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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第六章 血縁という名の呪縛
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第七話 バイバイ

「しんじるきもちは かぜのむくまま きのむくまま

 それでも てんしとあくまは しんじたのだ

 てんしはしんしに あくまはおもしろはんぶんに」



――『ハーノタシア創世記』 第三章 第八節

 「手を――手を握ってくださいでち」


あたちがそう言うと、エミさんは慈悲深い表情で手を握ってくれた。


「怖いもんね」


 怖い――? そう、確かにあたちは怖かった。死の恐怖が間近に迫る。こんなことは今まで何度かあったはずだけれど、かつてない鼓動があたちを襲うのは、何故だろう。


 それはきっと、


 これが、最後のチャンスだから。


 身体が白く輝く。怖い。怖いけど、それに立ち向かっていかなくちゃ。


 追い風を、自分で吹き込むように。


 「遅い! 終わりだァ!」


ディアナの剣が振り下ろされた。白い光が、進攻を止める。


「な――この一瞬で、変身を完了させただと!?」


 徐々に光が消え、私の姿があらわになる。もう1度――。


 「もう1度!」


 レベル3。若葉のような緑髪が、揺れる。


 「今更変身をしたとしても無駄だぞ。その姿はお前の最大パワーではないのだろう?」


確かに、エミさん1人の《力》では、この姿が限界だった。でもどちらにしろ、私の魔力もこのあたりが限界だろう。果たして、英雄さんたちは来てくれるのだろうか? 答えはノーだと思う。


 あの男、シーボルスの孫でなつみの父親――新垣草薙は、そう簡単に倒せる男じゃない。


 この持ち場は、私が任された。だったらできる限りのことはやらなきゃ。


 ここで、決める!


「疾風閃光弾!」


風の《力》を宿した気弾。簡単に払いのけられてしまう。


「……無能が能力者に《力》を与えるなんて驚きだ。だがお前はもう限界を過ぎている」


「考えてみれば、何も驚くことなんてないんだよ。神寺宮美海――旧姓安藤美海は、元々能力者じゃなかった」


「後から発現した能力者だと!?」


「そう――美海はダグラに敗れて瀕死の英雄さんを守るために能力に開花した」


 ダグラ――当時は父親の傀儡で、息子によって殺された哀れな人。


 なつみ、どうか無事でいて。


 「無能力者は無能なんかじゃない――1人1人の中に、まだつぼみの可能性が眠っている。銀太君にも、エミさんにも、明里にも。私はそれを」


「ハン」


 大きく鼻で笑うディアナ。意固地に反発しているように思えるのは、私だけだろうか。


 「《信じ》てる。か? 妖精よ、《信じる》なんて、口だけなら簡単だ。だがそれは真実を覆い隠すことでもある。希望的観測に身を甘んじてしまうことでもある。違うか?」


 話に気を逸らさせるつもりだろうか。音もなく、ディアナの《力》が徐々に増していく。


「妖精、お前は《悪魔》の子として私同様長い年月を生きてきたのだろう? お前は《信じる》ことを知り何を得た? お前が盲目的な言葉に騙されている間、お前の大好きだった英雄は死んでいったのではないのか?」


「そんなことっ……」


「お前たちは自分自身の力不足を、平穏な暮らしをしていた英雄の子孫にまで押し付けた。おとなしく魔王に従っていれば、現代の英雄たちも石にならずに済んだというのに」


 確かにそうだ。魔王から仕掛けてきたとはいえ、お母さんの石化には英雄さんたち(孫)は無関係だった。だけど、英雄さん(祖父)が幽閉されている今、私たちでは勝てなかったのもまた事実。


 確かに私たちはひどいことをしたのかもしれない――だけど、石にされた人々は魔王を倒せば元に戻る! それに――。


 英雄たちは、まだ全滅したわけじゃない!


 眼を閉じ、精神を集中させる。心の中の空洞で耳を澄ませる。絶えず風が吹き抜けていく。風はどっちの方向に流れてる? 強さは? これは、どんな風?


 向かい風? 追い風? それとも、迷い風?


 ――身体と精神が合致しない。こんな調子じゃ、ディアナの素早い攻撃には対応しきれない。


 「エアちゃん、前!」


後ろから、エミさんの声が聞こえた。驚いて眼を開けると、ディアナの右手で大きなエネルギー弾が破裂の時を待っている。


「信じてるなどと言って、この世界は少しでも平和になったのか? そうではないことは、お前が一番よく知っているはずだ! 平和など、永遠に実現しえない。何故なら――」


ディアナがエネルギー弾を投げつけた。


「この《力》が、消えることがないからだ!」


 ディアナが特大の気弾を放つ。落ち着いて、エミさんの手を引き空中へ舞い上がる。


「耳をふさいで!」


私が叫ぶと同時に、エミさんが両耳をふさいだ。すぐそばで、かわした気弾が爆発する。


「チィッ。逃げ回っても無駄だぞ。こうしている間にも、私は体力を回復している」


「体力は回復しても、魔力は限界が近いんじゃない?」


「フン」


 冷静なふりをしているけれど、額に汗をかいている。どうやら、図星だ。


 「まだ、諦めないんだね。その眼、なつみさんに似てる」


エミさんが私を見て微笑んでくれた。その優しさで、私はまだ翔べる。


「きっと英雄さん――神山朔くんも同じ眼をしているよ。あれはかつて、英雄だった人たちが持つ(まなこ)――」


「特別な、英雄の証?」


少しおどけるエミさんに、私も笑い返す。


「ううん、そんなんじゃないよ。真剣で、覚悟の決まった人だけが持つ真実の眼。……なんてね」


 「……昔、童話を読んだことがあるの。決して大人にならない場所で育った子供たちのお話。知ってる?」


「なんだろう、初耳」


「それに出てくる妖精の女の子。あなたは、その子に似てる」


「無駄口を叩いてる余裕があるのかな!?」


 ディアナが気弾を乱射する。


 決して大人にならない――言い得て妙かもしれない。私が大人になれるのは、《力》を消費しきるほんの少しの間だけ。何十年も生きているのに、すぐに幼児に戻ってしまう。私はすぐに、様々な人から追い抜かれ、取り残されるだろう。


 英雄たちが、消えてしまったのと同じように。


「私、子供っぽいの気にしているんだ」


「そんなこと気にしなくていいのに。かわいいよ」


「ふふ、ありがとう」

 

だけど。


 ディアナの攻撃をかわしながら、空中を旋回する。奴が疲弊した瞬間、そこに隙間風(チャンス)が吹いている。


 エミさんが、感慨深げに口を開いた。


「……私なんかはさ、うまく言えないけれど――これからどんどん(けが)れていくんだろうなぁ。私だって友人は多いし、恋人だっていちゃってるし、それなりに社交性や人生経験はあるつもりだけど、大人たちからすれば私なんてまだまだ子供で、これから社会の荒波ちゃんに揉まれちゃうわけでしょ? はー、やんなっちゃうよ」


 死の危険がすぐそこまで迫っているというのに、エミさんは饒舌だ。語り足りないと言いたげなその瞳の奥に、炎が灯っている。


「……誰も表立って言わないけど――いや、言う勇気がないだけかもしれないけれど、漠然とした不安を抱えて生きてる。こんなの、死と隣り合わせのあなたからしたら笑っちゃうだろうけど」


 少し、エミさんの《力》――その繭のようなもの――に違和感を覚えた。さっき私にくれた《信念》が、揺らいでいる。少し、よくないものが彼女を包んでいるような気がした。


 「それが、あなたの《影》?」


「ん? 《影》って?」


「ああ、不安なの、ってこと」


「そりゃ不安だよ。みんな不安に思っていると思う」


 地球人が――《力》の支配に及んでいない地球人が、みんな不安? そうか、地球に移住した彼らが闇を抱えて帰ってきたのは――。


 「どうかした?」


「ううん。それより、翔ぶの疲れちゃった」


「え?」


「早くこいつを倒して、なつみに会いにいこう」


 たとえいつまでも子供だとしても、少しずつ、少しずつ歩んでいきたい。


 私は、ゆっくりとエミさんを地上に降ろした。


 「エアちゃん」


「ねえエミさん、好きな人がいるって、どんな気分?」


「え、な、なに? 急に」


右手を大きく広げ、手首を左手で固定する。答えなど聞かなくとも、私自身だって知っていた。私はずっと、英雄さんのことが大好きだったんだ。この胸の鼓動が、答え。


 何十年もの時を経て、もうすぐ会える。そんな気がしていた。


 なつみ。あなたも英雄さんをみつめて、同じ気持ちを感じていたんでしょう?


 「確かに私の魔力は限界に近い……しかし私とて、まだ諦めんぞ。私にとってハーティアは、この暴虐の世界の支えだった――私はハーティアを取り戻し、新たな世界の創世を共に眺める!」


「新しい世界なんていらない――私たちが1歩ずつ、変えていくから!」


 見慣れた構え。だけど実践するのは初めてだった。私の手のひらから、暴風が一直線にディアナを襲う。


「ここまで追い込まれておきながら、さすがだよ妖精。だが、惜しかったな!」


 ディアナに直撃する直前、大きな鏡が彼女を守った。ただのバリアじゃない、これは……。


「反射鏡!?」


 私の信じる必殺技は、方向を変え私たちに牙をむく。とっさに構えをやめて、両手で受け止める。


「ぐ、ぐぐぐぐぎぎ……」


「どうだ! 所詮《信念》などその程度! 自分の技にすら欺かれるものだ!」


 まずい、肉体的な限界が近い。レベル2以下の私では、これを対処することはできないだろう。


 エミさんが何かを叫んだけれど、暴風がうるさくて聞こえなかった。集中しろ、集中――。


 心の中の空洞に意識を戻す。風が、バラバラに吹き込んでいる。私の心が、口々に叫んでいる。


 「頑張れ、諦めるな」


 「もう無理だよ、あきらめよう」


「せめてエミさんだけでも逃がさなきゃ」


「こわい、怖い、怖いでち~」


心の動揺が広がっていく。これじゃダメだ。風をひとつに。


こころを、ひとつに。


私は、心の中の(かぜ)たちに語りかけた。


「ねぇ、みんな聞いて。お母さんは、魔王にやられるとき私を逃がしてくれた。なんでだと思う?」


(かぜ)たちが、口々に答える。


「おかあさんだから」


「おきみあげ的なものだったかも」


「何も考えてなかったんじゃないか?」


「そうかもしれない。でも私は、こう思うんだ」


私が答えを言いかけた時、一番年長の(かぜ)が言った。


 「朔たちを頼む。お母さんはそう言っていた」


 そう、きっとお母さんは、魔王に敗北した時点で「この展開」を読んでいた。遅かれ早かれ英雄たちが魔王とぶつかること、そしてそこにはきっと――過去の英雄たちも複雑に絡み合うこと。私は時のはしご役に抜擢されたのだ。


 「英雄さんたちを助けてあげて、ってことだと思う」


「英雄しゃん――」


「朔」


「なつみ」


「炸人さん――」


 私の中で、様々な人の顔が浮かんでは消えた。


「そう。私みんなに会えたら、思いっきり甘えてやるんだ。みんなだってそうしたいでしょう? ――だから、私に最後の《力》を貸して」


 みんながうなずいた。風が、規則正しく同じ方向に流れている。向かい風を押し戻すように。


「はああああああああ!!」


眼を見開く。相変わらず目の前には暴風が迫っていた。だも、心はしんと静かだ。台風の目の中だけは静かだと、昔炸人さんが言っていた。


めいっぱい、押し返す。みんなにもう一度、会うために。


「ば、バカな――もう貴様にこれほどの《力》は――」


「私はひとりじゃない! みんなが――みんながいる限り、私は絶対に負けない!」


「ひとりじゃない――」


 私の両手から生み出された新たな気功波が、跳ね返った気功波を押し返し、ディアナに向かっていく。さっきの2倍、いやそれ以上の大きさだ。


「フッ、ひとりじゃない、か。いかにも弱小な貴様ららしい答えだ。群れなければ1人の強者に勝利することもできない。だが――」


 私も、ずっと一緒にいたい人がいた――だから、分かるよ。


 ディアナが眼を閉じたその瞬間、渦状の気功波がディアナを飲み込んだ。


 ディアナも、心の空洞を見ているのだろうか。でもそこはきっと、空っぽじゃないはずだ。誰かが、ディアナと会うのを楽しみに待っているだろう。


この世界ともお別れだ、ハーティア。


バイバイ、ディアナ。


 私たちはそれぞれに、別れを告げた。


 すべてが終わって振り返ると、涙目のエミさんが私に抱き着いてきた。


 みんな――私、勝ったよ。


読んでいただきありがとうございました。次回、ついに主人公&ヒロインが運命と対峙します!

第八話、「Time03: Past」。お楽しみに!

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