ひらひらと
「これありがと」
そう言いながらリィンはこちらに剣を返してくる。唖然としているこちらの顔を見て、不思議そうに顔を傾げる。
「どうしたの?」
「……ああ、いや。ずいぶん慣れてるなって」
「ふふ、そう見えた?」
あまりに自然にそう答えるリィンを見ると、実は大したことではないのではという錯覚にも陥りそうになる。
だが彼女の行為は自分を助けるためというよりかは、彼らを口封じしたように見えた。そもそも彼らと通じている風だったことから、ここまでが彼女の計画のように思える。
考え込むこちらの心の内を読んだかのように、彼女はいたずらっぽく微笑む。
「……質問には答えてあげないよ」
「そういうと思ったよ、うん。助けてくれてありがとう」
そう彼女に返すと、面食らったように目を見開いた。そして少しの間硬直した後、大声を上げて笑い出した。
「あはははは、うふふふふ、ははは! なんだそれ、あははははは……」
見たことがないほどに大笑い、腹を抱えてうずくまるほどに笑い続けた。やがてやっとのことで落ち着き、ふらふらと立ち上がる。
「はあ、はあ……」
「そんなに面白かったかい?」
「うん……、すごいよ。まさかそんな言葉もらうと思わないじゃん。やっぱあんた面白いよ」
「楽しんでもらえたなら何より」
自分を見るリィンの顔つきが変わった気がする、今までよりもさらに深い笑みで見つめてくる。思わず照れてしまいそうになるほどだ。
「どうしてここに連れてきたか、なにかわかる?」
「教えてくれないんじゃなかったの」
「笑わせてくれたお礼、久しぶりに心から笑えたよ」
つまり今まで見せていた笑顔は偽りということだろうか。
「実は盗賊の一味とか?」
「はずれ、でもちょっとだけおしいかも」
「そうだね、彼ら盗賊とはちょっと違ったし」
どちらかというと人を殺めることに慣れている、生業としているような顔つきや話し方だった。
となると答えがいくつか思い浮かぶが、それを口にするのは躊躇われる。
その様子を面白そうにうかがうリィン、いつも以上に楽しんでいるようだ。
「気を使ってくれてるのかな?」
「どうかな、でもそうかも」
「うん、その方がいいよ。あたしもまだクロムやみんなと居たいし」
なにか事情があるのは間違いないが、それが人々にとって有益なそれとも限らない、特にアーケリア人にとっては。
「最近あいつらがうるさかったんだよ、だから利用しちゃったんだけど、怒らないの?」
一応命の危機でもあったのだから、怒るべきかもしれないが今は彼女への興味のほうが上回っている。最近気づいたが、自分はどうも生き死にに少し“鈍い”ようだ。だから危険な状況にあってもさほど焦らない、“焦れない”。
「結果問題なかったし、気にしないさ」
「すご~、それって異常だよ? あ、一応言い訳しておくと危なそうだったら助けるつもりだったからね、ほんとに」
悪びれる様子がないのはこちらを試しているのか、それとも本当に悪気がないのか。
「でも本当にすごいね、その魔術も。まるで見たことがない、どこで覚えたの?」
「どこで……、ふむ。どこでか……」
そこに意識を向けたことがなかった、いや、あえて考えないようにしていた。そのことを思い出そうとすると、他の比じゃないほどの頭痛に襲われるのだ。もしかしたらとんでもないトラウマがあったのかもしれない。
「とても、とっても遠いところ。そんな気がする」
「なあにそれ、変なの」
これだけ自分のことについて“あやふや”なのも確かに異常である。そもそも生まれも親の顔さえも思い出せない。それとも“そんなものいない”のだろうか。
ふと真っ白な空間が、ひどく見覚えのある光景が浮かび、頭痛とともにかき消えた。
汗を拭うと心配そうにリィンが見ていた。
「急にどうしたの」
「なんでもないよ、それよりそろそろ眠ろうか」
「そうでね、でも良いの?」
「なにが?」
「あたしのこと、怖くないの?」
試すように微笑む彼女。今回のことは目をつむることにしたが、それでも少し悔しい気持ちもある。都合良く扱われ、ほとんど何も教えてくれないのだ。多少意地悪でも良いだろう。
「はは、全く。だってどうにでもできるもの」
「へえ、余裕じゃん。でもきっとその通り、クロム強いものね」
先程からリィンがこちらのことを名前で呼んでくる。今までは「あんた」とか「君」だったのに。
「急に名前で呼んで、どうしたの」
「それがさ、惚れちゃったみたい」
「まさか」
流石におかしいだろう、どういう理由だ。こちらのことを珍獣だとでも思っているのか。
「よく見たら顔もかっこいいし」
「誤魔化さないで、今度は何が狙い?」
「内緒、でもクロムにならいつか話してあげる」
どこまで信じたものかわからないが、その顔は真剣そのもの。初めて見る表情だった。
「じゃあ楽しみにしてるよ」
「うん、だから約束するよ。もうクロムにはこういう“いたずら”はしない」
「いたずらね……」
そんなレベルの行いではないと思うが。
「もしかして他の人にもこういう“いたずら”を?」
「ふふふ、どうでしょう。さ、もう寝ましょ」
最後までひらひらと、どうしてかそれに目を引かれてしまう。とても危険で、どこか甘い香りのする人。それがリィンという女性である。
きっとそれにもう捕らわれているのだろう、少し背筋が冷えるのを覚えながら、彼女の横で眠りについた。
翌日は何事もなかったかのように、平然と街へと戻り、再び会ったときにはいつも通りの彼女だった。まるで全てが夢だったかのように。




