第22話
翼人たちとの会談を終えた俺は、部屋の後ろに飾りとして置かれた、二体の鎧に声を掛けた。
「どうであった?」
鎧二体は、同時に跪き、「嘘は無い様でございます」「敵意のある動きは感じられませんでした」
と答える。
実は、鎧にボーンとスピードが入っていた。
そして、俺が会議室に来る前から、翼人たちを監視していたのである。
ボーンは虚偽感知の魔法が使える。
これは嘘発見器よりも性能が良い程度で、万能ではないが、無いよりは良いだろう。
スピードは、この部屋における、俺の護衛兼、翼人の動きの監視である。
怪しい挙動があるか見張れと言っておいた。
しかし、特に問題は無かったようだ。
良かった。天使と事を構えるのは、出来れば避けたかった。
天使ではなく、翼人だけど。
折角のお隣さんとしてのご縁だ。
お隣さんではなく、上下さんだけど。
だが、あの会談を、いま振り返れば、俺はやはり、舞い上がっていたのだと思う。
舞い上がって、無用心に、ぺらぺらと、色々喋ってしまった。
相変わらず学んでいない。
慎重さの欠片もない。
あれでは、軽い奴と、足元見られるかな?
悪い印象では無いと、良いのだが。
しかし、相手は天使だ。
信用して良いだろう。
それにしても、異世界で最初に会ったのが、信用できる相手で良かった。
そもそも、天使を疑ってどうするよ、俺。
天使が信じられなきゃ、もう駄目でしょ? いろんな意味で。
天使さん、疑って、すみません。監視を置いてすみません。
……ちょっと用心深くなっていたもので。
カルーバとかの件で……。
本当、すみません。もう疑いません。
……まあ、翼人だけど。
何度でも言おう、俺の中では天使!
そして、俺は女性眷属たちにも意見を聞いてみる。
「今回の会談、何か気づいた事はあるか?」
ロンドは、「特には、ございません」と頭を下げる。
しかし、シルバが「あの代表者の男は信用できません」と発言した。
どう言う事だと、問い返そうとしたら、
「ご飯が無かった」とエルが呟いた。
「確かに。菓子が必要だったか」
俺も、水だけでは、どうかと思っていた。
しかし、カルーバの肉以外、手持ちの食料が無い。
致し方ない状況だったのだ。
「うん……」とエルが頷く。
かなり可愛い。
いや、いまはそんな事では無い。
「信用できないとは?」シルバに問い直す。
「はい、あの男、笑顔ではいるものの、初めから目の奥が笑っておりませんでした」
「さらに、ア、ア、アリス様が……」
アリス様がと言ったところで、ふいに頬を赤くして顔を下に向ける。
「ん? 俺がどうした?」
「あの、いえ、あの……ア、アリス様が……」
「うん? 俺が?」
「ダンジョンマスターだと名乗った時に、尋常では無いほどの回数、瞬きをしておりました。
その後は心ここに有らずと言った風でしたが、ア、アリ、アリス様……」
俺の名前につかえて、それが終わると、また普通に話し出した。
……と思ったら、また、俺の名前まで来ると、シルバは顔が赤くなる。
何なんだ? アリスと言う名前に反応する赤面症候群か?
「何だ? ゆっくりで良いから、ちゃんと言ってみろ」
こういう場面で焦らせてはいけない。
目上の者が、部下を焦らせて良い事など何も無いのだ。
それが眷属であっても、変わらない事実であろうと思う。
「は、はい、……あ、ありがとうございます」
と言って、泣き出した。
もう意味が解らん?
何なの、一体?
するとロンドが、「ちっ、あざとい奴。こんな場所でアピールするなんて……」
と言ったような?
まさか、俺の女神枠のロンドが、そんな言葉使い? するわけないし。
……でも、アピールって、何の?
シルバが落ち着くのを待って、もう一度、話しをさせる。
今度は、一応話が通じた。
シルバが感じたのは、
あの翼人の代表者リオ・ダ・レナルは、信用できない印象を受けたと言うこと。
理由は、笑顔なのに、目が笑ってない。
さらに、
アリスがダンジョンマスターを名乗ってから、態度がおかしかった。
急に、アリスを熱心に、ルル島という、自分たちの島に誘った。
と言うことらしい。
「罠です! 罠に決まっています! ア、アリス様、行かないで下さいませ」
シルバがそう主張すると、
「馬鹿です! 馬鹿に決まっています! 御方様、シルバは馬鹿なのです」
こらこら、ロンドさん、女神がそんな言葉遣い、いけませんよ。
しかし、シルバが馬鹿とは思わないが、今回は違うと思う。
笑顔なのに目の奥が笑ってないなど、ビジネスでは当然だ。
今回の会談、相手にとっては、今後、取引を行う前段階の意味もあった。
そういう意味では、ビジネスだったのだ。
しかも、心の準備も無く、急に、管理権限保有者より地位が上のダンジョンマスターと名乗られて、驚いただけだろう。
……上だよね? だって、単なる管理者より、マスターだし。
まあ、俺の場合はダンジョン管理もしているし、管理者兼マスターとなるわけだが。
だから俺も、ダンジョンマスターと言うダンジョン最上位の相手と言う事実を急に聞かされた翼人が、跪きでもしたら堪らないし「気にしないで楽にしてくれて良い」と付け加えたけど。
相手も、あまりの大物が出てきたから、島に招待したいと言ってきたのだろう。
しかし考えて見れば、ダンジョンマスターを招待したいとは、この異世界は、ずいぶんとゆるいのだなと思う。
管理権限保有者やダンジョンマスターの地位ってこの世界では、何なのだろう?
ダンジョンのラスボス? もしや、日本で言うところの、マンションの管理人さん?
ダンジョンマスターの地位は、管理権限保有者が居るくらいだから、その上司的な地位の位置づけか?
まだ知らない一般常識がいっぱいあるようだ。
ただ、ダンジョンマスターの危険性を確認したいと言っていた。
俺をダンジョンマスターと知らなかったとして、なぜ彼ら翼人は、この場所が安全だと思ったのだろうか?
なぜ、三日後に約束を取り付けて、無警戒に会いに来たのか?
それとも、何かあっても、あのたった十二人で、十分このダンジョンなど攻略できる腹積もりだったのか?
……有り得ると言えば、有り得る。かな?
しかし、最初の出会いで、三日後また来ると言っていたのは、安全だと思ったからこそだろう。
危険な場所と判断していて、俺を置いて行ったとしたらかなり酷い。
……天使がそんな酷い事する訳ないか。
しかしだとすると、最初の疑問に戻ってしまう。
では、何故ここが安全だと考えたのだろう?
っ!
……もしや俺が可愛かったから?
ぶっ飛ばすぞ!!!
誰が誰を?
俺が俺を!
ぶっ飛ばす!!!
いや、ふざけている場合では無い。
しかし恐らく、世界中のダンジョン全てが、俺の天空島のように安全なわけでは無いだろう。
亜神ダンジョンのダンジョンマスターが、平和的だとはとても思えない。
人を集めて殺しては、魔力を吸収しているくらいだから、危険な存在だろうに。
そう考えれば、体調が悪かったり、眷属を生み出したりで忙しくて、深く考えなかったが、今回の会談の申し入れも、今更ながら、謎だ。
何か、一目で見分けるポイントがあるのかな?
安全なダンジョン。安全なダンジョンマスター。
目が赤いダンジョンマスターは危険とか?
黒塗りのダンジョンは危険とか?
今度聞いてみよう。
これ以上考えても解らないならば、悩んでも時間の無駄だし。
でも聞くといえば、雲海の話は役に立った。
雲海の深さは、平均30キロメートルくらいらしい。
そして、雲海の海底から、地上までは、平均70キロメートル。
雲海上から、地上まで、あわせて、100キロメートル。
ダンジョン領域は、円球状に広がる。即ち、上にも、下にも、広がっている。
俺の天空島のダンジョンの領域は、半径200キロメートルはある。
この事実から導かれる答えは、即ち、俺の天空島のダンジョン領域は、直下にあるルル島もその範囲に収めていると言うことだ。
故に、地上へは限定転移魔法で行ける。
限定転移魔法は、魔力の許す範囲で、ダンジョン及びダンジョン領域内を自由に転移できるからだ。
更に、ダンジョンの領域外からでも、ダンジョンコアルームにだけは、転移帰還できる。
少し離れた、別の島などに招待されても、帰ってこられる。……魔力が足りればだが。
これしか出来ない限定転移魔法だが、俺の天空島の大きさほどあれば、結構便利そうだ。
領域内から、領域外にも転移できればもっと便利だが、出来ない事は考えてもしょうがない。
しかし、もし俺の天空島が、他の小さい天空島のような大きさだったなら、地上に行きたければ、昨日翼人たちに聞いた方法しかないだろう。
雲海の深さは、平均30キロメートルだから、下界までダンジョ領域が届かず、水魔法を使って、水をどかしながら、穴を掘るしかない。
しかも、水魔法限定だ。
風魔法で水をどかす方法では、無理なようだ。
少々の水なら風魔法でもどかす事が出来るが、雲海の場合は水の量が多すぎて、通り抜ける前に魔力が尽きるとか。
よって、水に相性百パーセントの水魔法でやるしかないらしい。
下界に行くのも一苦労とならず良かった。
眷属たちも限定転移魔法が使えるし、二重に良かった。
まあ、それはそれとして、
「シルバよ。良い観点からの見解であった。参考としよう」
と一声掛けておいた。
一応、俺の眷属への方針は、褒めて伸ばすだから。
取り敢えず疲れたから、今日は、ちょっとだけダンジョン改変したら、もう休もう。




