渡りに船
「いえ、なんでもないです。……クロムさんでしたね、まだこの街にいらしたんですね」
「う、うん。本当は早く旅立ちたいんだけど……」
人混みを抜けてこちらに来たピーシースだが、その後ろにもう一つの影があった。
「どうした、ピーシース」
「先生、いえなんでもありません」
彼女より一回り以上年上のフィニク人の男性は、見た目の年齢以上に活力にあふれているようだ。
「君は?」
「クロムと言います」
「クロム……、ああ先日彼女をトラブルから助けてくれたという」
「ご存知だったんですか」
先生と呼ばれた彼の背後から殺気を感じる。見るとピーシースが物凄い剣幕で睨んでいる。
「街で騒ぎがあったと聞いてね、彼女に尋ねたところそうやって話してくれたんだ。魔術に使う素材を購入するにあたって、“少々”揉め事になったと」
「少々……」
そう口にするとさらに殺気が増してくる。これ以上余計なことを言うと本当に殺されるのではと思うほどである。
「彼女は少し……、気が強いところがあって昔から揉め事に巻き込まれてしまうんだ」
巻き込まれるのではなく自ら火を持って飛び込んでいるのでは? とは間違っても口にはしない。
「でもそういうのも魔術師としては才能だと私は思っているよ、そうでなければ長く研究を続けられないさ」
「先程からの話だと、彼女も、あなたも魔術師なのですか?」
「……そうだ、名乗っていなかった。これは礼儀を欠いたね。私はギオネラ・モナガン、リュグレムシアにおいて魔術の道を歩んでいる、そして彼女を微力ながら導かせてもらっている」
「微力だなんて……」
なるほど師の前では猫を被っているのか、それにしても内側の猛獣がバレていないのだとしたら大した演技力である。
それよりも彼は今リュグレムシアで研究をしていると言った。
「ここには何をしに来たんですか?」
「君も見ただろうけれどこのダムナにはそれは多くの品が日夜届いている。その中には魔術における重要な素材も数多くあってね、リュグレムシアでは流通していないものもあって、こうして買い出しに来るんだ」
「ではいずれはリュグレムシアの方へ帰るのですか?」
「うん。おおかた買い物も終わったからね、近いうちに戻る予定だよ」
「おい……、いやえっと、その……」
ピーシースがなにか言いたげだが、この感じで今までどうやって本性を隠してきたのだろうか。
「どうした、ピーシース」
「いえ、もしかしてこの方たち、我々についてくる気なのでは」
「……ああ、そういうことか」
「失礼かとも思いますが、リュグレムシアまでの足がありませんで、見つけるのも難航しているんです」
「だろうね、ここに来るのは初めてと見たけれど。今は特に時期が悪い、荷台にいくらかあまりがあるからそこでいいなら乗せてあげられるよ」
そう返事したモナガンを零れ落ちそうなほど目を開いて見つめるピーシース。彼女としては否定的なニュアンスで言ったようだが、想像以上に彼は良心を備えているようだ。
「自分を含めて四人いるのですが、ご迷惑でないでしょうか」
「問題ないとも。……なにせ僕らも今回はあまり収穫が少なくてね、初めての君たちはわからないかもしれないけれど、これでもダムナは流通が減っているんだ」
「そうなんですか」
目まぐるしいほどに物が行き交っているのだが、やはり情勢から滞っているようだ。
「じゃあ皆を呼んで、紹介します。――おーい」
そうして皆を呼び集め、モナガンに会わせる。
「……なるほどアーケリアの魔術師、これは道中が楽しみになってきた」
「こちらもリュグレムシアの魔術師、それもかなり腕の立つ方と見えます。そんな方と交流する機会を得られるとは」
アギアが珍しくかしこまった様子だ。自分には分からないが、モナガンの佇まいからその力量を感じているらしい。後ろのピーシースが誇らしげにしている。
「うんうん、そういう君たちも面白い気をまとっている。いい話を聞けそうだ」
「よろしくお願いします」
シレナが行儀よく頭を下げた。ピーシースの様子に面食らっている様子だが、モナガンの人柄で中和されているようだ。
「君も魔術を?」
そう言ってこちらを見てくる。それに首を振って否定を伝えると、驚いたように目を見開いた。
「そうなのか、君が一番気配があったんだけれど、僕の鑑識眼もあてにならないな」
少しだけ落ち込んだ様子のモナガン。それを見てピーシースの殺気が少し増した。無茶を言わないでくれ。
「じゃあ出発は二日後だから、そのつもりで準備してくれ」
「わかりました、よろしくお願いします」
そうやってモナガンたちと分かれた後、アギアたちが尋ねてくる。
「なんであんな人と、いつの間に?」
「ここに来て最初の日にいろいろあって、横にいた女の子のほうだけど」
「ああ、あの殺気立ってた……」
やはり皆気づいていたようだ。
「でもよかった、これでリュグレムシアに行ける。モノモさんにも伝えなくちゃ……、リィン?」
なにか考え込んでいる様子のリィンに話しかけると、ハッと気づいて手を振った。
「なんでもない、早く準備しなきゃって思って」
「そうだね、じゃあすぐに行こうか」
そう話しモノモの小屋へと向かっていった。
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街を歩くモナガンにピーシースが恐る恐る尋ねる。
「どうして彼らの同行を許可されたのですか? 荷車に余裕なんてありませんよね」
そう聞くピーシースに優しく微笑むモナガン。だがその奥には理知的な、ピーシースにはわかりえない考えが宿っている。
「そうだね、だから四人分の場所を確保するように手配してくれ。優先度の低い物資は協力者たちに預けてもいい」
「そこまでして……」
理解が及ばないといった風のピーシースにモナガンはそれ以上話さない。
「元気そうじゃないかセファーナの娘よ」
「……なにか仰いましたか?」
「なんでもないさ」
そう話す彼の脳内には先程会った“フィニク人”の顔が浮かんでいた。
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