誤解です
「わっまた釣れた」
「おお、すごい」
心地よい風と日差しが注ぐ森の中で、皆が揃って釣りに励んでいる。ミニットは早々に飽きたようで別の場所でまた一人行動している。リィンもそれに付いていったので今はジャネム、シレナとロズラーサとともにいる。
シレナが動物と心を通わせることが出来るのが生きているのかは不明だが、小一時間ですでに五匹も釣れている。ツルを編んだ釣り糸に幼虫を括っただけのものなのだが、それでこの釣果なのだから驚かされる。
「ぬぬぬぬ……」
云々唸っているのはジャネムだ。どうやら静かに待つというのが苦手なようで、先程から場所をころころ変えてはろくに成果も上がっていないようだ。
「あー! もう、手で捕まえたほうが早くない?」
「いやいやいや、そういう趣旨じゃないから。それに飛び込んだらこっちが釣れなくなるし」
「ぬぅ……」
眉間にシワを寄せながら再び釣りに集中し始めたが、あの様子では一匹釣れれば良いほうかもしれない。
その様子を見守りながら、もうひとりの方へと歩いていく。
「どう?」
「……なかなか難しいな」
真剣な表情で釣りをしているのはロズラーサだ。わかってはいたが真面目な性格なので暇つぶしの釣りにも真摯に取り組んでいる。だがその努力は実っていないようだ。
「ほっほ、心が乱れておるようじゃ」
「……その話し方はイラッとするが、その通りだな」
朝よりは少し肩の力が抜けたようだが、それでも心ここにあらずという風で釣りにもその影響が出ているようだ。
「どうしたのかわからないけど、せっかくだからゆっくり過ごそうよ」
「うん……、気を遣わせて悪いな」
「また釣れたー!」
そう喜色満面ではしゃいでいるシレナを見て思わず顔がほころぶ。どうやらロズラーサも同じようで、今日初めて笑顔を見せた。
「そうだな。……じゃあコツを教えてくれるか」
「いいとも、ちなみにこういう遊びとかはしたことないの?」
「ずっと両親から様々な教育、読み書きや戰い方、法律なども教わった。だからあまり友人と遊んだ記憶はないな」
「なるほどね」
やはりというか、かなりのお嬢様のようだ。名家の生まれとは聞いていたが、その生活も一般の人間とは異なるらしい。
「じゃあ餌の付け方は教えたから、次は狙い所だけど」
「うん」
「岩の陰とか、流れの緩いところに隠れていることが多いからそういうところを狙うといいよ」
「そうか、ただ漠然と糸を垂らすだけではだめなのだな」
「シレナはそういう場所が感覚でわかるみたいだ」
ちなみにシレナは鳥たちに頼むことで捕まえた餌を分けてもらえることもあるようだ。おそらく彼女は飢えとは無縁だろう。ジャネムなんかは相当羨ましい能力だろう。
「彼女の魔術か」
シレナ自身魔術について隠しているわけではないが、自分の口から色々と語るのは別だろう。答えづらそうにしているこちらを見てロズラーサが苦笑した。
「彼女とは同郷なのだろう?」
「そう、山奥の辺鄙な場所さ」
もっとポジティブな言い方もできるがあえて美化する必要もないだろう。きっとあそこはアーケリア領内であることから、この国の暗部でもある。戦や飢えで故郷を追われた人間たちの最後に行き着く場所、それが我々の故郷だ。
「そこでもこうした遊びを?」
「釣りはしてなかったけど、野山で遊んでたのはそうだね」
「境遇は色々あるだろうが、少し羨ましくもあるよ」
「……無い物ねだりさ。気ままといえばそうだけど、あそこにはそれしかないんだ」
だからこそ自分はあそこを出て世を見て回ることにしたのだ、外の世界があることを知る者にとってあの場所は昏い牢獄にもなりうる。
「そういうものか」
「そ、だからこうして自分の意志で森に入って、自由に遊べる時間は貴重なんだ」
「そうだな、それは間違いない」
何かを噛みしめるようにしたロズラーサ。頃合いかと考え話題を変える。
「そろそろ教えてくれないかな」
「……なにを?」
「どうして今回付いてくる気になったのかな」
「……」
押し黙ってしまったが、言いたくないというよりは言うべきか迷っているようだった。
「今は自分しか聞こえないし、人には言わないとも」
そう諭すと、恐る恐る口を動かしだした。
「――は?」
「……駄目か? 君にしか頼めないんだ」
「いやそれは、こんな場所で……」
「頼む、いやそうだ。君じゃなきゃ駄目なんだ、私と――」
両肩にロズラーサが手をおいて懇願している、その瞳は真剣そのものでその美しい目を見ているとこちらもだんだんと――。
近くでなにか物音、地面に何かが落ちたような音がした。そちらを見ると、居たのはシレナだ。彼女は釣った魚を入れたかごを地面にとして、絶望にくれたような顔でこちらを見ている。
「ど、どうした」
「だ……」
「だ?」
「駄目ーー!」
そう叫んだシレナがロズラーサにしがみついた。その声を聞きつけて他の皆が集まってくる。
「どうしたんだ、シレナさん……」
「こんな、こんな場所で、それも私の目の前で!」
「なんのことだ……」
彼女の勘違いの中身がわかった。どうなだめたものか考えている間にも、彼女はロズラーサに詰め寄っている。
「あなたもクロムくんが好きかもしれないけど、そういうのはちゃんとした場所で、もっと仲良くなってからじゃないと……」
「好きって、私はそんなんじゃ……。っていうか違う! 何を勘違いしているか知らないが私は……」
「なに?」
珍しく圧の強いシレナにやや押されながらも、反論しようとするロズラーサ。勘違いを解いてくれないとこちらも困る。先程から他の女子の冷たい目線が向けられている気がする。
「私は、彼と戦いたいだけだ!」
「……え?」
それはそれとして、ロズラーサの頼みは頭を痛くさせる。そういえば彼女はそうだった、ロズラーサはいわゆる「脳筋」なのだった。




