ミニットの追想 その1
いつもの研究所でミニットは思索を続けている。だがここ数時間は考えがまとまらずうんうんと唸っている。彼女の研究内容の関係で、将校からの突き上げもあるため一定間隔で成果を挙げなくてはならない。普段無口なのは生来のものでもあるが、同時に常に思考を研究に回しているためでもある。
だが今はうまく考えがまとまらず、横髪に指を巻き付けているがその動きは忙しない。やがてとうとう手を放り出し休憩を取ることとした。
気持ちを切り替えるため、別のことを考えることにした。近頃ミニットは研究のことと同じくらい、違うことが頭の中で巡っている。それは異常なことであり、生涯を魔術に費やす覚悟ができている彼女がそれ以外のことにかまけるのは到底ありえないことであった。
事の始まりはリィンだった。彼女がとある少年を連れてきた。初めてのことではあったが彼女の性格を考えれば満更ありえぬことでもなかった。それだけリィンは気ままな女性で、その振る舞いも話すことも捉えどころのない人物だ。
ただ意外だったのはアギアがすでに同意していたことだった。彼の魔術に対する姿勢というのはバニスと同様、ミニットも一目置いていた。その実力や研究成果は未だ乏しいが、その熱意は並ならぬものがある。
だから彼は研究の障害となるものを強く嫌う。無駄な会話や無為な諍いなどとできるだけ関わらないようにしている。
彼は人を癒やすことを目的としているが、それも含めて戦争も強く嫌悪している。だからひいては戦士や傭兵という存在もよく思っていない。
そんな彼らが連れてきたのは正規軍に所属している少年だ。世事に疎いミニットはともかくバニスはその存在自体は知っていた。
貴族の息子たちが所属しているなんとかという兵団に、由来のわからぬ少年が参加した。それだけでも噂になるが、それに加えて国中で有名な女兵士「ロズなんとか」のお気に入りだとか。
ミニットはひどくどうでも良いことだったが、とにかく今世間で話題になっている少年だという。
名をクロムというらしいが、どうして連れてきたのか。四人が共同で扱い、意見交換を行う場所に無関係かつ、魔術の素養を持たぬ人間をよもやアギアが許すわけがない。
そのことをリィンに聞くと、もったいぶった言い回しで「面白い」と話した。なんでもあのゼビアが行った開門の儀で並ならぬ素質が見出されたという。
これには強い興味を抱いたが、当人に尋ねると魔術はからきしだと話す。クロムは人当たりのよい少年だったが、同時におしゃべりでありミニットからすれば少々鬱陶しくもあった。
変わった髪色だが容姿はそれなりに整っており、その社交性から市井の女性にはモテるのだろうとなんとはなしに思ったミニット。
結局彼を何のために呼び出したかわからないでいたが、バニスと話すとある霊脈の調査に向かう、その護衛を行うという話になっていた。
その場所についてはミニットも以前から聞き及んでおり、だが距離もあるので護衛にかかる費用などから手を付けれずにいたところだった。
それを聞いたからには口を挟まずに入られなかった。クロムは自信なさげだったが、それでも二人を護ることには約束をした。これを馬鹿正直に信用するわけでもないが、あの霊脈を調査する機会を逃したくはなかった。
幸いにもバニスも自らの身を守る程度の実力があるので、最悪自分の安全さえ守れれば良いとも考えた。
少し後に出発となり、その道中のことであった。
――とにかくうるさいのだ。クロムという少年は。
月並みなお互いの紹介だけならまだしも、それに加え魔術の道を志したきっかけだの好きな食べ物だの。やがては最近の首都での流行りなどについても話しだした。これがとても鬱陶しく、バニスともども辟易していた。
何度となく殴りつけるのを堪えながら歩き進んでいた。
その途中で研究中の弓矢のことを思い出した。矢じりにとある木の実を混ぜたものだが、独自の改良によりその威力は格段に上昇している。その試射をしようと考えていたのだが、ちょうどいいところに的になる鳥を見つけた。
とはいえ弓の腕などないから思案していたが、あのうるさいクロムという存在を思い出した。また話すのかと億劫になりながらも研究のためと呼びつけ、あれが口を開く前に弓矢を押し付けた。
するとただの一射で遠くの鳥に命中させた。矢というものは当然消耗品であるため複数の用意があった。それが一度で済んだのだから幸運だと思ったが、同時にクロムの腕前というものを見直すこととなった。
以前から弓矢の改良というのに関わっているため、腕前に自信がある者とも出会うことが多い。だのでそれらとの比較でもクロムの弓矢の腕前が相当に高いことがわかった。なにより一切の迷いのない姿が印象的である。かなりの自信がなければあれだけ早く射ることが出来ないだろうから、護衛に関して少し認識を改め、いくらかは信用してもいいのではないかと考えだした。
そしてまた小うるさいクロムとそれに苛つくバニスとともに、目的の霊脈がある山の近くにある村へとたどり着いた。
そう、あの悪夢が待っていた場所へと。




