手合わせ
「……一応だけれど理由を聞いても?」
結局ロズラーサの熱意に負け、小川のそばにて武器を手に彼女と向かい合っている。当然護身用の剣は持ち歩いているが、こういう場面は想定していなかった。
ロズラーサはというとやる気に溢れた風に武器の状態を確認している。どう見ても軽い手合わせの雰囲気ではない。
「君の活躍は聞いている。大型の魔獣を倒しただとか、盗賊から人々を守ったとも」
「事実ではありますが、どれも私一人の武勇ではありません」
「謙遜は良い、目撃したものは皆君の活躍を称えている」
魔獣とはあの蛇のことだろうが、盗賊に関してはただの偶然である。街なかに入り込んだ盗賊一味の一部を衛兵と連携して取り押さえただけだ。相手も大した実力ではなかったので本当に声高々に言うものではない。
「それに、団長として部下の実力を把握することは重要だ」
これはおそらく方便だ。彼女は決して戦闘狂ではないが、さりとて市井の人間が思うような品行方正で大人しい人格者、というのはやや誤りである。
少なくとも自分の知る限り、二年という時間側で見てきた者の感想としてはやや自分本意な人間である。ときに美徳として働くこともあるが、我儘を押し通そうとする場面も度々見受けられた。
そして彼女は戦場に飢えている。その心の内を全て推し量ることは不可能だが、彼女は常に己の武を戦いの場で示したがっている。それが関係しているのか、彼女は自分の実力を正確に把握したがっているフシがある。
その辺がこの状況を生み出しているのだろう。非常に迷惑な話だ。
「それじゃあまあ、ぼちぼち始めましょうか」
「先に言っておくが、全力で来てくれ。こちらはそのつもりで行く」
難しいことを言ってくれる。向こうがどの程度把握しているかわからないが、こちらの全力とは当然、相棒を解放してのものである。申し訳ないがそれは遠慮願いたい。悪いがそれをすると彼女を殺してしまいかねない、そしてもしもの事態に対処できなくなる。
だがもし彼女が相棒のことを知っていたら不興を買うだろう。なんとかほどほどに収めて満足してもらう他ない。最近は特定部位のみの強化だけでならば一時間は持つようになった。流石に本当の全力は十五分持てば良いほうだが、あの蛇のような極めて危険な状況でない限り問題ないくらいには改善されてきた。
「ご期待に添えるかは自信がありませんが、では行きます」
「うん」
緊迫した空気を他の四人が見つめている。特にシレナは不安さを隠すことなく困惑の目でその様子を見守っている。ジャネムがその震える肩に手をおいた。
「ジャネムちゃん……」
「大丈夫さ、クロムは強いよ。それにあの団長さんも弁えてるだろうさ」
「うん、そうだね……」
嫌な予感が身を包む中、二人の戦いが始まった。
「――ふっ」
取り敢えず真正面から馬鹿正直に斬りかかる。鍛錬は続けているのでいくらか剣技もマシにはなってきたが、さすがにロズラーサの方が一日の長、簡単にさばかれる。
少しずつロズラーサのリズムになっているのを嫌って一度距離を取る。彼女はそれに追撃はしてこない。
「どうした、そんな実力じゃないはずだが」
「申し訳ありません“チャンバラ”は不得手でして」
「構わない、好きなように戰え」
「それは……、どうも!」
再び接近して剣戟が応酬される。一瞬の隙をついて距離を一気に詰めた。
「くっ、……ぐっ」
組み合いに持ち込もうとしたが上手く躱された。距離を取ろうとしたので剣の柄で顔を殴りつけた。目を狙ったのだがそれは防がれ、頬に赤い擦り傷ができた。
「本気で、ということでしたので。この程度は許してくれますでしょう?」
ロズラーサは頬に手を当て、そしてニタリと笑った。……いや怖いわ。
「はは、そうだ、それでいい。だがもっとだ、もっとやれるはずだろう」
まずい、なにか余計なことをした気がする。彼女の目は爛々と輝き、気力が漲っているようだ。
「さあ行くぞ!」
三度目の打ち合い、だが何かがおかしい。彼女の動きが妙だ。目で追えているはずなのにどうしてか反応が遅れる、全てが後手になっている。気のせいかもしれないが、ロズラーサの軌道の後に輝く粒子のようなものが見える気がする。彼女の技の正体に関係あるのかも知れないが、今は考察している余裕はない。
「どうだ、そろそろ慌てて良いんじゃないか」
「……かも知れないですね」
そうは言うがすでに相棒の力は借りている、どうしても遅れてしまう対策に瞬間的に強化してなんとか回避している。それでなお押し込まれるのだから、彼女の速度は驚異的というほかない。なのだがどうにも彼女自身が加速しているようには見えないのだ。
「こちらの認識……感覚を遅らせているんですか」
「当たらずとも遠からず、良い推測だがわかったところで防げるものではないぞ!」
彼女の言うとおりだ、からくりが分かってもその対処法がわからなければ意味がない。
……やむを得ない、こちらもただ負けるのでは面白くない。お望み通り少しは気張るとしよう。
そう覚悟を決め、彼女の剣技を受け止める、だがやはり間に合わない。彼女の剣がこちらの首に迫る、彼女は寸止めしてくれるだろうが、ここであえて剣に「突っ込む」。
「――なっ」
切っ先が鈍った剣はしかしこちらの首を薙いだ。だが斬れはしないそれどころかその剣が大きく弾かれた。こちらが決着をつけようとしたが、やはり彼女のほうが速い。既の所で逃れられた。
ミニットとリィンが思わず立ち上がった。
「あれは……!」
「……なるほどね、あれが彼の」
面食らったような顔をしたロズラーサが、息を整え態勢を立て直した。
「それが君の奥の手というわけか」
「ええ、そして申し訳ありませんが……」
顔を除いた全身に鎧を展開する、せっかくだ、気前よくいかせてもらう。
「――今の俺は世界一強えぞ」




