開門の儀
図書館を離れて連れてこられたのはこじんまりとした大理石の建物で、中に入ればひんやりとした空気が身を包む。中は薄暗く、少し変わった香りがする、香だろうか。
ゼビアは長方形の部屋の一番奥に行きこちらに振り返る。
「ジーバ、リィン。補助をお願いしても?」
「え、俺たちがですか」
「別に構いませんが、二人で良いのですか」
「問題ありません、では早速始めましょうか」
そう言うと中央に置かれた敷物の上に座るように指示される。二人が左右に座りこちらを向いている。
「……なにをするか聞いても?」
「はい。まず魔術というものをどれほどご存知で?」
「まったく」
ふんと鼻を鳴らすアギアが横目に見える。
「魔術というものは無からなにかを生み出すものではありません、正しい行程、必要な材料などを用いて目的の現象を再現する術です」
それだけを聞くと科学に通ずるものがある。
「ですがそれも「誰が」行うかも重要なのです」
「それが「素養」ということですか」
ゼビアがゆっくりとうなずく。久方ぶりに誰かに師事しておりなぜだか懐かしい気分になる。
「術者は行う術に対して適切な「魔力」を導かねばなりません」
「それはどこから?」
「今から行う儀式がそれを示します」
そうして寝転ぶように促される。仰向けに寝転ぶとゼビアは慣れた手付きで鉢の中のなにかを混ぜている。それを火にかけると紫がかった煙が上がり、鼻から吸うとまどろむ感覚に襲われる。そのまま鼻で吸い、口から吐く。ゆっくりと呼吸をし意識を落ち着かせる。正常に戻そうとする相棒を押さえつけておかねばならないのが少し面倒である。
「貴方の「門」を開きます。ほんの僅かです、それでも集中せねば精神が「あちら」に呑まれかねません。それを迷わぬように導くのが我々の役目です」
今にも意識が途切れそうな中見たアギアとリィンは、ひどく緊張した面持ちで儀式に集中していた。
「才がなければなにも起きませんがね、さてどうなりましょうか……」
眼の前がチカチカする、額がぼうっと熱くなり手足がしびれる。そうしているうちに視界が歪み、遠くからゼビアの声が聞こえる、遠くから、どんどん遠ざかり……。
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足元が覚束ない。まるで雲の上に立っているかのような不安定さだ。身動きを取るのも難しい、体に重い真綿でも巻き付いているかのようだ。
今どこにいるのだろう、そもそもどこに行けば良い? なにをしていたのか、なにをすべきなのか。急に雪山に放り出されたような不安感に襲われる、どうすればいい、なぜこんなことに。
そうして怯えていると右の手首に糸が巻かれている、それは下に垂れ下がりどこかに伸びている。やがてそれが不可思議に浮き上がり、宇宙空間にいるかのようにふわふわと浮かんでいる。どうやらどこかへと導いてくれるらしい。
他に縋るものもないので信じて辿っていく。そこで初めて自分のいる空間に注意が向いた。青々と真っ黒い。赤々とぷかぷかと。ここはどこだろう、ひどく懐かしい、心が落ち着く。
だが景色が加速する。糸はゆったりと揺れているので動いているのは周りの空間だけだ。空気が動く、時が動く。やがてあらゆるものが刹那に流れ去っていく。人の顔、顔、顔。一つ一つを把握することは出来ないが知っている者たちだ、そのはずだ。
次に流れていくのは「経験」。四肢が痛む、内臓が拗られる。目が熱くなり耳が震え肌が粟立つ。全身がぼろぼろになり皮がめくれていく。だがすぐにもとに戻っていく。
これはきっと人生を圧縮したものだ。これらは実際に「体験」した出来事たち。炎に焼かれ岩に押しつぶされ爆風に呑まれる。我ながらどうして未だに生きているのかわからない、そして一番の謎がある。
「誰」? 銃弾でも砲弾でも化学薬品や核弾頭でも。そのいずれでも起こり得ない肉体の破損、欠損。ただ焼かれたのでない、「肉の内側から燃えたのだ」。岩に押されたのではない「天と地に挟まれたのだ」。あれは爆風ではない「もっと恐ろしいなにか」だ。
ああ、あれだ。あれに違いない、あれでなければあり得ない、あれが、あいつらが――。
異形の姿、おぞましき臭い、音、光。そのいずれもが致命的で、破壊的で、絶望的。誰もが敵わない、誰もが目を背けたい。
それこそが我が仇敵。それこそが我が使命。あいつらが俺を、俺たちを。
気づけば「落ちている」。大きな渦の中、ゆっくりと体が下へと。だが糸は上に伸びている、戻らなければ。渦の向こう、遠くに見えたのは遥か大きな影、もしやあれがそうなのか、あれこそが。
「――――貴様が!」
ばっと体を起こす。頭がぼおっとする、一体何があった、なにをしていた。乱れた息を整える、深く息を吸って吐く。火照った体を冷たい空気が冷やす、同時に思考が覚めていく。
「……そうか、確か儀式を」
そこで我に返る。周りを見渡す、だが横にあの二人がいない、一体どこに。そして正面を見る、ゼビアはどうだ。
すると二人も前にいる、二人は倒れている誰かに必死に呼びかけている。
「先生、先生!」
「大丈夫ですか、一体どうして……」
ゼビアを揺り動かすリィン、アギアは声をかけ続けている。だがゼビアは細かく痙攣して泡を吹いている。目は開ききり、どうみても正常な状態ではない。
「あなた、意識が……」
リィンがこちらに気がついた。するとアギアもこちらを見るがその目には怒りがあった。
「お前、先生になにをした!」
「……わからない、なにが起こったのか」
まだ完全に覚醒しきっていない。いまいち状況がつかめない。
「がはっ」
するとゼビアがむせた、彼女も気がついたらしい。そのまま咳き込みながら、自らの力で身体を起こした。アギアに布を渡されそれで顔を拭い、息を整えた後にこちらを見た。
「貴方は……、一体……。あの光景は……」
彼女もまだ意識が混濁しているようだ。
「えーと、それで、どうなんでしょうか」
「どう……」
「魔術の才能というのは……」
まだ彼女はうまく会話ができないというのについそんなことを聞いてしまった。
「……ええ、そうです、そうですね。才能、凄まじい、いえ、恐ろしい……」
「え?」
それは褒めているのだろうか。そのまま彼女が落ち着くのを待っていると、徐々にもとの落ち着きを取り戻していった。
立ち上がった彼女はすっかり回復したようで、また鋭い目つきでこちらを見ている。
「見事、貴方はその才を証明しました」
「合格ってことですか?」
「私はなにも律してはいません。貴方には魔術を扱う素養がある、後はすべて貴方次第です」
魔術、まだなにもわからないがそれを扱うことができるのであれば俄然興味が湧いてくる。
「ただ……」
「ただ?」
「……いえ、なんでもありません。すべては大いなる力の導くままに」
それはなんのことだろう、そういえば意識を失っている間になにかを見た気がする。まるで思い出せない。
そして儀式が終了したので外に出る。ゼビアはまだやることが残っているとかでそのまま置いていく。二人と道を歩くがなにも言わない。
「……ええと、なにか変わったことでも?」
「……」
「……」
怖いんだが。
「……先生は何人もの術者を導いてきた。そしてただの一度も儀式で失敗したことがない」
「あの儀式は昔から行われてるけど、何人も、多くの人が儀式の反動で死んでいるの」
そんな危険な儀式だったのか。
「だから先生がみんなから尊敬されている、俺もそうだ。だから……」
「……なんかごめん」
「謝るな、お前は悪くねえよ。……さっきは悪かったな」
やはりアギアは節々にいい奴オーラが漏れている気がする。先程の怒りもゼビアの身を案じたが故なのだろう。
「しかしほんとすごいねー。そうだアギア、賭けはあたしの勝ちね」
「げっ覚えてたのか」
「これであたしたちの仲間だね」
そういって腰を曲げこちらを見上げるように見てくるリィン、整った顔立ちだがいたずらっぽい笑みを浮かべている。
「今度あたしたちの他の仲間を紹介してあげる」
「仲間って、俺たちは別に仲良し小好しでいっしょにいるわけじゃ……」
「あーはいはい、そういうことになってたわね」
「そういうことってお前……!」
この二人を見ているとこの街に来て初めて、純粋な友人というのが出来た気がする。ジャネムは友人というよりは大きなくくりで家族のように思っている。年の近い従姉妹とかそういった感じの。
そうして後日その仲間というのを紹介して貰う約束をして今日はお開きとなった。まさか魔術というのは我が身にする日が来る、かもしれないとは。そう思うとわくわくする気持ちが湧き上がってくる。
……空とか飛べるのかな!
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人のいなくなった部屋の中でゼビアが一人佇む。
「あの姿は、あれは一体……」
彼女がクロムを通してみた姿、それは本来見えるはずだったものとは明らかに異なっていた。そしてそれはあまりにも「生々しかった」。まるで「この世にすでに存在しているかのような」。
「嫌な予感、杞憂であればよいのですが」
ひとりごちるゼビアの体はわずかに震えおり、それを抑えようときゅうと肩に手を当てた。




