アウトバーンと側近高橋
1930年代ドイツ。
机の上には大量の地図。
山。川。都市。交通量。
その中心で、高橋は死んだ目をしていた。
「……無理では?」
対面では、政治家たちが好き勝手言っている。
「国内物流を強化したい!」
「軍事輸送も効率化したい!」
「景気対策にもなる!」
「あとカッコいい道路欲しい!」
高橋は静かに胃を押さえた。
そこへ。
バンッ!!
勢いよく扉が開く。
「パパーーーー!!」
ギャル娘、乱入。
「聞いて!!」
「ベルリンで推しのライブあるんだけど!!」
全員止まる。
娘は机に地図を広げた。
「でも移動めっちゃダルいの!」
「馬車遅い! 電車乗り換え多い!」
「もっと“ブーン!”って速く行ける道ないの!?」
政治家の一人が苦笑した。
「ははは、子供らしい発想だ」
娘は真顔で言った。
「だって推しは待ってくれないし」
高橋。
その瞬間。
ピタリと止まる。
沈黙。
娘が首を傾げる。
「高橋?」
高橋はゆっくり口を開いた。
「……都市間を」
全員が見る。
「信号無しで」
ざわつく。
「高速移動可能な専用道路で直結すれば」
政治家たちが固まる。
娘がポカンとしている。
「えっ」
高橋の目が完全に仕事モードだった。
「交差点を排除」
「立体交差化」
「長距離輸送を高速化」
「物流・観光・軍需・都市経済を一本化」
政治家たちが青ざめる。
「待て待て待て」
「そんな道路、どこに作る!?」
「土地買収は!?」
「建設費は!?」
「山は!?」
「橋は!?」
高橋は静かに答えた。
「全部やります」
娘がドン引きする。
「出たよ“全部やります”」
その瞬間だった。
高橋。
「ゲフッ」
突然、口から血を吐いた。
会議室凍結。
「高橋ィーーーッ!?」
娘が悲鳴を上げる。
高橋は口元を拭きながら立ち上がった。
「ここからが本番です」
「本番入る前に死にかけてる!!」
数ヶ月後。
建設現場は地獄だった。
「山が邪魔です!」
「削ってください」
「川があります!」
「橋を架けます」
「予算が!」
「増やします」
「人手が!」
「増やします」
「工期が!」
「縮めます」
娘がヘルメット姿で現場を歩きながら呟く。
「高橋って“無理”を“工程表”で殴るよね」
その頃、高橋は現場・政治・資材・設計を全部回していた。
睡眠時間二時間。
食事三分。
胃薬が主食。
ある夜。
高橋は地図を見ながら倒れ込んだ。
娘が慌てて駆け寄る。
「ちょっ、高橋!?」
高橋は薄目を開く。
「……あとIC三つ」
「何その遺言みたいなの!」
そして。
ついに完成の日。
巨大な一本道。
見渡す限り続く舗装路。
人々はざわついていた。
「なんだこの道……」
「広すぎる……」
「怖っ」
娘は目を輝かせる。
「え、これ飛ばしていいの!?」
高橋はやつれ切った顔でうなずいた。
「ただし安全運転で」
次の瞬間。
娘、アクセル全開。
「うおおおおおお!!!」
車が爆速で走り出す。
周囲の景色が吹き飛ぶ。
娘は大興奮だった。
「速っっっっ!!」
「ヤバ!!」
「推しに間に合う!!」
高橋は遠くを見ながら呟く。
「……人類は」
「一度“速さ”を知ると戻れない」
その時だった。
後方から爆音。
政治家たちの車が突っ込んでくる。
「うおおおおお!!」
「速ぇぇぇぇ!!」
「楽しいーーーー!!」
娘、大爆笑。
「おっさん達、テンション上がりすぎだろ!!」
高橋は静かに目を閉じた。
「でしょうね」
数年後。
その道路は、後にこう呼ばれる。
世界初の本格高速道路──
アウトバーン。
なお。
一番最初に速度違反したのは、娘だった。




