第十話 クライ
「アイス・プリンセスに続いて、ニュクスまでもが石になってしまうなんて。魔王とは、なんと恐ろしい存在なのでしょう……。え? 私? この通り生きていますよ。忘れていた? そんな、いくら影が薄いからって、そんなことあるはずがないでしょう。え、もしや、作者からも……?」
――ハクシキーノの独り言
「さよなら、小さな英雄」
「咲夜! 咲夜!!」
「2人とも、ごめんね? ありがとう――」
「おばあちゃん、生きて。おばあちゃんならできる。時を――ぐっ」
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次はあなたたちが石になる番よ、と魔王は言った。私は混乱しきっていて、なにも言うことができなかった。ただまっすぐに、彼女を睨んだだけだった。
「まぁ、なんて冷たい眼なの。最期まで、反抗心は捨てないということなのね。いいわ、その傲慢さをそのまま閉じ込めてあげる」
「どうして、どうして」
《天使》が――いくら高位の存在でも、まだほんの子供だ――、顔を覆って泣き始めた。対照的に《悪魔》はヘラヘラと笑っている。
状況は絶望的だった。私と佐久間はさっきの闘いで完全に《力》のすべてを使い切ってしまっていた。
「あなたたちは、もう終わりよ」
深い緑のオーラが、彼女を覆った。これは、《愛情》――? 彼女にまだ、《愛情》と呼べるものがあるというの?
……どちらにしろ、ここで死ぬわけにはいかない。咲夜との約束を果たさなければならないのだから――。咲夜、あなたはあの時、何て言おうとしたの?
「はぁっ!」
大量の触手が、私に向かってくる。私たちに生き残る術があるとしたら、それは。
いつもあなたに頼りっぱなしで、ごめんね。
頼もしい熱気が、私の前に立ちふさがった。
神寺宮、炸人。
私の、大好きなひと。
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「やらせないぜ」
「あら、今更出てきて何のつもり?」
魔王の言うことはもっともだった。今さら抵抗するのなら、さっき割って入っていれば自分の孫をみすみす石にすることもなかったのに。
「なんで今さら出てきた」
魔王と同じ問いを、ボクも繰り返す。バカな男の答えは、シンプルだった。
「いやぁ、咲夜が勝つと思ってたからなぁ」
「能天気なやつ」
へへ、と笑う彼の眼に、闘志がみなぎる。
「これ以上、好きにはさせないぞ」
「ヒーローの傲慢、神寺宮、あなたはそれの最たるものよ! 自分の孫を見殺しにして、妻と息子は助けようって言うの?」
「ああ、そうだ」
この男――魔王相手に言い訳を一切しない。まっすぐで愚かな男だ。
「小夜嵐。全員を連れて闇の国へ帰れ。特に佐久間と《天使》を気遣ってやってくれ」
「ボクがキミの言うことを素直に聞くと思っているの?」
「聞かなきゃお前も死んじまうぞ。今1人だけで逃げたって、結果は同じだ」
「ボクは、ここにいる自分以外の全員が嫌いだよ」
思わず吐き捨てた。神寺宮炸人がおちょくるように肩をつく。
「なーにが『中立』だ。ジコチューめ」
「なっ……!」
次の瞬間には、神寺宮炸人はもう魔王に向き直っていた。こちらを見ずに、真面目な口調で静かな声を震わせる。
「魔王に勝つには、全員の協力が必要だ。全員で全力でやって、それでもだめならおとなしく消えりゃいいさ」
紅い炎が、彼を包む。
「話は終わった? 馬鹿ね、逃げ場を私に教えちゃダメじゃない」
「どのみちあそこしかない」
「だったらどのみち、あなたたちの運命は決まっているわね」
フフ、と官能的に笑う魔王。絶対的な余裕――世界の創造主って、こんな感じなのだろうか。
神寺宮炸人も笑っている。でもそれが負け惜しみの笑いだということに、気づかない者はいないだろう。
「やってみなくちゃ分かんねえさ」
「いいえ分かるわ。あなた1人では、私には勝てない」
そうだ。氷の三人衆があれだけやって勝てなかった相手に、1人で勝てるわけがない。
「俺は時間稼ぎでいいのさ」
「妻を逃がしても、なんにもならないわよ」
へっ、とまた笑った。今度は、どこか自信がありげだ。
「闘える戦士は、俺たちだけじゃない。あと2人――2人と1匹、残っている」
「……」
「あんただって分かっているんだろう?」
「……来るなら来なさい」
魔王の顔から余裕の笑みが消えた。冷徹に顔を引き締めている。
「俺としたことが長話になっちまったな、さぁ始めようぜ」
神寺宮炸人が構えた。あーあー、やっぱ連れて行かなきゃダメなのかなぁ。
「ぜああっ!」
神寺宮炸人が魔王に突っ込んでいく。ほんとに馬鹿な奴。炎の拳を突き出すけれど、ゼリー状の水のバリアに阻まれる。
「《力》を持つものは、その傲慢さゆえにさらなる《力》に溺れるのね」
「お前は違うのか?」
「私は――」
考えなしに挑発するからだ。眉間にしわを寄せた魔王が、バリアから触手を生成して神寺宮炸人の肉体を貫く。
「ぐおおっ!」
神寺宮炸人は、この狭い世界の壁に背中を打ち付けた。触手はまだ魔王と結びついたままだ。
「ぐっ――」
「炸人っ!」
「お義父さんっ!」
家族が声をあげる。相当やばいのに、神寺宮炸人は苦し紛れの笑顔を崩さない。
「平気平気――行け、小夜嵐!」
「でも――」
神寺宮美海は今にも泣きだしそうだ。
シュルル、と鋭い音がして、神寺宮炸人の身体が宙に浮いた。そして次の瞬間には大理石の床に叩きつけられている。
「ごぁっ!」
「私は、私は――」
何度も何度も、魔王は神寺宮炸人を触手ごと叩きつける。だんだんその威力があがっている。このままでは――。
「何してる、行け、小夜嵐!」
このままでは、死ぬよ、キミ。
「私は、幸せになりたかっただけ!!」
かつてない力で叩きつけられた神寺宮炸人。この世界に地下があれば、姿が見えなくなっていただろう。
「炸人……?」
神寺宮炸人は、うつぶせになったままぴくりとも動かない。
「あっはっはっは! 死んだ! 私たちを不幸たらしめた元凶が、ついに死んだわ!」
「そんな、炸人、炸人……」
「お、お義父さん……」
絶望に暮れる家族たちを尻目に、魔王の高笑いが《第三の世界》に響いた。もうおしまいだ、そう思った瞬間、神寺宮炸人の耳が、動いた。
「はやとちり……するなよ。まだ……死んじゃいねえ」
ズズ、と重い身体を引きずりながら、ゆっくりと立ち上がる。その闘志は、まだ消えてはいない。
「死にぞこないが……!」
「死にぞこないの老けぞこないだ。俺の肉体はまだまだ若い。まだ行けるぜ」
「あなたも私と同じ、時の異端者……そういうこと?」
睨み合う2人。割って入る余地なんて、誰にもなかった。ただ茫然と、放たれるオーラに気圧されていた。
「行け」
あーあー、さすがに3回目の催促には反対できない。ボクは黙って、全員を引き連れた。
「行かせないわ」
石化光線が飛ぶ。神寺宮炸人が高速で移動し、ボクの前に立ちふさがった。火炎弾で相殺する。
「チッ……」
「お前の相手はこの俺だ」
「あなたは捕縛されている。思うように動けないはずだわ」
「これのことか? こんなもの……」
神寺宮炸人は、ぬめった触手をつかむと、かつてないほどパワーを放出し始めた。
「はあああああああああ!!」
この世界の、大地が震えている。あーもー、ボクの世界、壊さないでよ?
ジュウウ、という暑苦しい音を立てながら、触手は消失していった。この男、不利な属性を無理やり気合いで乗り越えてしまった。珍しく魔王も目を丸くしている。
「さぁ、第2ラウンドといこうじゃねえか」
「ほら、今のうちに行くよ!」
「わかった。まず佐久間をお願い。私たちは後でもいい」
「すみません、お義母さん……」
「どうして? あの人を放っちゃダメよ!」
「俺はまだ見ておきたいんだがなァ。こんな闘い、2度と見られねぇかもしれねぇし」
せっかく逃がしてやろうというのに、《天使》と《悪魔》は理解を示さない。
「じゃあ置いてくよ! 勝手にすれば!」
人間2人を連れて行こうとしたとき、神寺宮炸人がこちらに背中を向けたまま言った。
「《天使》と《悪魔》も連れていけ」
「だってこいつらが――」
「そんな言い方をするな。お前の、母親だろ」
いちいちボクの神経を逆撫でするようなことばかりを言う奴だ。
「私に母親なんていない。いるのは父親――クライムだけだ」
《悪魔》に殺されちゃったけど。
「いや、《天使》はお前の母親だ」
やけに意味深に響いたその言葉が気に食わなかった。でもしょうがないから全員を引き連れてボクは自分の世界を去った。
何が母親だ、馬鹿馬鹿しい。
「美海」
神寺宮炸人が、妻に声をかけた。
「ん?」
「時を、巻き戻せ」
その言葉を聞いた神寺宮美海の表情が変わる。まさかこの男、本気で一介の人間が氷の究極魔法を使えるとでも思っているのか?
しーらない。
ボクたちの身体は風に包まれ、消えた。目指すは、闇の国。
**
「《天使》や《悪魔》――人智を超えた存在に親などないわ」
「それはどうかな。さっきのセリフ、お前に言ったんだぜ」
「なんですって?」
「お前は『あの子』に、何か母親らしいことをしたのか?」
読んでいただきありがとうございました。次回、朔&エアvs草薙に戻ります!
勝負の行方は!? 次回、第十一話「決意」。お楽しみに!




