実力
鱗のようにせり上がり、気づけば一分の隙もない白く美しい光沢――所々に黒く淀んだ線が刻まれているが――のある鎧を身にまとっているクロムを前に、さすがのロズラーサも狼狽えている。
「それは……一体……」
「質問には答えないよ」
一息でロズラーサの間合いに潜り込んだクロム、先程とは段違いに速い動きに対応が遅れる。
「ぐっ……」
「――らぁ!」
全身を強化しもはや人外の域に達してなお、未だにロズラーサの動きが上回る。やはり認識自体が乱されているようで、常にロズラーサの後手に回るように支配されているようだ。
それを理解したならば対処は簡単だ、「対処しなければ良い」だけだ。
対応が遅れる、ならそれでいい。遅れた上で最後に上回ればいいだけである。今ならばそれが可能だ、差し込まれた状況からでも跳ね返せるだけの膂力が今はある。
そしてわかってきた、わかってはいたが不可思議な術で誤魔化されていた。ロズラーサは「素人」だ。剣の腕は確かに良い、熟練の域に達している。けれどもそれだけである。姑息さも厭らしさもない剣で打ち勝てるほど死合は甘くない。
先程の打ち合いでもやろうと思えば何度も隙はあった。指を折ることも目を突くことも鼻を潰すことも出来た。けれど彼女の意図はともかくこちらはそこまでやる気じゃない。
これはある意味侮辱だろう。彼女は自分と「本気」で勝負したがっている。けれどもこちらにとっての本気とはただ全力で剣を振ることじゃない。ともすればこうして対峙すること自体が「お遊び」ですらある。
敵を倒したいなら可能な限り一方的に、かつ万全を期すべきである。寝込みを襲っても良い、毒を用いても良い。殺し合いともなれば手段は問うべきでない。
今も本当ならば距離を取って砲撃を繰り返せば勝てる。それをしないのはこちらが本気でない証左だ。それを失礼とは思わない、こちらは彼女を殺したくなどないのだ。
「ふっ」
「……くぅ」
徐々に戦いの趨勢がこちらに傾いてきた。何度も打ち合えば彼女のクセやリズムも掴めてくる。そうなれば速さで負けても読み合いで上回れば押し込まれることも減っていく。なにより彼女の打ち筋はその性格を写すように正確、かつ単純である。これほど読みやすいものもない。
もう一つ、理不尽なようだが彼女の刃がこの鎧を裂くことなど出来ない。これが実戦ならば彼女の攻撃を完全に無視して頭上に剣を振り下ろすだけなのだが、それもまた無意味と判断して行わない。
こちらの数々の「手抜き」を薄々感じ取ってか、彼女の目には悔しさが強くにじむ。
「なぜだ……! どうすれば君に届く……」
どう答えようか迷ったが、こういうのははっきり言うべきだろう。それがせめてもの礼儀だ。鈍った彼女の剣戟を打ち払い、勝負を決める一撃を放つ。
「――貴方が「戦士」でないからだ」
態勢が崩れたロズラーサの肩口に剣を当てる。寸止めではあるが勢いもあったのでロズラーサが地面に尻餅をついた。
「……戦士ではない」
「申し訳ないけど、貴方の技、闘気。どれ一つとっても戰場に立つもののそれではありません」
自分もさしたる実績はありませんが……というクロムの言葉がロズラーサに届いたかは不明だが、彼女は得心いったように、しかし悔しそうに俯いていた。
言い過ぎたかもしれないと彼女の気を使おうと近寄りかけたクロムよりも先に、ロズラーサがバッと立ち上がってクロムの両肩を左右から掴んだ。
「私を君の弟子にしてくれ!」
「え、やだよ……」
ロズラーサが膝から崩れ落ちた。戦いが終わったのを確認して皆が集まってくる。いの一番にシレナがこちらの心配をする。
「大丈夫?」
「ああ、問題ないとも。ありがとう」
「そりゃそうでしょ、どう見てもクロムは無事でしょうね」
ジャネムがそうからかうが、戦っている間ずっと不安げにこちらを見ていたのはチラと見た時にわかっている。
「ジャネムも心配かけたね」
「……別に心配してないし」
今度は魔術師二人がなにか聞きたそうにしているが、相棒のことについて答えれることはない。しかし二人が話し出すよりも前にまたロズラーサが生き返った。
「そこをなんとか!」
「いやいや、師匠って。特に教えれることないし……」
無いこともないが面倒なので御免被りたい。
「それよりはもっと対等な関係がいいよ」
「それは……?」
不思議そうにしているロズラーサだが、ピンときてないようだ。
「友達になろうよ」
「ともだち……、友達?」
初めて聞いた単語のように繰り返す。やはりというかなんというか、彼女にはもしかして。
「友達いないんですか? 団長」
「! そ、そんなわけ……、そんなわけないだろう!」
えらい動揺振りである。可哀想に。
「やっぱやめといた方が良いですか? こんな得体のしれないやつと友達なんて……」
「そんなことないが……、だが……。いいのか? 本当に私と……」
からかい甲斐のある団長様だが、嗜虐心を程々に抑えつつ。
「当たり前じゃないですか。僕は嬉しいですよ」
「そうか……、なら、友達に……」
その手を取り軽く握る。彼女はうつむき気味に照れているようだ。
その様子を気が気でない風に見ているシレナの脇をジャネムがつつく。
「ありゃなかなか手強そうだよ~」
「……! やっぱり……」
そういうジャネムの目が、いつものように笑っていなかったようにシレナには見えた。
「んじゃ、改めて遊びましょうか」
「よっしゃー」
「そろそろお昼だね~」
クロムの号令に再び穏やかな空気が戻ってきた。そこに混じるかどうか迷っていたロズラーサの手をクロムが引いた。
「ロズラーサもおいでよ」
「……名前を」
「嫌だった?」
「ううん、……じゃあ行こうクロム」
朝の不安もどこかへと。その後は全員で和やかにピクニックを満喫していった。
そしてそれが、その後しばらく訪れない最後の平和な休日だった。




