不審者
このアーケリアにたどり着いてからおよそ二年が経過した。魔術というものに触れる機会も増えたが、一番はやはりレゼラルド騎士団としての仕事にかかる時間が多かった。
入団する際にオーダンから脅されはしたが今のところ不穏な気配はなく、リュグレムシアとは国境付近での小競り合い程度で済んでいる。
隣国との火種は常にあるが、今すぐにどうこうという段階ではない。リュグレムシアは現国王のグルゴル一世が興した国で、小国の集まりだった地域をまとめ上げた傑人だ。だが今はそれにより生まれた混乱を治めるために注力しておりそれ以上の領土拡大の気配は見せていない。
しかしそれらが落ち着いた場合どう出てくるかわからず、またアーケリアの国王であるデミュニオス二世だがかなりのハト派で、対外侵略などに慎重な姿勢を貫いている。
それゆえに国民からの人気はあるのだが、一部上層の人間からは批判を受けているようだ。四十六歳と隠居するにはまだ早いので個人的にはその治世が長く続くことを願っているが、どうなるかは神のみぞ知るといったところか。
そんなアーケリア周りの情勢にもいくらかは詳しくなれる程度には、任務の傍らの勉強は順調に進んでいる。情勢が落ち着いているので自分の任務は相変わらず市内の警らであり、ロズラーサの意向もあり場所にとらわれず自由に活動させてもらっている。
そうこうしているうちに二年という月日が経過した、そう「二年」である。そもそもアーケリアという場所に長くとどまる予定はなかった、そうなることはあってもそれは他の国々を見て回った後の話だと考えていた。
ではなぜ? ある約束があるからだ。あの約束の二年が過ぎたのだ。
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アーケリアの出入り門からほど近く、露天も多い通りを一人の少女が歩いていた。
いや、それを少女だと外見から判別できる人間は少ないかもしれない。ぼろをまとい赤みの強い髪はボサボサで顔は土汚れだらけ。ふらふらと幽鬼のように歩く姿にはすれ違った人間を驚かしている。
それを見たものは皆、どこかの戦地から逃げ延びてきたのだと思った。アーケリア周辺は落ち着いていてもそれ以外の場所はその限りではない。どこも常に戦火と隣合わせで、いつアーケリアが巻き込まれないと戦々恐々しながら過ごしているのだ。
だがその境遇に同情はしても、救いの手を差し伸べるものはいない。それは多くが自分のことだけで手一杯なのもあるが、なにより一定の要件を満たさないと得られぬ市民権の問題があるからだ。
奴隷でもないのに非アーケリア市民を囲ったとなれば処罰されかねない、だから容易に人を助けるわけにもいかぬのだ。それも見るからにその可能性が高いのであっては尚更だ。
そんな同情と憐憫の視線を浴びながら歩いているのはシレナという少女だ。彼女はとある約束のため、この国に来たのだ。
それはもちろん同郷の幼なじみ、クロムに会うためでありその為に過酷な旅路を送ってきたのだ。
だが山奥で暮らしていた彼女を待っていたのは想像を遥かに超える広大な大地と、そこで暮らす大勢の人々だった。
当初は人を伝っていけばクロムに会えるのだとばかり思っていた、しかしそれが荒唐無稽だとすぐに察した。
人さらいを躱し、警備に盗人だと間違えられ、ほうほうの体でここまでなんとかたどり着いたのだ。だが彼女はわかっている、ここからクロムというただ一人の人間を探し出すのは困難を極めると。
そしてなにより彼がここにいる確信がまだ得られていなかった。彼とは山を降りて「一番近くにある大きな国」で会うと約束していた。
そもそも彼が待っているという確約もなく、その上場所も間違っている可能性もあれば彼女の絶望は計り知れない。
なんとか止めようとする母親を振り切ってまで山を出たのだ、もう後戻りはできない。だがこれから生き延びる手段が彼女にはわからない。
悲哀にくれながら歩く彼女は、それでも彼を探し出すべく人に尋ねることとした。彼女を物珍しげに見ていた壮年の女性を見つけ話しかける。
「あの……」
「な、なんだい」
見るからに警戒されているが、ここで怯む訳にはいかない。
「人を探してるんです」
「このアーケリアで? そりゃまた難儀な……」
やはり彼女の反応を見る限り、この国で特定の人間を見つけるのは難しいようだ。だが一縷の希望を託しその名を挙げてみる。
「クロムっていう少年なんですけど」
「……クロムって、あのクロム坊かい?」
彼女の答えは想像と全く違い、逆にシレナを困惑させた。まるで友人のように話すのだ。
「ええと、あの、かはわかりませんが。黒い、ちょっと変わった髪色のこのくらいの……」
手を水平に、自分の頭よりやや下くらいに置いて見せる。
「うんうん、やっぱり。ちょっと背の高さが違うけど、あの子の知りあいかい?」
「はい、幼なじみで……」
ふんふんと頷いてみせた女性は自分の夫らしき男性を呼びつけた。
「ちょっと、この娘がクロム坊の知りあいなんだってさ」
「へえ、この……、”ちょっと”汚い嬢ちゃんがかい」
少し配慮して、それでも見たままの感想を述べる男性にシレナも少し傷つくが致し方ないと飲み込む。
「ほんとにそうならそのうち会えるよ」
「そのうちって、どれくらい……」
もし数日、あるいは数週間かかるのであればそれまでこの国にいなくてはならない。だがもうそれだけの路銀がない、その時は体を売ってでも……。
「いやあ、この辺歩いてたら今日明日には会えると思うよ」
「あの子は凄いんだよ~。みんな助けられてるんだ」
「そうそう、喧嘩窃盗、子供のお守りまでなんでもござれだ」
いつの間にか人が増えている、その男性もクロムのことを知っているようだ。
「あんた昨日も助けられたんだって? あんまり迷惑かけるんじゃないよ」
「わかってるよ、でも仕方なかったんだよ……」
「おーいなに話してるんだ」
「それがね……」
気づけば何人もの人が輪に加わって話しており、そしてその誰もがクロムの名と、それに助けられている様子だった。
「あの、どうしてみんなクロムくんを知って……」
「あれ、知らないのかい。あの子はね――」
「――みんな集まってどうしたのさ」
シレナの耳に聞き覚えのある――ものより少し低い――声がした。ぱっと振り向くとそこには懐かしい、見慣れた顔があった。
「また問題? 泥棒は昨日捕まえたでしょ」
「いやいや違うんだってこの娘がね」
「――クロムくん!」
一気に駆け寄りその手を取る。そして顔を見て、その名を呼ぶ。
「……誰?」
シレナはその言葉を聞いた瞬間、緊張の糸が切れていたのもありショックで気を失ってしまった。
「……ぎゅう」




