伝承
老人の呪詛を気にしながらも三人で山奥へと入っていく。こう言っては何だが平凡な山で、貴重な霊脈があるような場所とは思えない。
ただこれは魔術の素養があるだけの素人の感想であって、他二人がどう思っているかまではわからない。
二人とも山に入ってからというもの、ここに来る道中よりもさらに口を閉ざし真剣な目つきで歩いている。平凡とは言っても山道もないところを歩くのは困難を極め、自分が先導してロープなどを頼りに斜面を移動している。
その合間にも二人は各々がなにかの作業をしており、それが何かはさっぱりだが研究の一環なのだろう。そうして移動していると、途中から踏みならされたような箇所が見えた。
「あれは……」
「村人が通った道……? 反対側から入っているのか」
こういう部分に村人との会話が足りなかった弊害が出ている。ここまでに要した労力は少なくない。ミニットの大きなため息を聞きながら、その道を辿っていくと小さな祠があった。
「ここがその霊脈?」
大小様々な石を積み重ねてできているそれはおそらく祭壇で、粗削りの宝石や保存食なようなものもある。それなりにきれいなので定期的に訪れているのだろう。
「そう……かもしれない」
浮かない表情のバニス。確かにここが目的の祠かも知れないが、だからといって他に特殊なものは見当たらない。ただ祠の意匠には蛇のような絵が彫られており、噂の伝承とやらがこの祠の由来というのは間違いなさそうだ。
「けどここが霊脈には見えない……」
ミニットが言うのなら魔術師から見てもそうらしい。なのである提案をする。
「ならもう少し周りを、村とは反対方向に行ってみよう」
二人の同意も得て、村から離れるように山の奥に進んでいく。日が昇りきって少し経過したあたりで、二人がなにかに気がついた。
「……?」
「なんか気持ち悪い」
ミニットの発言は、決して体調不良を訴えているわけではないようだった。
「原因は?」
「……わからないけど、この先になにかあるみたい」
その言葉を理由に、さらに進んでいく。だが進むに連れてその気持ち悪さというのが増しているようで、だんだんと歩くスピードが落ちていった。
念のため一度休憩を取り、食事を終えてからまた行動を開始した。自分にその感覚は分からないが、確かにどんどんと山から「生気」が失われていっているように思えた。
だが遅々として進まぬ間に日が暮れ、祠のあった山とその隣りにある別の山との間にある少し平坦な場所で野営を行った。その間も二人は具合が悪そうで、だがそれでも調査を続けるというのだから大した熱意である。
その際にミニットがあるものを見せてくれた。それは丸い形状で、でこぼこした手のひらサイズの石だった。油を塗ったかのように表面が複雑な色になっており、生きているかのようにうごめいているように見えた。
「これは?」
「魔石、魔力に反応する性質があるの」
「つまりこの付近に魔力が?」
そう尋ねるとミニットは頷いた。それを補足するようにバニスが話す。
「普通は儀式を行う補助として用いる、術が正しく作用するのをその石を通して確認するんだ」
なるほど、センサーのような役割があるのか。
「けれど誰も魔術を使っていないよね」
「……けれど魔石が反応している」
「おそらくは大気中に魔力が混じっているんだ」
バニスがそう言うが、ミニットが首を振る。
「ありえない、魔力はこの世界に長くとどまることが出来ない。特に開けた場所にあり続けることなんて……」
「だからこそ、この場所に霊脈があるという証拠だろう」
そう話すバニスに尋ねたいことがあった。
「霊脈は珍しいものなの?」
「ああ、だが本当は世界中のあらゆる場所に点在している。ただほとんどは地中深くにあるから、地表にまで影響をおよぼすことはない」
「人によっては大地の下に神なる者の領域があるとも言われている」
「……とにかくここが貴重な場所というのはわかったよ」
神だとかそういったものを信じることは難しいが、魔力という初めて知るものの先には未知の存在があってもおかしくはないだろう。
「それでもこれだけ魔力が充満しているのは聞いたことがない、文献でもそういった記述を見たことがない」
「だからこそ来た甲斐がある」
そう話すミニットの瞳は強く燃えていた。それを聞きながら、魔石を一つ手に取った。だがそれに相棒が反応した。吸い取ろうとするのを予期したので慌てて投げ捨てた。不思議そうにこちらを見る二人に言い訳しながら夜を明かしていく。
そして翌朝また調査を行おうと歩き始めた時、どこからか匂いを感じた。
「血の匂い……?」
「そうか……?」
「わからない」
二人よりも鼻が利くといいうことなのか、だが進んでいくとさらにはっきりとその匂いが濃くなり、前からある気持ち悪さと合わさって二人の顔色がどんどん青くなっていった。
限界も近いのではと思った頃、山腹にくぼみがあるのが見えた。そしてその入口のあたりに血の海も見つかった。それはローブを纏った人間の死体から生まれたものだった。
それを見た途端、バニスが少し離れていく。少し遅れて、遠くから吐く音が聞こえてきた。ミニットを見るが彼女は平然としていた。
決してバニスが弱いのではない、自分も顔を歪めているだろう。その死体は無惨なほどにめちゃくちゃで、なにか大きなものに潰されたようにぺしゃんこになっている。
近くに彼、あるいは彼女のものと思しき荷物があった。調べてみると木板にメモ書きのようなものが見て取れるが、知らない文字で解読できない。
「この文字は、リュグレムシアの方で使われているものだ。だが少しだけ異なる部分もあるな」
「読める?」
「おそらく、少し待っていてくれ」
すっかり青ざめたバニスの横で、ミニットは自分の調査の準備を始めていた。まったくタフなものである。待っていると解読を終えたバニスが話し出す。
「どうやらこの者も魔術師のようだ。この場所でなにか研究を行っていたようだ」
「それも霊脈に関係が?」
「そこまでは、研究にかかわる部分には暗号のようなものもあって今すぐにはわからない。ただこの場所でこの洞窟の奥で研究をしていたらしいが、どうやら他にも仲間がいるようだ」
それを聞いて見渡すと、入り口から外側へ離れたところになにか落ちているのが見えた。それは人間の腕だった。
二の腕から先だけの右腕は、なにか強い力でちぎられたようだった。あるいは「食いちぎられた」ようにも思える。
その更に先を見ると、山の斜面に「轍」が出来ている。まるで大きく、かつ凄まじく重いものを引きずったようだった。
「彼らはこの洞窟にいた「蛇」に対して研究していたようだ」
バニスのその言葉を聞き、頭にある考えがよぎった。まさか、ありえない。そう思ったが、轍の途中途中に「鱗」のようなものが落ちている。だがサイズがおかしい、その一つが自分の体と同じくらいあるのだ。その先にはあの村がある。恐ろしい予感にいても立ってもいられなくなる。
「二人とも、僕は先に村に戻ってもいいかな」
「急にどうした」
「もしかしたら村の方になにかが起きているかもしれない」
「……それはあの伝承と関係ある?」
ミニットがなんの根拠でそう言ったかは分からないが、自分の考えと一致していることから首を縦に振った。
「じゃあ私も行く」
「……俺も気になる」
「わかった。けど急ぐからあまり二人に気を使えないかも」
その言葉に頷いた二人を連れ、村へと走り出す。




