協力者
「どうしたの」
リィンは自分の後ろ、二メートルほど距離をおいてこちらを見ている。そしてゆっくりと歩いて近づいてくる。
表情は相変わらずで、いつも以上に読み取りづらい、微笑んでいるのか、悩んでいるのか。
「大丈夫、二人には言ってきたから」
「それは、まあ大事だけど……」
いちばん大事なことであろうが、聞きたいのはそれではない。
「話は道すがら、日が暮れちゃうし」
「う、うん」
確かにそうなので大人しく従い、横に並びリュグレムシアを目指す。
「もうおおよそ察してると思うけど、あたしはリュグレムシアの、ある組織の密偵をしてるの」
「うん、だろうね」
リュグレムシアかどうかはともかく、フィニク人のコミュニティで、公に言えない行為をしているのは以前の出来事で把握している。アーケリア内でそれをする理由、指示をする組織、複数の候補はあるだろうがリュグレムシアによるものの可能性が最も高い。
「どこの誰……まで言っちゃうと殺されかねないから言えないけど、そこでもう何年になるかな、小さい頃から命令に従って色んなとこに忍び込んだり、情報を引き出したりしてるわけ」
今にして思えば、彼女が行う“趣味”の対象は青年、それも比較的身分の高いものが多かった。そうでない者へのはカモフラージュか、それも情報収集の一環なのかもしれない。
「それは言ってもいいの?」
リィンにして珍しい、自嘲気味の笑みを浮かべた。
「こないだも見たろうけど、あたしも好き好んで使いっ走りをしてるわけじゃないの」
「事情があるんだ」
「そ。まあそれも言えないわけだけど、だからあいつらにはいつもムカついてるんだ」
不本意でも従っている理由、それに見合った報酬があるのか、それとも……。
「で、本題だけど。その秘密の施設ってやつ? 案内できるよ」
「まじ?」
着いてきたことからそんなこともあるかとは思ったが、実際に伝えられると驚きを隠せない。
「ふふ、驚いたしょ。これはあたしの個人的なじじょーってやつなわけだけど、知ってるんだわ」
「それはやっぱり、普通じゃ見つけられない場所にあるんだ」
「うん。さっき言ってた香の匂いってやつ、ヒントとしては正しいかもだけど、それだけじゃ見つけられっこないだろうね」
「そうなんだ……」
確かに何の匂いだとか、もう少し具体的な言葉でないと難しい。中心地区も狭いわけではない、十万人以上が暮らすだけの敷地があるのだ、くまなく探すのは骨が折れる。
「わかるかもしれないけどそれも魔術的なものでさ、知識がないと察することもできないよ」
「おお、さすが」
「でしょ~」
誇らしげに話すリィンは、いつもの調子が出てきたように見える。
「あいつらいっつも偉そうにしててさ、少しくらい迷惑かけてやろうかなって」
「そいつらの使う施設なのか?」
「うーん、そうでもあるし、そうじゃないかも。色々歴史とかあって、面倒な場所なのさ」
伊達に秘密にしているわけではないということだろうが、やはり入るからには相応の覚悟がいりそうだ。
「けど僕に教えていいの?」
それだけ信用されているということなのか、それとも以前のように罠なのか。
「この間迷惑かけたお礼? ……というのは冗談で、これでも結構あんたを評価してるってこと」
「それは……、有り難いのかな」
「うふふ、どうでしょう」
やはり心から信用するのが難しい、含みのある笑い方をする。
「ちなみに万が一、姿を見られたり、間違っても捕まったら処刑されるだろうからそのつもりで」
「わお」
だろうとは思うが、はっきり言われると否が応でも緊張が走る。
「あたしもさー変なしがらみとか、面倒なの背負ってるわけ」
「ふぅん」
「あれ、興味ない?」
なくはないが、私的な事情に首を突っ込む趣味はない。その裏に大きな存在があったとして、それは別の形で知り得たい。
「真面目だねー、それがいいとこだけど」
「何事も慎重すぎるくらいが丁度いいのさ」
「それ全然説得力無いよ」
「……確かに」
現在進行系で危険を犯している人間のセリフではない。
「ほんと面白いよね、あんた。賢いんだか、向こう見ずなのか」
「自分に素直なのさ」
「……いいね、羨ましいよ」
しみじみと語る彼女は、どこか悲しげだった。
「楽しみにしててよ、期待するだけの、それ以上のものが見れるよ。なんせこの国の重要機密だからさ、ズニェールも知らないくらいの」
「……え」
そこまでのものが、リュグレムシアの地下に眠っている。そしてそれを知っているリィンは何者なのか、先程はああ言ったが、流石に興味が湧いてくる。
「教えてあげなーい、……今はね」
「どうしたら教えてくれるかな」
「そうだなぁ……、あたしと付き合ってくれるならいいよ」
いつものように冗談めかしたものでない、本気を感じさせるが、彼女に関してはそれも演技かもしれない。ただそれに応えるのは難しい。
「あー……、うん。考えとく」
「うわーひどーい。アーケリアの男たちが知ったら憤慨するだろうね」
「ずいぶんな自信だこと」
「うん、あたしモテるからさ」
少し前から打って変わり、饒舌になったリィンと話している内にリュグレムシアの街が見えてきた。
「中心に入るなら地下水路がおすすめだよ」
街に入るなりそう助言してくれるリィン。
「おお、定番だね」
「そうなの?」
「……そうかも?」
どうしてそう思ったのか、よく思い出せないがそうだった気がするのだ。
「……よくわかんないけど、とにかくあそこ夜は特に冷えるから気をつけてね」
「そっちこそ、薄着だけど」
リュグレムシアは日中は汗ばむほど気温が上がるが、夜はかなり気温差が有り、上に一枚羽織らないと風邪を引きかねない。自分は相棒のお陰で体温調節が出来るが、彼女はどうなのだろう。
「へーき、あたし器用だから」
「それはよかった」
軽口を言い合いながら、細い路地を通りリュグレムシアの奥へと進んでいく。




