第七話 検討
「さ、最低――」
僕の言葉を聞いたニュクスは、大きく目を見開いて僕の言葉を繰り返した。
「僕が言えることはそれだけです。では」
そう言って、僕はDTしようと次元の裂け目を探した。
「だめよ、朔くん! あなたは高位の能力者とはいえ、戦闘後すぐにDTするのは危険だわ! 身体への負担が大きくなるはずよ」
僕はヘメラさんに目も向けず、見つけた次元の裂け目に体を滑り込ませた。
「待ってくれ!」
「大丈夫だよ、お母さん。私が何とかしてみせる」
「エア――」
「お母さんは、神寺宮炸人の《絶望》だったかもしれない――だけど今は私たちがついてる。《希望》と《信念》が、ついてるよ、お母さん」
**
びゅう、と冷たい風の音がする。
「……来たのか」
「あら、不服そうね」
エアは、似合わない口調で笑い、僕を一瞥してから、隣に並んだ。
「言っておくけど、僕はニュクスとおまえたちに協力する気はない」
僕がぶっきらぼうに答えたというのに、エアは子供っぽく笑った。
「除け者にされたのが、悔しいの? 子どもみたい」
「お前にだけは言われたくない」
「――そうね」
ひゅう、という小さな風の音。エアは小さな声で話し始めた。
「どこからどう説明したらいいのかわからないの。でも、確かに言えることは、私たちは、なにもあなたたちに嫌がらせがしたくてこんなことをしているわけじゃないってこと。私たちは、あなただけじゃなく、あなたの家族、そしてかつての同胞とその家族――色々な人を傷つけ、生活を壊し、殺した。それは自覚しているわ」
「殺した?」
僕は眉をひそめて尋ねる。エアは伏し目になり、続けた。次元のトンネルは、まだ長く続いていそうだ。
「ぐうっ!」
突然、身体に痛みが走る。ヘメラさんの言うとおりらしい。エアは慌てふためいた。
「だ、大丈夫?」
「心配ないさ――それで?」
僕は胸に手を当てた。赤い心臓が脈動しているのを感じる。
「わ、わかった。――こんなふうに言ったら逃げのように聞こえるかもしれないけど、あの時、60年前、どこでどうすれば神寺宮炸人を救うことができたのかは、今でもわからない。なにかの運命で、どのような選択肢を選んでも、ああなっていたのかもしれない」
「ちょ、ちょっと待て。お前60年前に産まれてたのか」
「え?」
推定15歳の少女の歯は白く健康的だ。同じく色白の肌はみずみずしい。
「そうだよ。あの時は――何もできなかったけれど――私は、あなたのおじいさんが殺された瞬間を見てる。もちろんヘメラも、お母さんもね」
うごめいていた次元が、一瞬止まったような気がした。そしてその時間は、恐ろしく長かった。
エアの真剣な瞳。
「当時0歳だったから、普通の人間なら記憶なんてできないだろうけれど。まぁ、私は普通でもなければ人間でもないしね」
エアは自嘲的に言った。その言葉は、冬の空気のように張りつめている。
「だから、私、本当は60歳。ハーノタシア星にはたくさんの属性があるけれど、風属性は私一人。完全な異種だよ」
「続けて」
僕は静かに言った。
「話を元に戻すけれど、私たちは神寺宮炸人が殺される現場にいた――ヘメラとお母さんは、そのことをずっと悔やんでいるの。その時、お母さんは11歳だったかな」
「おい、いったい何が何だか――」
「いい? 『私たちは人間じゃない』。地球人の常識は通用しないよ。私だって、お母さんのおなかから産まれたわけじゃなくて、『生み出された』んだから」
私たちは人間じゃない――なんと残酷な響きだろう。僕は、もう難しいことを考えるのをやめて、エアの話に専念することにした。
「特にお母さんは――それを今でも悔やんでいる。自分のせいだって責めてる。お母さんは、あなたのおじいさんのことが好きだったから」
ニュクスは、僕のおじいさんのことを師匠とか、自分は後継者だとか言っていた。本心を隠していたのだろうか。
「だから、お母さんは『自分が炸人さんを殺した』といつも言っているわ」
炸人さん。ニュクスの口からその言葉が出たと考えると、かなりの親愛の情がうかがえる。
「それだけじゃない――神寺宮炸人とともに旅をしていた関係者全員の人生を壊した――中には死んだ人もいるわ」
「!」
エアは、一瞬とても大人びた表情をした。これこそがエアの本当の表情なのかもしれない。もしかしたら、本当に子どもなのは僕だけで、周りの人間は、みんな大人なのかもしれない。
たとえ、人間でなくとも。
「私たちの運命は呪われている。血塗られている。それはもしかしたら、英雄の関係者として仕方のない事なのかもしれないけれど」
英雄。周りの人間を結果的にでも呪う人間を、英雄と呼んでいいのだろうか。僕はエアから目をそむけた。
「私たちはその呪われた運命にケリをつけたい。だけど、あなたのおじいさんを殺したネクローや、そのボスである時の魔王はまだ生きてる。星中のほとんどの人が石化された今、運命を変えるにはこの機を逃せないの。そのためにはあなたの力が必要。だから――」
エアは、今度はさっきとうってかわって、甘えた声を出した。
「そんな声でおねだりしても、僕は――」
「だから、お願い」
エアは、泣いていた。
**
長い長い次元トンネルを越えた。そこは行きの時と同じように大学の屋上天文台で、行きの時と同じように、なつみがいた。
「おかえり」
「おう」
僕となつみのあいさつはいつも短い。照れくさいというよりは、それで話がすんでしまうならそれでいいと考えているからだ。
「どうだったの」
「別に」
「ふうん」
なつみの褐色の肌と、墨を塗りつけたかと思うほど純粋な黒髪は、とても健康的だ。エアの肌と同じくらい。ヘメラさんの汗と同じくらい。ニュクスの唇と同じくらい。
人間に換算すると、エアは60歳。ニュクスは71歳ということになる。でもニュクスだって、まだ30代くらいに見える。なのに、60年も――そんな長い間。呪われた運命に苦しんでいたのか。多くの人を傷つけ続けたっていうのか。
――僕はこの20年間、何をしてきた?
ハーノタシア星の英雄はとっくの昔に死んでいる。たぶん両親だって、その尻拭いのために咲夜を連れて行ったのだろう。なのに僕は――。
**
「そうだ、君の連れてきた仲間と私たちで、チームを組んで戦うことになるだろう。君は今まで通り、大学生をすればいい」
**
今まで通り、大学生? そんなことでいいのか?
僕は自分のことを英雄だなんて思っていない。だけど、少なくとも英雄の血は引いている。どういう経緯かはわからないけれど、きっとエアたちの呪われた運命の一端に僕も関与しなければならないだろう。そして、ネクローや時の魔王を倒してそれにケリをつけられるのは、僕だけだ。
「ねぇ、なんかあったの? かわいいお嬢さん」
なつみがけだるそうな声でエアに問う。エアははにかんで、
「ちょっとね」
と言った。
「エア」
僕はエアの方を見ずに、つぶやいた。
「検討する」
返事はなかった。暖かい風がぴゅうっと吹いただけだった。
それだけで充分だった。
**
「ここ、綺麗な並木道だろー? ほら、今みたいに秋の季節だと、紅葉がきれいなんだ。あんまり道がきれいに整備されてないから、汚いって言ってあまり人がやってこないんだけどな。私の秘密の場所」
「うん――ありがと」
私はエアを散歩に連れ出していた。正直、焦った。だって、次元からやっと戻ってきたと思った妖精の顔には、涙の跡がくっきりと残っていたから。
「あのさ、すっごく聞きにくいんだけど」
「なに?」
「もしかして、朔に泣かされた?」
私がそう尋ねると、エアは何度も手を振りそれを否定した。
「違う違う! ごめんね、それは違うの! ちょっと仕事のことで、まいってて――
「仕事? 妖精の?」
「うん――」
エアは言い淀んだ。これ以上は聞かないほうがいいかもしれない。
「ま、今を楽しんだほうがいいよ」
私はあえて気楽に言った。だけど、かえって無神経だったかもしれない。正直、私は朔以外に友達がいないから、どうしたらいいのかわからない。見たところ、今の状態のエアは15歳くらいだし、友達というよりは後輩なのかもしれない。
沈黙が続く。気まずい。
「あのさ、妖精のお母さんってどんな人? やっぱり妖精?」
――返事がない。ヤバいこと聞いたかな。でも今更引き下がれないのだ。
「お父さんは?」
「――お父さんは、いないの」
うわうわうわ。ヤバイヤバイヤバイ。よりによって最悪の答え。もうだめだ。自分の話をするしかない。
「私もさー、両親いないんだ。なんか産まれてすぐに蒸発しちゃったみたいで。ずっと孤児院育ちだったんだ。」
エアが、尋常じゃないほどビクリと飛び上がった。やめろやめろやめろ。
やめろと言われたら、話したくなってしまう。口が止まらない。
「おばあさんも遠くで死んじゃったらしくてさあ、私のおじいさん? っていう人はまだどっかで生きてるはずなんだけど、まあ会ったことはないんだけど、その人がお金だけ援助してくれて、大学入れたんだよねー」
今度は尋常じゃなく震えはじめた。やめろやめろやめろ。聞くな聞くな聞くな。
「エア、そのあたりの事情、知ってる、よね?」
あーあ、聞いちゃった。
※校正(16/11/19)
アスタリスク校正
・《》関係校正
・「僕はこの18年間、何をしてきた?」→「20年間」に変更
(1話で飲酒しているため、年齢を引き上げました)
・その他微修正
※校正続き(17.02.01.)
・⦅⦆関係修正
・「そうだよ。あの時は本当に生まれたばかりで、赤ん坊だったから――何もできなかったけれど――……
→「そうだよ。あの時は――何もできなかったけれど――……に変更
のちに発覚することですが、神寺宮炸人が殺された時点でエアは生まれたばかりではありません。




