馬車に揺られて
三台の馬車が連なって道を進んでいる。アーケリアとは異なり、街道はごく一部のみが整備されており、今通っている場所などはかつて作りかけていた“痕跡”のみがあるばかりである。
これからも分かる通り、今までにフィニリアに街道を作ろうとしたことは多くの為政者が試みてきたことである。それが成されていないのはひとえに、この大地が数多の国がしのぎを削り、何度も支配者が変わり続けているからである。
争いをするにあたって整備された街道というのは利にもなるが、敵軍の速度を上げる“障害”でもある。そのため作りかけの街道を意図的に破壊し、その達成を阻んできた。それが何度も起これば次第には計画そのものが立てられなくなる。
ということで街は大小様々な石が転がり、雨後にできた凸凹などもそのままである。なので馬車ではあるが速度は徒歩と同じか、それ以下ですらある。
リュグレムシアに着くにはまだ数日かかるということだが、皆はそれを退屈に感じるということはなさそうだ。
自分は真ん中の馬車の荷台に後ろ向きで腰掛けているのだが、その視線の先からにぎやかな声が聞こえる。
「……なるほど、魔石を粉末に。では蒸留を試したことは?」
「泥に含まれているというのは初耳です、確かにその可能性はありますが、そうか……」
アギアが熱心にモナガンと魔術について話している。いつもは横にいるシレナも彼の側でその知識を吸収しようと真剣な様子だ。
すでに理解の範疇を越えたので先にギブアップして、こうして空を眺めているのだが、途中まででもアーケリアとリュグレムシア、それぞれで魔術に対する認識が異なることがわかった。
一番わかりやすかったのは「魔力」というものに対する考え方の違いだ。
アーケリアでは魔力というものは“特定の場所にあるもの”で、バニスが研究対象としているように、霊脈というものに豊富に存在する魔力に近づく形で魔術を行使するようなものが多い。素材とするものもその霊脈などから採取されるものが使われる。
それに対してリュグレムシアでは、“魔力そのものに近づく”ことを重視する。アーケリアでも知られていることではあるが、魔力とは霊脈に多くあるというだけで、世界中何処にでも存在する。特に地下深くに殆どが眠っていると言われ、それがプールのように溜まっている場所が霊脈と言われる。
プールで例えるとそこに魔力を供給する配管のようなもの、それが繋がる先は現世と異なる、彼方の境界にあると考えられている。
魔力に近づくというのは、大気中や地中にある魔力を様々な方法で取り出し、専用の機材などに溜め込む研究が進んでいるようだ。これは大規模な魔術には転用できないが、一定量の魔力を常に確保できることで、どのような環境でも魔術を使えるようになる。
霊脈は大きな魔力があるのはわかっていても、あまりに深い場所にあるなど、そこまで遠すぎるがゆえに干渉できないこともある。それに呼び水のように魔力を使うことで強引に引き出すことも試みているようだ。
魔力を持ち歩くというのは最先端の研究ということで、アギアたちも初耳だったようだ。なのでかなり詰め寄って尋ねているが、流石に細かくは教えてくれないだろう。
実際にどのような容器が有用なのかなど、肝心な部分がわからねば真似るのも難しい。機会があれば研究を見に行きたいが、おそらくはまともな手段では不可能だろう。
などとぼんやり考えていると、横で拗ねている人影を思い出す。
「つまらなそうだねー」
「……うるせえ」
にぎやかな向こうと違い、驚くほど静かなこちら。先頭の馬車には他の魔術師も載っているのだが、この馬車は荷物を多めに積んでいるので座る場所が殆どない。なので自分と、ピーシースが乗れば定員一杯である。
なのだが唯一の同乗者のピーシースではあるが、ずうっと機嫌が悪い。おそらくは慕っている師匠をアギアたちに奪われているからだろう。
そうなるとこちらから声をかけようにも難しい。だから黙っているのだが、こうして半日も無言だと少し、いやなかなかに退屈が極まってきた。はなから一人であればまだいいが、横に居てずうっと無言なのは気まずさが勝ってくる。
そう思い声をかけてみたが、やはり不機嫌そうである。相変わらず口は悪いが覇気がない。
「……あの先生とは長い付き合いなの?」
「まだ二年だ」
ピーシースは同じくらいの年頃、十五、六ぐらいにみえるが、それでもたった二年であれだけ心酔している様子だとなにかきっかけがあったのだろうか。
「話せばわかるだろ、先生はなんでも知っていて、そしてとても優しい」
「そうだね、それはわかる」
まだ三日しか過ごしていないが、彼の態度などが演技ではないと思える。尊敬に値する人格者のようだ。そこに加えて魔術の力量となるが、アギアたちの様子を見るとそれも確かなのだろう。
「じゃあ普段は彼のもとで魔術の勉強を?」
「……それは」
なにか口ごもっているが、もしかして彼女は。
「ピーシースは魔術師じゃないの?」
「…………」
なるほど、小間使いのような立場なのか。
「先生は忙しいんだよ……! 普段はどこかで研究してるし……」
「研究所にも入れないの?」
「やかましい!」
機密保持は大事だろうが、これだけ慕っている彼女も入れないとなると信用されていないのか、それだけ重要な研究をしているのか。
「なんとか研究してるところを見たいけどなぁ」
するとピーシースの目線が指すように鋭くなった。
「てめえみたいなよそ者が見れるわけねえだろ」
「……だろうね」
ここには荒事をしに来た訳では無いが、だからといってただのんびり観光しに来たわけではない。まともな手段で見れないのなら……。
「お前なんかとんでもないこと考えてないか?」
「そんなことないよ~」
少しは返事をしてくれるようになったピーシースと馬車に揺られていく。




