Time03: Past
「好きだよと 言えぬ言の葉 風に揺れ
次の季節の秋を彩る」
――ある落書き
闇の国。幹部戦の時、俺たちが本拠地にしていた父さんの研究室から、少し離れた場所。そこに闇の塔はたっていた。空には、暗雲。
なつみの父親と名乗る人物は、「ついてこい」と言って先にらせん状の階段をのぼっていってしまった。俺たち2人は――いや、俺だけが、進むのをためらっている。
なつみ、今何を考えてる?
「行こう」
なつみが口を開いた。声は低く、どこか恐ろしい。
「だが――」
「今更立ち止まれないさ」
「……」
なつみ、お前は本当にそれでいいのか? あの人物はきっと、紛れもなくなつみの父親だ。過去で出会った英雄――ニーナとダグラ。彼らの特徴を、完全に受け継いでいる。
「俺、さ――」
「ん?」
「何も知らなかった。なつみのおばあさんが、ダグラさんと結婚してたこととか、なつみの父親のこととか」
なつみを盗み見る。その瞳は、黒い幻影の塔を映していた。
「私も――幹部戦のあと、咲夜ちゃんから聞いたんだ。なんていうか、よく覚えてなくて」
「そうか。なつみ、その、お前はさ――」
真実を知るのが、怖くないのか?
お前はこれから、自分の父親を――。
「ん?」
なつみはこんな時でも、笑顔を絶やさない。なんでそんな眼で俺を見るんだよ。一番つらいのは、なつみだっていうのに。
やめだやめだ! そんなことばかり考えてたって、何も変わらない。なつみのことを心配するなら、自分自身がしっかりしなくては。
そう、俺は過去で誓った。
**
「ありがとう、ヘメラさん。――ごめん」
「いいえ」
「僕も――」
「みんなを守るよ。迷わない、強さで」
**
もう、迷わない。なつみを悲しみから守ってみせる。
なつみの手は汚させない。俺1人で――。
「自分1人でカタをつけようって思っているんだろ?」
「え?」
なつみが笑う。
「朔って、わっかりやすいんだもんなぁ」
なつみはにへらと笑って、そう、その笑顔を崩さないままで――言ったんだ。
「無理だよ。あの男は1人じゃ倒せない」
**
塔のてっぺんからの見晴らしは最低だった。そもそも闇の国が晴れることはないし、大地も干からびたままだ。祖父はここから、世界を支配することを夢見ていたのだろうか。
彼が座っていただろう玉座はボロボロだ。おそらくこの椅子に傷をつけたのは――。
俺の母親と父親、そして――。
目の前の小僧の、両親だ。
「よく来たな、ガキども」
真っすぐな眼――痛いほど突き刺さる眼光が、俺を襲う。ああ、なつみ、本当に大きくなった――しっかりと両親の特徴を受け継いでいるじゃないか。あの時の俺たちの選択、何か違う方法があったのか?
いや、どのみち腐りきった世界に正解などなかった。
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「ここが地球ね」
「ああ。ここでなら僕らは」
「幸せになれる?」
彼女は笑った。すべてが満ち足りているように感じた。俺の母親が追い求めていたもの――幸せな場所、愛する人、永い永い時間――そのすべてを、俺は持っていた。
不幸せになる要素なんて、どこにもないと思っていた。
これは「幸せ」とやらに対する挑戦状だった。
脆くも敗れ去るとも知らずに、俺たちは幸せの絶頂だった。
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「――私、みんなから避けられているような気がするわ」
「気にしすぎだよ。うまくやっているさ」
「だといいけど……」
「それより、もうあまり出歩かないほうがいいんじゃないか? 買い物や洗濯は、僕がやろう」
「ありがとう、草薙さん」
彼女は大きくなったお腹をさすりながら言った。
「暑くなってきたわね……もうすぐ会えるかしら」
**
「……学校に行きたくないって」
「なんだって?」
「……理由は分からない。だけど、友達ができないみたい」
「友達? そんなもの――」
必要だとは思えなかった。だがそれは、今になって分かることだが、俺には彼女がいたから言えることだったのだ。
「……私、もう限界よ」
「……」
「この世界にもたくさん――」
**
あの子の眼を見れば分かる――あの瞳の奥に灯る炎、それは隣の青年と――過去の英雄と同じ色をしている。
我が娘は、愚かにもこの男のことが好きなのだろう。
あの時と、同じように。
歴史は繰り返すというなら、どこかで断ち切らねばなるまい。
それはきっと、今だ。
俺は傷ついた玉座をさすりながら言った。
「昔話をしてやろうか? それとも血に飢えた獣のようにかかってくるかい?」
返事はない。だが2人とも臨戦態勢だ。飛びかかろうと構える男を差し置いて、猛スピードで突っ込んできたのは、
俺の娘だった。
「はぁっ!」
右の拳が俺を襲う。右にかわすが、空を割く音がはっきりと聞こえた。本気だ。
「そうだな、お前が初めてハイハイしたのは10か月の時だ。だいぶ遅かった」
「……!!」
地面からいばらが突出する。その色は腐食物のようにどす黒い。闇のバリアでガードする。
炎の青年が遅れてスタートする。炎の拳を振りかざすが、まったく当たらない。こいつにはまだ迷いが見えるな。
「だが歩き始めるのは早かったんだ。1歳になる前かな」
胸ぐらをつかみ、ガン。と頭突き。おいおい、もう少し女の子らしくしたらどうだ?
瞬間移動で少し距離をとる。歴戦で慣れているはずなのに、男の方の手が止まった。
手のひらからツタを伸ばすなつみ。攻撃が単調すぎて遊ぶ気にもならん。地面から大木を出現させ上に逃げる。
「……!!」
何か話したらどうだ? 俺はあまりおしゃべりな方じゃないんだよ。
親父に似たのかもな。
「小学校の時の得意科目は家庭科と国語。苦手科目はそれ以外全部」
闇のエネルギーを充填して放ってきたか。だが、小さい。
「はぁ!」
2倍以上の大きさの気功波だ。お?
「なつみ!」
なつみを押しのけて割って入ってくる男。文字通りヒーロー気取りかい?
「バーン・ストライク!」
なるほど、大きさは一級だ。だが、
中身がスカッスカだぜ。
「ぐあああああああああ!!」
押し返されみっともなく吹き飛ばされる男。まるでこの世の終わりみたいな顔をして振り向くなつみ。
「おいおい、せっかくの再会だってのに、話を聴いてくれないどころか目も合わせちゃくれないのか」
「許さない……!」
唇を噛むなつみ。そうだ、お前は昔からそうやって悔しそうな表情をしていた。
「だったらかかって来いよ、クソガキ」
俺が笑うと、闇のエネルギーがさらに増大した。いいぞ、面白くなってきた。
そうは思わないかい? 母さん。
読んでいただきありがとうございした。次回、なつみと草薙の闘いがヒートアップします。
次回、「嫌い」。お楽しみに!




