第六話 ララバイ
「ねーんねーん、ころりーよー、おこーろーりーよー」
「眠れない! ヘメラ、この人誰?」
「近くに住んでいるおばさんよ」
「ほらほら、眼を閉じて!」
「能力者なの?」
「いや、違うよ?」
「じゃあ――」
「いい? よく聞いてエア。能力があるとかないとか、そんなことは問題じゃない。大切なのは――」
――ある妖精の会話
「一瞬だと……うぬぼれだけは一級だな」
うぬぼれ……? 違う、そうでもしなければあの子が……!
雷が、ディアナの視界を奪う。
「はぁっ!」
私は、竜巻逆巻く足蹴りを仕掛ける。しかしディアナは一瞬でその身を引いている。
「くっ」
「目くらましとは、古典的じゃないか」
不敵に笑うディアナ。無防備になった私の肩に、肘を落とす。
「ぐああ!」
この女、体術もできるのか――!
「どうした妖精! 1人では所詮この程度か!?」
怯んだ隙に、ジャブを連打するディアナ。私は徐々に地面へ落ちていく。反撃するが、すべてガードされている。振り返ると、涙目のエミさんが不安そうに空を見上げていた。
1人では――。そうだ、私はいつも、誰かから《力》をもらうことで成長してきた。私1人では、何もできなかった。
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「これ以上――誰も傷つけさせはしない」
「え、英雄しゃん……だめでち、落ち着くでちゅ」
「だから、僕がやると言ったんだ――余計なことをしたな、エア」
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「あーあー勝手に始めるんじゃないよ」
「炸亜……」
「どうやらネクローに洗脳されているようだね。それとも、英雄が敵っていうのは本心なのかい?」
「炸亜……来てくれたんだ」
「待ってな妖精ちゃん。あの人に怒られるのも癪だから、なつみの様子を見に行くよ。こらこのバカ息子、とっとと起きる!」
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「私は暗い過去を持ち、《絶望》に染まっていた。でも、今は気分がいい。《絶望》の中にある、《希望》を《信じ》たいと、心からそう思うよ――お前たちのおかげだ」
「お母さん……私、お母さんのこと、信じてる。お母さんに、幸せの風が吹き抜けますように」
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みんなが私を支え続けてくれた。私は彼らに何かできただろうか?
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「もし私にできることがあるのなら――協力させてくれないかな? 私を、あの星に連れて行ってくれ」
「――ごめんなさい」
「ごめんなさい。あなたの家族がいないのは、全部私たちの――」
「あたちたちのせいなんでちゅ! うわあああああああああああああああああん!」
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新垣草薙、そして魔王。その正体がどうであれ、なつみを巻き込んだのは私だと初めから分かっていた。なつみも朔も、今一番耐え難い真実に直面しているだろう。勉学や人間関係とは比べ物にならないほど、わめいて逃げ出したいはずだ。私だったら、立ち向かえるか自信がない。
英雄たちは、成長を続けている。私なんかより、もっともっと速い速度で。
だったら私だって、死んでもやり遂げなければならないことがある。これは罪滅ぼしでもあり、約束でもあり、彼女らが私に向けてくれた、
《信頼》への、こたえだ。
「堕ちろ、妖精!」
強烈な一撃がみぞおちに決まる。今までにない速度で落下していく。
「きゃあ!」
エミさんが目を背けた。ディアナめ、やはり策士か。私がこの速さでエミさんに激突したら、直接手を下すことなく2人を処理できるというわけだ。
「まだだぁ!」
エミさんに向け、弱風を飛ばす。エミさんの身体は私の落下地点から離れ、最悪の事態は免れた。爆音とともに、固い床が私の背中を迎え入れる。
「最後の最後までその女を庇うのか。愚かな」
「この子を守ると約束した。絶対にだ!」
「《信念》、か。しかしそんな身体ではもう闘えまい。おとなしく石にされたらどうだ」
「この一撃で、お前を倒す! すべてをなぎ倒す烈風の神よ! その偉大なる進撃によりて、信奉の風に新たな力を! 逆襲の向かい風!」
両手を前に突き出すと、大嵐が一直線にディアナを襲う。頼む、決まってくれ――!
「お前の必殺技と言うわけか、だが、無駄だ」
ディアナがバリアを張った。私のものより数倍硬い――! 貫いて、みせる!
「うおおおおおお!」
「けなげだなぁ。なぜそこまで頑張る?」
ディアナ、それはきっとあんたが咲夜を追い求める気持ちと同じさ。
かけがえのない、仲間だから。
ずっとずっと、信じているから。
燃え尽きるほど、愛しているから!
「はあああああああああ!!」
私の身体が白く輝く。レベル5――時間がない。
「わ、若返った?」
「はあああああああああああ……っ!!」
「肉体にも限界が来ている――諦めろ」
「諦めない、あきらめないぃ……」
レベル4。
バリアに亀裂が入った。あと少し。
「貫け、つらぬけぇっ――!!」
レベル3。
亀裂が広がっていく。いける!
「ば、バカな――これだけ弱体化して、なぜまだ《力》が……!?」
レベル2。小さい頃、ヘメラが教えてくれた。
**
「ねぇ、ヘメラとニュクスって仲悪いの?」
「どうして?」
「だって、もともと1人だったのに分かれちゃったんでしょ?」
「ふふふ、仲が悪いわけじゃないわ」
「じゃあなんで?」
「大好きな人を、抱きしめられるようにするためよ」
**
まおうをたおせばニュクスとヘメラは元にもどる……こいつに勝って、まおうにも勝って、わたしは2人をだきしめにいく!
「はああああああああああああ!」
暗雲がわたしの方に降下し、大嵐の中に融合した。雷鳴も渦の中にきらめいている。
「《絶望》から生まれる《希望》――わたしはそれを《信じ》てる――でち! 信託の大竜巻!!」
「な、なに……!? 《絶望》と《希望》まで融合しただと!?」
「いけえええええええ!!」
あたちの叫びとともに、ディアナのバリアが破壊され、直撃した。勝てたでちゅか――?
「フ、フフ……妖精風情と舐めていたよ――だが惜しいな」
きれいに整った金髪は乱れ、服はきわどいところまで見えている。身体中は傷だらけ――でも、やつは、生きている。
「そ、そんな……」
あたちの《力》はもう残っていない。勝てない――。あたちは後ろのエミさんを振り返った。
ごめんなさいでち、なつみ、英雄しゃん……あたち、エミさんを、エミさんを――。
殺してしまう――。
「あと1歩、あと1歩だったな。だが」
ゆらゆらと近づいてくるディアナ。ただの足蹴りで吹き飛ばされてしまうほど、今のあたちは軽い。
「あうっ」
「死ねぇ!」
光の剣が迫る――死を覚悟したその時、あたちは抱き寄せられた。
「こんな小さな子をいじめるなんて、ダメですっ!」
エミさん――!
「逃げるでち、逃げて――」
約束、だったのに――。
エミさんは優しい表情で、あたちの頭を撫でた。
「もう逃げられないよ。大丈夫。あなたのことはよくわからないけれど――私を守るために頑張ってくれたんだよね? ありがとう、エアちゃんは本当によく頑張ってくれたよ。1人でよく頑張ってくれた」
1人で――? 私はまた、1人では何もできなかった――。
「ごめんなさい、でち――」
「ううん」
あたたかかった。この感触は、昔――誰かに抱きかかえられた時のものに似ていた。
ディアナが目と鼻の先で、私を見下ろした。
「よくわかっているじゃないか、無能」
「私もこの子も、無能なんかじゃない」
「ほう――地球人にも、こんな眼をする者がいたのか」
「大丈夫だよエアちゃん。きっともうすぐ、なつみさんが来てくれるから」
ディアナを無視し、あたちに語りかけるエミさん。ああ、私はとんでもない勘違いをしていたみたいだ。
あたちは今回も、1人なんかじゃなかった――エミさんを守りたいという《信念》、それがあたちの原動力になっていたんだ。
「ほんとによくわからないけど――なつみさんにも、今みたいな《力》があるんでしょう?」
そしてエミさんも、なつみを信じている。
「残念だが助けなど来ない。英雄などただの夢物語だ!」
剣が振り下ろされる、チャンスは一瞬だった。
「手を――手を握ってくださいでち」
読んでいただきありがとうございました。次回、エアとディアナの対戦に決着がつきます!
次回、第七話、「バイバイ」。お楽しみに!




