第31話
ロンドとエルは犬のように首輪をされ、そこから伸びたロープを、翼人の男に引っ張られて出て来た。
……薄い布一枚の姿にされて。
口はロープで縛られ、声が出せないよう猿轡されている。
ロンドとエルに比べれば、どうでも良いことであるが、その後ろに、もう一人。
なぜかロンドとエルと同じ姿で、女性翼人のリリーも引っ立てられる。
エルはいつものボーッとした顔つきではなく、強い目つきでリオを睨み付けながら、自分の大きな翼で、ロンドと自分自身、そして女性翼人のリリーを覆い身体を隠している。
ロンドは下を向き表情が解らない。
しかし、その足取りは覚束ない。
このような目にあって、精神的に追い詰められているのか。
……俺のせいで、こんな事に……。
俺が二人を見ていると、エルがふとこちらを見て目が合う。
エルは驚いたように目を見開くと、次の瞬間、まるで逃げろと言うように首を左右に振る。
それに気付いたロンドもハッと顔を上げ、俺を見る。
エル同様に目を見開き、小さく首を振る。
俺はそれを見て、ロンドとエルに頷き、駆け寄ろうとした。
しかし、その瞬間。
五人の抜刀した女性の翼人たちが続いて出て来る。
俺の天空島に来た翼人の女性全員だ。
そして、五人が、隙の無い目つきと構えで、ロンド、エル、女性翼人リリーを囲み立つ。
さらにそれに続いて、その周りをぐるりと囲むように、数十人の男性翼人たちがニヤニヤと笑いながら陣取る。
……俺がここで迂闊な動きをすれば、何時でも殺す用意は出来ている。といったところか?
剣を抜くにしろ、何か魔法で攻撃するにしろ、いまの俺では一撃では無理だ。
ボーンと連携すれば、あるいは?
しかし細かい相談も出来ない今、冒険をして万一の事があれば……。
もし、少しでも足止めされれば、ロンドとエルの首くらいは一瞬で落とされてしまう位置取りだ。
やはり、まだ危険は冒せない……。
俺がリオを睨み付けると、これ以上の幸せは無いといった恍惚の表情を浮かべる。
「それそれ、いいねぇ。その表情」嬉しそうに笑い、「ロンド、エル、跪け」リオは、自分がしている指輪をロンドとリオに向けて命令する。
しかし、二人は苦しげに顔を歪ながらも、必死な顔つきでリオを睨み付け、うめき声を漏らしながら立ち続けている。
「おいおい、抵抗すると、苦しむだけだよー」
良く見ると、首輪がギリギリと締まっている。
「命令絶対遵守の奴隷首輪のようです。
指輪を嵌めている者の命令に逆らうと、首輪が締まる仕組みです」
ボーンが俺に説明する。
「おお、良く知っているじゃないか。
おっと、動くなよ? アリス?」
俺が指輪をどうにかしようと、少しでも近づこうとしていると見るや、リオは牽制して来る。
そして、
「おい! いい加減跪け!
見せしめに、どちらか一方を殺しても良いのだぞ」
再びロンドとエルに命令する。
抵抗する二人に、首輪が更に締まっていく。
二人は、呻き声すら出なくなってきている。
すると、女性翼人のリリーが、ロンド、エルと、リオの間に割って入り、両手を広げて庇うように立ちはだかった。
……が、残念ながら何の効果もない様だ。
「おっ! リリーお前も参加するのかい?
いい度胸だな!」
「洗脳されているとはいえ、始祖様に、跪けと命令をするなんて!」
自分で上手くずらしたのか、猿轡がずれて口半分が開けるようになったリリーが叫ぶ。
「え? まだ洗脳魔法を信じていたの?
相変わらず、愚かな女だな!
始祖は洗脳なんて最初からされてないよバーカ。
そもそも鑑定魔法もないのに僕に解る訳ないだろ!」
「な、なんてこと!」
なぜか、リリーの周りにいた五人の女性翼人たちがリリーと共に色めき立つ。
他の男性翼人たちにも動揺が広がっている。
何なんだ?
「騒ぐな! そもそも、このエルは始祖などでは無い!
皆も、始祖が最後どうなったか知っているだろうが!」
リオが怒鳴り付けると、男性翼人の動揺が少しおさまっていく。
「それに、今回の事が無事終われば、始祖と同じ姿をもつ女を味わえるのだよ?
しかもダンジョンマスターから天空島を盗み取ってやれば、他の女も宝も思いのままだぞ?」
続けて、リオが下卑た笑みでそう言うと、先程までの動揺から一転、男性翼人の面々はニヤニヤと笑いながら、「本当ですか、リオ様」などと嫌らしく聞いている。
しかし、
「隊長、約束と違うぞ!」
ロンド、エル、リリーを囲む、五人の女性翼人たちの声が割って入る。
が、
「うるさいなぁ。あまり騒ぐなら、お前ら死ぬ?
ダンジョンマスターを捕らえる戦力が必要だから、保険の為に此処に置いてやっているだけで、本当は、僕の仲間たちだけで、十分なんだよ?
なあ、皆? どう思う?」
リオがそう男性翼人たちに呼びかけると、男性翼人たちが女性翼人たちに迫りながら剣に手をかける。
女性翼人たちもそれを見て、剣を構えるがどう見ても不利だ。
何か状況が変わるかと思って様子を見ていたが、もう限界だ。
さすがに、ロンドとエルも耐えられそうも無い。
そんな状況だというのに、リオが再び命令する。
「ロンド、エル、リリー、跪け!」
リオの言葉の直後、ロンド、エル、リリーの顔が苦しげに歪む。
――もう、どうしようもない!
「おい」
俺がリオを呼ぶと、イラついた表情で睨み付けてくる。
「何だよ! いま良いところなのに!」
「俺が魔法具に乗れば、ロンドとエルへの命令を止めてやってくれるか?」
するとリオは嬉しそうな表情にとたんに変わる。
「えー。どーしよーかなー」
いたぶる相手を見つけて、嬉しそうにするリオ。
「僕は、別にこのままでも良いのだけれどねぇ」
俺の我慢の限界を試すかのように、そう言って来る。
「嫌ならやめようか?
交渉が決裂したのならば、帰らかさせてもらうか、もしくは死ぬまで抵抗するが?」
いい加減、リオとのやり取りに、飽き飽きしてきた俺がそう言うと、「死ぬまで抵抗する」と言う言葉を聞いた瞬間、リオが反応した。
「解った! 良いよ!
早く乗って。
君らも、跪かなくて良いよ。
さあ、アリス早く、早く!」
一転して、急かして来る。
どうやら、俺に死んでは欲しくないようだ。
理由は不明だし、どうでもいいが。
しかし、拘束の魔法具か……。
……拘束された後、なにが起こるか知らないけど、やむを得ない。
いまは従いつつも、隙を見てボーンと即興で反撃を行うしかないか?
例え拘束されても、魔法が有れば最悪でも限定転移魔法で逃れて出直せる。
ロンドとエルがここにいる以上は、逃げる気は更々無いが……。
「天帝様!」
ボーンが止めようとする。
ロンドとエルも涙ぐみ、「んー、んー」と呻きながら、必死で首を振る。
眷属たちの俺を心から思うからこその必死の制止。
俺はそれを見て。
で、あるならば、なればこそ。
そう俺は思った。
俺は眷属たちの制止を無視してでも、拘束の魔法具に乗る、乗らなければならないと。
我が身を犠牲にしても、眷属たちの俺へ捧げる心に応えなければならない!
それが、俺が俺である為に選び取る道だから。
今度こそ間違えてはならない。
後悔のない選択を。
俺自身の心の声を。
大切な者達を守るのだ!
もう一度だけロンドとエルの顔を見て、二人に決意を込めて頷き、……俺は足を踏み入れる。
俺が拘束の魔法具に乗った直後、リオが押さえきれない喜びを顔に出して叫ぶ。
「リストリクション!」
直後、衝撃が走り、黒い影が魔法陣から湧き出してくる。
湧き出した黒い影は、俺の足元から駆け上がり、全身を覆い……。
――これは不味い!
直感的に悟った。
これは、いまの俺がどうにかできる代物では無い。
身体の拘束どころか、場合によっては魔法も使えなくなる……。
急速に身体の自由が奪われていく。
如何にか出来ないかと、必死でもがく。
念動魔法も発動する。
俺は思いつく限りの自分に出来る、あらゆる抵抗をするが……。
無常にも魔法は完成し、動きが取れなくなる。
「やあーーーーーーーーーたぁっ!!!
やった。やったぞ。ダンジョンマスターを捕らえたぞ!!!」
リオが叫ぶ。
足を鳴らし、手を振り回し、絶叫を繰り返す。
すると、リオの横に来た黒ローブでキツネ目の男が、
「リオ殿、早く首輪を嵌めて、奴隷化の儀式を済ませましょう。
こいつはダンジョンマスター。まだ何があるか解りません」
と何かを急かす。
拘束以外にも、更にほかの魔法をするつもりのようだ。
今でも不味いのに、これ以上何をするつもりだ?
「解ってる、解ってる。
僕だって、そのつもりだよ、偉大なる奴隷商人ドレイク・ド・レイ。
でも、少しぐらい喜ばせてよ。ケヒヒッ!」
リオがそうして油断している隙にボーンが何かをしようとしている気配を感じる。
恐らく、魔法を使う気だ。
眷属ゆえか、レオのように意思までは伝わらなくても、何らかの気配は感じる事が出来る。
が、リオは急に「動くな!」とボーンに牽制しながら、俺の全身を舐める様に見つめる。
……、油断はしていなかったようだ。
「ケヒヒッ! やったぞ!
ダンジョンマスターだ。
やはり僕は天才だ!
僕を見下していたリリーなんて、もはや目では無い!
アリス! お前のものは、天空島も城も女も全て僕に盗まれちゃうよ?
どーぅ、するぅーーーーーーーーーー?
ヒャハハハハハハハハハハハ!」
リオがはしゃいでいる内に、俺は、色々と身体を動かそうと試して見たが、まったく動かせない。
俺はこれでも【レベル】100ある。
俺の腕力的な意味での力は、少なくとも、【レベル】100の眷属たちと同じくらい強かったから、【レベル】30の翼人の戦士たちよりは強いだろう。
常人よりも、遥かに強いはずだ。
しかし何をしても動かない。ピクリとも動けない。
本当に、何をしてもだ!
そして予想通り、魔法も使えない。
魔法の発動すらも、自由に出来ない拘束のようだ。
ずいぶん強力な拘束の魔法陣だ。
少し侮りすぎた。
いや、だいぶ侮りすぎた。
正直、もう少しどうにかなると思っていた。
現状、何が出来るか試してみたら、声だけは出せるようだが、いまは何の役にも立たない。
「跪けー!」
リオがさっそく約束を破り、ロンドとエルに命令した。
エルはいよいよ限界が来たのか、倒れこみそうになる。
が、即座にロンドとリリーがエルに駆け寄り肩を貸す。
俺は、……俺は、歯軋り以外出来る事は何も無い!
その俺を見て、リオが狂喜の声を上げる。
「いいよー! いいっ! その表情!」
これはもう、ボーンに一時退却を命じて、戦力を整え戻って来てもらうしかない。
最初からそうすれば良かったが、ロンドとエルを前に、逃げの一手とはいけなかった。
今更言っても始まらないが、……。
ボーンが戻って来るのが、間に合えば良いが。
最悪、死を覚悟で力を振り絞り、ロンドとエルだけでも逃がすしかない。
……その程度の事ですら、出来るかどうかは不明だが。
俺はそこまで決断し、まだボーンが動けるうちにと命令しようとした……。
その時!
いきなり温かい何かが俺の中から溢れ出してくる!
それに続いて、魂の融合最終段階の時に聞いた虹色の玉の声が、頭の中に直接、聞こえてきた。
【天空島、王の自覚に目覚めし者による、犠牲の心と利他的振る舞いにより、眠りし叡智の中から、『王者の儀形』が解放されました。この影響により、同時にスキル『眷属強化』が開放されます。これにより、魂と身体のシンクロ率が一部上昇します】
突然、俺の中から、いや俺の魂の中から、力が溢れて来る。
いままで俺が認識していた力とは比べ物にはならない力。
『桁』違いの力。




