第33話
虹色の玉の声が聞こえた後、俺の中から力が湧き出してくる。
そのあまりの変化に、俺は自分自身の事にもかかわらず、呆然としてしまう。
何かが変わった。
……俺の中で、何かが。
何が?
……が、ゆっくりと考えている時間も、呆然としている時間も今は無い。
そう思い直し、もう一度だけ力を込めて見ようとした。
その瞬間、
「なんだぁその態度は!」
俺の、その急に変わった表情や雰囲気が気に入らない様子で、リオが不愉快気に鼻白む。
解っていたが、話が自分の思い通りに進まないと、キレるタイプだ。
しかし、ちょうど良い。
ここで遠慮しても、もはや意味は無い。
「どうせ最後だから、聞きたいのだが?」
声は出せるので、俺はリオの憤る様を無視してそう切り出す。
すると、最後だからと言う言葉に、俺が絶望していると思い嗜虐心が刺激されたのか、リオが嬉しげに、
「なんだい?
最後だから、聞いてあげようかぁ?」
ニヤリといやらしく笑いながら、聞いてくる。
「ロンドとエルの首輪は、その指輪をつけている者に逆らうと、首が絞まる効果だけなのか?」
俺がそう言うと、心底不思議そうな顔をしながら、
「そうだけど? まあ、敵意のある行動や、逃亡したりしたら首が締まって、最後には首が落ちるけどね。
ああ、あと、本人の能力値を十分の一まで抑える効果があるけどね。ケヒヒッ」
と言った直後、ハッとしたように目を見開いて、俺を睨み付ける。
「え? まだ助けられるとか思っているの? マジでムカついてきたんだけど、僕」
そう言って、リオは壮絶な嫌悪の表情をみせる。
しかし、ふと、何か良いことでも思い付いたと言わんばかりに、コロリと表情を変え……。
リオは俺に顔を近づけて「知ってるかい?」と聞いてきた。
俺は、その瞬間、なぜか寒気を感じて「何をだ?」とは聞けなかった。
しかし、リオは俺の返事など期待していなかったのか、顎でロンドとエルを指し示しながら、
「ロンドとエルの二人ってさあ、色々、ああやって抵抗するんだよ。色々ね。ケヒヒ」
――っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
直後、ロンドとエル、リリーの周りに立っていた五人の女性翼人の抜刀した剣が、猛烈な勢いでその手を離れ、「ドンッ!!!」と音を立て天井に突き刺さる
そして、
ブチッ!!!!!!!!
と、大きな音が部屋中に響く。
酷く場違いな音で、一瞬、その場の空気が、固まる。
「ギャあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
リオが叫び声を上げる。
同時に、リオの腕から、指輪をつけている手が離れて、浮いている。
指輪をつけている手は、血を床へ大量に零しながら、ゆっくりと動いて俺の目の前で止まる。
俺は、五人の女性翼人の剣を吹き飛ばし、リオの手を引き千切ってやった念動魔法で、自分自身の手を動かして千切れたリオの手から指輪を抜き、自分の指に嵌める。
いま俺の中で満ちている力は、拘束の魔法具の力を凌駕しているようだ。
まだ、念動魔法の力を借りなければ自分の腕を動かせないが、先ほどまでは念動魔法も使えない状態だった。
そして俺は続けざまにその力を更に振るって、ロンドとエルを一瞬の内に自分の横に運ぶ。
これが最初に出来ていれば何の問題もなかったが、力を得た今でなければ、ノロノロと運ぶ程度しか出来なかっただろう。
まだリオが叫んでいる。
そして、誰もが呆然としてピクリとも動かない。
事態が飲み込めていないのだ。
「五月蝿い」
俺は千切りとったリオの手を、念動魔法で吹き飛ばしリオの口に突っ込む。
――その汚い手でおかした、自らの罪を、自らの手で購え!
おかした罪の、ほんの百億分の一にもならないが、それでも無いよりはましだ。
この事態からいち早く立ち直ったのは、リオの横にいたキツネ目の奴隷商人だった。
何か呪文のようなものを唱えだす。
すると、拘束の魔法が強まっていく。
しかし、魔法陣を使う儀式魔法は、呪文が必要なのか?
ボーンは発動前に魔法名を言うと魔法精度が増す感じがすると言っていたが、何か関係があるのか?
いまは、どうでも良いことか……。
部屋の四隅にある宝玉から、拘束の魔法具に何か力のようなものが流れて来るのが解る。
なんらかの魔力供給が行われているようだ。
俺は念動魔法で宝玉を打ち壊そうとするが。
その時、
「暗魔のディストゥラクション」
ボーンが小さく呟くと、宝玉が全て弾け飛ぶ。
さすがはボーンだ。
自分の為すべき事を、良く解っている。
俺は同時に、天井に刺さった剣を五本とも魔法陣の中心一点に念動魔法で突き刺す。
ズゴウンッ! と重みのある音が響いた後、拘束の魔法具にひびが入り、拘束が解ける。
「な、な、なひが、起こってい、いる?」
事態を理解出来ていないリオが、自らの手を吐き出し、取り乱して狼狽えだす。
奴隷商人は尻餅をついている。
「な、なひがー!」リオが叫び続けていると、それと同時にボーンの胸の前に黒い闇の塊が出来る。
そしてその直後、黒い塊は黒い刃へと姿を変え、リオの両足を切り飛ばす。
「天帝様の御前である。許しなきものは、跪け!」
ドシャリッ! と音を立ててリオが崩れ落ちる。
同時に、ボーンの迫力に当てられて、何人かの翼人が腰を抜かした様に倒れこむ。
一方のボーンはと言えば、
「我が至神たる天帝様。勝手な真似をお許し下さい」
そう言って、即座に跪く。
「良い。良くやってくれた。
拘束の魔法具については、もはやその用を為さない。
余計な心配をかけた。許せ」
「もったいなきお言葉」
ボーンが深く頭を下げる。
そして俺は、いまだ動けずにいる翼人たちに向け、怒声を放つ。
「貴様らは、何をしたか解っているのか!
眷属は、我が魂の系譜にその名を連ねる者たち!!
自らの子、それ以上の存在だ!!!
その存在を、穢したな!!!!」
その声に、ビクリと全員が震える。
しかし、リオはここで、やっと俺が今この事態を引き起こしている事が解ったのか、
「い、いや、僕は、まだ、まだ。
本当は、まだ、手を出していない。
まだ、まだ、生娘だ。
まだ、だって、あいつらが、あの、リリーの部下たちがっ、がっ。
三人を守っていたから。
むかつく事に、脅しやがったから。
い、命がけで、まっまっ守りやがったからっ
くそっ、くそっ、くそがぁ」
何やら、鬱陶しい言い訳をはじめる。
しかし、もはや、……。
「もはや、そういう問題ではない」
俺が冷たくそう言い放つと、進退極まったリオが金切り声をあげる。
「かかれぇぇぇ、かかれぇっ! 殺してしまえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「し、しかし、殺してしまっては、天空島は?」
「直下にある、ルル島は?」
リオの部下たちは動揺を始める。
「うるさい! やれぇー!! このままダンジョンマスターに殺されたいのかぁーーー!!!」
リオが叫ぶと、翼人たちはハッとしたようにお互い顔を見合わせ、剣に手をかける。
それに呼応するように、俺は一気に翼人たちを念動魔法で吹き飛ばす。
ドンッ! と音を立て翼人たちが壁に叩きつけられる。
何人かは、首が変な方向に曲がっているようだ。
……一方で、女性翼人五名とリリーは、念の為そっと俺の傍に移動させる。
女性翼人五名が、ロンドとエルを命がけで守っていたとか何とか、リオが言っていたし。
嘘か本当かは知らないが。
隙の無い目つきと構えで、ロンド、エル、リリーを囲み立っていた姿は、言われて見れば確かに三人を守るように立っていた様にも見える。
俺は、マジックバッグからボーンの杖を取り出し手渡す。
「俺はロンドとエルを守る。
お前は、かかる火の粉を打ち払え」
俺がそう言うと。
「承知いたしました」
そう言って、懲りずに尚も襲い掛かってくる翼人に向かって魔力を練り上げる。
……少々時間がかかるようだ。
やはりボーンがいたとしても、俺の力が上がっていなければ、ロンドとエルを救うには無理があったようだ。
「蛇闇球」
ボーンの声と共に、直径1メートルほどの、闇に包まれた球体が現れる。
球体の表面には、紫電がバチバチと音をたてながら走っている。
その球体から、無数のムチが伸びたと思った瞬間、ムチが、蛇のように動きだし、翼人たちに、襲いかかる。
翼人たちは叫び声をあげながら逃げ惑うが、黒いムチに絡め取られ、口、耳、鼻の中に侵入される。
阿鼻叫喚の様相を呈していく。
もう間もなく、この者達の命も尽きるだろう。
気分は正直よくないが、覚悟を決めていたためか、吐いたり、罪悪感に心が締め付けられると言った事は無い。
俺がいま心を砕くべきは、その様な事ではない。
ロンドとエルのことだ。
何はともあれローブを二人にかけて、女性翼人ともども部屋の隅の安全な場所に移動する。
やっと、やっとだ!
やっと、ロンドとエルを自分の下へ連れ帰る事が出来た。
ロンドとエルの無事を自分の目に何度も焼き付けながら、俺は心の底から安堵のため息を漏らした。




