死闘
矢が直撃したのは蛇の右目だった。赤赤と燃え、放射状に裂けた眼球はミニット特製の矢によって無残に弾け飛んだ。さすがの怪物も苦悶の声を上げ、身を捩りのたうち回っている。
好機と追撃をしようと駆け寄るがめちゃくちゃに暴れまわる蛇が接近を許さず、こちらから距離を取ってまた態勢を立て直した。
どろどろと真っ黒い重油のような体液が右目の傷跡からこぼれ落ちている。残ったもう片方の目がこちらを捉えている。完全に脅威とみなしたようで怒り狂っているにも関わらず、冷静にこちらの出方を伺っている。
だが長期戦はこちらが圧倒的に不利だ、残存体力も残りわずかだ。一気に勝負を決めるために突撃する。相手は獣だ、小手先のフェイントや挑発は意味をなさない。真正面から馬鹿正直に近寄るが、それを嫌った蛇が尾の先を払った。
目視も難しい速度は相変わらずだが、今度は距離も状況にも余裕がある。跳躍してそれを躱して間合いを詰める。
水平距離は三メートルだが頭があるのはそこからさらに数メートル上。見下される形で対峙すると、こちらが着地したとほぼ同時に眼前に奴の口腔が見えた。
しかしそれは想定の内、あえてギリギリで躱して頭部に組み付いた。大木ほどの太さがある身体にしがみつき、狙うは矢で生まれた傷口。
右腕はすでに死に体だから左手で剣の柄を逆手に握り、傷を更に抉るように突き立てた。
一際大きな雄叫びが、悲鳴が轟く。あまりの大きさに鼓膜が震え今にも破れそうだ。それに金切り音のような音も混ざる声は不快感を増幅し、気を抜くと戦意を失いかねない。
だから剣を握ることに神経を集中させる。左手もそうだが右手も装甲でギプスのように固めて剣に添えている。
蛇は痛みと振り払おうと体をめちゃくちゃに動かしている。右腕は間違いなく骨が砕けているため動かすどころか、振動が伝わる度に発狂しそうになるくらいの痛みが脳に響く。
「ぐ、ぐううううう」
「クロム!」
遠くからミニットの声がする。返事など出来るわけもないが心配させているのだろう、それもそうだ。自分が今死んだらこの村は完全に終わる。彼女らも今逃げないのであれば運命をともにするだろう。
そう思えばどこからか力が湧き上がるのを感じる。今後を考えるとやるべきでないのは百も承知だが、相棒に頼み腕の痛みを遮断した。
下手をしたら知らぬ内に千切れているかもしれないが知った事か。
痛んでいる間にはおよそ出来ないくらいに両手に力を込めて剣を更に押し込み、柄ごと埋め込むほどに突き刺す。
蛇の唸り声は更に大きくなり、痛みに悶えているのは明らかだ。蛇の動きが大きくなる、手当たり次第の家屋や地面に体を打ちつけて自分を振り落とそうとする。
自分が見えていないからか見当違いの部分をぶつけることもあるが、それでも何度も背中に家の壁や地面がぶつかっている。装甲で守っているとはいえ痛みがないわけではない、右腕以外も全身が傷つき苦しいが腕の力だけは緩めない。
体中が奴の体液で真っ黒になっているが、目をこする余裕もない。手の感触だけでどうなっているかを確認する。これだけ刺し込んでもまだ死なない、そろそろエネルギーも切れそうだ。そうなれば鎧も解けあっという間に轢死体となってしまう。
その時今までと違う衝撃が起こった。視界の端に見えたのは弓を構えたバニスだった。
「やるじゃんか……!」
蛇の動きが止まった、体の何処かにあの「矢」が当たったのだろう。この巨体にすら効くのだからミニット恐るべし。
「ず、だあああああ!」
突っ込んである剣を少し引き抜き、全力を持って切り裂くように、かき回すように振り回す。蛇の暴れようがピークに達した、おそらく向こうも限界が近い。
そうして体が大きな岩にぶつかった、山の斜面にあった大岩だ。流石に痛みが激しく、またそれをカバーする余力もない。
視界がチカチカしてくる、今にも意識を失いそうだ。手の力が抜ける、剣を持っていられない。鎧がスルスルと戻っていく、まだ終われない、まだ――。
とうとう体力が尽きたようでボトリと地面に落ちてしまた。仰向けでもう指先も動かせない、蛇は未だに見上げる先に健在だった。
けれどももう打ち切り、出せるものは出し切った。
「くそ……」
暗くなっていく視界の中、蛇が傾いたような気がしたがそれがこちらの妄想だったのかわからぬまま、真っ暗闇に呑まれていった。




