65話 困ったはお願い
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声をかけた所で廊下のドアが開き、居間から母さんが顔を覗かせた。
「おかえりなさい。明人、瀬里沢さんのお家の方には、御馳走になったお礼はキチンと言った? ……あら? 何かあったの? あなた顔色悪いわよ?」
「あ~うん、お礼は言ってきたけどちょっと食べ過ぎたのかも。瀬里沢の家の家政婦さんが作った料理が凄くて、静雄なんかご飯を六杯もお代りをしてさ、炊飯器を空にしてたくらいだから」
静雄の事を話題に振った所で、以前家でも大量のご飯を消費して行った事を思い出したのか、納得したようでお風呂が沸いてるから入るか、今日は止めて寝ちゃうかしなさいと俺に言うと、洋画を見ている途中だったようで、既に帰宅していた親父と、そこに引っ付いて離れない明恵の居るソファーに座り、続きを見るようだ。
「親父に明恵、ただいま」
「おっ、随分遅かったな明人、お前も一緒に見るか? 久々に見るとこれが結構面白いぞ?」
「ヒッ!!」
そう言いながら親父がニヤニヤと見ているのは、どちらかと言うと画面では無く、その映像を見てビクビクしている明恵を見て楽しんでいるようだった。
明恵は画面に集中していて俺には全然気が付いていない。
全く何て酷い父親なんだ……。
TV画面を見ると、どうやらホラー物のようで明恵が父さんにしがみ付きながら見ていたが、偶に目を逸らしているのを見ると明恵には結構怖いものらしい。
確かに俺もこの手の物が苦手だが、ついさっき実物を見たばかりなので溜息が出る。
どちらかと言うとホラー物は、映像や特殊メイクのデキも“本物らしさ”を出すのに重要だが、それよりも音や雰囲気などの臨場感で視聴者を怖がらせるものなので、耳を塞いでしまうか音量を下げてしまえば、ただ気味の悪いだけなのを今度教えてやろうと思う。まあ、面白みの欠片も無くなるけどな。
何となくその映像を見ながら、何度でも蘇ってくる化物を見て“あの幽霊”も直ぐにまた襲ってくるなんて事無いよな?
と、考えながら母さんに言われた通り、先に風呂に入り師匠に会うため皆が寝静まるまで、自分の部屋で待つ事にした。
――そうして暫く部屋でもやもやとした二時間が過ぎ、その間は特に何かが襲ってくるような事も無く、連絡が来ないかとスマホを握っていたが、メールさえ来ない。
今は深夜一時過ぎ、俺はそっと台所の冷蔵庫の前に立ち何時もの如く扉を開くと、最近よく見るあちら側の部屋の間取りが見える。
どうやら今日も、師匠はこの時間まで起きていてくれたようだ。
「師匠、遅くなって済まない。そちらの様子はどう? あれから村の人は大丈夫だった?」
「……ん? おおアキートか、スマン。ほんの少しばかりうたた寝しておったようじゃ。村人の事じゃが無事熱が下がり、しかもあの粉で作った水と、お主から作り方を聞いた代用の飲み物のお蔭で水分の補給も十分じゃし、もう大丈夫だとワシも思うぞ?」
師匠の顔にはこの前の様な焦りは無く、今も本当にゆったりとし余裕のある笑顔なのが分かった。俺が渡した薬は十分役に立っているようで、一安心と言うところだろうか?
俺のホッとした表情を見て、師匠は可笑しそうに話の続きを語ってくれる。
「それにの、あの哺乳瓶と言う物が大層役に立った! 赤子に普通に飲ませるのは中々に苦労しておったそうじゃが、あれがあると無いとでは雲泥の差らしいの。村の物からは口々にあのような薬と沢山の蜂蜜、更には透き通ったガラスの様な滑らかな容器を見て、ワシの店で扱う商品は、まるで王侯貴族が使用する物じゃないかと、とても驚いておったわ!」
「そっか、本当に感謝されているし、それで助かった人がいっぱい居るんだな。師匠、それを聞けて俺も嬉しいよ、ありがとう」
師匠の話す村の明るい話題を聞いて、俺もとても救われた気分になったので感謝を述べたのだが、そんな俺の様子を見て師匠は訝しげな表情に成り、急にその笑顔を消して黙り込んだ。
一体どうしたって言うのだろう? 俺は何か気に障るような事を言っただろうか?
「……師匠? えっと、どうかしたのか?」
「いや、それよりもアキート、お主の方こそ何かあったのか?」
流石師匠、俺が何か言う前に相談事が在るのを見破ったに違いない。
改めて、師匠は人生の先輩であり、その商人として磨いた人を見る目を凄いと思った。
「ああ、実は困ったことが起きたんだけど……」
――俺は師匠に瀬里沢から依頼された仕事と、その帰りに“死人”である“幽霊”に襲われた事を説明したのだが、師匠の住む世界に同じような意味の概念はあるのか、正しく内容が伝わっているとは思うけど少々心配だった。
なんせこっちの世界でも、真顔で“幽霊に襲われた”なんて言っても信じて貰えるか怪しいものなのだから、仮に師匠に「お主頭大丈夫か?」と答えられても、それも仕方が無い事だとも考えている。
逆に、そんな相手の対処法は無いと言われたら、もう俺にはお手上げでしかない。
「ふむ。一つ確認したいのじゃが、アキートは以前からその“幽霊”は見えていたのかの?」
「えっ? ファ? あ、いやあんなのは今まで生きて来て初めて見たわ。本当腰が抜けるかと思ったし、あまり見たいものじゃないからな」
師匠はしかめっ面をして、ゴシゴシと音が聞こえるくらい髭を扱きながら「ふーむ」と唸っている。何か分かったのだろうか? 片目だけを開けて俺をじーっと見て「困ったの~」と俯き呟いた。
「アキートよ、心して聞いて欲しい。多分じゃがお主が“幽霊”を見えるようになった原因は先日“ソウルの器を解放”したせいじゃろ。こっち側でも“命名の式”を行う前の小さな子供は“幽霊が見えない事で”闇を怖がるからの。ま、他にも“スラーマ(知る者)の目”を生れつき持っておれば関係なく捉えられるし、また逆に相手からも捉われるがの」
「それって、もしかして……」
「うむ、ソウルを解放した事で見えるようになったんじゃな。見えると言う事は、相手からも見られると言う訳じゃ。こればっかりは諦めい」
そう師匠はすまなそうに言うが、俺の目を見て話そうとしない。
話さずとも知っている、あっち側の常識であったに違いないのだが、ソウルの解放をした事で起きる、そんな副作用を俺は全然聞いてないし!? 諦めろって言われても、それじゃあ幽霊にどう対処しろって言うんだ? 俺もだけど明恵だって危ないって事じゃないか!!
「師匠、何か見ない方法か撃退する方法を教えてくれないと。マジで死んじまうって! どうすればいいんだ!?」
「はて? そっちにはマ・フラーマ(司祭)は居らんのか? こっちじゃとファラーム(寺院)に行けば強い“幽霊”でも祓ってくれるぞ? それか、自分の“得意の要素”を使って撃退するかじゃの」
あっさりと個人で撃退できるって言う師匠の話も凄いけど、寺に行きゃ祓ってくれる人が普通に居るのが、まずスゲーよ!
差し詰め瀬里沢が頼りにしてた菅原って人は、あっち側で言うところの司祭にでも当たるのかな?
残念ながら、俺の住む麓谷市の近所にはそんな超常の人居ないから、師匠には分からない事だろうけど、簡単に頼んだりは出来んのよ!?
つまりは、師匠が話した様に俺がそのソウルの器に備わる五つの要素の内、火・水・土・風・空のどれかを使って、自力で撃退するしかないと言う事だろうか?
静雄の爺さん程じゃないが、俺もとんでもない師匠を持ったもんだ。
つづく