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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第六章 血縁という名の呪縛
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第九話 機雷

「2044年 息子が学校に行っていないようだ まったく困った長男である

 何か面白いことでも見つけたのだろうか? しばらく様子を見よう

 ちなみに長女は非常に賢い もう高校レベルの問題を解いている」


「2039年 大好きな娘が学校に行きたくないと言い出した

 どうして? 私が間違っていたの?」



――ある母親の日記

 「はあっ! はあっ!」


連続で気功波を撃ち込む。それでも禍々しい闇の結界(バリア)は壊れはしない。


 あの2人――中で殺し合っているのだろうか。なつみを悲しませないと、もう迷わないとそう決めていたはずなのに、俺は彼女の前にすら立てていない。


 こんなんじゃダメなんだ、早く――!


 「いつまで手こずっている?」


背後から聞こえた声。振り向くと、官能的に潤う緑色の唇があった。


 「ニュクス!? でもお前は――!」


「よく術の性質を見極めろ。闇雲に攻撃して壊れる性質のものじゃない。これは――高度な闇のエネルギーが複雑に絡み合っている」


俺の質問を無視し、結界にそっと触れたニュクス。その手は前にもまして若返っているような気がした。


 「おそらく《絶望》を錬成してつくられた結界だ。これを破壊するには、相性のいい植物の《力》をぶつけるしかない」


「だけど、なつみは中に――」


「分かっている。草薙もそれを計算してなつみを中に入れたはずだ。つまり、お前だけではこの結界を破壊することは不可能」


「じゃあ、どうすれば?」


 フッ、と小さく笑うニュクス。その瞳の奥には、すべてを包み込んでくれる宇宙のような黒が広がっている。


 「お前だけでは、と言ったろう。同じ闇なら何とかなるかもしれない。手を貸すよ」


そう言うとニュクスは結界に触れたまま、眼を閉じた。


「でも、どうして――? この世界に帰ってきた時、確かに石になっていたはずだ」


「なつみやエアから聞いていないか? 魔王を倒した時、石化した人々は元に戻る」


「なんだって!? じゃあ咲夜が――」


 結界の表面が水面の波紋のように(うごめ)いた。


「いや、魔王はまだ倒されていない。それはお前の役目だ」


慌てて咲夜のパワーを探る。感じられない――咲夜は負けてしまったのか!?


 「心配することはない――お前は勝てる。お前が築き上げてきたものをよく考えるんだ」


「俺は、特別強いわけじゃない――今までだって今だって、仲間がいなければ俺は――」


 そうだ。俺は昔から何も変わっていない。1人では何も――。


「自虐はよせ」


「自虐なんかじゃない! 俺は――みんなに助けられなければ、ここまで――」


「それだよ。それこそが、朔が築き上げてきた何にも代えがたい財産だ」


「ニュクス……」


 結界の暗黒が、徐々に薄まってきていた。向かい合うなつみと父親が見える。


 「……この結界は、同じ性質の《力》をぶつければ膨張してしまうものらしい。見ろ」


本当だ。せっかく解除しかけたというのに、また黒い霧が表面を覆った。それだけじゃない、結界は縦に横に、膨張していく。


「……!」


「だが、植物の《力》がない以上、闇の《力》でどうにかするしかない。答えは1つだ。悪しき闇と、正しき闇」


 どこかで聞いたことがある気がした。あれは――。



**


 『「――君は、《悪魔》と聞いて、私の方が『悪』だと――彼らの方が正しいことをしていると思っているのかもしれない――しかしややこしいことに、『闇』にもいろいろと種類があってね。例えば、『正しき闇』と『悪しき闇』」』



**


 そうだ! 最初にこの世界に来る前、エアが書き換えた魔法の教科書――!


 「あの時、私は自分が正義であると信じて疑わなかった。自分が君のおじいさんの弟子であると、正義の使徒であると。だがネクローの手に堕ち、――本当に『洗脳』だったのかすら覚えていないが――結局『悪しき闇』へとその身を堕とした。私をまた君の隣に立たせてくれたのは、君自身だ」


 急速に結界にヒビが入っていく。大きな破裂音がしたせいで、ニュクスの言葉は聞き取れなかった。


「これは、君がくれた《力》だ」


「え? 今なんて――」


 そばにニュクスの姿はなかった。その代わりに。


 「英雄さーん!」


「エア! 無事だったのか!」


「無事なんかじゃないよ。でも、なんとかね。……なつみは?」


「あそこで闘ってる。結界が破れたことにも気が付いていないみたいだ。行かなきゃ」


「ねぇ」


 エアの笑顔。久々な気がした。


 「久しぶりに、ちゅーしよっか」


「は?」


「いいからいいからっ!」


 強引に顔を引き寄せられ、口の先に小さな唇が触れた。白い光に包まれながら、俺は訊いた。


 「ニュクスを見なかったか?」


「私、大人になったでしょう?」


「え? ……ああ、そうだな」


「まったく、人前でよくやるよね……」


 栗原の無事も確認できた。今度は俺が、運命の闘いに爆風を巻き起こす――!



**


 漆黒、邪悪、失望。


 この黒を表現するのに、そんな言葉が似合うのかなぁ、なんてひとりで思っていた。よけようともしないで私の気功波を真正面から受けた草薙は。みっともない声を出してバリアの端まで吹っ飛んでいった。


 「ぐ、ぐふ……なかなかやるじゃないか。想像以上だ」


 むくり、と起き上がるその顔はひょうひょうとしている。その薄ら笑いを、今すぐ消してやりたかった。


「私は、待っていた……」


 今考えれば、私を捨てた親の帰りを待つなど、最初から無理な話だったのかもしれない。でも当時の私は幼く、それしかすがるものがなかった。


「いいぞ、《力》が増幅されていく」


 子供だった私を、慰めてあげたいと思う。それは英雄の血とか魔王とか、そういう次元の問題よりはるかに現実的で、根本的な問題だ。


 家族と、一緒にいたい。


 私の心を支配していたのは、それだけだったのに。


「私は、私はずっと――」


 身体が重い。どんよりとした何かに囚われている気がした。それがなんの《力》かなんて、関係なかった。


未だ仰向けの草薙に、馬乗りになった。


 「ずっと待っていたのに! あの孤独な施設で、ずっと、ずっと!! 手紙をくれたじゃないか! いつか、いつか迎えが来るって、なのに、なのにあんたはッ……!!」


草薙の頬を殴る。何度も、何度も。抵抗はしてこない。


「最後にはこの星と、おじいさんの資金援助をほのめかしただけだった! あんたは結局私を捨てたんだ! 私を大学に入れてくれたのは、遠い星のおじいさんだった……それをあんたは」


「見ろ、結界が膨張していく! かつてない《力》だ!」


「殺したんだ!」


「ぐっ」


 草薙の太い首を握り、締め上げる。さぁ、苦しめ。私の受けた苦しみの、ほんの一部だ!


「そう熱くなるなよ……もう昔のことだ」


するり、と瞬間移動で私の拘束から逃れる。私はただ、空虚をつかんでいただけだった。


「なつみ! どこまで膨張するか見ようじゃないか!」


上空高く草薙が叫ぶ。結界は上へ上へと際限なく膨張している。


「逃がすか」


 腐敗した植物が草薙を追う。だが追いかければ追いかけるほど、結界も草薙も遠くへ逃げていく。


「……」


たまらず私自身が植物の先端まで登り、手を伸ばして少しでも距離を稼ぐことにした。私はずっと、こうして追いかけていた。


 家族を。


 「うおおおおおおおおおっ!!」


「……性懲りのない奴だ。俺には瞬間移動があるんだぞ」


 いや、違う。


 私がずっと追いかけていたのは――。



**


 「あ、あの……もう帰っちゃうんですか? こ、このままじゃ留年じゃ……」


「あ? ああ――僕、もう自分のことなんてどうでもいいと思ってるんだ。どうせ留年は避けられそうにないし。じゃ」


「ちょ、ちょっと待って! だったら、私たち2人で作戦会議をしませんか?」


「作戦会議?」


「どうやったら時々サボりながらも、卒業できるか! ――どうです?」


「……大学楽しい?」


「え? い、いえ……。だけど、でも、せっかく入れてもらったから……」


「真面目なんだなー。僕はもういいかなって。やりたいこともないし。いや、一応あるか」


「なんなんです?」


「笑わない? ――」



**


 その答えを、昔聞いたような気がした。気のせいじゃなかった。あの日、夜の海で出会った兄妹。それが彼らだと気づくのに時間がかかった。大切な思い出だったのに。


 魔法のような体験は、退屈な非日常に忙殺される。いつでも、誰でも。


 私は、彼のことが好きだ。好きで好きでたまらない。彼と一緒にいたい、いろいろなものを共有したい。笑い合いたい。


 私は彼と約束した。だから、この男を倒して――!


 奴の足首をつかんだ。が、またすり抜けられる。


「若い奴は単純でいい。そうは思わないかい?」


 その程度、読めている!


 「なんだ……? 地面がぎらついて……! こ、これは起爆性の――」


 奴の足が地面に触れた瞬間、大きな爆発音が鳴り響いた。私はニュクスとの戦闘を思い出しながら、仰向けで焼け焦げている草薙にまた馬乗りになる。


 「私の、勝ちだ」


「……お前は祖父であるダグラを殺した俺に怒りを抱いている。それはごもっともだ。だが、その過ちをお前自身が繰り返そうとしているんだぞ」


首をつかみかけた私の手が止まる。


「違うっ、私は――」


「違わないさ。歴史は繰り返す、その通りだ! だからこそどこかで終止符を打たねばならない!」


 油断した隙に、私が仰向けに押し倒されてしまった。奴が私の首をつかむ。


「悲しみの歴史は終焉を迎えるのだ! 俺たちは理想郷へ旅立つ!」


 息ができない。苦しい。結局私は最後まで、父親という存在に勝つことができなかった。


 「これは、君がくれた《力》だ」


 誰かの声が聞こえた。ああ、朔――。残念だけど、私はここまでみたいだ。


 約束、守れなくてごめん――もっとも、覚えているのは私だけかもしれないけれど。


 視線は無意識に結界の向こうの朔を追う。私は眼を見開いた。


 結界が壊されている――! さっきの爆発? 違う、あの程度じゃこの結界は壊れない。だったら――。


 「なつみを離せ」


厳かで、でもどこか優しい声。その瞳の中には、私をここへ連れてきた始まりの緑が宿っている。


 「これは驚いた。まさか君にこれを壊せるとは思わなかったよ」


「……俺1人の力じゃない」


「……どうやらそのようだな。それで? 今更何しに来た」


 死を目前にして、冷えかけた身体が急速に温まっていく。心臓がバクバクとうるさい。窒息しかけているからじゃない。


 「あんたを、倒しに来た」


 私の大好きな人が、そばに来てくれたから。


読んでいただきありがとうございました。キリがいいので、次回は視点をハーノタシア図書館に戻したいと思います。

咲夜の想い、残された者たちの行動とは!? 次回、第十話「クライ」。お楽しみに!!

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