植物の英雄 ニーナ③
「本当の実力者は、どんな時でも能力を安定させられる。激情に流されると、能力の維持は本当に難しいよ」
覆うものを失ったファントム。その姿をみれば、彼の本当の姿が分かるはずだった。でも、そこには――。
「なにも、ない?」
静かに火がおさまり、煙が晴れたそこには、何もなく、誰もいなかった。
「まさか、避けられた――? いや、そんなはずは――」
脳をフル回転させる私。不意に、背後からファントムの力を感じた。
「!? どうし――」
振り向いた私に、ファントムは具現化した銃で銃弾を放った。こめかみをかすめる。
「次は、外さないわ」
私が驚いたのは、そこにファントムがいたということじゃない。ファントムの姿は、若いころの美海に変化していたのだ。
「どうして……なの?」
「保険をかけておいてよかったわ」
すまし顔で答えるファントム。姿だけではなく、声色も美海そっくりになっている。
「あ――」
「やっと気が付いた? さっきあなたを動揺させるために作った美海の人形。炎が私の体にまわる前に、そっちに移動したのよ」
あの人形は、私から植物の能力の源――《愛情》を奪うための作戦だと思っていた。でもそれは、私の気をそらすための仕掛けに過ぎなかったということ――彼は私が能力を取り戻すことまで読んでいたというの?
「私のことが気になっているでしょう? 私が一体何者なのか、教えてあげるわ」
「変な声色を使わないで。私の美海を汚さないで」
ファントムは、また挑発的に私の言葉に答える。
「『私の美海』? さっきまで、憎いと思っていたんでしょう? 虫がいいとはこのことね」
「……!」
「私はね、《影》なの。と言っても、ご主人様のものじゃなくてね。この星の《無能》、つまり能力を持たない人が持っている心の闇を集合させた存在」
「《能力を持たない人》のことを《無能》と呼ぶのはやめなさい、意味が違うわ。それに、そんな姿で、そんな声で、言わないで」
身体中から力が抜けていく。さっき力を使いすぎたせいもあるし、精神的疲労もあるだろう。
「あなたの見解なんて聞いてないわ。どちらにしても同じことだもの。――それにしても、あなたたち《無能》とも仲がいいのね。シーボルスを倒したこととか、誰が誰と結婚したとか、《無能》たちにも話したんでしょう?《影》の記憶を探れば、簡単に情報が手に入ったわ」
なるほど。だから私たちのことを詳しく知っていたのか。
「無関係な人たちも巻き込んで――そこまでして何がしたいの?」
鼓動が早くなる。感情が肉体を追い越していく。だけどその感情は、《愛情》じゃない。
私は、完全に能力を失っていた。
「ご主人様の目的は、悪魔の封印――いえ、『討伐』よ。そのために利用できるものはする、殺さなければならない人は殺す」
「一般人は《影》を引き出せないはずだけど?」
ファントムは、嘲るように唇をゆがませる。
「不可能を可能にする。それが私の――私たちの力よ」
「私たち?」
ファントムは私の質問を無視し、私に一歩ずつ近づいてきた。
「あなたは知りすぎた。お願い、死んで?」
にっこりと笑うファントム。その仕草は、美海が炸人に甘えるときの仕草にそっくりだった。
「や、やめて……」
「拳銃で殺すのはやめにするわ。つまらないもの」
ファントムが具現化していた銃が消えた。一歩ずつ、私に恐怖が迫ってくる。
もうすぐダグラが帰ってくる。それまで生き延びなければいけない。なのに、私は恐れている。何を?
「ねえ、私、気が付いちゃった」
ファントムを? 死ぬことを? 違う、私が恐れているのは――。
「あなたの技の名前、全部『日本語』だったわ。それに、あの炎の技だけ、《情熱》という感情が入っていた。それってつまり――」
私が恐れているのは、美海に殺されることだ。
逃げなきゃ。なのに、足が震えて動かない。ねえ、ダグラ、ダグラ!
「あなたは結局、炸人を一番と考えていたのね」
ファントムが、余裕をもって私の首をつかむ。
「や……め……て……」
「細くてきれいな首――簡単に折れちゃいそう」
「み、み――」
美海が、いや、ファントムが、悪意に満ちた顔で私を締め上げる。
「あ……が……」
私は、美海のそんな顔を見たことがなかった。最期に見る顔が、そんな顔だなんて、辛いよ。
「さようなら、ニーナ」
意識が遠のく。さよなら、美海。炸人。さよなら、ダグラ。
「草薙には――手を……出さないで」
あれ、おかしいなあ。
クワの花言葉は、「一緒に死のう」だったはずなのに――。
「終わったか?」
「これはこれはご主人様。お疲れ様です。私はこの家の一人息子を探してきますので、一旦失礼いたします」
「殺してしまってもいいんだぞ?」
「あの子が喜ぶかもしれませんので。では」
「――あの子、か。まったく末恐ろしいものだ。まぁこれで、残った英雄はあと一人――」
「ニーナ! ニーナ!」
「おおっと、噂をすれば影が差すとはこのことか。いいぞ」
「息がない……ニーナを殺したのは……貴様か?」
「素晴らしい……やはり俺が対峙すべきは、深い闇、深い《絶望》だ! 俺の天使の魂が、お前を殺したいと打ち震えているぞ!」
読んでいただきありがとうございました。今回は②と同時投稿です。
次回、「闇の英雄 ダグラ」。お楽しみに!




