ベンツと側近高橋
19世紀ドイツ。
工場の煙が空を黒く染め、街中を馬車がガタガタと走っていた時代。
男は油まみれの作業台に突っ伏していた。
机の上にはネジ、歯車、図面、謎の金属部品。
そして三日徹夜した人間特有の、“今にも仙人になるか倒れるか分からない顔”。
その男の名は、カール・ベンツ。
後に「自動車の父」と呼ばれる男である。
だがその実態は、
「うおおおおおお!! また爆発したァ!!」
半泣きで機械を叩いてる変人だった。
ボン!!
作業台から煙が吹き上がる。
助手たちが悲鳴を上げた。
「旦那ァ!!」
「今度は何壊したんです!?」
ベンツは真っ黒な顔のまま叫ぶ。
「知らん!! だが今のは“行けそう感”あった!!」
助手が頭を抱える。
「毎回それ言いますよね!?」
その時。
工場の扉が開いた。
「パパ〜」
ギャル娘が入ってくる。
まだ19世紀なのに、なぜか現代っぽいテンションだった。
「また変な機械作ってんの?」
ベンツは目を輝かせる。
「変じゃない!!」
「これは未来の乗り物だ!!」
娘は外を走る馬車を指差した。
「いや、もうあるじゃん」
「馬車ではない!!」
ベンツは勢いよく立ち上がる。
「馬を使わずに動く!!」
「自分で走るんだ!!」
娘、真顔。
「怖っ」
そこへ静かに入ってきた男がいた。
黒服。無表情。胃痛持ち。
側近・高橋である。
「お呼びでしょうか」
助手たちが一斉に振り返る。
「あ、高橋さんだ」
「終わった、助かった」
高橋は床に散乱した部品を見回し、静かに呟いた。
「……また爆発したんですね」
ベンツはドヤ顔だった。
「今回は半径二メートルで済んだぞ!」
「成長を感じます」
娘が小声で言う。
「高橋、完全に感覚バグってるって」
高橋は図面を拾い上げた。
「で、今回は何が問題だったんです?」
ベンツは目を輝かせる。
「振動だ!!」
「あと燃料漏れ!!」
「あとブレーキが無い!!」
高橋は真顔のまま固まった。
「……それ、止まれないんですか?」
「止まれない」
「危険では?」
「ロマンだ」
娘が爆笑する。
「出た。“技術者が全部許される魔法の言葉”」
だがベンツは本気だった。
机を叩きながら叫ぶ。
「馬は疲れる!!」
「エサもいる!!」
「フンもする!!」
「だが機械なら!!」
「ずっと走れる!!」
その熱量に、工場の空気が少し変わる。
助手たちも黙る。
高橋は静かに図面を見つめた。
「……理論上は可能です」
ベンツの顔がパァッと明るくなる。
「だろう!?」
「ですが」
高橋は冷静だった。
「世間は絶対こう言います」
彼は窓の外を指差した。
「“馬でよくない?”と」
全員黙る。
娘が吹き出す。
「たしかに」
ベンツは悔しそうに机を叩いた。
「だから見返してやるんだ!!」
そして数ヶ月後。
ついにその日が来た。
世界初の自動車。
三輪の奇妙な機械。
周囲の人々は距離を取っていた。
「あれ動くのか……?」
「爆発しないよな?」
ベンツは運転席に座る。
娘が不安そうに聞く。
「ねぇパパ」
「ブレーキ付いた?」
「気合いで止める」
「終わってる」
高橋は静かに目を閉じた。
「せめて保険に入ってください」
エンジン始動。
ガガガガガガ!!
爆音。
黒煙。
近所の犬が逃げる。
そして──
車は動いた。
ゆっくり。
だが確かに。
馬なしで。
人々が息を呑む。
ベンツは涙目だった。
「走った……!」
娘も思わず声を上げる。
「うおぉ、マジで走った!!」
高橋だけは冷静だった。
「旦那」
「はい!!」
「前です」
「え?」
次の瞬間。
ドゴォン!!
世界初の自動車は、世界初の事故を起こした。




