第30話
俺は慌ただしく鎧などの装備を装着して、ボーンを連れ城門前まで行く。
本来、自分の装備は、宝物の間からゆっくりと選ぼうと思っていたため、間に合わせで選んだ感は否めないが、ボーンに言わせると一級品らしい。
まあボーンに言わせれば、宝物の間の物なら何でも、「一級品にございます。天帝様」と、なるわけだが。
前の装備はカルーバにボロボロにされた為、今回は一新して、黒一色の装備だ。
服、鎧、剣、ブーツ、手甲、フルセットで置いてあるものにしたから、統一感があって、見栄えが良い。
だがボーンの赤黒い全身甲冑姿と並ぶと、怪しい雰囲気の二人になってしまうが、今はちょうど良いかもしれない。
こんな事で、少しでも相手を威圧できるなら儲けものだ。
城門前には三百人の翼人たちが帯剣して待機している。
なかなかに威圧感がある。
こちらが威圧される側だったようだ。
しかし、そんな事を言っていられる状況ではない。
腹に力を込めて、気合を入れる。
すると、
「もう、準備が出来たのならば、早速出発するが?」
俺に近づいて来た十人ほどの翼人の内、先頭にいた翼人がそう切り出した。
「案内は、お前らだけか?」
「そうだ」
「他の翼人たちは、ここに残ると聞いたが?」
「そうだ」
「残ってどうする? そもそも、俺は許可した覚えは無いぞ?」
「残る目的は言う必要が無いし、許可は要らない。
早くしないと、ロンドとエルがどうなるかだけは言えるが?」
っ!
二度目の脅迫だぞ?
……解ってはいたが、完全に、敵として振舞うのだな?
俺の油断と判断ミスで、眷属たちに迷惑をかける事になる。
しかし、ここでそれを後悔したり、謝ったり、クヨクヨとした場面を見せれば、眷属たちは動揺する。
絶対者とは、それを飲み込んで君臨しなくてはいけない。
弱さは見せられないのだ!
しかしこれ以上、翼人と無用なやり取りをしていても意味は無い。
俺も早く現地に赴いて、ロンドとエルの無事を確認したい気持ちは山々だ。
ただ、これから向かうにしても案内の翼人もいる為、限定転移魔法で一気にルル島には向かえない。
更に言うなら、こちらの手の内を見せない為にも、ボーンの限定転移魔法に相乗りさせる気は更々無い。
「飛んで向かうのか?」
「そうだ。飛べないのなら、あれに乗れ」
翼人が指差した先には、何やら籠のような物を用意しているが、……あんなものに乗る気はないぞ?
途中で落とされでもしたら、どうなる?
当然、浮遊魔法で浮いて落下は回避するが。
しかし、俺も浮遊魔法と念動魔法を使って飛翔する事は出来るが、これから向かう先で何があるか解らないのが現状。
なるべく魔力は残しておきたい。
そこで俺は、マジックバッグからあるマジックアイテムを取り出した。
空飛ぶ魔法の絨毯だ。
大きさは、二十五メートルプールが、すっぽりと覆えるくらい。
このマジックアイテムは魔力を注ぎ動かすタイプだが、ボーンを一緒に乗せて、魔力を注がせれば問題無い。
さらに俺はマジックバッグから、大国の王や皇帝が座る玉座のような迫力と豪華さを併せ持つ、大きな椅子を絨毯の上に出して座る。
俺の斜め後ろには、ボーンが立ち控える。
準備が整った為、翼人たちに案内させるよう、手を前方に軽く振って、ボーンに合図をだす。
ボーンに、正確に意味が伝わったらしく、
「出発せよ!」
翼人たちに、ボーンが命じる。
命令された翼人たちは、不快気な表情をしているが、出発しない訳にもいかずしぶしぶ動き出す。
俺は見送りに出て来ていた眷属たちに一度頷く。
眷属たちは跪き、頭を垂れる。
それで十分だ。
全て解っている。
お互いの心が通じ合っている気がする。
後は任せた。
そして、ロンドとエルは俺に任せろ。
と。
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雲海に穴を開けて進む景色はそれなりに物珍しく目を引くものだったが、いまはそれを楽しむ心の余裕は無い。
雲海を抜け案内の進む先は、ルル島ではなくかなり離れた小さな島だった。
恐らく、あの島にロンドとエルがいる。
何と無くだが気配を感じる。
地球で北極近くの土地に住む者達の中には、犬ゾリに、出産して直ぐの母犬を混ぜる者達がいると言う。
なぜか?
一面の銀世界では、地元民である彼らとて、迷子になる事があるらしい。
そして迷子になった時、犬ゾリで連れて来た出産して直ぐの母犬を放つと、母犬は子犬のいる方向を感じ取り、一目散にその方向に進むと言う。
子犬は当然、彼らの家にいるから、その母犬を追いかければ家に帰れると言うわけだ。
そう、母犬は感じているのだろう。
自分と子犬をつなぐ何かを。
科学的に証明されているわけではないが……。
俺がいま感じている感覚も、これに近いのだろうか?
解らない。解らないが、いまはロンドとエルがいる方向へ向かっていると言う事実が重要だ。
しかし、これではダンジョンコアに映らなかったはずだ。
距離的にも離れすぎていて映らないであろうし、そもそも、映すべき島が違うのだから。
俺たちが島中心にある石造りの塔正面に降り立つと、早速リオが塔から出て来た。
塔の周りには、数百人の武装した翼人たち。
隠す気も無いらしい。
たいそうな歓迎だが、こちらも逃げる気はない。
リオは、待ちに待ったと言う感が、ありありと顔に出ている。
顔に貼り付けた、下品な笑顔が鼻につく。
これがシルバの言っていた意味だったのかと、今更ながらに思う。
やはり俺は油断していた。
相手を良く観察する事すら、していなかった様だ。
ふと見ると、リオは左手に包帯を巻いている。
怪我でもしたのか?
まあ、どうでもいい事だが以前は無かったはず……。
「待っていたよ、アリス」
……もはや、呼び捨てか。
本当に、舐めてくれるな。
「話しは、聞いているよね?
遠くから来たのに早速で悪いのだけど、話し合いの場をもうけたい」
そう言って、俺を塔の中へ案内する。
扉を通った先には、大きな空間。
吹き抜けになっていて、天井も高い。
ここには、男性ばかり数十人の武装した翼人たちがいる。
以前、天空島で見た顔もある。
しかしそれよりも目を引くのは、部屋の中央に置かれた大きな金属板。
金属板上の魔法陣も、表面の靄も、見るからに怪しいマジックアイテムだと素人目にも解る。
部屋四方に設置された宝玉も気にはなるが、中央の金属板ほどでは無い。
「これがロンドとエルが壊した一族の秘宝でね。まあ、ここを見てよ」
と言って、金属板の上に行くリオ。
ロンドとエルを誘拐しておいて、呼び捨てにするな、下衆が!
しかも、こんな怪しげなもの、ロンドとエルが自分から近づくわけすらない!
「ほら、ここ。ここっ!」
しつこく、金属板の中心を指差す。
俺に、見てみろって事か?
このままでは、話が進まないと、俺は金属板に乗ろうとする。
瞬間!
「天帝様。あれは、拘束の魔法具のようでございます」
俺の後ろに控えていたボーンが俺を止める。
それに反応するように、リオがチッと舌打ちをする。
「余計な口出しをするな。従者風情が! そもそもこれは、拘束の魔法具ではない。
飛空石を製造する、一族秘宝のマジックアイテムだ」
むきになって否定するところが、既に怪しい。
その上、ボーンは鑑定魔法持ちだ。
間違えているはずなど欠片もない。
俺が動かないのを見たリオが、顔を歪めていやらしい笑みに拍車をかける。
「そうかい、そうかい。
あくまでも、このマジックアイテムの上には乗らないと?」
「罠と解った以上は当然だろ」
「罠じゃない! 馬鹿が!
お前は、黙って僕の言う事にしたがっていれば良いのだ!
困った事になるのは、お前だぞ、アリス!」
「何を言っている?」
もしや、ロンドとエルに何かするつもりか?
俺を誘き出すだけでは無く?
身代金の要求とかではなさそうだが。
「何を言っているだと? 本当の馬鹿だな!
いま、お前の天空島に我々の戦士がいる。
これは何を意味するか解るか?」
やはり悪巧みか……。
俺が憮然として黙っていると、リオは嬉しそうに笑いながら続ける。
「それはな、ダンジョンコアを何時だって破壊できると言うことだよ。
お前が、言う通りに動かなければ、マジックアイテムで連絡してダンジョンを攻撃するぞ!」
「……なるほど。
しかしそれでは、ルル島の上に天空島が落下してしまうが?」
「だから? 別に構わないけど?」
リオは、心底不思議そうに、首をかしげる。
周りにいた翼人たちから「そんな!」とか「まさか」といった声が漏れる。
「本当に、愚か者ばかりだな。冗談に決まっているだろう!
儀式魔法でダンジョンコアの所有権が乗っ取り可能か試すんだよ。
それが無理なら、あの超巨大な天空島のダンジョンコアを回収して、売ってしまえばいいんだ。
あの規模のダンジョンコアの値段ならば、ダンジョンマスターが奴隷化された小さい天空島なら、買えるだろうからね」
周りの翼人たちは、明らかにほっとしたように、「なるほど」とか言っているが、今のままダンジョンコアが回収されたら、ルル島に天空島が落下する事は気が付いていないのか?
確かに、愚か者なのかな?
しかし、ダンジョンマスターの奴隷化とは何だ?
「さあ、ダンジョンコアが回収されたくなければ、乗りなよ」
リオが強気に迫ってくるが、俺は乗る気は無い。
そもそも俺は、眷属たちがあの翼人たちを蹴散らしてくれる事は、信じて疑っていない。
それに万一、不利になっても、ダンジョンコアルームに限定転移魔法で撤退すれば、俺の帰還までは持たせられる。
そうすれば、ダンジョン改変などを使いながら、上手く対応できる……と思う。
……そう思った直後、俺と意思の繋がりを持つレオから、『敵、交戦中』という、イメージのメッセージが送られてきた。
レオはいつもイメージで伝えてくるから、上手く伝わらない事もあるが、今回は明確で強い意志だから間違いない。
何が、俺が言う通りに動かないと、ダンジョンを攻撃するだ。
既に攻撃しているじゃないか。
俺が、そう思いながら黙っていると、リオは面白くなさそうに、また舌打ちをする。
「……この秘宝のマジックアイテムに乗る気は無いみたいだね?」
「そうだな」
「じゃあ、乗る気にしてあげるよ。連れて来い」
リオは、奥の扉近くにいた翼人に声をかける。
――やはりそう来たか。どうせ、ロンドとエルを使って、脅す気だろう。
俺がそう思っていると、予想通り扉が開き、出てきたのはやはりロンドとエル……。
そして、……。
二人を見て、俺は……一瞬言葉を失った。




