魔術師会
薄暗い地下道の奥、天井低く狭い空間に真新しいローブを纏った者たちが集まり、膝を付き地面に額を付けている。「ここ」に入るときには皆が着替え、清潔な身なりで望む。
これは彼らにとって重要な意味を持つ儀式であり、魔導を志す者にとっては必然の行動である。
その頭の先にあるもの、それはミイラだ。いや、まるでそう見える“生きている人間”だ。そして魔術師が敬意を払い、崇める存在。
その中にはモナガンの姿もある。彼も周りと同じように、膝を付き恭しくそれに頭を垂れている。こうしてかれこれ数時間経過している。しかし誰もがそれを苦痛に思うこともなく、当然のことだと理解している。
やがて一人ひとり、ゆったりと立ち上がる。衣服をただし、再度深く頭を下げて退室していく。最後の一人が蝋燭の明かりを消し、扉を静かに閉めた。
その部屋を離れ、今度は変わって広間にぞろぞろと移動していく。先程まで誰一人口を開くことなかったが、そこまで来ると各々が会話を始めた。モナガンも魔術師の一人に声をかけられた。ジムナンという魔術師だ。
「やあ、戻っていたんだね」
「はい、つい先日。今回の祈祷に間に合って良かったです」
モナガンはこの中では若輩に当たる。だが魔術師は年齢ではなくその知識の深さ、魔術への見識の多さが尊ばれる。そういった意味でモナガンはこのメンバーの中でも一目置かれる存在だ。リュグレムシアの地下に根を張る魔術師たちの集い。時に国王の命に背いてでもその研究を優先し、王都が移り変わってもその伝統は守られ続けている。
「ダムナの方はどうだったかね」
「思っていたよりも良くないですね、研究材料の仕入れにも問題がありそうです」
「そうか……、ズニェールの癇癪も程々にお願いしたいものだ」
こんな物言いを外でしようものなら衛兵に連れられ、裁判にかけられかねない。しかしここはある種の独立した領域でもあり、だからこそ自由な発言も行われる。
「それが故に研究費用も増しますので、痛し痒しといったところですか」
「だからといって特定の魔術への過剰な肩入れは我々の間でも不和を生む、勘弁願いたいところだ」
彼はここのまとめ役も兼ねている。リーダーというものがあるわけではないが、取りまとめがいたほうがスムーズに進むことも多々ある。
魔術師は浮世離れした者が多いが、それでも人間である以上嫉妬や羨望の感情はある。現在のズニェールは、戦時における指導者は往々にして戦に役立つ魔術を好み、優先して研究を支援する。それはわかりやすく市民の指示を得られ、尊敬の対象となる。
そうした魔術とは本来無関係な人間関係をほぐすため、ジムナンは奔走している。近頃はその傾向が強まっているため、彼も心がささくれだっている。
「……君には関係ない話だったな、失礼した」
「いいえ、心労痛み入ります」
「それで、他になにか収穫はあったかね?」
「研究の方はそうでもありませんが、面白い出会いがありました」
「ほう?」
モナガンはダムナで出会った者たち、クロムたちについて話す。
「アーケリアの魔術か、多少は私も知ってはいるが、有用なものはありそうだったかな」
「魔術へのアプローチはやはり我々とは異なり、興味深くはありましたが、研究内容についてはそこまで惹かれるものはないかと」
「ふうむ、そんなものか」
一概に比較できるものではないが、魔術の研究、その実用性という意味ではリュグレムシアが他の国々に比べ先端を進んでいる。彼らにはその誇りと自負もある。
「まだ若い方たちでしたので、将来性は十分かと」
「君がそう評価するんなら確かなのだろう、しかしその少年はどういうことだね」
その少年、クロムのことについてモナガンが詳しく語る。
「魔術の素養があるという話でしたが、その纏うものは未だ見たことのないものでした」
「……それは、どういうことだ」
「言葉通りです、我々の知るどの魔術とも異なる気配を有しています。ただ……、一つ気になるのは“奴ら”のものが混じっているようでもありました」
「なんだと」
ジムナンが怒りの感情を混じらせた顔をする。彼らが軽蔑する存在、魔術を汚す者たち。
「最近また奴らのものと思われる痕跡が各地に見られるとのことです」
「愚かな……、ケダモノに魂を売るなどと馬鹿な真似を」
「ですがその完成度は僅かずつではありますが上がっているとも」
「あんなもの魔術ではない!」
ジムナンがやや声を荒らげた。周りのものも視線を送るが、彼が手を振って気にしないように合図をする。
「魔術を興した古きものなど、おとぎ話だ。その為に生贄? 目覚めの儀式だと? 馬鹿馬鹿しい」
「ご尤もです、ですがそれが大地を汚しているとの報告もあります。一度は同胞として迎え入れた以上、処分も必要かと」
「わかっている、手は打っている」
ジムナンがわざとらしく咳払いをする。
「話を戻すが、ならばそれは奴らと繋がりがあると?」
「わかりません、そうは見えませんでした、魔術に関しては素人の様でしたから」
「ならばなぜ……、ここで考えてもわかるまい。成る程、また出会うのであれば私も会ってみたいものだ」
「魔術についてはともかく、どこか惹かれる、妙に雰囲気のある少年でしたから」
「随分と評価しているようだ、楽しみにしておくよ」
それともう一つ彼の耳に入れておくことがあったのを思い出したモナガン。
「そういえばその少年の横にセファーナの娘がおりました」
「…………セファーナ、ああ彼女らにも子がおったのだったな。たまにあれらが“人”であるか忘れかける」
ジムナンが「魔術狂い」の二人を頭に浮かべる。
「仰る意図はわかりますが、取り敢えず見かけたということだけ。一応彼女もここの出入りをしたこともありますので」
「であれば無断で立ち入ることなど出来ないとも知っておろう、だがわかった。覚えておくよ」
「お願いします。――ではこれにて失礼いたします」
話し終えたモナガンは施設を出て、待っていたピーシースに手を振る。彼女はパアッと笑顔を浮かべて駆け寄った。
「お疲れ様です」
「何度も言うが待ってなくて良いんだよ、今日も暑かったろう」
長い祈祷は朝早くから行われ、今はもう日が傾き始めている。
「なんてことありません!」
「……そうか、でもくれぐれも無理はしないように」
「……はい」
しょぼくれたピーシースを見て困ったようにモナガンが笑う。
「もう少し落ち着いたら、君に魔術を教えられるんだけれど」
「今は仕方ありませんよ、それにこれからもっと忙しくなりそうですし」
「あはは……」
疲労をにじませたモナガンにピーシースが心配の目を向ける。それに気づいたモナガンは強引に話を切り替える。
「さて、ひとまず大事な用は済ませた。彼らを迎えに行こうか」
「あー……、はい」
ピーシース露骨に面倒そうな顔を浮かべるのを見てモナガンが苦笑する。
「明日になったら彼らのところに行くから、付いてくるならそのつもりで」
「わかりました!」
そうしてモナガンは“二人が待つ”拠点を目指すこととした。




