破壊工作
慎重に洞窟の奥へと進む、今のところ誰とも出くわしていないが、気になるのはここまでに人のいた痕跡が見当たらない。都合の良い推測は慎むべきだが、この出入り口をまだ向こうが知らない可能性がある。
意外にもロズラーサは隠密の動きが上手く出来ている、どこかで習ったのだろうか。それにしては洗練されていないので無意識のものかもしれない、彼女はいわゆる天才である。自分からしても彼女という人材を無意味に押しやっているのは国にとっての損失だろう。
それだけの余裕が今のアーケリアにあるとは思えないが。
「止まってください」
ロズラーサに手でも合図を送る。松明を使うわけにいかないため薄暗くて見えづらいが、少し先に砦内部への入り口らしきものが見える。人一人が通れる大きさの木枠で補強された出入り口だ、扉は見当たらない。
その前には人影が見当たらない。なので熱源を探知する。相棒を起動し視覚を強化した。
「入り口を通ってすぐに一人、その奥にもう二人。取り敢えずは三人の兵士がいます」
「……それは君の魔術か?」
「そんなところです、それよりも指示を」
積極的に国同士の争いに介入したくはないが、今はそういった私心を殺して任務に注力する。それになんだかんだで指示される立場というのは楽なものだ。殺しの重さすら軽くするほどに。
「武装は?」
「そこまでは、ですが狭さから言っても小ぶりの剣が精々かと」
槍を振るうスペースは無いようにみえる。事前の話ではこの先は食料庫につながっているとのことだ。
「入り口の兵士を始末することは可能か?」
「ご命令とあらば」
全力の砲撃が封じられている今の自分が最も得意なのはこういった隠密、そして暗殺だ。姿を見えづらくし、足音を消せばここのような閉所で無類の強さを発揮できる。
あの兵士は他との距離から言ってもかなり“楽な位置”にいる。
「その後は?」
「残りを二人で制圧し、食料に火をつけてすぐに離脱する」
いい案だが、上手に全体を燃やすには少し手を加える必要があるだろう。その間に異変に気づかれる可能性も否めないが。
「では私が陽動を――」
「駄目です、無謀すぎる」
砦には数百の兵士がいる、外で戦闘が始まっていたとしても一人で請け負えるわけがない。
「団長はここで退路を維持してください」
「それでは君一人に任せきりに……」
「もとより二人きりで当たるのですから、無理は承知の上です」
「ならば……」
「指揮官と兵の命を同等に扱っちゃ駄目だ、ロズラーサ」
命に貴賤はない、それは信じているが戦場では話が別である。指揮官の喪失は以下の多くの兵の命を奪うことにつながる。
「…………わかった、では任せる」
「了解」
作戦を開始する。まずは迷彩を起動する。目の前の自分が“薄くなって”驚く様子のロズラーサを後目に足音も鳴らぬように足裏に処理を施す。そのうえで音を立てぬよう移動する。得物を手斧に切り替え、兵士の後ろへと近づく。
「……外が騒がしくなってきたなぁ、早く帰りてえよ」
呑気に一人で呟いている兵士の真後ろを取る。そしてその首に――。
「……? 今なんか……、げぺっ」
間抜けな断末魔を上げて崩れ落ちる兵士。すぐに死体を見えづらい場所に移し、ロズラーサへ合図を送る。
「さすが、見事な手際だ」
「お褒めに預かり光栄です」
二人は別々に、大樽の影に隠れながら残り二人の兵士に接近する。
「誰だ……! どこから――」
もう一人を処理したが、彼らの反応からもここに隠し通路があるのはまだバレていないようだ。彼らは単に倉庫を管理しているだけだったらしく武装もしていなかった。
なのでロズラーサも簡単に始末したようだが、合流した彼女の表情はすぐれない。
「そう言えば、戦場は初めてでしたね」
「ああ……」
人を殺めたのも初めてということだ。人生で経験すべきでないことの第一位だと思うが、彼女の目指す道には避けて通れぬ行為だ。だがきっと今晩は眠れないかもしれない。
「こう言ってはなんですが、すぐに慣れますよ」
「……そうか、そうだといいが」
落ち込む彼女にかけたい言葉はいくらでもあるが、慰めている時間はない。
「団長は出口の方へ、今から準備します」
「……そうだな、頼んだぞ」
離れていくロズラーサを見送った後、手早く仕込みを始める。幸いにも食料庫ということは油もあるだろう。
「貴重品だけど、しょうがないよな」
数分後、細工を終えてロズラーサのもとへと戻った。
「終わりました、後は着火するだけです」
「よし、では早速――」
「見張りはどうした!」
少し遠くから人の声。別の兵士が来ていたことはわかっていたが、もう遅い。
「いきます、逃げる用意を!」
「問題ない、やれ!」
「……誰の声だ、まさか――」
油を染み込ませた布に素早く火をつけ、倉庫の中へと投げ込んだ。その際に兵士と目が合った気がするが、それは呆然と火種を見つめていた。
瞬く間に燃え広がる様を確認し、全力で駆け出した。やがて火に巻かれるよりも早く外に出ることが出来た。膝に手を当て息を整えたあと、ロズラーサと目を合わせた。
「やるべきことはやりました。早く拠点へ戻りましょう」
「そうだな、ただ少し……」
そう言うが早いか、ロズラーサがこちらに抱きついてきた。
「なにを……」
彼女の体は震えていた、初めての作戦と殺人の重みを反芻しているのだろう。そのまま少しの間だが彼女のしたいようにさせておく。やがて離れた彼女の顔はいくらか生気を取り戻していた。
「……済まない、みっともないところを見せた」
「いいんですよ、もっと気軽に頼ってくださいな」
「ありがとう……」
「それより、早く行きましょう。自分らで言うのもなんですが大手柄ですよ」
当初の目的を達成したばかりか、砦内で工作を成功させたのだ。少なからず向こうに動揺を与えられるだろう。
「ああ、戻ろう!」
……最近寒い!(ずっと寒い)




