殿
ロズラーサの指揮のもと、砦の避難口の封鎖を行い、内部から工作を行ったことの報告を終え、本陣にて待機を言い渡されていた。
実績の無さもあるが、すでに戦闘が始まっていたのも有り報告自体も簡易に済まされ、その後の指示についてもひとまず保留とされ暫定的に待機とされた。
どうやらそちらの方は状況が芳しくないようで、常に慌ただしく報告が入り乱れている。
招集されてから全体に漂っていた浮ついた空気は戦いが始まっても消えておらず、皆が浮足立っているようにみえる。戦の高揚感に当てられ、出番を待っている兵たちの行き場のない興奮が熱を持っているようだった。
気合が入っているのは問題ないが、正の感情と同じくらいか勝るくらいの負の感情、不安や恐怖が特に緊急招集されたものから感じられる。
前線から運ばれてくる負傷兵や、遠くから聞こえる鬨の声が響く度に嗚咽する声や、実際に嘔吐するものまでいた。
慌てふためいた伝令が天幕の中に消えるたび、不安そうに空を見上げる姿が散見された。マイナスの感情は伝播しやすく、なんとか落ち着けようと将校たちが発破をかけているが、時間とともに効果は薄れている。
ロズラーサやコレッサもその様子を心配気に眺めているが、いつまで待っても追加の命令は来る様子がない。
首脳陣にその余裕が無いのもあるが、作戦を終えてもこちらの評価が変わっていないのも理由である。無事に任務を達成したと伝えたときの彼らの反応は懐疑的で、あまり信じていないようだった。
砦内部で混乱が起きているという話は本陣にも聞こえてきたが、それと自分たちの工作の因果まで将校たちが把握しているようではなかった。
実際現段階の進捗では未だ砦内部、正門を突破できていないようであるから、増援を送ろうにも場所が限られているため信頼されていない我々が送られるのはずっと後だろう。
信頼というより、負傷率が高いところに扱いづらい貴族の息子たちを送ることに躊躇いがあるのだろう。
開戦して丸一日が経っても門を破壊できていないのはかなり良くない、想像以上に守備が堅いということだが、士気を維持するためにも少しでも早く一段回目を成功させなくてはならない。
時期から言っても態勢を立て直して部隊を編成、再度攻略するだけの時間はもうない。冬を越せば向こうも備えをするだけの猶予を与えてしまう。
最悪そのままあの砦を中継して、本土にリュグレムシアの大軍が押し寄せる可能性もある。
練度も士気も劣るのであれば勢いのまま、最初の熱量で打撃を与えたいところだ。今回使う破城槌や投石機はやや古いもので、魔術的な加工は施されていない。ミニットが関わったものなどはは暴発する危険もあるようだが威力は折り紙付きで、練度の低さを補うためにもリスクを承知で持ってくるべきだったのではないかと思うが、首脳陣の考えはわからない。
この戦、ひいては今後の両国における展開に強い興味はないが、この一戦は今のアーケリアの実力を示すこととなるだろう、撤退するようであれば少なくともリュグレムシアには勇気を与えるのは間違いない。
もしそうなった場合、アーケリアの情勢は悪化し自分の身の振り方にも影響が出てくる。
とりあえずはこの戦いがどうなるかだが、向こうが攻撃を跳ね返した上で追撃する余力があるかは不明だが、撤退戦になれば練度の劣る兵が多いことからも、大きな被害が出るだろう。
戦い方や兵器を見ても、首脳陣は砦を“奪還”したいのだろうが、ならば寄せ集めではなく精鋭をもって全力で当たるべきだった。これでもし敗れるようならば、今後のことを考えても砦の破壊に目的を切り替えてもいいだろう。
だがきっとそれはしない、その気概は彼らから感じられない。
指示が出ないので周りと会話しながらそんなことを考えていたが、戦場の方から悲鳴が聞こえてくる。距離からは自陣側である気がするが、見てみないことにはなんとも言えない。
だが大声で叫びながら天幕に走っていく伝令の姿が遠くからでも見えた、その姿は吉報を持っている風には見えない。
彼は天幕にたどり着くよりも前から、伝える内容を口走っていた。
「崩壊! 前線が崩壊しています! 今、敵軍が本陣まで追撃してきています!」
慌てて天幕から将校が飛び出してくる。
「何があった!」
「敵兵の魔術により大打撃を受けた模様、今はオーダン様とその部隊が足止めをしておりますが長くは保ちません!」
「追撃部隊の兵力は」
別の将校が怒鳴るように尋ねる。
「目視ですが五〇〇はおります」
「むぅ……」
動ける兵の数で言えばこちらも負けていないが、負傷したものを放置するわけにも行かず、また撤退戦ともなれば数で勝っていても状況的に不利だ。
そしていちばん大事な、殿の部隊をどうするか。城攻めに来ているので柵などを立てる資材も最小限であり、経験のある部隊でなければ時間を稼ぐこともままならないだろう。
それができそうなオーダンが今戦っているのであれば、それが突破されれば一気に攻められかねない。早く決断しなければ被害は大きくなる、それをする人間に皆の視線が注がれる。
長いあごひげが目立つ将校が苦しげに言葉を吐く。
「……非常に屈辱的ではあるが、皆の命を守るため、これから撤退をせねばならん」
「そんな簡単に諦めて良いのか!」
別の男が詰めより、その場で口論となるがやがて撤退をするように意見がまとまったようだ。
「誰か、殿を務める勇気ある者はいるか!」
どうやら志願兵で殿を編成するようだが、皆困惑している。やる気のあるものはすでに戦線で戦い、多くが負傷している。ここに残っているのは初めから士気の低い、あるいは経験の浅いものばかりだ。幾人かが名乗り出たが、部隊とするには人数が足りない。時間は限られている、こうなってくると向こうも強引に選出せざるをえないだろう。
他のものと同じく、選ばれないことを願いながら待っていると、横のロズラーサが前に出た。
「私も参加したく思います」
ざわめきが起こる、正直言って殿は生き残ることを目標としていない。皆を活かすために命を捨てる行為だ、だから志願したものの多くはある程度年を取ったものか、国のために命を掛ける覚悟を決めたものだ。将校たちもどうすべきか迷っている、他の者に示しがつかないので任せるしか無いが、彼女のような傑物はここで命を落とすにはもったいなさ過ぎる。それはアーケリアにとっても近い人間にとっても同じことだ。
自分もそう考えている一人だ。だからすべきことは一つ。
「隊長、私も続きます」
そうして選ばれた一五〇の部隊で、五〇〇の部隊を足止めすることとなった。




