。


 巨裂牟(ゴレム)は微動だにしない……そして……ジイッと……こちらを凝視している……。


 ……凝視? アイツに目玉なんて無いのに?


「────っ!」

 なぜ見られていると感じるのか……今……わかった。


 巨裂牟(ゴレム)の頭部……その形はまるで髑髏(しゃれこうべ)。両目に当たる部分は(くぼ)んでおり、口に相当する箇所は裂けたように割れている。その窪みと割れ目からは常に青白い炎が(ほとばし)っていて、時折、頭部全体の表面を包むように炎が(はし)るのだが、その一瞬……無表情な顔が浮かび上がり、大きく見開いた眼が……こちらを凝視しているのだ。背筋が寒くなるような視線……、鳥肌が立つ。


面持(ツラも)ちだ……」

 お初さんが(つぶや)く。

「ツラもち?」

「アイツ顔があるでしょ!」

「う、うん。それがどう──」

「顔の浮き上がる魔邪者を〝面持(ツラも)ち〟って呼ぶの! 未練、怨念が(けた)違いで強力な証! 面持(ツラも)ちの巨裂牟(ゴレム)……最っ悪よ!」

「さ、最悪!?」

「危険度最上級ってこと! それにあの赤紫色に変わる煙? 蒸気はなに!? あんなの今まで見たことない……」

「ええっ!? 巨裂牟(ゴレム)ってあれが普通なんじゃないの!?」

「万超も見えるの!? ──っ! まさか……〝忍惨禍嘆素(にさんかたんそ)〟!?」

「〝忍惨禍嘆素〟って……あの!?」

「ええ! 負の感情の権化(ごんげ)たる魔邪者は〝忍惨禍嘆素〟を放出するとは言われていたけど……」

()えるようになったってこと!? 前に歴史で習った〝特異な眼〟!?」

「──かも。でもどうして……」

「──! 八百万樹の樹液! お初さん、いつも飲むだけじゃなくて顔とか体にも塗っていたし!」

「だと、したら、飲んでいただけの万超はなんで……」 

「……………………」

「……塗ってたの? 顔とかに……」

「…………チラっと……何回か……真似(まね)してみたり……しました……」

「……………………」

「い、今はそれどころじゃない!」

「そうね! バンチヨもお肌が気になる思春期真っ盛りボーイねウフフとか言ってる場合じゃないわ!」

「言っ てん じゃん! ああそうだよ! ニキビとか、ちょっと気になるお年頃なんだよ!」 

「もしも、あれが本当に〝忍惨禍嘆素〟なら……魔技(マギ)が使える!」

「おお! 天魔導士!」


 お初さんがキリリと、勝ち気で凛々(りり)しい表情になる。しかし──


「……あれ?」

「どうした、お初さん」

「……無い……」

「無いってなにが?」

「〝瑞意召魂(すいしょうだま)〟が……無い!」

「え?」

「あ……地下の部屋かもしれない……。前にも魔技を使う夢を見た時、いつの間にか瑞意召魂(すいしょうだま)を取り出してて……そのまま部屋に落としたのを気がつかなかったことが……」

「昨日……そういった夢は……」

「見たんだよね」

「な、なにやってんだよ!」

「しょうがないで──

「フッッシャァァァァー!」

 突然、(そう)威嚇(いかく)の体勢を取る。


 (そう)(にら)む先で巨裂牟(ゴレム)が身を(かが)めた──次の瞬間、高く跳び上がる──のではなく、凄まじい勢いで前方へと跳躍(ちょうやく)した。その様は大砲から射出された砲弾のようで、時間にして一秒あるかないかという、あっという間の出来事だった。



 ズ ッ ウ ゥ ゥ ゥ ゥ ン ン ! !



「うわっ!」

 凄まじい振動に、一瞬身体が浮き上がる。


 土煙が立ち込め、そのすぐ向こうで巨大な影が起き上がる。



 目の前に いる。



 やがて煙が晴れ、巨裂牟(ゴレム)の姿が(あらわ)わになる。


 ジッと 見られてる……。 完全に相手の間合い……腕を伸ばされたら確実にこちらへ届く。


 ゴクリ……と、(つば)を飲み込む音が体内に響いた……。


「ヂ……ハ…………エ……」

「──!? 喋った……」

「落ち着いて……生前の、一番の心残りや執着(しゅうちゃく)を口にしているだけよ……会話は成り立たないわ」

「……ヂ……ガ……ウ……」

「〝ち がう〟? 違う? お初さん、これは……」

「そんなの私にわかるわけ──」


 巨裂牟(ゴレム)の右腕がゆっくりと上がり、ピタリと止まった。


 あ……これは……


「に……」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ」

「 逃 げ ろ ぉ ぉ ! !」

 お初さんを素早く抱え上げ、俺と(そう)は後方の八百万樹(やおよろじゅ)へ向かって一目散に走り出す! その直後──


 ド ッ ズ ウ ゥ ン !


 俺たちが、つい今しがた居た場所に巨大な岩碗(がんわん)が振り下ろされ、ドデカいクレーターが出来上がっていた。


「あ、危ねぇ! (そう)! お初さんを頼む!」

──そう言って俺は、(そう)の背中にお初さんを乗せる。

「ニャー!」

「わっ! ちょっと!」

 (そう)の長いシッポが、お初さんを落とさないように巻き付く。

「地下の部屋に行って瑞意召魂(すいしょうだま)を見つけて来てくれ!」

「万超はどうするの!?」

巨裂牟(アイツ)を引きつける! 一緒に行って隠れ家を(つぶ)されちゃ元も子もないし!」

「そんな無茶よ!」

「それしかないんだって! 心配なんていいから! 早く行ってくれ! そんで戻って来て 俺を助けてくれ!」

「万超!」

「行け! 爪刀(そうちょう)!」

「ニャーッ!」


 (そう)の速度が上がる。八百万樹の右側へ回り込むように駆けていき──瞬く間に俺との距離は開いていった。 


「相変わらず速ぇな、(アイツ)……」

 俺は長ランを脱ぎ、頭上で振り回しながら左へと進路を取る。

「さて、巨裂牟(あんにゃろう)は──」


 ズウン! ズウン! ズウン! ズウン!


 振り向くと巨裂牟(ゴレム)は大股で向かってくる。どうやら俺を標的にしてくれたようだ。

「ありがてぇ……けど、おっかねえ!」

 急いで学ランを着直し、再び走り出す。


 目指すは八百万樹! アレに登って時間を稼ぐ!


 恐怖に駆られた状態での全力疾走は難しい。足に力が入らないくせに妙に回転は早く、それゆえ何度も転びそうになった。特に(ひざ)は、抜け落ちたような感覚で、油断をするとすぐにガクッと折れそうになってしまう。ああ、くそっ! しっかりしろ! 俺!


 あまり離れるとまた跳んで来るかもしれない……かといって近すぎると樹に登ってる暇がない。難しい距離を保ちつつ根の上を走り、なんとか八百万樹の(みき)へ到達することができた。しかもここは、何度も登ったことのある場所だ。やった!


 振り返ってみると、巨裂牟(アイツ)は大きな根につかえて動きを止めていた。


 どうかそのまま動きませんように! そのまま変な動きをしませんように!


 幸魂(さきみたま)  奇魂(くしみたま)  守給(まもりたまえ)  幸給(さきはえたまえ)

 幸魂 奇魂 守給 幸給

 幸魂 奇魂 守給 幸給


──そう、心を落ち着かせるようにゆっくり唱えながら、八百万樹を登っていく。


 五階相当まで登る……ダメだ、真下まで来られて腕を伸ばされたら、ここまで届いちまう! ──六階、──七階、──八階相当まで登る。ここならなんとか……でも──

「た、高ぇ……」

 新記録(ニューレコード)樹立、だが……さすがに……この高さはタマヒュンを禁じ()ないぜ!


 見下ろすと、巨裂牟(ゴレム)はさっき見た位置から動いていない……しかし、頭部は不気味な角度でこちらを向いて……ジッと俺を凝視している。


「だから……怖いんだって……それ……」

「ド…………ゴ……」

「……? また何か喋った……?」


 ゆっくりと……右腕の巨大な岩塊(がんかい)が上がり、俺に狙いを定めるような角度で停止する。


 なんだ……? なんか……スゴくイヤな予感がする! そう思った一刹那(いっせつな)──


 ガ ガ ア ァ ァ ァ ン !


 巨裂牟(ゴレム)の右腕──その肘から拳までを成す巨岩が飛んできて八百万樹に直撃する! いや、飛んできたんじゃない! 関節の役割をしている青白い炎が伸びて、叩きつけてきたんだ! 模擬戦で(そう)の突進をいつも見ていたおかげか、紙一重で(かわす)すことが出来た! にしても──

伸縮自在(しんしゅくじざい)かよ! 冗談じゃ、──っ!


 ガアァン! ガアァン! ガアァァン!


 幹から伸びる太い枝の付け根にいた俺だったが、何発もの(ガン)パンチを避けるため、細い方へ細い方へ──枝の先端へと追いやられていく。八百万樹には傷一つ付かないが、如何(いかん)せん衝撃で大きく揺れる。


 ガ ア ァ ン !


「────っ!」

 身体が(ちゅう)に投げ出される──が、かろうじて小枝に(つか)まることができた。

「危っっっっっっっっぶねぇ!」

 今、掴んでいる……俺の命を繋いでいる枝……。長さは自分の足先からヘソくらいで、太さは俺の腕に及ばない……あまりにも細い枝。普通の木だったらとっくに折れていただろう。ありがとう八百万樹! そしてまだか! (そう)! お初さん!



「ヂ……チ……ウ エ……」


 ……え?


「ハ……ハ ウ……エ」


 ……父上……母上……?


「ヂヂ……ウエ……ハハウ……エ……ドゴニ……ドゴニ゛オラレルノデズガ……」


 ……なっ…………


「ドゴニ゛オ゛ラレルノデズガ……ア……ァァ……ァ……」


 …………なん だ よ……それ……。



 父さん……母さん……。

 俺も……このまま何も出来ずに終わったら……ああなるのだろうか……。未練が……怨念となってあんな風に…………。

 えも言われぬ感情が湧き上がる。これは同情……それとも共感? 巨裂牟(アイツ)は……未来の俺なのかもしれない……。




 なんとか……してやりたい。




──そう思った刹那、掴んでいる枝がドクンと脈打った……気がした。


『 ポ キ ッ 』


 枝が  根元から  折れた。


「ウ ッ ソ だ ろ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ !」

 お初さん……八百万樹……折ったり切ったり出来ないって……言ってたじゃんかぁぁぁ!


 真っ逆さまに落ちていく! どうする! どうする!? どうするも何も! あ、これ──もう──



『  ボ  フ  ヨ  ォ  ン  』



 地面にぶつかると思った瞬間、柔らかな突風に押し戻されて、俺は難なく着地した。

「今のは……」


 ズ ウ ゥ ゥ ン !


 全身が大きな影に覆われる……。顔を上げると、眼前に(そび)え立つ面持(ツラも)ちの巨裂牟(ゴレム)……。

 再度その右腕が高々と上がる。


 これは……()けられな──


「 ン ナ ァ ァ ァ ァ ゴ ! 」

 振り上げられた右腕の岩塊(がんかい)、そのさらに上方から──(そう)の引っ()くようなツメの一撃!

「──(そう)っ!」

 巨岩に四筋(よすじ)の亀裂が走り、そこから五つにバカッと割れた!

「グオオオオオオオオッ!」

 しかしその割れ目からは即座に青白い炎が噴き出し、腕の形は維持されてしまう。岩の中を、血管のように炎が通っているのが見えた。

「こっち!」

 ここからかなり離れた向こう側、根の(かげ)から、わずかに姿を(のぞ)かせてお初さんが呼んでいる! 巨裂牟(ゴレム)(そう)に気を取られている隙に、この場を離脱し、お初さんへ駆け寄って合流を果たし、すぐさま身を(ひそ)める。直後に(そう)もやって来た。


「うおお! (そう)ー! 助かったぜ! ありがとうな! ヨシヨシヨシヨシ痛デデデ痛デ痛デ()むな()むな!」

「良かった……間に合って……」

 お初さんの手には指揮棒(タクト)の形状をした瑞意召魂(すいしょうだま)が握られている。

「さっきの不思議な風はお初さんが?」

「そう……綿疾風(わたはやて)っていう……風の魔技……」

「ありがとう! 本っっ当にありがとう! もうダメかと思っ た って……お初さん?」

「ゴメン……たった一回魔技を使っただけなのに……使用限度の半分の血……持ってかれたみたい……」

「え!?」

「こんなこと……今までには一度も……この体のせい……? それとも他に何か原因が……」

「だ、大丈夫なのか!?」

「大……丈夫……あと一回なら……巨裂牟(ゴレム)は絶対、なんとかしないと……」


 振り絞るような声……しかし、確かな決意と覚悟を宿した声だった。


 なんとかする……巨裂牟(ゴレム)を……。



 さきほどの光景が 言葉が 蘇る。



 俺にも──


「俺にも手伝わせてほしい! 俺だって巨裂牟(アイツ)……放っておけない!」

「なに馬鹿なこと言ってんの……。……? その……手に持ってるのは……なに……?」

「あ、これは八百万樹の枝。折れた」

「は!? ウソ! そんなこと──」

「その話はあと! それより、巨裂牟(ゴレム)の弱点とか教えてくれ!」

「それは……胸……心のあった胸の位置に、色の違う炎があるはず。でも、あの大きさの岩塊(がんかい)……今の私の魔技で撃ち抜けるかどうか……」

「なるほど……」


 俺は(そう)に向き直る。


「お前……模擬戦、手加減してたろ」

 (そう)()はスンッとソッポを向いた。コンニャロめ。とはいえ、あんな攻撃をされたら、俺なんてひとたまりもないんだが……。けど、見てろよ……いつかお前に本気を出させるからな!


 自分の顔を両手でバチンと叩き、気合を入れる。


「よし! ──お初さんの魔技、(そう)のツメ、これが今の俺達の最大火力」

「……ええ」

「ニャー」

「それを踏まえて、作戦を考えた」

「作戦?」

「ニャ?」


「 俺……、 巨裂牟(アイツ)に () () () () よ 」

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