幼なじみ
「――もう! なんであんなこと言ったの!」
「ごめんごめん」
クロムの自宅、普段は寝泊まりするだけの簡素な石造りの四角い建物の中に、いつもと違う甲高い声が響き渡る。
「まさかほんとにここまで来れるとは思ってもなかったよ」
路上で倒れたシレナを介抱するために自宅まで運び、目を覚ますまで様子を見ていた。やや頬が痩けてやつれているようすだったが、わかる限り命に別条はないように思えたので安静にするだけにと止めておいた。
外はすでに日が落ち、夜通し面倒を見事になるかと思われたがそれよりも前に意識を取り戻したシレナ。
最初は混乱していた様子だったので静かに声をかけ、そののちに軽い食事を水を与えた。すぐにまた眠り込んだのでそのままにしておくと、翌日にはかなり元気を取り戻していた。
すると前日のことを思い出したのか、強い口調と勢いで詰め寄ってくる。
土まみれの体は倒れている間に少し拭っており、目を覚ました後に水瓶の中の水で軽く体を洗っていた。そうするとその成長した体や顔がよくわかるようになった。
「ほら、見ない間に大人になっててさ。すぐに気付けなくてごめんね」
「……もう、じゃあそういうことにしてあげる」
頬を赤らめるシレナは姿は成長しても、中身はさほど変わっていないようだ。素直でわかりやすい良い子である。
「えーと……、改めて聞くけどここには僕に会いに来たってことでいいのかな」
「……うん」
こくりとうなずく彼女。あれから二年ということは年はおよそ十六。相応に身体は成長しており、背はさほど変わっていないが体つきや顔は一段と大人びている。くりっとした大きな瞳やふんわりした赤っぽい髪の毛は相変わらずだがより大人らしい印象になっている。
「じゃあお母さんと、あのおっさんにも許可を得たってことでいいのかな」
「おじさんにはそうだけど……、お母さんは……」
どうやら静止を振り切って無理やり飛び出てきたらしい。こうなるとも思っていたが、彼女の母親の気持ちを思うと複雑である。自分としてもそれを知ってしまうと彼女を無碍にできなくなる。
「これからはここ、アーケリアでなにをしていきたいの?」
「それは、えっと。家で勉強したま――」
「やっほー。お久ー」
入り口から聞き慣れた声がする。見ればやはりジャネムが来たようだ。
最初はここに来ることを遠慮していた彼女だが、日頃子どもたちの世話などで疲労している彼女にとって気楽に寛げる場所は貴重なようだった。
初めは子どもたちに申し訳ないと短い時間だけ居たのだが、だんだんと過ごす時間が増え近頃は二日に一回はこうして尋ねてきては勝手に寛いでいる。
義理堅い彼女らしく自分が居ない時には来ていないようだが、こちらとしても気兼ねなく会話のできる存在は少ないので彼女との会話は日々の癒やしとなっている。
彼女も成長し今は十七歳とのことだが、一部の子どもたちよりも低い身長は相変わらずだが、その顔は彼女もまた日々成長している。近頃は少し遅れた思春期のように、喜怒哀楽豊かに過ごしている。
「いらっしゃい。今日の仕事は終わったのかい?」
「うん、けどそろそろ忙しくなりそう」
彼女はこちらツテでとある商人の仕事を手伝っている。アーケリア市民でない彼女ではあるが、目端の聞く彼女は重宝されているらしい。そこで得た賃金でできる限り合法的な手段で子どもたちに食事などを与えているようだ。
今は子どもたちの養子の引き取り手や、商人に頼んでアーケリア国外でも働ける場所を探しているという。そうそう簡単に見つかるものでもないが、諦めずに努力している彼女をこちらも可能な範囲で応援している。
「昨日もらった林檎があるから食べていいよ」
「ぬぁはっはー」
すでに頬張っているようで、なにを言っているかわからないが問題もないのでこちらも適当に返事をする。
口の中のものを飲み込んだジャネムは、とうに気づいていただろうにシレナにようやっと話しかける。
「そんで君は?」
「えっと、シレナって言います。クロムくんの幼なじみで……」
「へぇー」
興味なさげにまた林檎を齧るジャネム、逆にシレナのほうが彼女のことを気になるようだ。
「あなたは?」
「うーん?」
わざとらしく興味ないふりをするジャネム、彼女がああして意地悪するのも珍しい。ジャネムは口の端をわずかに上げてシレナに顔を向ける。
「何だと思う? クロムの」
それを聞いてシレナの背後に電流が奔ったような気がした。うわ言のように「呼び捨て……」などと呟いている。
「ただの居候だよ」
「”ただの”ってことはないだろ~」
「なら珍しい居候」
それならいいか……と話すジャネムをよそにシレナの意識を呼び覚ます。肩を揺するとはっと正気を取り戻した。
「それにしてもよくここまで無事に来れたね」
一番心配していたのはそれである。良くも悪くもあの山の集落とは圧倒的に違う人間の数の中には様々な種類がある。ジャネムやうちの団長のような善良なものや真逆の存在も多くいる。
そういった邪念を持つ人間から、この無垢な彼女が逃れられるのかということだけはずっと気にしていた。なのでこうして再会できたことが奇跡的に思えた。
「それは、あの子達のお陰」
そう話した彼女は家の窓を見た。そこには赤い尾が特徴的な小鳥が止まっている。
――よく見ればその後ろに同じ種類のそれが複数、数十羽はいる、今ここは鳥屋敷になっている!
「もう、みんなそんなに心配しなくても大丈夫、この人たちはいい人だから」
そうシレナが話しかけると一羽、また一羽と飛び立っていく。まるで彼女の言うことがわかったかのように。そして窓辺にいた一羽だけ残り、それが彼女の肩に乗ってきた。
「こうやってみんなに守ってもらいながら旅してきたの」
これがシレナが、父親が残した書物から学び得た魔術なのだという。




