第29話
「奴ら翼人が天空島に残るとは、どう言う意味だ?」
謁見の間から翼人を下がらせて直ぐ、俺は眷属たちに問いかけた。
「あいつらは信用できません! 恐らく悪巧みがあるのでしょう!」
シルバが真っ先にそう言うと、珍しく、ビアードが口を開く。
「ワシも、そう思います。主様」
さらに、スピードがそれに続いて、
「御館様、憂いの種はいますぐ排除なさっては如何でしょうか?」
レオも「ガウウゥッ!」と、そして鬼丸まで、「おでー、おでー、んぬぬぬぅ!」と、だんだんヒートアップしてくる。
俺が、それに返事をしないでいると、ボーンが、ゆっくりした低く重い、いつもの口調で俺に問いかけてきた。
「天帝様。ロンドとエルの事が御気に掛かるのでございましょうか?」
「……そうだ」
俺が頷くと、皆押し黙る。
「ボーン。奴らの強さはどうだった?」
俺はボーンに翼人たちを鑑定をさせていた事を思い出し、聞いてみる。
「城内から外の翼人も鑑定出来ました故、全てに鑑定を行いましたが、概ね【レベル】30前後でした」
「そうか……」
俺がこの世界で戦った事があるのは、ウツボモンスターのカルーバのみ。
しかもレベルを確認後に戦ったわけでは無い。
だから眷属たちの【レベル】100と、翼人たちの【レベル】30が、どれくらいの差になるのかは正確には解らない。
ただ、いま三百人を相手に戦っても、恐らく負けはしまいと思う。
奴ら翼人たちからは、眷属たちから感じる強者独特の雰囲気を感じない。
万一の時は、ダンジョンコアルームに限定転移魔法で撤退出来る。
しかしここにいる翼人たちを全滅させられたとして、ロンドとエルが無事と誰が保証できるか?
戦いを仕掛けて、もしマジックアイテムなどでルル島に連絡されたら?
どう動けば最良か解らない。
どうすれば良いか解らない。
そこで俺はボーンに「俺はどうすれば良いと思う?」と聞こうとして、……。
……聞こうとして、直前でその言葉を飲み込んだ。
ボーンに相談? 眷属たちに相談?
何故相談する?
意見を聞くのは良い。
しかし、友達でも、同僚でもない。
俺は、会議の司会進行役でもなければ、意見の取り纏め係でもない。
――俺は今、責任逃れをしようとしているのか?
何かをする前から、失敗の予防線を張っているのだろうか?
万が一失敗した時に、皆の考えをまとめた結果だからしょうがないと、自分の決断に言い訳しようとしている?
それは、おかしくないだろうか?
……思い返せば、ここ最近、俺はずっとそうだった。
翼人との会談時もそうだった。天空島移動に関して曖昧な返答。
ロンドとエルへの、「揉めない様に、なるべく相手の意向を無視せず、何事も穏便に済ませ」といった指示。曖昧すぎる指示だ。
こんな指示では、穏便に済ませられない事態が起きたらどうするのだ?
そして今回は、責任を曖昧にしようとしている。
俺が絶対的支配者なのに?
都合の良い時だけ、上位者として振舞うのか?
何度も、この世界で生きる為の行動方針を決めているのに?
命令を厳守させる!
上下の区別をはっきりさせる!
そう決めたのに、相談する事で、責任の所在を曖昧にする?
眷属たちにも責任を負わせる?
そこには、自分自身で責任を取る意思が存在していない。
自分自身の意思がないと言うのならば、他にもある。
約束を破ったと思われたくないと翼人たちの目を気にしすぎ、代理派遣を決定してしまった。
しかも、帰って来ないロンドとエルを、すぐ迎えにいかなかった。
体調を崩して訪問を欠席したはずなのに、迎えに来るほど元気だったのかと、翼人たちに悪く思われたくなくて。
他人の目を気にして相手の気に入るように決断し、自分自身の意思や決断を放棄している。
他にも、俺はおかしな事をしている。
最初から世界は安全では無いと仮定しておいて、油断と思い込みから視野を狭くし、翼人に対して根拠無き信用をしてしまった。
さらに、まだ信用できない相手の所に、戦闘が得意なわけでもない眷属を送り込んでしまった。
緊急連絡手段も護衛も付けずに。
この護衛の件だって、翼人の目を気にし過ぎてつけなかったのだ!
いま、
この事態で、
ロンドとエルが、
帰って来ない!
限定転移魔法も使えるはずなのに!!
絶対、異常事態じゃないか!!!
俺は、本当に大馬鹿野郎だ!!!!
事ここに至って、まだ責任の所在を曖昧にして、逃げ道を用意しようとするとは!!!!!
責任をとらず、決断をくだせない優柔不断なトップなど、信用されないし、いずれ見限られる。
そんなトップの下では、集団の結束は弱くなり、この世界で生き残る可能性を低くする。
俺はまた失敗を繰り返そうとしている!
「ボーン、私見で良いから述べよ。俺の眷属五名が、奴ら翼人三百名と戦った場合どうなる」
「羽虫を打ち払うが如く追い散らせるかと、愚考いたします」
ボーンが重々しくゆっくりと答える。
いつでもペースの変わらないこの話し方は、いまの俺の気持ちを落ち着かせてくれる。
ボーンはこの世界に生まれてまだ誰とも戦った事などないが、本人は確信を持ってそう考えているようだ。
「なるほど。参考になった」
「光栄にございます」
眷属と翼人たちの戦力差における、ボーンの見立てを聞いて今後の方針と腹は決まった。
……そしてそれと共に、俺はいま、ある大事な事を思い出していた。
そう、いまの情けない自分を振り返っていて、今更のように、やっと思い出した事。
前回の人生で、生きる価値を証明した。
俺は今回の人生を、後悔のない人生を生きると決めたはずだ!
そうだったのだ! そう決めたのだ!
なのに、いまのこんな姿が、悔いなき人生の道だろうか?
例えば俺がいま死んで、悔いのない人生だったと思えるだろうか?
自分の代わりに、誰かに責任を取ってもらう人生では無いはずだ。
自分の代わりに、誰かに決断をしてもらう人生では無いはずだ。
他人の目を気にして、他人の望むように振舞って生きる人生ではないはずだ。
自分で決断し、自分で責任を取り、自分の心の声を聞いて、生きていくべきなのだ!
この世界に生まれ変わったのだ。
前世の記憶があろうと、俺自身が、本当の意味で生まれ変わらなくてはいけない。
一から、人生を始めるのだ。
ここは、俺が後悔なく生きる世界。
この場所は、俺が望んで選び取った天空島。
そして、この者たちは、俺が望んで生み出した眷属。
俺は、自分の人生、天空島、眷属、これらの、主で、王なのだ。
俺自身が俺、天空島、眷属の主として責任を持つ。
俺自身が俺、天空島、眷属の王として決定を下す。
実際、眷属たちは俺に対して、王に接する様に振舞っていた。
いや、それ以上の存在として接してきていた。
それなのに、俺は覚悟が出来ていなかったのだ。
だから俺は、眷属たちを見渡し、覚悟を決める。
本当の! 本当の!
本当の覚悟を!
俺は、眷属たちに覚悟を込めた目を向け、口を開く。
「これより、我は、天空島と、我が魂の系譜に連なる眷属たちの、絶対的支配者として命じる」
俺はあえて自称を我とし、眷属たちに対して話かけた。
それは、俺自身の覚悟の現れの為に。
この世界で、本当の意味で、新たな俺として生まれる為に。
いままでの俺とは違う事を、自分の中でも、外に対しても示す為に!
もはや、俺は、有栖類ではない!
眷属たちの王にして、天空島ダンジョンマスターの、ルイ・アリスだ!
覚悟が伝わったのか、眷属たちの身体が一瞬震えた。
それと共に、歓喜の表情が零れ落ちる。
まるでいままで恋焦がれても、決して会えなかった王に、やっと会えたかの様に。
魂の求めていた存在が、やっと現れたかの様に。
「ボーン! お前は、我と共に、あの翼人どもの巣に参れ!」
「この身が打ち滅ぼされようとも、天帝様をお守りしてみせまする」
ボーンが歓喜と共に、声を震わせながら答える。
「ビアード、シルバ、鬼丸、レオ、お前らは、謁見の間から後ろに続く奥の間で、我が帰還を待て」
「御意のままにいたします」
ビアード、シルバがそう言うと、鬼丸は、「おでー、いたますー」と、レオは唸り声で返事をする。
「ビアード。翼人たちが謁見の間を越え侵入した場合、お前が指揮を執りこれを打ち滅ばせ」
「承知いたしました」
四人の中では、一番冷静に判断が出来、盾役もこなせるビアードに指揮を任せることにした。
そして、場合によっては一番大事な役割のスピード。
「スピード!」
「はっ!」
「お前はダンジョンコアルームに待機し、ダンジョンコアを守れ。
我が帰還するまでは、例え眷属といえどもダンジョンコアに触れさせることは、まかりならん」
「御館様のご命令。命に代えましても守り抜きまする」
眷属たちの決意に満ちた表情を見て、俺は一度大きく頷く。
覚悟は決まった。
方針も決まった。
あとは行動あるのみ。




