闇の英雄 ダグラ①
「『何のために生きているんだろう』――そんな理由なんてなくても、人生を全うすることはできる。ボクはそんな小難しいことは考えないけれど、そんなことを考える人は、きっと真面目な人なんだろうなぁ」
「ついてこなくていい、ホクスイ!」
「ダグラ殿の家族の危機とあらば、我らとて黙っておられませぬ!」
俺は、忍者とともに、家へと急いでいた。ニーナの異変に気が付いた時、俺は水の国で忍者の修行に付き合っていたところだった。
ニーナは戦闘向きの能力者じゃない。そのニーナの力が急激に減り続けている。そして、ニーナのそばでは俺が教えた召喚術で呼び出したラミアのパワーが消えている。誰かの襲撃だ。いったい誰が?
「敵方の力の流れを読むことができませぬ! 一体何奴っ!?」
「ニーナ……無事でいてくれ……」
俺たち三人が暮らしている家が見えてきたとき、ニーナは花壇のそばの地面に倒れていた。
「ニーナ!」
俺の家に入っていく人物の後ろ姿が確認できる。あれは――美海? いや違う、氷の力を感じない……あれは偽物だ。
くそっ、考えたな! 美海の姿をしていれば、ニーナは手出しができない……!
上空からより接近すると、ニーナのそばに一人の男の姿を確認できた。まさか、ニーナを襲ったのはあいつではなく、この男?
「息がない……ニーナを殺したのは……貴様か?」
「素晴らしい……やはり俺が対峙すべきは、深い闇、深い《絶望》だ! 俺の天使の魂が、お前を殺したいと打ち震えているぞ!」
美海の姿をした謎の人物が、家の中に入っていく。確か、中に草薙がいたはずだ。
「待て!」
俺はそいつに叫んだ。奴はゆっくりとふり向き、意味ありげに笑った。久しぶりに見る美海の顔は美しかった。だが、こいつは美海じゃない。
「草薙が狙いか? 何をするつもりだ」
俺の質問に答えはなかった。美海に変身した人物は、黙って手を振り上げると、一瞬で俺たちの家を焼き払ってしまった。
「貴様……何を……なんてことを……」
「ははははは! やってしまったな! ファントム!」
俺の前方の男は、黒い炎に包まれる家を見ながら、ケタケタと笑い続けている。
「ファントム……それが貴様の名か」
ファントムは答えない。瞬間移動をして、どこかに消えてしまった。
「俺のニーナだけではなく……草薙までもっ……!」
歯を食いしばり、こぶしをこれでもかというほど握りしめる。爪が食い込み、血が流れた。
「ダグラ殿……」
「いいぞ! さらに闇の力が増してきた……! クソガキどもをつぶす前に、前哨戦といくか!」
俺は闇の力を放出し、空間をゆがませた。放出した黒い霧はドーム状に変形し、俺と男を閉じ込める。
「ダグラ殿! 拙者も中に……!」
「手を出すなよ、ホクスイ」
「サシでやりたいということか、いいだろう。俺の名はクライムだ。よろしくな」
薄ら笑いを浮かべるクライムの姿が、異常なほどにはっきりと見える。この男を数秒間凝視し続けた。跡形もなく消し去る、絶対にだ――。
それが俺にできる、罪滅ぼしだ。
「許さんぞ……」
「かかってこいよ、最後の英雄」
俺は地面に魔方陣を描き、そこからしもべを召喚した。
「召喚術か……」
「来い、アペルピスィア!」
「三頭獣か。名は《絶望》――まったく、希望だの絶望だのとうるさい奴らだ」
クライムは薄ら笑いをやめない。高位の召喚獣におびえる様子もない。かなりの能力者なのだろう。
「ラグレムのことか?」
「奴の剣は《希望》と言っていた――だがその希望も潰えた。俺が殺したんだ」
クライムの瞳がギラつき、大きくなる。人を小馬鹿にしているのか、口の端に笑みを浮かべたままだ。
「ラグレムまでも……!」
許せない。俺が、みんなの遺志を継ぐ――。
「お前、さっき俺を『最後の英雄』と言ったな。まさか」
「そのまさかだ。お前以外は、みな死んだ」
その言葉が、俺にとっては最高の、そして最悪の合図だった。アペルピスィアが大きく吠え、クライムに向かっていく。
「無駄だ!」
クライムが念じると、奴の周囲に炎の壁ができた。アペルピスィアは進路を防がれたが、構わず炎にかぶりついている。
そう、俺たちはどんな逆境に立たされようとも、食い下がってきた。それは今でも変わらない。
「犬風情が! 所詮この程度!」
「――後ろだ」
「なにっ――」
奴が振り向くよりも早く、俺は黒い光線で奴の炎の壁に穴を開ける。そのままいけば、奴の背中の左側を撃ち抜くはずだった。
「――天使の……羽根?」
突如、奴の背中から二翼の白い翼が突出した。羽根は俺の光線をはじき、地面に焦げ跡を残した。
「残念だったな、俺には天使の魂が宿っている」
「天使だと……?」
「神が創りし崇高なる魂――《光の秘宝》を司っていたものだ。俺は奴を殺し、自分のものにした」
「天使は善良で、悪魔の封印を目指していた存在――なぜお前なんかが」
「なぜ俺がお前たちを殺そうとしているかわかるか?」
クライムはここまでしゃべり、一瞬真面目な顔つきになった。そして眉間にしわを寄せ、大きく口を開いた。
「俺は悪魔が許せないんだよ! 何世紀にも渡り、この世界に災厄をもたらし続け、暴虐の使徒に闇の力を与え続けたあの愚物が! あいつを封印することで、俺の使命は終わるはずだった! だが、人間風情が悪魔を吸収し、永久の存在となった!」
思考が天使とシンクロしている――。悪しき人間に吸収されることがなければ、天使は善良なままだっただろう。相手が悪かったな。正義と憎しみがないまぜになっている。
「もう悪魔を封印することはできない、ならば殺すしかない! 悪魔の抹殺が、俺の生きる意味なんだ!」
生きる意味、か――。俺たちは何のために生きているのだろう。炸人たちと旅を始める前までは、親父が俺の生きる意味だった。親父の傀儡人形となり、炸人を殺すことが、親父が、俺のすべてだった。
しかし、炸人と出会ってからは――俺はニーナの笑顔を見るために生きてきた。小柄だが、口を大きく開けて笑い、笑うたびにえくぼができていた。栗色の髪は風に揺れるとはかなげで、夕日にあたると黄金に輝いて見えた。
ニーナを愛していた。ニーナのためなら、命など安かった。だがそれを、奴は、奪った――!
「悪魔と共闘されては困るのでね……英雄を絶たせる! 必ず! 死ねええええええええええええええええええっ!」
奴が大きく手を振り上げると、周囲の炎が上空に集まり、燃え盛った。
「な、なんだ……うっ」
炎の行方を追って顔を上げると、西日に眼をやられた。太陽。そう、ニーナは太陽のように明るく、太陽のように、俺にとって必要不可欠なひとだった。
「ぐ……うう……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
上空の炎は巨大な天使へと変貌した。その精巧な揺らめきは、動く彫刻のようだった。天使が、そのまま俺の頭上へと迫って来る。俺はというと、俺自身の感情、《絶望》が自分の許容範囲を超え、勝手に禍々しいエネルギーを放出していた。
意識はほとんどなかったように思う。俺はただ奴が憎く、ニーナが、仲間が、愛しかった。
危険を察知したアペルピスィアが、俺の前に立ちふさがり、炎を受けようとする。
「無駄だ! 召喚獣ごときでは、俺の《情熱》を受けきれん!」
その衝撃は、まるでゆっくりと隕石が落ちたようだった。ズウウウン、と鈍い音がし、地面を抉り、熱気がすべてを焼き払った。黒い毛並みをしていたアペルピスィアは徐々に赤い炎に包まれ、呑み込まれ、まるでシルエットが遠のくように、赤がすべてを支配した。
アペルピスィアは、あっさりと消された。そして、次は俺の番だった。かたちを失った炎は、自由奔放に暴れだし、俺を呑み込んだ。
俺はできるだけ冷静になろうと努めた。ここで俺が死んだら、どうなるのか?
おそらく、この男は悪魔と決着をつけに行くだろう。おそらく悪魔とは、炸人が引き取った孤児のことだ。彼女がこいつに勝てるとは思わなかった。
こいつがこの世界を支配し始めるだろう。――シーボルスの、再来だ。
そうなったら、そうなったら俺は、俺自身に、ここで勝てなかった俺自身に、《絶望》するだろう。それだけは、ダメだ。
炎が俺を襲った。目の前が赤く染まり、その中に、見えるはずもない炸人の幻影が見えた。
炸人が未来の自分と融合するまで、俺はあいつに負けたことがなかった。光の力を得たあいつに、俺の絶望は塗り替えられたのだった。あいつの炎は暑苦しいほど熱かったが、どこか温かみがあったのを憶えている。
こいつの炎とは、全く違う。
「ぐっ……くっ」
「馬鹿な! なぜまだ立っていられる!? 俺の炎をまともに受けたはずだ!」
「ニーナ……炸人……」
足元がおぼつかない。身体中が熱く、目まいもする。だが、負けられない。
「見ててくれよ、俺の闘いを――」
読んでいただきありがとうございました。話数が膨らみ続けていますが、英雄の章もいよいよ終わりが見えてきました。次回、「闇の英雄 ダグラ②」。お楽しみに!




