表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/112

第九十七章

「もういい」


 モーリガンの声が盤の外から聞こえた。大きくはなかったが、誰にでもはっきりと届いた。


 彼女は右手を上げ、指先の黒い紋様が微かに光った。


 苦痛——たとえ機械であっても感じることのできる苦痛——が潮のようにポレモスの意識に流れ込んだ。


 攻撃でも、抑圧でもない。「彼に気づかせる」ためのものだ。


 ポレモスの視界が歪み始めた。


 彼は見た。


 戦争に碾かれた人々を、子供を失った母親たちを、二度と帰ることのできない兵士たちを。


 自分の長槍が若い戦士の胸を貫く瞬間を。その戦士の目に憎しみはなく、ただ恐怖だけが在ったことを。


 自分の灰色の炎が一つの村を焼き尽くし、村民たちが火の中で逃げ惑いながらも、どこへも逃げられないのを。


 これは、全部私がやったことなのか?


 彼はこれまで、そんなことを考えたことがなかった。


 戦争は戦争、彼は彼。彼は戦争の痛みであり、戦争こそが彼の本質だ。本質に罪悪感は不要だ。


 しかし今、それらの映像が杭のように彼の意識に打ち込まれ、抜け出せなくなった。


 長槍が彼の手から滑り落ち、地面に打ち付けられ、鈍い音を立てた。


 私は……こんなことしたくなかった。彼は初めて自分自身に認めた。私が戦争を起こしたんじゃない。戦争が私を追い詰めたんだ。


 ポレモスはうつむき、自分の盤を見た。


 あの白黒の方格、あの燃え盛る灰色の炎、あの整然と動く傀儡たち——それらは本当に彼の意志なのか? それとも彼もまた、別の駒に過ぎないのか?


 彼が感じていた苦痛こそ、戦争の駒でありながらそれに気づかない者の苦痛だった。


 盤領域の灰色の炎が退き始め、白黒の方格が一枚また一枚と輝きを失っていく。潮が引く海のように。


 空が再び現れ、陽光が硝煙を突き破って、焦げた大地を照らした。


 ポレモスはもう誰に対しても攻撃を仕掛けなかった。


 彼はその場に立ち、うつむいたままだった。見捨てられた彫刻のように。


 私は何なのか? 彼は心の中で問う。戦争がなければ、私は何なのか?


 答えはなかった。


 ◇◇◇


 盤の外では、エルフ族の戦士たちが長く待ち構えていた。


 スタシスの提案により、もう戦えなくなった人魚の兵士たちと蒸気人たち——その首領たちも含めて——は一時的に捕らえられ、アイセロン城の地下牢ちかろうに閉じ込められた。


 カロンは抵抗しなかった。


 彼女はただ一瞬ステュクスを見て、小声で言った。「暴れるなよ」


 ステュクスは首をかしげ、答えなかった。しかし彼女の触手は収まり、静かに背後に垂れ下がった。


 ディスコルディアは自ら地下牢の方へ歩き出した。


「私は彼と同じ牢に入りたい」


 衛兵は一瞬間ためらったが、スタシスを見た。


 スタシスはうなずいた。


 ◇◇◇


 地下牢の牢房で、ポレモスは隅に座り、両腕を体の脇に垂らし、歯車は回転を止めていた。


 ディスコルディアが中に入り、彼の向かいに座った。


 二人の間には、一腕の距離があった——遠すぎず近すぎず、ちょうど話ができ、相手の表情がはっきりとは見えない距離だ。


 長く沈黙が続いた。


 水滴の音ががらんとした牢房に響く。一度、また一度。何か古い時計のように。


「あなたはただ戦争の傀儡だっただけ」


 ディスコルディアがようやく口を開いた。その声はとても軽い。


「ちょうど私が誤解の入れ物だったようにね」


 ポレモスは顔を上げ、彼女を見た。


「自分に問うたことはある?」


 ディスコルディアは続ける。


「世界がもう誤解を必要としなくなった時——至る所に誤解が溢れているから、私の能力はかえって役に立たなくなった。その時、私は自分に問うた。じゃあ、私は何なんだ?って」


 ポレモスの歯車が微かに回転した。


「答えを見つけるのに、とても長い時間がかかった」


 ディスコルディアの声は他人事を話すように平静だ。


「私は私。嘘つきで、得を貪り、審判廷に捕まるのを怖がる放浪商人。私が一番楽しかったのは、稲妻になって人々に誤解を振りまく時じゃない——商品を押して売り歩く時だ。値段を交渉して、銅貨を何枚か稼ぎ、そして次の街へ行く」


 彼女は一瞬間を置いた。


「誤解がなくても、私は私だ」


 ポレモスは沈黙している。


「あなたが私を愛しているのは知ってる」


 ディスコルディアが突然言った。


 彼の歯車が微かに震えた。


「そして私も、あなたを信じてみようと思っている」


 彼女の声はさらに軽くなった。


「だから、どうか戦争を止めて。いい?」


 ポレモスは彼女を見つめた。


 あの歯車の嵌った目の中で、灰色の炎がついに消え去った。


「いいだろう」と彼は言った。


 これは彼にとって、戦争のためではなく、初めて「いいだろう」と言った瞬間だった。


 彼女のために。


 ——そして彼女も同じだ。彼が何かを助けてくれるからでも、彼が戦争の痛みだからでもない。ただ彼が彼女のために、自分自身になろうとしているからだ。


 ◇◇◇


 牢房の外、陽の光が焦げた大地を照らしている。


 遠くで、負傷者を運ぶ者たちがおり、残骸を片付ける者たちがいる。


 戦争は終わった。


 しかしポレモスは知っている。本当の戦争——彼の心の中のあの戦争——は、今始まったばかりだと。


 彼は「戦争」ではない自分になることを学ばなければならない。


 そしてディスコルディアは、彼に寄り添うだろう。


 今度は、利用でも、取引でもない。


 選択だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ