思春期か?
「おー、すごーい」
ジャネムがシレナの肩に止まる小鳥を撫でている。驚いたことにこれは彼女が飼いならしたわけでもなく、そして決して特別に人懐こい種類でもないという。
むしろ小さい生き物なので普段はある程度の群れで行動しており、木の枝などから降りてくることは滅多にないらしい。それが目の前のはまるで警戒心を持たぬペットのようにジャネムが触れるのを許容していた。
確かにシレナは山にいた頃から動物に好かれているとは思っていた。だがそれはあくまで野生動物との距離感でしかなく、今のように気軽に接するようなものではなかった。
「それがお父さんの魔術なの?」
「うーん……」
口ごもるシレナ。魔術であるからにはあまり公に言えないのだろうか。
「お父さんの残した本で勉強したのはそうなんだけど、正直難しくて……」
「そうだったんだ」
そういった事情で分かる部分のみをまとめ、自分なりに整理して魔術として組み上げたようだ。言葉でいうほど簡単な作業ではないだろうから、彼女の優秀さがうかがえる。せっかくなのでアギアたちに紹介してみるのも良いかもしれない。
「ちなみにそれをどう活かすとか考えてるのかな」
なんだか面接官みたいになっている気がする。
「そういうのはあまり考えてなかったけど、君のためになればいいかなって」
かわいらしい発想だが、もっと自分本位の考えが聞きたかった。横でジャミアの鼻で笑う音が聞こえたので手で抑えるよう伝える。
「申し訳ないけれど、君がこうして無事に合流できた以上は約束は果たされたんだ」
「うん、そうだね」
「だからこれからは僕ももう少し活動の幅を広げたいと思っている」
とはいうものの軍に所属している以上はあまり遠出などは難しいので、しばらくは近隣の調査などが多いだろう。それでもいずれはこの国を離れてより広く世界を見て回りたいと思っている。
「そこには君が必ずしも必要とは限らない、そうなれば君は自分ひとりで生きていかなければいけないんだ」
何度となく伝えてきたが、彼女の想いに自分は応えられない。それは感情もあるがなによりこの体がまっとうなものではないからだ。言葉は悪いが猿に恋をするかといったものに似ている。
当然ながら彼女をそう思っているわけではなく、自分とのわずかな「ズレ」が恋愛というものを遠ざけている。人を慕う気持ちはあれど一線を越えることが出来ない。これはきっと彼女にとっても幸せな結末にならないのだと思う。
「それはわかってる。家にいたときからずっとそのことばかり考えてきた、でも諦められないの」
残念ながら二年という月日は彼女の想いを変えるには至らなかったようだ。この地まで来ていることからそうだろうとは思ったが、相変わらずなかなかに根性のある娘である。
実際彼女の魔術が有効に働く場面はあるだろう、問題を棚上げするようであまり良いとも思えないがひとまずはここまでの彼女の努力を尊重することとする。いつか彼女もわかってくれると嬉しいのだが。
「いいね、呑気なもので」
「ジャネム……」
ジャネムの考えもわかる。生きるのにも苦労している彼女からすればシレナの動機というのはひどく呑気にも思えるのだろう。けれどその棘のある口調にはさすがのシレナもムッとしたようだ。
「私はそんな軽い気持ちで来てない」
「ああそうかい、じゃあどうやってこの国で生きていくつもりなの? 市民権も持たない身でさ」
「市民権……」
おそらく目下一番の問題はそれだろう、この国に身内でもいない限り市民権を得るのは容易ではない。そしてそれがなければ市内で働くのはほぼ不可能である。しかし多くのものと違い、彼女には明確な武器がある。
「シレナ次第だけれど、軍属になりたいなら紹介できるけど」
シレナに助け舟を出す。ジャネムが口をとがらせているが、ここに来てまだ日の浅いシレナにその質問はやや意地悪だ。非アーケリア市民は見つかり次第追放されるが、四六時中監視されているわけでもないのでひと月ぐらいならばごまかせる。特に自分のような市民が匿えばかなり安全である。その場合発覚すればこちらの身も危ういのだが。
「軍属……」
悩む様子のシレナ、それにジャネムが疑問を投げかける。
「鳥をあやせるぐらいでなにになるのさ」
「戦に馬は付き物だし、鳥の話すことがわかるのなら斥候も出来るだろうさ」
他にも活かす方法はいくつもあるだろう、問題といえばそれが人の生死に直結することだろう。個人的にはできれば彼女はそういったものとは無縁であってほしいのだが。
「うん。私もそう思ってる」
シレナの反応は自分からすればとても意外なものだった。ひょっとすれば森で暮らす彼女にとって戦争とは遠い世界の、具体的に想像も着いていないのかもしれないがそれでも命の奪い合いに忌避感を示していないのが驚きである。
「だってさ」
「……なにさ、ずいぶんその娘の肩持つじゃん」
「拗ねるなよ、お前が意地悪言うからだよ」
「意地悪なんか言ってないし」
今日はやけに意地っ張りなジャネムだが、その内側にあるものに心当たりはなくもない。こういうときに人の心理を読む術が身についているのが、我ながら少し嫌になる。
それにしてもどいつもこいつも物好きなものである、ジャネムは故郷を捨ててここまで来たらしいが、話す中で許婚などといった言葉も聞いたことがある。多くは話したがらないがザガール人の集落の中でジャネムはある程度高い地位の家の生まれなようだ。
それがここでその日暮らしの身にやつしているところにただならぬドラマを感じさせるが、いずれ仲が深まれば話してくれる日が来るかもしれない。ザガール人の集落にも興味があるので、できれば案内してもらいたいものだ。噂にはザガール人はかなり排他的な種族のようでもあるから、身内の紹介があればコミュニケーションが円滑に進むかもしれない。
「シレナがいいなら近いうちに紹介してあげるよ」
「ありがとう」
「ジャネムも機嫌直して」
「……ふん」
前は年の割に大人びていた印象だったジャネムだがここ最近はこうして年相応の振る舞いを見せることが多くなってきた。打ち解けた証だと喜びたいところだが、今は機嫌を取ってあげるべきだろう。
「今日はシレナに街を案内する予定なんだけど、ジャネムも一緒にどう?」
「……行く」
こうしてこの日は二人を連れて街を散策した。途中またジャネムとシレナが口論する場面もあったが、様子を見る限りジャネムが意地になっているだけなので、いずれ打ち解けるだろうと見守ることとする。




