地下水路
地下水路とはバヴァ河とリュグレムシア市内とを繋ぐ通路……ではなく、少なくとも現在は無関係の存在だという。
石を積み重ねて補強されており、それも綺麗に加工されたものではなく、自然そのままのものを巧みに組み合わせてある。前もって言われていた通り涼しく、冷たい風が中を吹き抜けている。水路らしくまとわりつくような湿った空気が漂い、その暗さも相まり不気味さを醸し出す。
「むかーしに作られたもので、それをそのまま使ってるの」
「へぇ」
リュグレムシアがある場所にかつてあった伝説の都、それは滅びも物語として残っているが、その誕生もまた言い伝えとして残っているようだ。
今よりさらに巨大だったバヴァ河を、十名の魔術師たちで地面を隆起させて都市を立てる地盤を作り上げたという。地下水路を流れる水脈はその名残だとも伝わる。
「眉唾だよね」
「やっぱり不可能なの?」
リィンが言いよどむ、というよりは素人にどう説明したものかと悩んでいる風だ。
「出来ると思うよ、思うけど……、何年も、長い時間をかけて辛抱強く取り組んだら……ってとこかな」
「十人っていうのは」
「それこそ不可能に近いと思うよ、だから伝説なんだろうね」
「前に話してたドノゲス……なんたらって魔術師でも?」
その名を口にした時、一瞬だがリィンの顔が固まったように見えた。なにか問題でもあっただろうか。
「えーと、うん。どうだろうね、あり得ないような伝説もたくさんあるけど……なにせ数百年前の人間だからね」
「それもそうか……」
というかそんなに前の人間なのか、おとぎ話のモチーフなどにもなっているというのは聞いたことがあるが、その詳しい人物像などは全く知らない。フィニリアに残っている話が多いのでアーケリアまで伝わっていない、あるいは好まれないからかもしれない。
「そろそろ静かにしたほうが良いかも」
「ここには警備兵はいないの?」
取りあえずは彼女を信用して着いてきたが、熱源を調べたほうが良いかもしれない。地下水道ということでネズミなどのものも多いのであれば精度は落ちるだろうが、無いよりはマシだ。
「問題ないよ、こっちは“ハズレ”だから」
「うん?」
「昔から残ってるって話したでしょ? だからその全てが今の街に都合よく伸びてるわけじゃないの」
「なるほど」
それは道理だ、しかしだからといって街に繋がっているのであれば警備しない理由にはならない。
「ハズレってことは街には繋がってないのよ」
「……ということになってるってことか」
「そんなとこ。そしてここを使うのは知ってる人間が、必要な時だけなの」
「そんな場所を知ってるなんて、流石だね」
「……そういうことにしといてくれると嬉しいよ」
いよいよもって彼女の役割、所属する組織がどういったものか、思っていた以上に重大な任を担っているのかもしれない。
「けど同じ空間にあるのは変わらないし音も反響しやすいから、気をつけてね」
「了解」
そう話す少し前辺りから、リィンの歩き方が変わっていた。以前に見たものだが相変わらず見事な技術である。
「あんたこそそれどうなってるの?」
「内緒」
そう返してからはほぼ会話をせず、目配せとジェスチャーのみで進んでいった。途中分かれ道も何度かあったが、リィンは迷う素振りも見せずに選択していた。
自分は光源を必要としないと言っていたが、彼女も苦労する様子はなさそうだ。魔術の研究で度々フィールドワークに出ていると話していたが、それにしてもサバイバルに有用な技術を多く身に着けているようだ。こうした魔術は密偵として活動するのにも大いに役立つだろう。
「……この辺だね」
「そうなんだ」
とは言うもののそれらしいものは見当たらない。行き止まりどころかまだ通路の途中の、中途半端な位置である。
「えーとこっから一、二……、上から……」
なにか目印があるらしいが全くわからない。叩いて反響などを確認したらわかるかもしれないが、それをしたらあっという間に警備兵が気づいてしまうだろう。なので黙って見守ることとする。
「あったあった、よいしょ……」
一つの岩を引き出して取り除く、繊細なバランスで作られてそうな石壁だが、特に問題はなさそうだ。そして開いた隙間の裏に手を伸ばした。するとその近くの壁が引き戸になっていたようで、横に動き出した。
「おおー」
「これも昔からあるらしいけど、よく作るよねこんなの」
「見つけた方も凄いと思うよ」
作った人間はとっくにいないのだから、探し当てたのは幸運にしては出来すぎている。
「そういうの得意なやつがいたんだろうね」
「便利なもんだ」
相棒も万能ではない、それに燃費を考えれば他の技術を身につけるのは大事だろう。魔力は自分の内側から得るものではないので、非常に有用かもしれない。
「ここから出てくるのを見られたらまずいから、そこだけ気をつけること」
「姿を隠すのは得意さ」
そう言いながら光学迷彩を起動し、風景に溶け込む。リィンが目を見開き驚きをあらわにした。
「うわすっご……、なにそれ、消えたの? でも気配はある、光を変化させて……でもどうやって維持を……」
分析を始めたリィン、魔術師としてのスイッチが入りかけているのを引き戻す。
「考えるのは後々、移動しよう」
「……そうだった、ごめんごめん」
そうしていよいよリュグレムシア中心部に向けて、地下水路とは違って新しめの石階段を登っていく。




