入り口探し
雲の切れ間から月明かりがまばらにリュグレムシアの市街を照らしている。今日は曇りがちの天気だったが、明日は晴れるのかもしれない。
そんな呑気なことが頭をよぎりながら、影から影へと移っていく。明かりに照らされぬよう、そして市内を巡回している兵士と出くわさないように気をつけながら移動している。
「目的地は近いの?」
「もうちょっと、あの区画を通り抜けたら……」
リィンがそう答えつつ、家屋の間にある細い十字路を歩く影があった。身を低く隠し、様子を見ていると酔っ払いがふらふらと通り過ぎていった。姿が見えなくなるのを確認し、また動き出す。
「あと少し!」
彼女の言うがまま、住宅街を突っ切る。中心街には王宮を始めとした重要施設も多く、見た目にも豪奢が物が多いというので期待しているが、今は見ることは叶いそうにない。
ないよりそれらがある場所から遠ざかっているようで、リュグレムシアは正門の反対側に大きな崖があり、自然の要塞にもなっている。星の様子から推測するに、地下水路の出口は街の中心やや南側だったが、そこからぐるっと回り西側の崖のある方まで向かっているようだ。
この街のことは何一つわからないのでリィンを信じるしか無いが、もし見つかった場合逃げるには正門まで最も遠い地点になる。
そうして着いた場所でリィンが何かを探している。
「ここでその香の匂いを探せばいいの?」
「そうだけど、施設は地下にあるけど匂いは視線と同じ高さにあるから注意ね」
そうは言うが、目の前にあるのは街の中にある小さな雑木林である。大きさは立派だが、木は数本しかなく、それ以外に探す場所など見当たらない。リィンはその中の木を一本一本念入りに見ている。
それに習って同じように、彼女から遠い場所の木に近づいた。近づいて初めてわかったのが、この林には思ったよりも木が多い、いや“木が増えた”。
「ここ“そういう場所”なの、この街が出来たときからそうだったらしいから、昔に施された術だと思うけど。そういうわけで解除方法もわからないから放ったらかしなの」
「へぇー……」
すると足元に小枝を踏んだような感触と、乾いた音がした。見るとなにかの骨のようだ、あるいは頭蓋骨にも……。
「魔術師でもないと入ったきり出られないこともあるからね~」
そう簡単に話すリィンの言葉にゾッとしながらも、仕方なく作業を続ける。確かにここは視界も平衡を失うようで、空を見ても方角が判然としない。彼女とはぐれたら自分も出られなくなるかもしれない。
意識を嗅覚に集中する。相棒の力はこれに関してはあまり役に立たない。警察犬のように、特定の匂いを辿ることは出来ても、漠然と嗅覚を強化してもこちらの脳が処理しきれない。
だがふと思い出す。外から見ていた時、木は七本だった。そして今はその十倍以上ある。“どちらが本当”なのだろうか。
「どうなんだろうね、でも大きな空間を隠蔽するよりも、入った人間の認識を狂わせるほうが簡単かもね」
「だよね、なら……」
そうして嗅覚を強化する。辿るのは「香」ではなく「木」の匂い。本当に木が七本のみならば、匂いを発しているのもそれだけのはず、感覚が狂っていても強化することによって精度を上げればあるいは。
「やっぱり」
「お、どした?」
試しに近くの木の匂いを嗅いだが、視界よりも若干遠く感じる。つまりこれは虚影の木だ。なので匂いを辿り、移動をするとはっきりと見た目と匂いの距離が合致するものに出会った。
だがこれはハズレのようだ。そうして繰り返していくと明確に匂いの強さがわかるようになってきた。相棒が学習することで、段々と判別の精度が上がっている。
すると今度は、その中に混じる“他の匂い”にも気づけるようになった。つまりこれが求めている香の匂いだ。しっかりと嗅ぐと、確かに独特の香木を燻したような鼻につく匂いがする。
「リィン、こっち」
「あった?」
彼女を呼び寄せ、二人で歩く先にあった一本の木。それを見るとリィンが指を鳴らした。
「ナイス! これこれ、見覚えあるわ」
「そりゃそうだろうけど、来たことあるんだよね?」
今更な質問を投げかける。それにおどけたように肩を竦めてリアクションするリィン。
「ここからは“出たこと”しかないの。つまり入ったことがない、だから探すものは知っててもその方法までは知らなかったんだ」
「そういうこと」
「だからお見事、もっと時間かかると思ってたわ」
夜が明けなくて良かったと語る彼女が、どこまで本気なのかわからない。
そんなリィンが木をなぞると、外皮をベリベリと剥がしだした。するとその木は中が抉れており、ちょうど人一人分ほどの空洞になっていた。それは地下まで続いている。
「あたしだけが知ってる秘密の出入り口」
「ここを離れた後に誰かが気づいた可能性は?」
少し考えるふうなリィン、彼女が思い至らないはずがない。
「あるかもしれないけど、もっと便利で気づかれにくいとこあるし、なによりここを出る時に塞いでおいたから大丈夫なはずだよ」
「塞いだ?」
「うん、この先にある施設の壁が崩れかかってて、隠すためにわざと壊してきたの。よかったー建物ごと崩れてなくて」
「おいおい……」
「だから瓦礫をいくつか退かさないといけないけど、あんたなら出来るでしょ?」
そう話し、割れ目から降りていく彼女に続いていくと、段々と広がっていく洞穴の先に崩れた瓦礫の山と、その隙間から漏れる僅かな明かりがあった。
瓦礫は小さなものもあるが、一〇〇キロ以上あるであろう大岩もあり、それを動かさないと入れなさそうだ。まずは退かした後に崩れないよう、少し整えてから大岩に手を掛けた。
「ふん……!」
「……」
取り敢えず普通に動かそうとしたが、当然ビクともしない。チラとリィンを見るが、さっさとしろと言わんばかりに冷たい目をしている。
「はぁ、結構疲れるんだよこれ」
「そうなんだ」
「……おらっ」
必要分のエネルギーを供給し、腕力などを強化する。岩はズルズルと、少しずつ横にズレていく。やがて通り抜けれるだけの隙間ができたので、そこで止めて戻ってこないのを確認して手を離す。
「すごーい」
心のこもっていない称賛を浴び、少しばかり疲労感を覚えるなか隙間の先へ足を向けた。
「じゃ、いこうか」
「おー」
感想YOROSHIKU…




