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第八十九章

 ディスコルディアがサンタリア科学技術総局に戻ると、ポレモスはもうホールで待っていた。


 巨大な金属の天蓋の下、蒸気がパイプの隙間からシューシューと漏れ、歯車の回る唸りの中にゆっくりと立ち上っている。


 彼は盤のような白黒のタイルの中央に立ち、人馬の形の影が霧の中で揺らめいていた。


「どうだった?」


 彼の声が陰から聞こえる。低く、落ち着いている。


「あちこち行ってきた」


 ディスコルディアの口調は淡々としている。どうでもいいことを報告するかのようだ。


「後は、奴ら次第だ」


「よし」


 ポレモスの歯車がゆっくりと回り、低い唸りを発する。


「混乱すればするほど、私の能力は強くなる。戦争は、永遠に終わらない」


 ディスコルディアは顔を上げ、その人馬の影を見つめた。


「ずっと聞きたかったんだ、ポレモス――なぜそこまで強くなることを望むんだ?」


「私は強さを求めているわけではない」


 ポレモスの答えは速かった。ずっとこの問いを考えていたかのように。


「それはカロンの執念であって、私のものではない。ただ、十分に強ければ、この戦争はより長く続く」


「なぜ戦争を長く続けたいんだ?」


「戦争がなければ、私は無名の変態へんたいだ」


 ポレモスの声に自嘲はない。ただ事実を述べるだけの平静だ。


「お前と同じだ。もし世の中の人間が皆、互いに信じ合い、真善美を求め、誤解がなくなれば――お前もただの変態だ」


 ディスコルディアは一瞬間沈黙した。


「神力を持つことで、嬉しいと思うか?」


「ああ」ポレモスが言う。「私がサンタリアの主理者になれたのは、まさに神力のおかげだ」


「だから――」ディスコルディアは背を向けた。「今はもう私の出番はないな?」


 彼女はまた去ろうとしている。


 長年、彼女は誤解を撒き散らしてきた。これほど長く。


 今や世界は誤解で満ちている。彼女の能力ももうそれほど役に立たない。


 彼女はようやくここを離れ、放浪の商人を続けることができる。


「やはり私の言葉を信じないのか?」


 ポレモスの声が背後から追いかけてくる。


「そうだ、ポレモス」


 ディスコルディアは振り返らない。


「私には仲間など必要ない。たとえお前でも」


「では、なぜ私を助けたんだ?面白いからか?」


「そうだ」


 ディスコルディアの口元が微かに動く。


「お前がそう思うならな」


「しかし私は証明した」


 ポレモスの蹄が床を一度踏み、鈍い音を立てる。


「お前も見ただろう。審判廷は当分お前を探しに来ない」


「そうだ、だからこそ私は立ち去るべきだ」


 ディスコルディアはようやく足を止め、横を向いた。


「奴らはもう私がここに隠れているのを知っている。あの炎の少女にまた会いたくないんだ」


「あの最も幼稚なルールか?」


 ポレモスの声に一抹の軽蔑が混じる。


「なぜ奴を恐れる必要がある。お前はいつでも嘘をつき、誤謬でい続ければいい――カサンドラが現れない限り、お前は奴に終わらせられることはない」


「お前がそんなに傲慢だとは知らなかった」


「それは誤解だよ、ディスコルディア」


 ポレモスの声が突然軽くなった。


「私はずっと理性的な思考をしているつもりだ」


 ディスコルディアがどうしても去ると主張するのを見て、彼はやむを得ず続ける。


「私の行動は全て熟慮の上だ。ただし――」


 彼は一瞬間を置いた。


「お前に関する決断を除いては」


 ディスコルディアはようやく顔を上げ、この大柄な影を見つめた。


「分かっている」


 ポレモスの声は低く、歯車が鉄の軌道を碾くようだ。


「お前はきっと、これが私のある種の誤解だろうと思うだろう――自分がお前をあまりに重要視しすぎているという誤解をな。しかし、お前の誤解に、こんなせいの影響があったことがあるか?」


 またあの感傷的な言葉だ。


 ディスコルディアは多くの人間が自分に弱みを晒すのを見てきた。しかしそれらの人々は皆、彼女に追い詰められた者たちだ。


 ポレモスは違う。彼は自ら歩み寄ってきた。


「ない」と彼女は言った。「しかし、存在しない証拠にはならない」


「そう思うなら、なぜこのまま試し続けないんだ?」


「何を試せと?」


「お前は自分の力を呪いだと思っている。否定的な効果しかないからな。しかし今、私に現れた『誤解』は肯定的こうていてきなんだ。お前は気にならないのか?」


 ディスコルディアは彼をじっと見つめた。


「お前にとって、本当に肯定的なのか?お前は紛争だ。そんなに感傷的では、失敗を招くぞ」


「私はそう思う」


 ポレモスの声は確かだ。


「理性的すぎることが、蒸気人同士に深い感情の繋がりがない原因だ。皆ただ理性的な指示に従って動いているだけだ。もし指示がなければ、あるいは指示が機能しなければ――蒸気人のじゃくてんは丸裸になる」


 彼は突然動いた。


 彼は彼女の前に歩み寄り、わずかに横を向き、前蹄で地面を軽く踏んだ。


「乗れ」と彼は言った。


 ディスコルディアは一瞬呆けた。


「何だって?」


「俺の背中に座れ」


 ポレモスの口調はごく普通だ。まるで当たり前のことを言うかのように。


「お前は去るつもりなんだろ?その前に、お前に見せたいものがある」


 ディスコルディアは一瞬間躊躇した。


 彼女は決して誰かに身を預けたことはない。


 しかしポレモスの背中はそこにあった――広く、丈夫で、歯車が皮膚の下で静かに回っている。


 彼女はなぜ拒絶しなかったのか、自分でも分からなかった。


 彼女はそこに座った。


 彼が話す時、胸の振動が背中を通して伝わるのを感じた。低く、安定している。


「そして、私のこの感性的な部分が、いかなる指示も受けずに自ら行動することを可能にしている。これが私が勝てる鍵だ」


 ポレモスはゆっくりと言った。


 彼は「私はお前に背中を預けた」とは言わなかった。しかしディスコルディアにはその意味が分かった。


 彼女はそこに座り、遠くの地平線を見つめた。長い年月を経て、彼女は初めて誰かの背中に座った。逃げるのでも、隠れるのでもなく、ただ座っているだけだ。


 そして彼女は顔を上げた。


 一群の大きな鳥が雲間を掠めていた。しかしそれらがアイセロンの方角へ飛んでいくのを見て、彼女はおかしいと気づいた。


 それは鳥ではない。


「あれは……」


 ポレモスも顔を上げた。


「流雲城の空のエルフか?」


 彼の声に珍しく驚きが混じる。


「彼らもついに介入するのか?しかしディスコルディア、お前は……」


 彼は言い終えなかった。


 一輛の戦車が雲間から現れた。四頭の白い飛馬が車体を引き、雲の上に滑らかな弧を描く。


 戦車の上には一人の人物が立っている――翼はなく、頭には王環を戴いている。


 その王環は雲のように白く、紋様が絡まり、頂には淡い青色の宝石が嵌め込まれ、陽光の下で冷たい光を放っている。


 ポレモスはその王環に見覚えがあった。


「アイランサーだ」


 ディスコルディアの声が小さくなった。まるで独り言のように。


「どうやら、私が流雲城に残した誤解は……もう効かなくなったようだ」


 彼女の指が微かに強張る。


 恐怖からではない。


 彼女は突然気づいたのだ――何かが、自分の掌握から滑り落ちようとしている。


 そしてその感覚は、どんな誤解よりも彼女を不安にさせる。


 ポレモスは何も言わなかった。


 彼はただ微かに顔を上げ、あの歯車の嵌った目で雲の上を遠ざかる戦車を見つめた。


 そして彼は低く言った。独り言のように、あるいは彼女に聞かせるかのように。


「いいだろう。敵が多ければ多いほど、戦争は面白くなる」

ポレモスはやっぱりディスコルディアのことを大切に思っているんですね。


彼女が自分を信じていないこと、彼女の反応のすべてが偽りかもしれないことまで理解した上で、それでも彼女に背中を預けられる人物ですから。まあ、そこには多少の利害関係も含まれているとはいえ、それでもディスコルディアの心には確かに何かが響くものがあるのでしょう。

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