闇の英雄 ダグラ②
「人生に絶望はつきもの。大切なのは、仲間だって炸人が言ってた」
「ヘメラ、ママはどこ?」
「ごめんなさい、炸亜……」
私とニュクスは、成長したエアの翼に乗り、ダグラさんとニーナさんの家を目指していた。炸人さんと美海さん――《第三の世界》に閉じ込められた二人の英雄の子を、生き残った英雄に引き渡すためだ。
「エア、もっと速く飛べないのか」
「無茶言わないでよ、私もまだこの身体に慣れていないんだから!」
エアはふらつきながら、陽が沈みかけた大空を飛び続けている。どうやら、小夜嵐が言うように、私たちが力を分け与えれば、エアは成長するようだ。推定15歳の彼女は可憐だった。昔の自分たちを思い出させる。
「あの妖気――クライムとダグラだ」
「ニーナさんの力を感じない……微かな水の力を感じる」
「おそらく忍者たちだ。それにしてもクライムのやつ、先手を打っていたか」
「ニュクスがあの空間を出たと知ったら、ネクロ―だって黙っていないわ。まずいことになったかもしれない」
「クライム、ネクロ―、そして私たち……三つ巴だね」
エアは言い終わるとバランスを崩し、一気に急降下した。
「うわああああああああああああああああああ~っと、危ない」
エアの身体は、森に突っ込む寸前で止まり、また上昇した。
「もういいエア! お前はしゃべるな!」
ニュクスがイライラしながら怒鳴った。エアは答えず、頬を膨らませる。
「まぁまぁ……急ぎましょう、ダグラが心配だわ」
「ねえヘメラ、ママは? パパは?」
朔亜が大きな瞳を潤ませて尋ねた。私は、何と答えたらいいのか、分からなかった。
「見えてきた! あれだ!」
エアが叫んだ先には、黒いドーム状の結界が張られていた。中の様子が透けて見える。やはり、ダグラとクライムだ。でも、ダグラはかろうじて立っているようにみえる。
「お主らは!」
私たちの接近にいち早く気が付いたのは、水の力を宿す忍者だった。私たちは着地すると、エアから降りて忍者に駆け寄った。忍者は、ニーナさんを抱えている。
「状況は?」
「ニーナ殿の息はありませぬ……拙者らが来た時はすでに――拙者の名はホクスイ。コロウ殿に稽古をつけてもろうたうちの一人でござる」
「そうか……あの男、よくも……」
ニュクスがうつむき、哀しみに暮れる。暗い雰囲気を感じ取ったのか、炸亜は火がついたように泣き始めた。
「ねえ、ママは? パパは? うええええええええええええええええええん!!」
「炸亜……」
「うるさいぞ、炸亜!」
ニュクスが怒鳴った。炸亜は大きく飛び上がり、黙ってしまった。
「ニュクス、そんな言い方……」
「あ……すまない……」
私たちの精神的疲労は限界にきていた。誰も、ニュクスを責めることはできない。でも同時に、炸亜だって何も悪くない。
「結界をこじ開けるぞ、私が決着をつける」
ニュクスが静かに言った。ホクスイは慌てふためいてそれを制した。
「なりませぬ! ダグラ殿は手を出すなとおっしゃった……彼の想いを踏みにじるような真似は――」
「戦況は誰がどう見ても明らかだ。このままではダグラも死んでしまう」
「し、しかし――」
「炸亜の面倒を見れるのはあの人しかいないんだ……私じゃなく、あのひとは、ダグラに炸亜を預けるように言った――私じゃ、ダメなんだ」
ニュクスは小声で何かを呻いたが、よく聞こえなかった。
「ニュクス、大丈夫?」
「ああ、こじ開けよう。エア、力を貸せ」
ニュクスはぶっきらぼうにエアに命令したけれど、エアは素直に従った。
「わ、わかった」
「ヘメラは炸亜を頼む」
「わかったわ」
「ママーーーーーーーーーーーーーーー、パパーーーーーーーーーーーーッ!」
「大丈夫よ、炸亜」
私はニーナさんの花壇に寄り、一本の花を手折った。ニーナさんが一番好きな花だと、昔言っていたのを憶えている。
「ほら、炸亜……アザミだよ、花言葉は――」
「ニーナの……一番好きだった花を知っているか」
ダグラさんの声が、結界の中から聞こえた。外側から内側を見たり、聞いたりすることはできるようだ。
「ダグラ! ダグラ! 聴こえる? 返事して!!」
エアが結界を叩いた。ダグラさんはクライムを見据えたまま、動きもしない。聞こえていないのだろう。
「花だと? そんなこと、どうでもいい」
「アザミだ。アザミの花言葉は、安心だ」
「あんしん……?」
「そうだよ、あんしんあんしーん」
「へへ……」
初めて、炸亜が笑った。
「俺はニーナのために、お前を殺す。安心しろ――すぐに終わる」
「すぐに終わる、だと? お前はまだ俺を殺すつもりでいるのか?」
「アザミにはたくさんの花言葉がある――『復讐』、とかな」
「復讐――そんなぼろぼろの身体で、か? お前はここで殺されるんだ!」
「はああああああああああああああああああああああああああっ!」
二人が会話をしているうちに、ニュクスとヘメラが同時に攻撃を仕掛ける。でも結界はビクともしない。
「ダグラ……勝機があるというのか……!」
「アペルピスィア!」
ダグラさんが叫んだ。でも、そこにはなにも現れなかった。
「気でもふれたか? お前の召喚獣は、俺の炎で消された!」
「召喚術は――俺がニーナに教えてあげられた唯一のことだ――貴様、ラミアも殺してくれたようだな」
ダグラさんの瞳が曇り、憎悪に、《絶望》に染まり、ダグラさんの力が強くなっていく。すると、黒い玉が地面から浮かび出し、ダグラさんのもとに現れた。
「何――? まさかこれが、召喚獣?」
「俺たちの絆は永久に生きている――俺の中に!」
そして、ダグラさんはためらうことなく、それを飲み込んだ。
「ダグラさん……」
私は、ダグラさんが無理をしているように見えて仕方なかった。
「だぐら?」
少し機嫌がよくなった炸亜が私に訊いた。
「そうよ」
あなたの、父親になってくれる人――だからこそ、ここで死なせてはいけない。
「ぐ……グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ダグラさんが、突如雄叫びをあげ、闇の力を放出した。闇の閃光は、内側から結界を壊していく。
「お母さん、行けるよ!」
「ああ! 同時に撃つぞ!」
外側からは、エアとニュクスの閃光が結界に向かって飛ぶ。そして、ついに結界を破壊することに成功した。
「やった!」
「ガルルルル……」
闇のオーラが晴れた奥にいたダグラさんの姿は、獣人のようだった。身体全体は黒い毛に覆われており、爪は大きく変形している。そして、両肩は彫刻のような茶色い獣の頭に変化している。
間違いない。これは、融合――自分の召喚獣と融合した結果、絶大な闇の力を発揮した同属融合――召喚獣は焼かれてなお、ダグラさんと融合するだけの力を残していたということ……。
絆。もともと悪だったダグラさんは、誰よりもそれを信じているのかもしれない。
「獣人か……みっともない姿になったものだな……」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ、ヴァーッ!!」
ダグラさんの咆哮。人の言葉を喋れなくなっている。パワーはものすごいが、理性を少し失っているようにみえる。
「ホクスイさん、炸亜をお願い!!」
「承知!」
「グルガァーッ!」
ダグラさんがクライムに向かって突進する。クライムは炎の壁で防御するが、闇の力を込めた爪で炎を切り裂き、クライムの眼前まで迫っていく。
「な……たかだか召喚獣と融合しただけで、こんな――」
焦ったクライムは、天使の羽根をはばたかせ、暴風を起こす。
「光の力を宿した羽根だ! 絶望の使徒には、さしずめ魔除けとしてはたらく!」
「……グア」
ダグラさんは低く呻いた。その眼は人間味を失い、赤く充血している。
「グルガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ダグラさんは、口から気功波を放った。気功波は暴風をすり抜け、クライムの胸を貫く。
「ば、馬鹿な……だが無駄だ! 天使の超回復力により、貴様のその程度の攻撃は――」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ダグラさんはクライムのそばに目の前までやってきて、左の翼をつかんだ。
「な、なにを……」
ボキボキボキ、という痛々しい音を立てて、クライムの翼は折られた。すぐに、左手でクライムの右の翼を折っていく。
「ぐっ、無駄だと言っているだろう――これが天使の力だ!」
一瞬にして折れた両翼が復活する。でも、ダグラさんは意に介さない。
「ウガァ」
また両翼を折るダグラさん。それはもはや機械的な動作に見えた。
「あ……諦めが悪いな、無駄だと言っているだろう」
クライムの額に冷汗が浮かんだ。勝負は決したみたいだ。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
破壊、再生、破壊、再生――この動作が何度も繰り返された。でも、だんだんとダグラさんのスピードが速くなっていく。
「さ、再生が間に合わないっ――!?」
「……終わったな」
ニュクスが興味を失い、ホクスイのもとへ向かった。
「ニーナを埋葬する準備をしよう。ダグラに顔を見せたら、この近くに埋葬してやるのがいい」
「草薙というご子息の亡骸も探す必要が……。」
二人は勝利を確信しきっている。勝てるには勝てるだろうけど、私には不安が残っていた。
「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「や、やめろ……」
クライムの回復速度を、完全に上回ったダグラさん。咆哮と共に力を溜め、口から気功波を発射する準備をしている。
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ダグラさんの肉体――二頭を宿す肩や、胸板、そして手足が、不自然に膨れ上がっていく。その変化に、私以外の人は気付かない。
「ダグラさんっ!」
「ヘメラ!?」
エアの制止の言葉も聞かずに、私はダグラさんのもとに駆け出した。クライムの前に立ちふさがり、大きく両手を伸ばす。
「ダグラさん、ダメだよ」
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「お、お前は悪魔の《影》――」
「グオオオオァ!!!」
私の言葉が聞こえていないようだった。牙の周りに溜まった球体状のエネルギーは、この瞬間にも大きくなっている。
「ダグラさん、ダグラさん! それ以上理性を失わないで! もう身体は限界点を超えてる!」
「ニ……ナ……ニーナ……」
「くっ、くそっ!」
愛するひとの名前を呼ぶダグラさんを尻目に、クライムはへっぴり腰で逃げ出した。ここで逃がすのはまずいけれど、ダグラさんの身の安全の方が大事だ。
それに、私は一人じゃない。
「そうよ! ニーナさんはここにいる――だけどそれを撃ったら、遺体までめちゃくちゃになってしまうわ!」
「グ……ア……」
「思い出して……もう、英雄はダグラさんしかいないの……」
「にいな……」
ダグラさんが、弱々しくニーナさんを呼んだ。すると、静かに、エネルギーが収束していった。ダグラさんの肩は通常に戻り、膨れ上がった身体はだんだんともとに戻っていく。
「あ……ここは――?」
「よかった! ダグラさんっ!」
私は、勢い余ってダグラさんに抱き付いた。ダグラさんは涙を流している。その涙は、どんな気持ちから流れたのだろう。
「くっ……そぉ……」
声がして見上げると、クライムだった。天使の翼を生やし、上空に逃げようとしている。
「体制を立て直す……! 必ず貴様らを殲滅する……!」
その背後に、宿命の相手の姿があった。
「――無理だな。お前は、私が倒す。そういう宿命だ」
「あっ、悪魔――!!」
「お前がやってくれた英雄の埋葬と、子どもをどうにかしないといけないんでな……また後だ。だが心配するな、好きなだけ地獄を見せてやる」
「な、なぜだ? 俺にはお前を殺す天使の宿命がある――だがなぜお前は俺を――」
「なぜ、だって?」
怯えるクライムに、ニュクスは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「私だって同じさ――お前を殺したくてウズウズしている――醜い悪魔の血だ」
読んでいただきありがとうございました。話数を増やしたくなくてニュクスたちの絡みも一話にまとめました。英雄の章は、あと3話になる予定です。
次回、「水の英雄 コロウ」。お楽しみに!




