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僕はヒーロー  作者: 緋色の石碑
第零章 遠く遠く、喪失と忘却の彼方に始まりはあった
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植物の英雄 ニーナ②

「愛と憎しみは裏返し。どちらも強い力を生むけれど、どちらも本当はもろいんだよね」

「ほう……」


ファントムは、ラミアを品定めするように見上げると、右腕をラミアの前に突き出した。ラミアはそのまま、ためらいなくファントムの腕に噛みついた。


「む……」


ファントムのもやが動く。しかし、痛がっている様子はない。


「ラミアを試したつもり? この子は容赦なんかしないわ。勝てないとわかったのなら、早く帰ってくれない?」


 そうだ。早くこいつを片付けて、炸人や美海、そしてラグレムさんの安否を確認しなきゃ。


「ええ、試しましたとも。しかし試したのは、この花の攻撃性ではなく――牙の攻撃対象です」


全身がもやに包まれて見えないが、おそらくはしたり顔で薄ら笑いを浮かべていることだろう。声に余裕が感じられる。


「攻撃対象?」


ラミアの牙は飾りじゃない。さっきみたいに本気で噛みつけば、右腕なんて簡単に――!


 ラミアがファントムから離れる。そこには、さっきと変わらずもやがファントムの腕を覆っていた。


「ラミアは人体を食べつくす獰猛(どうもう)な植物――さっきと変化がないということは――」


 こいつ、人間じゃない。


 「やっとお気づきになられましたかな? 人間の理を外れた私を相手にするのなら、あなたでは少々分が悪いですなぁ。どうやらこの牙は、人間しか砕けないようですから。我々のようなゲテモノに慣れている、旦那様を呼んではいかがでしょう?」


「失礼なことを言わないで」


「解せませんなぁ。なぜあなたはあそこまで炎の英雄を愛しておきながら、シーボルスの、悪の帝王の息子などと婚姻を結んだのですか?」


 あいつの言葉に気を取られちゃだめだ。あいつの属性を考えるんだ――闇? それとも、この冷静さなら意外と水かもしれない。液体を変形させてもやをつくっているなら――。


「ニーナさん。私はあなた方英雄のことは詳しく存じ上げませんが、英雄同士の仲はどうだったのですか? あなたは」


ファントムは次の瞬間、私がずっと考えないようにしていたことを口にした。


「神寺宮美海――旧姓安藤美海を憎いと思ったのではありませんか? なぜ、自分が選ばれず、彼女が選ばれたのかと――」


「黙って!」


私の大声に、ラミアが驚き、茎をもたげた。少しこちらを心配そうに見たが、すぐにファントムの方に向き直って指示を待っている。


そして、ファントムは私たちを気にも留めずに話し続ける。


「それに、安藤美海を好いていた男もいました。あの《冷静》な男、コロウと美海がくっ付いてくれれば、炸人を独り占めできる――そう思ったのではないですか?」


「ラミア、もう一度行きなさい」


 私の命令を受け、ラミアはもう一度ファントムへと向かう。今度は腕じゃない。


「頭を噛みちぎりなさい!」


 私の指示通り、頭上からファントムを丸呑みにするラミア。噛みつかれた状態で、黒いもやの男は何でもない風に言葉を続ける。


「おやおやぁ? どうしたのですか? そんなに怖い顔をしていると、愛しの炸人さんに嫌われてしまいますよ――まぁ、もう二度と会うことはないのですがね」


「黙れ!」


 ああ、憎い。憎い。憎い。私はこの男が――私のもとに来てくれなかった炸人が――


「いいものを見せて差し上げましょう」


そう言うと、ファントムはかぶりついているラミアを無視して、両手を動かした。すると、地面に黒い魔方陣が現れ、そこからヘドロのような黒いもやの塊が突出した。


ああ、私は――


 ファントムは両手を器用に動かし、もやを形づくっていく。そして、一人の可憐な少女が出来上がった。その少女は、私の一番よく知っている人で、一番の親友で、


 「どうです? 若かりしころの安藤美海さんです」


 なのに、美海が憎い。


「あなたを、殺すわ」


 違う。私はこんなことをすすんでしたいんじゃない。こいつを倒すのは、美海たちを助けに行くため。なのにどうして私は、こんなに――


全身から、力が、魔力が抜けていくのを感じた。私は今、何をしているのだろう? 私は美海に会って、何をするつもりだったのだろうか? そうだ、シーボルスとの闘いを終えてから、あまり彼らの家を訪ねなかったのは、無意識に、いや、意識的に、彼ら夫妻を避けていたからじゃないか? 私は、幸せを、《愛》を手に入れたあの夫妻と顔を合わせるのが怖くて、だから彼らの危機に気づくのがずっと遅れて――。


 「あなたは言っていましたね。《愛》があればどんな花も育つと。いい心がけです。ただ――」


私が気を取られている隙に、ファントムは大剣を具現化し、ラミアの太い茎を下から突き刺した。


「グゴアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ……」


「ラミア!」


ファントムの大剣はいとも簡単に、ラミアの頭頂部まで達した。ラミアは茎から大量の血を流し、半分に割られた頭はファントムのもとへと無残に転がっていった。牙の上方についていたはなびらは、風に舞って散った。


「ラミア! ラミア!」


 もうわけがわからない。私は何をしているの? これじゃあダグラに――。


 ダグラ?


「《愛》を忘れ、憎しみに心を囚われれば、あなたの能力は発揮できなくなる――もろいものです」


 そうだ……。


「――そうだよ」


「ん? 何かおっしゃいましたか?」


「これじゃあ、ダグラに顔向けできない!」


 私は覚悟を決めて前を向く。私の花壇が、風に揺れた。それだけじゃない。この星の森のすべてが、ざわめいている。


 そうだ。私は確かに炸人が好きだった。だけど私が好きだったのは、愛していたのは、炸人だけじゃない。私は、みんなを――


 ラグレムさんも、コロウも、そして美海も、愛していた。そして、自分自身を愛せるようにまで、成長したんだ。


 今一番愛しているのは、炸人じゃない。夫と、そしてかけがえのない一人息子――。


「む……力が戻っている?」


「私は、あなたを倒します」


 植物属性は本来、戦闘向きの属性じゃない。無理をすると、身体に大きな負荷がかかるだろう。でも、構わない。私が、幻影に惑わされ、一度は裏切ってしまったみんなに、美海に、もう一度会うためなら――。


「これはまずいですねえ。さっさとケリをつけます!」


 ファントムが大剣を携えたまま、近づいてくる。集中、集中。みんなを愛していた時のことを、思い出して。みんなの言葉を、思い出して――。


 「お前は一生懸命な娘だが、周りが見えなくなることがある。体力と魔力に気をつけろよ」


すっかり穏和になったコロウの言葉だ。そう、私はあの時、何にでも一生懸命だった。


「死になさい!」


ファントムが私の喉元に向かって剣を振りかざす。でも、大きな花の盾がそれを通さない。


「なにっ!」


「《涙のアジサイ》」


「巨大なアジサイを盾代わりに……? こしゃくな!」



「ずいぶんと元気な子だなぁ! 平和になったら、また学校に通えよ! 勉強教えてやっからさ!」



旅をはじめてすぐの頃のラグレムさんの言葉だ。ラグレムさんは子供が好きで、まっすぐで、《希望》にあふれた人だった。アジサイが白く輝き、別の花に形を変えていく。


「《真実のアネモネ》」


 白く小さく咲くアネモネ。その花言葉は、「真実」、そして「希望」だ。


「花が――変わった!?」


 アネモネの中心部が光り、彼の右腕を光線が襲う。大剣が手から滑り落ちた。いける!



「私、ニーナと出会えて本当に良かったと思っているの。今まで、友達もいなかったから。この星に来て不安なことばかりだったけど、ニーナのおかげで生きていける」



私の一番の親友の言葉だ。親友というのもおこがましいかもしれない。私はついさっき、彼女を裏切った。ちゃんと謝りに行こう。そして、「これからもよろしく」って言わなきゃ。


「《清涼のビンカ》」


ビンカは、過酷な生育条件のもとでも青々と咲き誇る強い花だ。そう、美海は強い人だった。能力に目覚める前も、目覚めた後も。


花言葉は、「生涯の友情」。


 青い花びらが、ファントムの体を、もやの上から覆っていく。そして、冷気をもった花が張り付いた場所から順に、徐々に凍っていく。


「な……ば、バカな! お前は氷の能力者ではないはず……っ!」


「《情熱の――》」



「シーボルスを倒したね」


「ああ。ついにやり遂げた」


「みんなのおかげ?」


 一度、試すように訊いたことがある。私が愛していた人は、静かにこう言った。


「もちろんだ。でもそれは、お前のおかげってことでもあるんだぜ、ニーナ」



「や、やめろォ!」


「《情熱の赤い薔薇》!」


 赤い薔薇の花びらが、凍ったファントムの上半身に覆いかぶさる。そして、そこから火が付き、激しく燃え始める。


「な、なぜだ。なぜこんな――」


 

「シーボルスの息子である俺が、みんなと行動することを決心できたのは、君のおかげだ。君がいなければ、俺は炸人の前から姿を消していただろう。君こそが僕の生きる意味なんだ。えっとその、つまり――」


ダグラは口下手な人だった。不器用で、でもまっすぐで、生きることに肯定的になった彼を、私は大好きだった。



 「君が好きだ。結婚してください」



  「《晦冥(かいめい)のマルベリー》」

 

 マルベリーとは、クワのことだ。クワにはとげがあり、最初は赤いけれどだんだん黒くなる。そう、私の気持ちは、赤から黒へと移っていった。そのことを、後悔などしていない。


花言葉は、「一緒に死のう」、そして「彼女のすべてが好き」。


 ダグラは私を好きと言ってくれた。少女のような恋心のまま、大人になってはいけない。私には今、守るものがたくさんある。


 燃えているファントムの肉体に、黒い閃光が突き刺さる。まるでそれが合図だったかのように、炎が激しく燃え上がり、氷ごともやを消し去っていく。


「さあ、見せなさい! あなたの本当の姿を!」


「こ、こんな、ことがああああああああああああああ!」


 もやが燃やされ、覆うものを完全になくしたファントムの悲痛な声。この目で、はっきりとその正体を見破ってやる!


「う、嘘でしょ……?」


読んでいただきありがとうございました。ほぼ同時に、次話も投稿しています。

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